第九章・Ⅱ贈り物(一)
司の誕生日プレゼントを巡っての一波乱。そんな中、贈り物が届く。
Ⅱ・贈り物
八月に入り、二週間で10ケ所を回るというハードなスケジュールの中、暑さのせいもあって、皆疲れて来ていた。
夏休みで盆という事も重なり、ホテルの部屋もメンバーの同室が続く。疲れている時に、司との同室だけは避けたかった。少しでもいびきをかこうものなら、決まって枕が飛んで来る。疲れている体を休める事も出来ない。こういう時は結局、秀也が一緒に寝る事になっていた。
広島での件以来、何となく気まずくなっていた二人だったが、久しぶりに顔を合わせ、一夜を同じ部屋で過ごす事になると、少し緊張していた。
しかし、ライブで同じように興奮して盛り上がり、同じ疲れを感じると、やはりホッとする。
久しぶりにシャンパンとワインを部屋へ運ばせると、グラスを傾けた。
「明日からやっとオフだな」
秀也が司に言った。
「ああ、しかし、疲れたなぁ。さすがにバテるよ。・・で、秀也はどうすんの?」
シャンパンを飲み干すとタバコに火をつけ、上目遣いに秀也を見る。
「そうだな、久しぶりに乗ってくるかな」
秀也も煙を上に向かって吐き、司を見下ろすと、司は微笑んで秀也を見た。
「そう、いいね。オレも見に行っちゃおうかな」
え? 少し戸惑ったような視線を司に向けた。
海にはゆかりを連れて行くつもりだった。既に約束もしている。
「嘘だよ。他にやる事あるから、オレ」
タバコを吸って溜息をつくように煙を吐いた。
「それに、邪魔しちゃ悪いだろ」
付け加えると、ボトルのシャンパンの残りを全部グラスに注いで、一気に飲み干した。
司には解っていた。秀也が自分でなく、彼女を連れて行くつもりだという事を。少し悔しいが仕方がない。今までに一度しか付き合ってやれなかった。何度か誘われたが、それも何かと理由をつけて断っていたのだ。
「ごめん」
秀也が呟くように言うと、司は気にするな、と手を振った。そしてワインを注ぐと、一服吸って火を消した。煙を吐きながらグラスを取り、ソファにもたれると、脚を組み直してグラスに口を付け、秀也に視線を送った。
「お前の誕生日は、一緒に過ごそう」
秀也は言いながらタバコの火を消すとグラスを取った。
「無理するな」
司はそう言うと、目を閉じてワインを飲み干した。
目を開けると、秀也がじっとこちらを見ているのに気付いたが、グラスを持ったままワインを注いだ。そして、秀也のグラスにもワインを注ぎ足した。
波々と注ぎ溢れた。
司は秀也に冷たく刺すような視線を送ると、ボトルを置いてグラスに口を付けて一気に飲み干す。
それが、秀也の中の何かに火をつけた。
思わず秀也は、溢れたグラスを司目掛けて放った。
バシャっと白いバスローブが、一気にワイン色に染まる。
司は驚いて立ち上がると秀也を睨みつけた。
「何すんだよっ」
秀也も立ち上がり様に司の腕を掴むと、思い切り殴り飛ばした。
テーブルの角に体を打ちつけ、くっ・・・と顔をしかめて腹を押さえた。
立ち上がろうとすると、バスローブの首を後ろから掴まれて、更に壁に打ち付けられる。
ドンッと、隣の壁が音を立てて響いた。
思わず、晃一とナオは顔を見合わせると、首をすくませた。
「激しいっスねー、お隣さんは」
二人は気にする事もなく、タバコを吸いながらカードの続きをした。
「つーっ、ッテ・・・」
体を摩りながら床に手を付いて、秀也を睨み上げた。
秀也は、司に馬鹿にされたような気がして更に平手で殴りつけると、バスローブの前を無理矢理押し広げ、馬乗りになった。
司は驚いて抵抗する。
「やめろよっ!・・・っっ!?」
股を押し広げられそうになり、必死でもがいた。秀也のバスローブの袖を掴み、それがずり落ちると、目を見開いた。
今まで見ていた秀也のその厚い胸が、突然他の誰かのものに見えたのだ。
一瞬怯んだ隙に秀也が狂ったように物凄い勢いで入って来る。
っっ!? ああっっ!!
思わず仰け反ると、秀也は乱暴に体を揺すった。頭を床に打ち付けて、両手で抱えた。抵抗する気も失せ、そのまま秀也の思うがままになってしまった。事が終わると、秀也は司を床に放り投げるように体を離し、くの字に折り曲げて暫らく横たわる司を見ていた。
が、急に我に返ると「ごめん」と呟くように言って司を抱きかかえるとベッドへ運んだ。
「司、ごめん」
言いながら司の体をいたわった。
所々白い肌が赤く腫れている。
司は放心状態のまま秀也に体を撫でられていた。
翌朝目が覚めると、司は裸のまま布団の中に入って一人で寝ていた。隣のベッドには、秀也が背中を向けて寝ている。
白い布団から出ている浅黒くたくましい肩が愛しい。昨夜あれだけの事をされながらも愛しかった。 が、そんな気持ちとは裏腹に胸が締め付けられるように痛む。秀也の背中から顔を背けると起き上がろうとした。
くっ・・・
昨夜、テーブルの角で打ち付けた腹が痛む。
何とか起き上がると、タバコを吸おうとベッドを降りてテーブルへ向かった。
テーブルの上のタバコを取り、一本抜いて口に銜えてライターをつけようとした時、何か妙な音が聞こえた。
ヴィーン・・・ ヴィーン・・・
ん?
口に銜えたタバコを外し、音の方を見ると、秀也のタバコの隣の携帯電話が鳴っていた。消音でバイブレーターにしてあったようだ。
思わず電話を取上げた。見ると、Yukariとあった。
!
投げ捨てそうになったが、それも悪いと思い、
「秀也」
と小声で呼んでみたが、返事がない。
尚も司の手の中で電話の振動が響く。
勝手に出るのはルール違反だと解っていたが、司は腹を押さえながら呟いた。
「お前だって、悪いんだぞ」
そして、電話に出た。
「・・・・」
「あ、もしもし、秀也さん?」
寝起きにかけて申し訳なさそうな声だった。 秀也さん、と言われ、一瞬戸惑ってしまった。もっと、親しげに呼んでいたのかと思った。
出てしまった事に後悔した。
「あ、ああ・・・」
「ごめんなさいね、朝早くに。今日は何時位に戻って来れそうなの?」
「え?」
そう言えば前に晃一に言われた事がある。『寝起きの無愛想な声がお前等二人は同じだ』と。
「忘れてると思って。明日、司さんの誕生日だから、今日一緒にプレゼント買いに行くって約束したじゃない」
「っ!・・・」
「やだ、忘れてたの?」
「・・・、要らない」
電話を持つ手に力が入る。
「え?何、言ってるの?」
「要らないよ、そんなモン」
手にしていたタバコを握り潰した。
「要らないって・・、何かプレゼントしたいって、言ってたじゃない。それに私だって買いに行くの楽しみに・・・」
「本人が要らないって言ってるんだっ」
「!?・・・えっ?あの・・」
「ガラじゃねぇんだよ、・・そう秀也に伝えといて」
そして電話を切ると、ソファに放り投げて秀也を見た。が、相変わらず向方を向いて寝ている。
チッと舌打ちするとバスルームへ向かった。
- 出なきゃよかった。何だってデートの約束を朝っぱらから聞かなきゃなんないんだ。しかも、誕生日プレゼントだと? 秀也が彼女と一緒に買ったプレゼントを貰って嬉しいかよ。・・・一緒に? もし、電話に出なかったら・・・、知らずに貰ってたの、か そして、オレが喜んだら二人で一緒に喜ぶのか?オレの顔をみて?二人で一緒に・・・!?
突然司は、ゆかりに対して怒りに似た嫉妬が芽生えた。そして、秀也にも裏切られたという失望感を抱いた。が、秀也だけはまだ信じる事が出来ると確信したかった。秀也もまだ自分の事を愛してくれている筈だと。現にこの前言われたばかりだ。
唇を噛み締めながら熱いシャワーを頭から浴びた。
着替えを済ませバスルームから出ると、秀也は起きてタバコを吸っていた。
タオルで髪を拭きながら司は荷物をまとめた。髪を左右に振って手ぐしで梳かすとタオルをベッドに放り投げた。
「先、行くぞ」
サングラスをかけて荷物を手に取ると部屋を出て行った。
秀也は司を見もせず、黙ってドアの閉まる音を聞いた。タバコを吸いながらワインに染まったバスローブを見ていた。
- 何で、あんな事をしてしまったんだろう・・・。前に、北海道に行った時もそうだ・・。最近、俺おかしいよ。自分じゃないみたいだ、頭が変になりそうだ。・・・、司の事は愛しているのに・・アイツが遠くに感じる。離したくはないのに・・・。
タバコの火を消すと、バスルームへ向かった。熱いシャワーが気持ちいい。
- そうだ、明日は司の誕生日か。プレゼント何にしよう・・・。
バスルームを出て、タオルで髪を拭きながらテーブルの上を見ると、昨夜まであった筈の電話がない。
?
辺りを見渡すと、ソファの上にあった。
え?・・・、まさか?
慌てて着信記録を見る。やはり今朝ゆかりから電話があったようだ。それも通話されている。
秀也は茫然と司の出て行った扉を見つめ、ゆかりに電話をかけた。
出発の時間の少し前に、ロビーに降りると既に皆集っていた。皆から離れたソファで司は、新聞を読みながらタバコを吸っていた。
「おはよ、秀也くん。昨夜はよく眠れた?」
晃一が、ニヤつきながら秀也の肩を小突いた。
「ん?あ、ああ」
相変わらず寝起きは無愛想だな、とぶつくさ言うと、司の所へ歩いて行く。
司は新聞をたたむと、時間?とスタッフに訊きながら立ち上がった。
晃一が何かニヤつきながら近づいて来る。
-朝っぱらからヤな野郎だ。
そう思いながらタバコを灰皿に押し付けた。
「おっはよ、司くん。昨夜は激しかったねー。お前等にあんな趣味があるとは思わなかったよ」
思わず、ムッとして胸倉を掴んだ。まぁ、まぁと晃一は両手を上げる。
チッと舌打ちすると手を離した。晃一は司を見て、ニヤッと笑うと軽く拳を腹に当てた。
「いいねぇ、君達は。俺もあやかりたい」
「っ!?・・・つぅ・・・っ」
司は腹を抱えてうずくまってしまった。
そんなに強く打った訳ではない筈なのに・・・。
司と晃一は驚いた。特に晃一の方が驚いた。
「ちょっ、司、大丈夫かよ。そんなに強くやってねぇよ」
「わかってるよ・・・」
顔をしかめながら晃一を見上げると苦笑した。
- っきしょー、何だってこんなに痛むんだ・・・
晃一は、秀也が近づいて来たのに気が付くと、バツが悪そうに離れて皆の所へ戻った。
司は何とか立ち上がると、目の前の秀也に気が付いた。
「何?」
「・・・、痛むのか?」
「そーでもない・・・、何?」
サングラスをかけているので、互いの表情をよく見る事が出来ないが、秀也が何か言いたそうにしている事だけは確かだった。
「明日、・・・ 明日の事だけど」
「明日がどうかしたのか?」
「お前の・・・」
言いかけて口をつぐんだ。
司の体から、電話の音がしたのだ。
司はポケットから無造作に電話を取り出した。
「はい・・・、何?・・・んあ、明日? ・・・いいよ。はいはい、いつもんとこでね・・・ばぁか、何言ってんだよ・・・はは、じゃあな」
電話を切ってポケットにしまうと秀也に向き直った。
「ということで、明日は予定が入りましたので、次回にして下さい」
そう言うと、足元のボストンバッグを手にした。
「司・・・」
「明日は天気がいいらしいぜ。海でも行ってくれば」
サングラス越しに秀也の顔を見ると、複雑な表情をしている。
恐らく、司がゆかりからの電話に出た事を知ったのだろう。秀也もまさかとは思ったが、ゆかりから司との会話を聞くと、怒る気にもなれず、返って司に悪い気がしたのだ。自分の軽はずみな約束を後悔し、責めた。それ故、司が並木からの誘いに乗った事にも、責める気になれなかった。