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第一章(四)

 

 紀伊也は司の車の一台を借りると急ぎ箱根へ向かった。

日曜日の午前中はさすがに混んでいた。時々渋滞にはまり車は立ち往生してしまう。

バイクを使えば良かったか。今更ながら後悔する。

 ようやく着くと12時少し前だ。

秋晴れの広がる彫刻の森美術館は常設展示以外にも特別展示会がもよおされており、多くの観光客でにぎわっていた。

 -くそっ、これを見越しての場所の指定か・・。とりあえず急がないと。

紀伊也は急いでピカソ館へと向かう。

もちろん自分のオーラは消して。

 ピカソ館へ入ると既に竹宮達が配置に就いていた。

中を見渡してアタッシュケースが置かれた事を確認すると、見学を装って一旦外へ出た。そして青い空を見上げた。

 -来てくれたか・・・。

一羽のハヤブサが上空を旋回している。

  -俺にハヤテを呼ばせる位、司の力が弱っているという事なのだろうか

   それにしても・・・

視線を再び下へやると、中年の男女の団体がドヤドヤと中へ入って行くのが見えた。

竹宮達は焦っていた。時間になってもアタッシュケースを取りに来ないのだ。

そのうち、中年の男女の団体がドヤドヤ入って来ると、中はデパートの安売りセールのような騒ぎになった。

立っていると「邪魔よ」と言わんばかりに肩を怒らせて突いてくる。

思わず仰け反りそうになる。オバちゃんパワーに圧倒されしばらくそれを見送っていた。が、一人のオバちゃんがアタッシュケースに気付き、それを何気に持ち上げた。

  ちょっ!!?

「なぁに、これ? 空っぽなんじゃないのぉ。あたしゃてっきりお金でも入ってんのかと思ったわっはっはっは・・ 」

周囲の者と大笑いし、それをそのまま置くと去って行った。

 えっ!? 

竹宮達は慌ててアタッシュケースの側に行きそれを手に取ると、先程持って来た時の重量感は微塵みじん欠片かけらもなく本当に軽かった。中を開けると一枚の紙切れが入っている。

 『ゴクロウサマ』

ワープロの文字で一言そう書いてあった。

その様子を入口で伺っていた紀伊也はその場を後にし、上を見上げたが、ハヤテの姿が見えない。

 - ?! ハヤテ? 

慌てて指笛を吹こうとしたが、ここで吹けば元も子もない。とにかく上を探しながら車へ戻る事にした。


『ハイエナ、お前に一つ指令を出そう。が、これはやってもやらなくてもいい。恐らく既に事なきを得ているかもしれん。とりあえず警察あいつらよりも先に犯人ヤツを見つけて始末しろ』

Rはそう言った。

 -そして司は俺にハヤテを寄こせと言ってきた

  何をする気だ? とにかくハヤテを探さないと・・

  もしかしたらハヤテは司の脳波をキャッチしたのかもしれない。

そう考え車のキーを回してアクセルを踏むと、とりあえず山頂目指して車を走らせた。

当てもなく走らせ、ふと仙石原の看板が目に留まり何かを感じてそちらへ走らせる。あの、だだっ広い草原のような所ならハヤテを見つける事が出来るかもしれない。何となくそう思った。

 車一台停まっていない空き地を見付け、駐車すると外へ出た。日も少し暮れかけると風が冷たい。思わず身震いした。

 11月に入ったばかりとは云え、この山の中だ。夜はもっと冷えるだろうと思い、一瞬ハッとなった。

小田原でのライブの前に司が放った台詞セリフと昨日犯人が残していった言葉が重なる。

『この時季に・・・ この辺りじゃ寒くてカゼひいちまうだろ』

『馬鹿みたいに熱があるようだしね・・・ 』

 -まさか、この辺りにいるんじゃないだろうな

そして辺りを見渡す。

 こんな広い箱根の山の中!? 

紀伊也は息を呑んだ。焦って考えても仕方のない事だとは分かっていた。しかしあの体で今晩もこの中で過ごせば体力の消耗もいちじるしい筈だ。

しかし、それより紀伊也には指令が下りていた。

まずは何があってもそれを優先させなければならない。紀伊也は唇を噛んで目を閉じた。

そして、表情のない冷めた目を開けると、空に向かって指笛を吹いた。


 ピィー、ヒュルヒュルルーー、ピィーーー。


暫くすると上空に一羽のハヤブサが現れ旋回したが下りて来る気配がない。

そのまま暫く旋回していたが、やがて誘うように動き出した。そして少し行った所で再び旋回する。

「ついて来いという事か」

紀伊也は車に乗り込むとハヤテを追って走らせた。

 どれ位走っただろうか、辺りが暗くなりかけている。

車のライトをけた。

公道をれて林道に入ると少し先に白いバンが一台停まっている。上を見ると上空にハヤテの姿はなく、木の上に止まっていた。

 車を停め、外に出る。

白いバンに近づいた。

中には人がいるようだが、動いている様子がない。助手席のドアは開け放たれている。恐る恐る近寄ると思わず息を呑んだ。

前の座席に男が二人うつ伏せていた。

運転席の男はハンドルに顔を埋めている。そして助手席の男は膝に乗せた開かれたアタッシュケースの中の札束に顔を埋めていた。二人とも即死のようだ。

 車の前輪の先を何か黒く光るものが這って行く。

紀伊也は目を疑った。

ここには到底居るはずのない

「タランチュラ・・・」

呟くと、冷たい視線を二つの死体に送った。


 司はどこにいるのか・・・、近くにいるのだろうか。

恐らく翌朝になればハヤテが案内してくれるだろう。日も暮れればさすがに鳥目では何も出来ない。車へ戻り、白いバンをやり過ごすと公道へ戻った。

車の中とはいえエラく冷える。エンジンをかけて暖房を入れようかと思ったが、司の事を考えたらそれも出来ず、シートを倒して一晩車の中で過ごした。


 *****


 ふと目が覚めると、全身が鉛のように重く腹の辺りが痛む。それでも辺りを伺うように神経を集中させたが人の気配はなかった。男達は出かけたようだ。


 -くっそ・・、りたい放題いたぶりやがって・・っ!

  ・・・ しかし、一人は力は弱いが能力者だったな

  それに、スイス銀行・・・、何を企んでやがる? 

  それにしても、このオレをこんな目に遭わせたからにはそれ相応なりの代償を払ってもらわんとな・・・


苦しそうに息をする司だったが、その目は次第に無表情になっていく。

そして怪しいまでに鋭く冷酷な表情を帯びていく。

 少し先に獲物を見つけた。

気配もなく静かにゆっくりと這うように近づいて行く。

彼等は自分達の捕らえた獲物に満足気に語り合っている。

それをほくそ笑むかのように見上げた。

気付かれないように背後に回る。たとえ気付かれても逃がしはしない。

そして、司は捕らえた獲物に食いつくかのように口の端を上げて微笑んだ。

 !!っ

全身に鋭い衝撃が走り、男達は声を上げる間もなくうつ伏せた。

その足元には太い脚が8本、毛で覆われた漆黒の蜘蛛が一匹這っていた。

 ふうっと、溜息をつくかのように一息吐くと、最後の力を出し切ってしまったかのように全身の力が抜けて、司はそのまま意識が失くなってしまった。


 *****


「司、気が付いた?」

気が付いて目が覚めると、心配そうに紀伊也が覗き込んでいる。

ふと気が付けば、あの忌まわしいまでにきつく巻きついていた紐もなく、柔らかく暖かい羽毛布団におさまっている。が、この独特な匂いと見慣れた嫌な天井にがっかりしてしまった。

当然、腕からは管が伸びている。仕方がないと言えば仕方がない。

再び目を閉じ、ゆっくり開け紀伊也を見た。

「あれからどれ位経った?」

「五日だよ」

 ふうっー。 大きな溜息を一つ吐いた。

「最低なオフだな」

「仕方ないよ」

紀伊也は苦笑してしまった。


 ハヤテに案内されてついて行くと、資材置場のような倉庫が林道の奥に一つあった。もう何年も使っていないだろうと思われたが新しいわだちが見られた。

ハヤテがその屋根に翼を休めたので確信して中へ入ると、床の中央に両腕を後ろ手に何重にもロープが巻かれ、両脚にもそれが巻きつけられ息も絶え絶えに司が横たわっていた。

 すぐにロープを外し抱き起こしたが、血の気は失せてまるで死人のように青白い顔で、息もしているのかしていないのか分からない程にぐったりとしていた。途中、何度か水を与えてはいたが車で病院へ運ぶまでに死にはしないか気が気でなかった。

 光生会病院へ着くと、血相を変えて雅が出て来て治療に当たった。何とか命拾いしたものの、今度はいつ発作が再発するとは限らない状態が続き、昨夜まで24時間体制の看護だったのだ。今朝になり容態が落ち着き、心拍・脈・脳波等全てが正常に戻ったのを確認した雅は休息を取り、代わりに紀伊也が付き添う事になった。

 そんな皆の必死な看護を露知らず、気が付いたとたんに憎まれ口を叩いたのだ。相変わらずだと思うと、思わず苦笑するしかなかった。

 司が体を起こしてサイドテーブルに置かれた水差しを取ろうとすると、それを見て紀伊也がすっとそれを取り上げ、グラスに水を注ぐと司に渡した。

「サンキュ」呟くと口につけた。

「司、訊いてもいいか?」

「ああ」

一瞬目を閉じて水を飲む。

開かれた瞳は怪しいまでに鋭くなっている。

「ヤツらは能力者だったのか?」

「一人な。が、まだ弱かったな。はっきり透視できてた訳じゃないだろう、何となくぼんやりって感じじゃないかな。刑事が三人いるって言ってたろ。共犯がいた訳じゃねぇ、それだけ異常に感じたんだろうな。お前の事は全く気付いちゃいなかった 」

「え?」

「お前の声は聴こえてたさ。ただ、返すだけの気力がなかったんだ。悪いと思ってる。あそこが山ん中だって事も分かってたけど、どうにもこうにも寒くてな、最悪だったんだ。ハヤテを呼ぶことも出来やしねぇ。それでお前に頼んだって訳だ」

「薬の事は?」

「ああ、あれは偶然だろう。どこでも手に入るからな。全く何だってあんなのに弱いんだろうな、イヤんなるよ。しかも液体ぶっ掛けられて、死ぬかと思った」

司がグラスを差し出すと、紀伊也はもう一杯注いだ。口にグラスをつけ、首をかたむけながら飲んだ。

そこへ亮太郎が入って来た。

司は飲みながらチラッと横目で見た。グラスを一気に空にするとサイドテーブルに置きながら「ほぉ、珍しい」と呟いた。

「とんだ茶番劇だったな」

亮太郎は近づくなり冷たい視線を投げ掛けた。

「しくじった・・・」

ぷいっと横を向いて司は言い放つ。

「で、ヤツは能力者だったのか?」

「ああ、一人だけな。が、ありゃほとん素人しろうとだったぜ。ただ普通よりも透視能力があるってだけだろ」

「本当にそうか?」

探るように言う亮太郎に司は鋭い眼差しを向けた。

「ああ、ただ気になる事を言っていた。残りの4億はスイス銀行に振り込ませると、な」

「スイス銀行?」

紀伊也が不審に思い訊いた。

「ああ、そう簡単に誰もが作れる訳じゃねぇ。しかも金額が金額だ。あいつらにはとても作れるとは思えないが」

「背後に何かあるって事か・・・ 」

「恐らくな」

「そうと知りながら何故なぜった 」

亮太郎が刺すように言う。

「ふんっ、指令は出したんだろ。ハイエナが探す前にオレがっといたぜ。それだけさ。それに・・・ あんたもそれを期待してたんだろ 」

あざわらうかのように冷たい視線を亮太郎に投げつけた。それを見て亮太郎はひるむどころか満足そうな笑みさえ浮かべた。

「そうだったな、タランチュラ。また期待している」

そう言うと出て行った。

 二人は黙って閉じられた扉を見ていたが、チッと司は舌打ちし、紀伊也に向かった。

「明日のスケジュールは?」

溜息をつくようなその眼差しは、多忙に追い込まれたジュリエットのボーカル・光月司だった。


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