表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
66/99

第八章(四の2)

 二人が店に入ると、客は誰一人いなかった。まだ、開店したばかりだ。今日の最初の客がジュリエットの司と秀也だったので、店員も少し緊張気味だ。

二人は案内されるまでもなく、窓際の奥の席に着いた。

「誰もいねぇじゃねぇか」

司はつまらなそうに店内を見渡す。

「まだ、開店したばかりだからな」

秀也は自分の腕時計を見せた。時計の針はまだ11時15分だ。

「あれま、そんなに早かったの。どおりで腹も空いてない訳だ」

司は、さっき途中で買ったタバコの封を開けると、一本抜いて火をつけた。店員がやって来て、熱いタオルと水とメニューを持って来る。

彼女は司と秀也を交互に見たが、司は機嫌悪そうに窓に向かって煙を吐いている。二人で何度かこの店には来ていたので、彼女とは顔馴染みになっている。

「今日のお勧めは何?」

秀也は彼女からメニューを受け取りながら訊く。

二人がランチメニューはあまり見ないのを知っていた彼女はニコッと笑うと

「えー、今日は、ナスとトマトのスパゲティです」

と応えた。

「へぇー、美味そうだな。オレ、それにしよ」

司が煙を吐きながら横目で見る。

「じゃ、それ二つ。あと、ビールと、司は、赤?白?」

「白、一本」

「はい、かしこまりました 」

一礼して去って行った。

 二人ともに珍しく黙ったままだ。店のスタッフも、余程二人共に機嫌が悪いのかと思った。

いつもなら、秀也に向かって文句を言ったり、冗談を言ったりと、何かとよくしゃべる司だった。時々、会話が聞こえてきて可笑しかったりする。が、今日は何となく気まずい空気が漂っている。

店員が再びトレーを持ってやって来る。

秀也の前に、細長いグラスに細かいふわっとした泡がデコレーションされたビールを置き、司の前にワイングラスを置くと、深緑色をしたボトルから淡い黄色がかったワインを注ぐと、ボトルクーラーに入れて去って行った。

司はタバコの火を消し、グラスを取って口に含んだ。

 一瞬、わぁっと甘いシロップが広がるようだったが、すぐにピリッとシロップが引き締まり、さわやかな甘さに変わっていく。冷たさも伴って、すうっと喉に流れて行った。後味にシロップは残らない。

 ふうっと、ホッとしたように息をついた。

秀也はビールを飲みながら、ワインを口に含んだ司を見ていたが、そのホッとしたような顔に安心した。 

連れ出して良かった。本当はあんな事をした後だったので、どうしようか迷ったのだ。それにもし声をかけて逆上されたら、それこそ取り返しのつかない事態になり兼ねない。いちかバチかで声をかけたら素直に来たのだ。秀也は少し驚いていた。

司がグラスを空け、ボトルを取ろうとした時、電話が鳴った。

並木からだ。

秀也は嫌な気分で司を見たが、司のその表情に驚いて、自分の気分も何処かへ行ってしまった。

明らかに、ムッとしている。それも、今にもテーブルをひっくり返しそうな勢いなのだ。

司はチッと舌打ちすると、忌々しそうに電話に出た。

「はい・・ うっせェな、自分で話せよ。 ・・・ オレには関係ねぇだろ。・・何 ・・・ そうだよ、こっちだって忙しいんだ。 身内の事はてめェらでカタつけろよ、じゃあな」

そう言うと電話を切ってテーブルに置いた。そしてボトルをガッと掴んで、グラスに波々と注ぐ。ボトルを戻してグラスを取ろうとした瞬間、再びテーブルの上の電話が鳴った。

「馬鹿野郎っ、メシくらいゆっくり食わせろっ」

電話に出るなり、そう怒鳴ると電話を切ってテーブルに放り投げた。

勢いで秀也の前まで滑っていく。秀也はその電話を取ると、何だか並木が気の毒に思え、思わず苦笑してしまった。

電話を手にして苦笑している秀也を横目で見てワインを飲むと

「内輪もめだよ。ったく、関係ねぇって言ってるのにしつこいヤツだぜ。それにこっちが忙しいって言ってんのにプルプル鳴らしやがって、うるせぇんだよ。 ったく、調子に乗りやがって。だいたいアイツは自分の事何だと思ってんだよっ。このオレに一々指図しやがる。 ねぇっ、どう思う?!」

と、いつものごとく、最近溜まっていた並木への不満を秀也にぶちかす。

「どうって言われてもねぇ・・・。お前と付き合う男って大変だよな。電話するにしても、これじゃあ、迂闊うかつにかけらんないよ。いきなり怒鳴られたらたまらなねぇだろ、可哀そうに」

「ヤケにアイツの肩持つじゃねぇかよ。誤解してたんじゃねぇのかよ」

司に横目で睨まれたが、並木が気の毒に思え、秀也は自分が変な想像までしていた事がおかしくなってしまった。

「そんな事した?」

秀也のすっとぼけた言葉に、ふんっと司は鼻で笑った。 司の中で、つっかえていた物が、一つ解けたような気がした。

「それより、さっきの電話・・・」

秀也が訊きかけたところで、パスタが運ばれて来る。 

トマトソースにナスが、焦んがり焼けて美味しそうだ。

 司は早速、フォークを取るとスパゲティに入れ、上下にソースを混ぜ合わせた。そして、フォークに巻きつけて口に入れようとした時、

「飛ばすなよっ」

秀也が慌てて言うが、既に遅かった。 チュルチュルっと司の口の中に運ばれた時には、トマトソースがあちこちに飛び散っていたのだ。

 ん? と秀也を見ると、秀也は呆れたように溜息をついて食べ始めていた。


「あー 美味しかった」

司は満足そうにナプキンで口を拭くと、残りのワインを飲み干した。

「司、どうしてくれんだよ」

秀也は食べ終わって、フォークを皿に置くと、自分の白いシャツの胸と肩と腕を指した。

 ん? と指された箇所を見ると、点々とトマトソースが散っている。

「はは、お前 食べんの下手くそだな」

「ばか、お前が飛ばしたんだろが」

そう言って司の胸を指す。司が自分の胸を見下ろすと、確かに点々とトマトソースがついている。

「だから、気をつけろ、といつも言ってんだろ。 ったく、ガキじゃあるまいし」

「まぁまぁ、そんなに怒りなさんなって。 お前だから、気を遣わなくて済むんだから。それに確か隣、服屋だったろ、後で買いに行こ。オレが出すからさ」

司は笑いながら秀也を見ている。 秀也もまったくしょうがないな、と言いながらも笑っていた。

 二人で服を買うのは久しぶりだ。選んでいて何となく楽しくなって来る。このまま何処かへ出かけたい気分にもなってくる。

結局、何でもない普通の白いシャツを選んでその場で着替えた。


 事務所へ戻ると、皆何となく二人を身構えて出迎えたが、司と秀也が出て行った時とは違うシャツで、しかも全く同じデザインと色のシャツを着ていた事に、全員先程あった出来事が、なかったかのように安心して二人を迎えると、各々の仕事に戻って行った。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ