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第九章・Ⅰ波紋(四)

 翌日、小さなホールを借りてステージのリハーサルを行った。直接ホールへ向かい、客席からステージへと上がる。

「おうおう、お二人さん、朝から見せ付けてくれますねぇ」

晃一が嫌味たっぷりに司に言うと、ナオと紀伊也もニヤついて、司と秀也を交互に見る。

「何だか二人ともいやらしいっスね。ペアルックなんて」 

透が笑いながら二人を見ている。よく見れば、二人共に黒いTシャツにヴェルサーチのGパンを穿いている。足元を見ても、同じコンバースのスニーカーだ。

秀也は少し照れたように司を見たが、司はサングラスをかけたまま何も言わなかった。

 リハーサルが始まった。

が、司が出遅れた。

もう一度やり直したが、また出遅れた。

 ? 

メンバーは手を止めて司を見たが、悪びれる様子もなく客席を見ている。

「司、もう一回行くぞ」

晃一が後ろから声をかけ、スティックを鳴らした。その時、ゴトッと音がして司の手からマイクが落ちた。

 !? 晃一はスティックを下ろして司を見つめた。

「司、どうした?」

秀也とナオが心配して側に寄ると、司は下を向いたまま呟いている。

「聞こえない・・・」

「え?」

二人は司が何を言っているのか解らず顔を見合わせた。

「ごめん、オレ抜きでってみて」

そう言うと、ステージを降りて客席に座り、サングラス越しに物憂げにステージを見つめた。

 -聞こえない、秀也の音だけ聞こえない・・・

じっと、秀也のギターを見つめた。

 結局、司抜きでリハーサルを終えるしかなかった。夕方の新幹線で、明日の会場の広島へ行かなければならなかったのだ。

 新幹線の中で司は一人、食事も取らずに窓の外をずっと見ていた。誰かが話しかけても知らんふりだ。さすがにメンバーも心配した。秀也を突っつくと、皆から離れて司の隣に座った。

「司、どうかしたのか? 今朝からおかしいぞ」

窓枠に肘をついたまま秀也を見る。

「秀也、昨夜は・・・」

「え?」

「あ、いや、何でもない。ごめん」

そう呟くと、また窓の外に視線を戻した。

田園が一瞬にして、通り過ぎて行く。

 しばらく秀也は司の隣に座っていた。窓の外の景色と共に、司の横顔が寂しそうだった。思わず司の肩に手を廻して耳元で囁いた。

「本当にどうしたんだ?」

優しく温もりのある声が司の心を包み込んだ。頭を肩に乗せると、呟くように言った。

「秀也、そばに居て・・・」

「分かったよ」

秀也は、司が連日のスケジュールに追われて相当疲れているのだと思った。それに昨日の今日だ。昨日の事を思い出すと、司を求めずにはいられない。

 その夜、二人は肌を重ねていた。 

秀也は司の体を愛撫しながら、昨夜ゆかりに言われた事を思い出していた。

『誰か他に好きな女性ひとでもいるの?』

『え?』

『何だか、秀也さんじゃないみたい。他の誰かを想っているみたい。その女性ひとの事、大切なの?』

何故、そんな事を言われたのかは分からない。しかしゆかりの質問に応える事は出来なかった。

 大切な誰か・・・

司の秘所に口付けをする。熱い吐息が漏れると体を仰け反らせる。

司のしなやかな肢体が今は愛しい。

「司、愛してるよ」

今の司には、秀也のその言葉だけで充分だった。


 ******

 

 翌日会場に着くと、既にステージの設定が終わっていて、メンバー達は音の調整に入り、軽いリハーサルを行った。

昨日の今日だっただけに、さすがにメンバーも司を心配したが、いつもと変わらずにテンションが高い。

皆、ホッと胸を撫で下ろしたが、時折見せる物憂げな表情にはドキッとさせられた。

客席が埋まり、会場が興奮と熱気に包まれる。

メンバーがステージに現れると、歓声が沸き上がり、会場を揺らした。

曲が始まると、全てを興奮の渦へといざなう。

 ライブが終了すると、全員が興奮冷めやらぬままステージを後にした。

ステージを後にした司は、終始黙ったままだった。

体中から汗が噴出し肩で息をする司に、スタッフの一人がタオルを渡すと、横目で彼を見ながら受け取ると汗を拭いた。

そのスタッフは一瞬ドキッとして、その場に立ち尽くして司を見送った。

「どうしたの?」

他のスタッフが彼に声をかけるが、彼は黙ったまま司の後姿を見送っていた。

 帰り支度が整い通用口から外へ出ると、案の定ファンが遠巻きに出迎えている。 秀也と晃一とナオが先に出て車に乗り込む。 それを見てファンが押しかけた。

警備員やスタッフがそれを制して、もみ合いとなり、それを見た宮内は、司に外に出ないよう言ったが、騒ぎで聞こえない。司もまた不用意に、外に出てしまったのである。

 ファンの一人が、ガードも付けず外へ出た司を見つけ、叫び声を上げると騒ぎは一層大きくなった。

スタッフも慌てて全員で司の周りを固める。司とスタッフに間が出来た時、キャーっと言う別の悲鳴が聞こえた。

ハッとすると、一人の男が、人垣の間から素早く飛び込んで来たかと思うと、司目掛けて突進して来る。一瞬何かが光り、その場に立ち尽くしてしまったが、誰かが目の前に立ち塞がると、男の手をはたき、握っていた物を落とした。そして、その手を掴みねじりあげ組み伏せると、みぞおちに一発食らわせた。

男はうっと呻いて動かなくなった。

「司、大丈夫か?」

紀伊也だった。 

 足元にはナイフが転がっている。紀伊也は司の腕を掴むと、素早く車に乗せた。 二人が乗り込むと、車は会場を後にした。

「司?・・・大丈夫か?」

少し心配になって司の顔を覗きこんだ。黙ったままの司はサングラスをかけていてその表情こそ分からないが、明らかにおびえている。

紀伊也にはそう見えた。

紀伊也は驚いて司を見つめた。司がこれ位の事でおびえるとは思ってもみなかったのだ。というより、かつて今までに一度足りとも怯えたところなど見た事がない。

 今日のライブの打ち上会場に着くと、既に他の三人もいたが、司の事を皆心配していた。 

スタッフからは先程の事を聞かされていた。それに会場には司の姿は見えない。

紀伊也は真っ直ぐに秀也の所へ行った。

「司は?」

「今日はルームサービス取るって、部屋へ送って来たよ」

「・・・で、犯人は誰だって?」

晃一がビールの入ったグラスを紀伊也に渡した。

「ファンの一人が狂ったらしい」

「・・・だろうな、司の毒にやられたんだろう」

 え? 

想定外な晃一の言葉にメンバーは息を呑んだ。 晃一はビールを飲み干し、タバコを一本抜くと、

「今日の司の絡みはイヤらしかったぜ。ナオは気が付かなかった?」

そう言ってナオを見ると、火をつけて吸った。

「いや、いつもと変わんないと思ったけど」

「そっか? 後ろから見てて思ったけど、あの腰つきは異常だったよ。それに、何となく全体的にそそられたしな。・・・俺だけかな、そう感じたの」

煙を吐きながら言った。

「いや、俺も何となく・・・感じた・・・」

紀伊也は呟くように言って、ビールを飲み干すと秀也の耳元で

「後で司を頼むよ。あいつ、何か怯えてたみたい」

そう囁くと席に着いた。

秀也は一瞬ビクッとして紀伊也を見たが、怯えていた?司が?そう思うと急に司が愛しくなった。


 部屋のチャイムを鳴らすと、暫らくしてドアが開いた。

俯いたまま司が顔を出すと、秀也は中へ入り鍵をかけた。

壁に寄り掛かって秀也を見ていたが、ふと目を逸らすと力なく歩き出した。

ライブの疲れもあるのだろう、足取りが重たい。ソファに崩れるように腰を下ろすと、もたれて秀也を見上げた。

テーブルの上には、料理の乗った皿がいくつか置かれていたが、どれも手を付けた形跡がない。ワインも栓が抜かれているが、飲んだ跡がなかった。

心配になって、司の隣に腰を下ろした。

「どうした? 何も食べてないじゃないか。それじゃ、体がもたないだろ」

秀也はワインをグラスに注ぎながら言うと、グラスを司に差し出した。

司はグラスを受け取ろうともせず、秀也を見つめていた。仕方なくグラスをテーブルに戻すと司に向いた。

「大丈夫か? 皆心配してるぞ」

「秀也は?」

「え・・?」

「秀也は、心配してくれたの?」

無表情のままだ。

「当り前だ。だから来たんだろ」

「紀伊也に言われたから?」

 !? 

一瞬息を呑んだ。確かに司が心配だった。しかし、紀伊也に言われて、此処へ来た事も事実だった。

「何で、そんな事訊くんだ?」

半ばムッとしたように言う。

「ごめん、何でもない。・・・疲れたよ、もう寝るから」

そう言うと、目を伏せた。

秀也は黙って立ち上がると、そのまま何も言わずに部屋を出て行った。

 後には、ソファにうな垂れた司が一人、広い部屋で取り残されたように、もたれて座っていた。

それが、ツアー再開の幕開けだった。




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