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第七章(七の2)

 微かなフローラルの香りで翔は目を覚ました。

香りを辿って行くとそこには司の顔があった。

今にも泣き出しそうだ。思わず苦笑してしまう。

「お前が泣くのは苦手だ」

皮肉混じりの言い方に、司は耐え切れなくなって目を閉じると涙が頬を伝っていた。

「だから、泣くな・・・ 司」

頭を垂れた司に翔は手を置いて優しく撫でた。

「兄、さん・・・」

涙を袖でぬぐうと、顔を上げて微笑んだ。

翔は司の笑顔を見て微笑んだ。

「やっぱりお前は笑ってる方が可愛い」

翔は生きて司の笑顔に会えた事に感謝したが、何故あの時咄嗟にサラエコフの前に立ったのかよく覚えていない。

司を憎んでいた筈なのに何故、かばったのか。


 シャワールームに隠れながら司のピアノを聴いていた。

ショパン、司が最も敬愛する作曲家だ。

駆け巡るように指が動いているだろう。音色は激しかった。

時に冷酷で残酷さがにじみ出ていた。タランチュラ、あの時の目を初めて目の当たりにして翔は凍りついた。

まぎれもなくタランチュラだった。

これを望んでいたのだ。お陰で仕事は流れるように上手くいっていた。が、司は『オレとしてはりたい』平気で言ってのけた。タランチュラの冷酷さは聞いていたが、司の口から直接聞いたのは初めてだ。

しかしそれは自分の妹だった。紛れもなく可愛いたった一人の妹だった。

 サラエコフと対していた時、急に静かになったので、終わったのかと思い、思わずドアを開けて様子を見ると、瞬間司が悲鳴を上げて仰け反った。その時翔には聴こえた。『助けて』と、自分に助けを求める司の悲痛な叫びが聴こえた。

自分の銃が司に向けられ、引き金が引かれた時、体が勝手に銃口の前に立っていた。

 その後、司は子供のように泣きじゃくっていた。『一人にしないで翔兄さん』そう言っていた。

昔、司がまだ三歳くらいの時にも同じ事を言われ、足元にまとわりついて離れなかった事を思い出す。

あの時は思っていた。この子を不幸にはできない。親父や兄貴の道具になんかさせない、と。しかし、今では自分が道具にしていた。

任務の為なら手段を選ばずに・・・。


 病室の扉がノックされ開くと、亮太郎が入って来た。

「気がついたのか。気分はどうだ?」

ゆっくり近づき、翔の顔を覗きこんだ。

「ええ、何とか」

亮太郎はホッと息を付くと、離れてソファにもたれた。

「しくじったな、タランチュラ」

突き刺すように司の背後から声がする。

それと同時に司の目が鋭く怪しく光る。

あともう少しの処で、糸をちぎられ逃れた獲物を悔しそうに見ている主のようだ。

翔はまた冷や汗が出そうになった。が、同時に不安にもなった。

「まだ、終わってはいない」

司はギリッと歯を噛み締めると目を閉じた。

「そうだな。 ・・・ ところで、ICPOに確認を取ったんだが、・・・ 、サラエコフは当に死んだ事になっているぞ。・・・ リストには載せる気がないらしい」

それを聞くと司は目を開けてニヤッと笑った。

「そうか」

そして、翔を見ることもなく静かに立ち上がると、上着の内ポケットからサングラスを出し、それをかけると黙って部屋を出て行った。

翔はその後姿を見送った。

 あの夜、司に負ぶわれた。

タランチュラの強靭きょうじんな肩とは云え、細い肩だった。

翔は天井を仰ぎ見ると目を閉じた。

 -司、もうやめろ・・・


 ******


 数日後、司は自分の部屋で真白なピアノを弾いていた。ショパン「幻想即興曲」静かに激しく指を駆け巡らせていく。


 中東の砂漠のオアシス

足音が近づいて来た

その地面を黒い影がゆっくり足音に向かって近づいて行く


 司はふと不敵な笑みを浮かべた

獲物を見つけた

ピアノの旋律が激しさを増していく

獲物を捕らえたのだ

司の目が鋭く光る


 黒い影は突然、物凄い勢いで足音の主に牙をいた

足音が止まり、声を上げる事もできず、ドサっとその場に倒れた


司は静かに目を閉じるとそのまま指を走らせた

その旋律は徐々に静かになっていく


 砂漠のオアシスの草むらに、白銀の髪をした男が倒れていた。

その背中を、まるで黒曜石のように美しい漆黒の巨大なタランチュラが這っていた。

タランチュラはゆっくり、背中から肩へ腕へと這って行く。


男の青い瞳に映った

男はそれを見て笑みを浮かべた

不敵な笑みだった


 !! 


そのまま男の呼吸が止まる。

タランチュラは何処へともなく消えていた。

男はサラエコフだった。



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