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第一章(三)

 

「 誘拐?」

 ホテルのチェックアウトを済ませ、自宅に戻ろうとした紀伊也の携帯電話に連絡が入った。

今日から五日間のオフに入り、スタッフは昨夜ゆうべのうちに自宅へ戻り、メンバーともつい今し方別れたばかりだった。

一時間で光月家へ着くのは到底無理な話だったが、車より電車の方が速いと判断し目立たぬよう電車に飛び乗った。

 紀伊也が家の前に着くと、どこかの博物館並みの鉄の扉がゆっくり開いた。

半分開いた所で中に入ると、再び閉じられた。

門から玄関まで50,60メートルはある石畳の上を走って行く。わくひいらぎの彫刻であしらったどっしりと重たい扉の横の呼鈴を押すと、すぐに扉が開き、黒い蝶ネクタイをし、銀縁の眼鏡をかけた男が紀伊也を出迎えた。

二人は一瞬目を合わせたが、紀伊也が鋭い眼差しを向けると、男も目配せをして黙って会釈をした。急いで居間へ向かう。

「遅くなりました」

入り口で一礼して中へ入ると、奥のソファに司の父の亮太郎が疲れたように腰掛けていた。

その後ろには二人の黒いスーツを着た男が立っている。

SP達だ。

そして隣のソファには見知った顔の男が一人と、もう二人スーツを着た男がいた。

中央のテーブルには電話とテープレコーダーが置いてある。

「警察に連絡したんですか?」

三人の男を見て、一人が警視庁の竹宮刑事だという事を確認して少し驚いた。

「おいおい、そういう言い方はないだろ。当然の事だ」

竹宮は苦笑いしながら紀伊也を見る。

「しかし・・・ 」

紀伊也は奥にいる亮太郎に目を向けた。

「まぁ、仕方がない。何かあった時の保険だ。それに5億もヤツの為に払う気にはなれんしな 」

冷たく言い放つ亮太郎に二人の刑事は驚いて顔を見合わせた。

そして、入口に立っている紀伊也がジュリエットのメンバーである事を確認すると、早速決められたように昨夜の状況を訊いてくる。

紀伊也もそんな事だろうと淡々と答えていく。


「西園寺の名を語ったか。馬鹿が、油断したんだろう」

呆れて亮太郎は溜息をついた。

 三年前に勝手にデビューした時には激怒した亮太郎だったが、辞めさせるには時既に遅しで、あっという間に日本中の人気の頂点に達してしまった。

それを今更引きり降ろすのでは親のエゴだと言われ兼ねないだろう。

但し、指令だけは全うしてもらわねばならない。

それだけの公約のもと、自由にさせてきた。

しかしここへ来て、身代金目的の誘拐事件だ。調査せねばならないが、亮太郎にとってはとんだ茶番劇に付き合わされて、呆れ返ってしまったのである。

「それで犯人は何と?」

その質問に竹宮が答えた。

 身代金は全部で5億。1億を先に支払えというのだ。残りの4億については1億を無事に受け取ってから指示を出すというものだった。

そして紀伊也が着く少し前に、二度目の電話があり受渡しを指定して来たのだ。

「受けるんですか?」

「そうせざるを得なくなった」

亮太郎が顎でしゃくると、竹宮がカセットテープを回した。

『随分と威勢のいいお嬢さんだがいつまで持つかな。相当苦しそうだがね』

変声期を付けているらしく太くしわがれたような機械音だ。

『何をした』

『ちょっと薬を浴びてもらっただけですよ。何と云ったかな、そうそうよく聞くクロロフォルムだったかな。少し寝てもらおうと思ったんだがね、急に苦しみだしてね。それに馬鹿みたいに熱もあるようだしね・・・ お分かりいただけたかな? 』

『 ・・・、 受渡しはどうするんだね』

『払う気になってくれましたか。そうでしょうね、あれでも大事な一人娘ですからね。日時は明日の正午、場所は明日の朝9時に連絡する』

竹宮はテープを切った。

 紀伊也が愕然がくぜんとして亮太郎を見ると、目を閉じて何か考えているようだ。

「さすがに死なせる訳にはいかない」

静かに目を開けると真っ直ぐに紀伊也を見ている。

 -そういう事か・・・

要は殺すにはまだしいという事だ。

まだ働き足りないと云うべきか、司の能力を必要としているのか。

やはりこの人程冷酷な人物はいないだろう。

紀伊也は奥歯を噛み締めた。

 

 翌早朝、紀伊也は光月家の客間で目を覚まし、仕度を整えると居間へ下りた。既に朝食の用意も整い、コーヒーが運ばれて来る。

その様子はこの家の長女が誘拐されたとはとても思えない程、普段の朝と変わらなかった。

紀伊也はソファに腰掛け、コーヒーを飲みながら居間を見渡した。

 重厚感のあるアンティークな家具で統一された落ち着いた居間だが、どことなく冷たく感じる。天井に吊るされた大きなシャンデリアはまるで冷たい氷のナイフのようだ。司がこの居間を嫌って、白にこだわる理由が何となく分かる気がする。

 幼い頃から出入りし、慣れていた筈なのに、デビューをしてステージに立つようになり、更に司と寝食を共にする事が多くなってからは何故かここが好きでは無くなった。

元々好きではなかったが、更に何か得体の知れない重圧感さえ感じていた。

 ふうっと、一つ溜息をついた。

司は大丈夫なのだろうか。

 クロロフォルムをがされたとなれば当然発作が起きている。それに熱もあると言っていた。あの特異体質で高熱が出れば、治まった発作も再発する可能性が高い。それに、ライブの後の疲れ切った体で余計な体力を使う事になれば、さすがの司と云えども命に係わってくる。

一晩中テレパシーを送ってみたが、応えはなかった。ただ、生きている事だけは確かだ。

司とつなぐ脳波が切れてはいなかったからだ。

「せめてもの救いだな」

呟くとコーヒーを飲み、ソファにもたれた。

 8時頃、竹宮達が現れた。そして居間の中央のテーブルに昨日と同じように電話をセットする。紀伊也は竹宮に近づくと小声で訊いた。

「見当はついたのか?」

「それが、目撃者もいない」

 -そっか

諦めたように溜息をついて竹宮から離れた。

昨夜の今朝ではさすがに無理だろう。分かっていた事だったが、司の容態が心配なだけに訊かずにはいられなかった。

 9時に亮太郎が、男にアタッシュケースを運ばせ居間に現れた。

その時、中央のテーブルの電話が鳴った。

刑事達は固唾かたずを呑んで電話を見たが、すぐ仕事に取り掛かり亮太郎に合図を送った。

亮太郎は至って冷静に電話に出た。

「はい、光月ですが」

「 ・・・。 」

 沈黙が流れた。

ドスっ、司は腹を蹴られ一瞬呻うめいた。

「早く出ろっ」男の一人が耳元で怒鳴る。

司も一瞬、驚いたのだ。まさか父の声を聞くとは思ってもみなかった。

 金を渡すつもりなのか・・・?

ぐいっと髪を掴まれ、顎を持ち上げられると受話器を口に当てられる。

「ア、R ・・、ハイエナにハヤテを ・・・っく・・」

ドスっと再び腹を蹴られた。

「何、訳の分からないことを言ってるんだっ、こいつっ、眠らせておけっ!」

男は怒鳴ると司から電話を離し、床に放り投げると更に蹴飛ばした。

「箱根彫刻の森美術館、ピカソ館内、正午だ。気が変わった。間に合わなければ殺す。いいなっ。下手なマネはするなっ、そこに居る三人の刑事にも言っておけっ」

それだけ言うと電話を切って床に転がる司を見下ろした。

再びクロロフォルムを嗅がされ、死んだように意識を失っていた。

 電話が切られると、刑事達は顔を見合わせた。自分達がここに居る事がバレている。だとすれば共犯者が近くにいるのか?!

竹宮が指示すると慌てて外へ飛び出して行った。

「能力者か・・・」

亮太郎は電話を見つめながら言った。

「恐らく・・・。 だとすれば我々は下手に手出しはできませんよ」

竹宮が亮太郎に向かって言う。

「しかし、ハイエナの事を知らんとはな・・」

「恐らく彼等は俺達の事に気付いていないと思います。現に司を人質にする位ですから」

紀伊也が言う。

「そうだな、もし知っていたらすぐに殺しているだろう。ヤツ等も命は惜しい筈だ」

竹宮が紀伊也を見ると二人は頷いた。

「そうだな。能力者狩の異名を持つタランチュラだからな。あいつは」

亮太郎は一瞬冷たい視線を二人に投げかけるとほくそ笑んだ。

「が、この1億はお前に預ける。万が一の為だ、役に立たせろ。これ位の金は惜しいとは思わん。ま、お前達警察がどれ程のものかお手並み拝見といこうか。それから背後関係はしっかり洗ってくれよ。後々面倒な事に巻き込まれたくはない」

そう言うと、後ろで控えていた男に手で合図しアタッシュケースを竹宮に渡した。竹宮はそれを受け取ると部屋を出て行った。

「さてハイエナ。お前には一つ指令を出そう」


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