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第七章(七)

誤解(七)


「で、どうするんだ? それからヤツは何処にいるのか分かるのか?」

翔は不安気に訊いた。指令が出されれば後はタランチュラに任せればいい。寸分の狂いもなく実行するタランチュラは絶対だった。歯向かえば逆にられ兼ねない。そういう者を何度か目にしていた。

「まだ、近くにはいるだろう。オレをるまではいるだろうが、他のヤツを巻き込みたくない。それに何処でどううるさいマスコミにぎ付かれるか分からん。国内はやりにくいな。出来ればこちらから招待してやる」

「どうやって?」

「同じ能力者だ。招待状はオレから出すさ。それから、悪いが家を使わせてもらうよ。その方がやり易い」

亮太郎に視線を送る。

「そうだな、それがいい。使用人にはヒマを出すが、いつやる?」

「できれば、今夜」

亮太郎と翔は顔を見合わせ頷くと司を見た。

恐ろしいまでに冷酷な目をしている。これから獲物を狩りに巣から出ようとするタランチュラのようだ。

二人は背中に何か冷たい物が流れて行くのを感じた。


 ******


 その夜、司は広大な敷地内にある屋敷の中にたった一人、自分の部屋でショパンの「英雄」を奏でていた。ソファのテーブルにはグラスが二つと琥珀色をしたブランデーの入ったガラスのボトルが一本置かれている。

窓は開け放たれ、ピアノの音色は誰もいない光月家の敷地内に静かに響いていた。風が吹き、雲が月にかかった。

突然、ピアノの音色が止んだ。

「さあて、と。今宵こよいは誰が英雄になるのかな」

そう呟くとピアノから離れ、テーブルの方へ歩いて行く。

おもむろにブランデーのビンを取上げた。 ・・・っ!? 少し肩に痛みを感じた。痛み止めを打ってもらっていたが、そろそろ効果が薄れて来たらしい。チっと舌打ちすると一つのグラスに波々と注ぎ、ビンを置くと一気に飲み干した。そして、もう一つのグラスに三分の一程まで注ぐと、手にしていた自分のグラスにも同じように三分の一程まで注ぎビンを置いた。

司の目が鋭く怪しく光る。

「招待状は受け取ってもらえたようだな」

窓の方へ体を向けるとグラスをかざした。

どこから入って来たのか、そこに男が一人立っていた。サラエコフだ。

白銀の短い髪に青白いまでの肌、そして鋭く光った青い瞳で、真っ直ぐに司を見つめている。その目は憎悪に満ちていた。

「オレはあんたに恨まれる覚えはないが、お前を連れて行かなきゃなんないんでね。・・・ あ・・っと、昨日の礼はさせてもらうよ」

そう言うと、グラスを一気に空にした。

そして、空のグラスをゆっくりテーブルに置く。

置きながら司は彼をじっと見ていた。

彼も司の手の動きをじっと見ている。

グラスから手を離した瞬間、闘いが始まった。

 二人が突き出した両手からは、凄まじい気が発っせられている。目に見えない気と気がぶつかり合っていた。二人共に全身の神経をただ一点に集中させている。恐らく今までにこれ程までのエネルギーを一度に放出させた事はないだろう。

天井のシャンデリアの装飾の一部がパラパラと床に散らばった。グラスに注がれたブランデーが波打っている。

司は気を発しながら、徐々に押されていくのが分かった。左肩に思うように力が入らない。

ヤツの気をまともに浴びれば昨日の二の舞だ。更に神経を集中させ力を込めた。

 パーンっっ!! とグラスが割れ、ブランデーが飛び散った。

そこで一瞬、互いをけた。

 はぁ、はぁ、 二人とも肩で息をしている。司は肩を悟られないようにしていたが、立っているのもやっとの状態まで追い込まれていた。思わず顔をしかめた。それを見逃さなかったサラエコフはもう一度気を発したが、間髪でそれを避けると瞬間右手で気を発する。

「うわっ」

どうやらそれがかすったようだ。的を得なかったのは残念だったが、これを続ければ何とかなるだろう。そう思った時、奥のシャワールームから翔が出て来た。

 え? 一瞬、翔に目が行った。その時頭が割れるような激痛に襲われた。

「うっあーっ ・・ ああっ・・っ・・ 」

頭を抱えて仰け反った。しかし、次の瞬間もう一度能力を封印しようと反撃に出た。サラエコフも最初の一撃を浴びていたので少し動きが鈍っている。

 あと、もう少し・・・  

しかし、翔が銃を持ってこちらへ来る。

「ダメだっ、兄さんっ、まだだっっ!!」

司は日本語で叫んだ。サラエコフには何を言っているのか解らなかったが、翔と司を見て、それが兄弟であるという事がすぐに分かった。一瞬、ニヤッと笑ったが、二人はそれを見てはいなかった。

サラエコフは能力を封印されてしまったかのように、おとなしく翔が近づいて来るのを見ていた。

司にはそれが信じられなかった。 まさか、さっきのがまともに当たったの・・・か?

翔はゆっくり近づくと銃をサラエコフのこめかみに突きつけた。

「ここまでだ。おとなしくリヨンまで来てもらおうか」

それが何を意味するかサラエコフには解っていた。さすがは能力者狩の異名を持つタランチュラだ。連中の依頼とあらば確実に任務を遂行する、か。

しかし、自分にはやらなければならない事がある。弟の仇を討つのだ。ミラノフを直接死に追いやったのはKGBだったが、タランチュラさえいなければそんな事にはならずに済んだのだ。

 タランチュラさえいなければ。

それが、今ここまで追い詰めていた。いや、追い詰められているのかもしれない。確かに自分の能力が弱まっていた。 しかし、このままヤツを目の前にして・・・。 ギリっと歯を噛み締めた。が、翔に拳銃を突きつけられてある考えが浮かんだ。

恐らくこいつはタランチュラの兄だろう。目の前でタランチュラを殺せばこいつも俺と同じ運命を辿る。どうせ俺は死ぬ、だったら・・・。

瞬間、サラエコフは銃を奪うと、タランチュラに向けて引き金を引いた。


 ボムっっ!! 消音装置付きの銃だった。

「うっ」

サラエコフの手から銃が弾き飛ばされた。金色のチェーンが襲ったのだ。

そして、サラエコフの前に立っていた翔の体がゆっくりと倒れていった。

「兄さんっっ!?」

司はその場に立ち尽くしてしまった。 一瞬、サラエコフと目が合った。しかしすぐに倒れた翔に釘付けになる。 もう一度目を上げるとサラエコフは消えていた。

「兄さんっっ、翔兄さんっっ!!」

司は駆け寄って愕然とした。胸からは大量の出血がある。

「翔兄さんっ! しっかりっ!」

屈んで抱き起こして叫んで呼ぶが、こちらを見ない。抱きかかえた司の手はねっとりと赤い血に埋もれた。

とにかく止血しなければ! 辺りを見回し、翔を床へ寝かせるとベッドへ走った。

ベッドの前まで来ると一瞬立ち止まった。

ここで・・・。

思わず目を閉じた。

8年前のあの日、翔に犯された。

目を開け、血に染まった翔を見る。

もし、このまま放置しておけば、間もなく死ぬだろう。 翔は普通の人間だ。

 しかし・・・ 翔は・・・

 翔には・・・ 同じ血が流れている

 -同じ血

自分の赤く染まった手を見つめた

 -兄さんっ!

司はシーツをぎ取るとそれを引き裂きながら翔の元へと走った。

「何で、オレをかばったんだよーーっ!!」

翔を抱き起こすとシーツを巻いて止血する。

「何でだよ、何でオレなんかを庇ったんだ!?  オレなんか生きてる価値もないっ」

処置が終わると翔を肩に担ぎ、急ぎ部屋を出た。階段を下りながら自分の肩にも負担が掛かっていた。が、今は自分の痛みになど耐えているヒマはなかった。最後の一段に差し掛かった時、翔の体が急に重くのしかかり、足を踏み外してしまった。

「う、わっ」

二人共に前に倒れた。 う・・・ っくっ・・・。 翔が微かにうめいた。ハッと翔を見ると苦痛に歪んでいる。

「兄さんっ、しっかりしてっ!」

翔はわずかに目を開けたが、そのまま目を閉じてがっくり崩れてしまった。

 !? 

 ま、さか・・・

一瞬、司の目の前が真っ暗になり、静けさに包まれた。

「に、兄さん? 翔兄さんっ!?」

大声で叫んで揺さぶるがピクリとも動かない。 

 そ、そんな・・・っ!

「い、いやだっ!! 兄さんっ!? い、逝くなっ! オレを、オレをまた一人にしないでっ。 翔兄さんっ!? やだーーーっっ!!」

思わず泣き叫んでいた。

誰もいない広い屋敷の中に司の悲鳴が響き渡った。

「くっ・・・。 ば、かやろ・・・」

司の腕の中から声がした。

 え? 腕の中に横たわる翔を見ると僅かに目を開けて、泣きじゃくっている司を笑ったように見ている。

「に、兄さん!?」

「勝、手に ・・・ 殺す、な」

苦笑しているかのようだ。 司は信じられないと潤んだ瞳で目を見張った。

「寂しがり屋で・・・ 甘えん坊は・・・ 昔のまま、だな、司」

皮肉混じりの笑みを浮かべると目を閉じた。気を失ったのだ。

「兄さん・・・ 」

 司は急ぎ翔を自分の車に乗せ、病院へ向かった。病院ではユリア達が心配そうに待っていた。司の脳波を感じたユリアは雅を伴って玄関まで迎えた。そこへ車が入って来る。運転席から出て来た司を見て二人は愕然となった。全身赤い血に染まり、必死の形相で助手席に走り寄り、ドアを開けると瀕死ひんしの翔がいたのだ。

「ボンっ、頼むっっ!! 胸を撃たれたっ。至近距離だ。弾は抜けているが出血がひどいっ」

ストレッチャーを走りながら押して司は叫んだ。

「オレの血を採れっ! 解凍しているヒマはないっ、オレの血を! 兄さんを助けてくれっっ!!」

血の滲み出るような悲痛な叫びに雅も頷いた。

手術が始まった。

司の左腕から管が伸び、隣に横たわる翔の腕へまで伸びている。司の体から赤い血が流れ、管を通して翔へ注がれた。

司はじっとその赤い血を見つめていた。


 翌朝、いつもの病室で目を覚ますと、ユリアがかたわらの椅子に腰掛けて眠っていた。

「ユリア・・・」

 ん・・・。 ユリアは目を開けた。そして司に気付くと微笑んだ。

「おはよう。いい朝になったわね」

ユリアの一言に翔の無事を確認した司は、天井を仰ぎ見ると涙が溢れてきた。

訳もなく後から後から溢れてくる。 目を閉じると頬を伝った。

ユリアはそれをじっと見つめていた。

 





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