表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
54/99

第七章(五)

誤解(五)


 深夜、月明かりもなく異常なまでに静かな暗闇に包まれていた。

深い眠りに堕ちていた司はふと目を覚ました。

ここは?

暗闇を見渡すと少し目が慣れ、そこが見覚えのある部屋だった事に溜息混じりの息を付いた。肩の辺りに違和感がある。包帯で頑丈に巻かれていた。

-そっか・・・、やられたな。

スタジオで激しい眠気に襲われた事を思い出した。みやびに連れて来られたのだった。

仕方がない、このまま寝るか。そう思い、再び目を閉じようとした。


 っ!!?  っっーーー!! 

 

突然、頭をかなづちで殴られ金属の鎖のような物で締め付けられるような激しい痛みが襲う。頭が割れそうだ。

「うっ、 あーーっっ!!」

思わず悲鳴を上げ、頭を抱えると仰け反った。まるで金縛りにでもあっているかのようだ。頭の中から今にも脳が飛び出しそうな勢いだ。その内、辺りがぐるぐる回っているかのように見え出した。

こんな痛みは今までに経験した事がない。

 ・・・が、一度だけ。 ・・・ そう言えば一度だけほんの一瞬経験した。

 --!? まさかっ!?

『紀伊也っっ!!』

頭の中で叫んだ。

『紀伊也っっ!!』

ハッと、司の呼ぶ声に目を覚まし起き上がった。

 乱れている

司と紀伊也をつなぐ脳波が乱れていた。こんな乱れ方は初めてだ。

『司!?』

紀伊也は頭を押さえながら応えた。

『来てくれっ ・・・ 頼む』

やっとの思いでそれだけ送ると、司はベッドから転がり落ちて頭をかかえてもだえた。落ちた拍子に昼間受けた打撲が追い討ちをかける。

「ううっ・・・ くっっ・・・ ああっっ・・・」

さすがの司も我慢できずに悲鳴を上げた。

 -誰かっ・・・ ヤツを止めてくれっ・・・。

しかし、司の悲鳴は誰にも聞こえない。まるで病室全体を特殊なバリアで囲まれているようだ。

 紀伊也が急いで病院に駆けつけると、建物の下で三人の人影が目に付き、足を止め身を隠した。ただならぬ殺気を感じたのだ。

三人の人影は等間隔に並んで上を見上げ両手をかざして立っている。紀伊也が上を見上げると、そこには司の病室があった。丁度、両端の人影が病室と同じ大きさの位置に立ち、真ん中の人影は病室の中央に位置していた。

『司』

紀伊也は注意深く三人を見ながら送る。

『 ・・、紀伊也、来てくれた、のか』

『誰かいるぞ』

『わ、かっている・・、くっ・・・っ』

『大丈夫か?! 何があった! 』

苦しんでいる様子が分かる。

『そいつを止めてくれっ、頼む』

『止めるって?!』

紀伊也には彼等が何者で、何をしているのか解らない。ただ、止めろと言われてもどうしていいかわからない。

『足元を狙ってくれ、右足だっ、早く・・・ っつーー、ああっっ!!』

『三人いるぞ』

『 ・・・三人? ・・・ならば、中央だ・・・』

『わかった』

紀伊也は走り出しジャンプすると右腕をかざし、振り下ろした。右手首から銀色のチェーンが伸びて中央の人影の右足を襲う。

人影は突然の攻撃を受けよろけると、両端の二人はその場に崩れた。

 暗闇で一瞬顔が見えた。 男だった。 日本人ではなかったが、その目は紀伊也を身震いさせる程の冷酷さを募っていた。

着地し身構えた時、男達は消えるように去っていた。紀伊也はそれを見過ごすと急いで司の元へ向かった。

 病室に入り灯りをつけると、部屋の中央で司が体を抱えながら倒れていた。慌てて抱き起こすと肩で息をし、目が血走っている。

苦痛に耐えながら紀伊也に気が付くと、やっとの思いで口を開く。

「ヤツ・・・は、生きて、い・・た」

必死で紀伊也の腕にしがみ付き真っ直ぐに紀伊也の目を見る。その目は無表情にも恐怖に怯えながらも冷酷さを帯びている。

「ヤツは生きていた・・・。 Rに ・・・ Rに頼むっ・・・」

「ヤツって誰だ!? 司っ!」

気を失いそうになっている司を揺さぶる。

「サ、サラエ・・コフ」

そう告げると目を閉じた。

フツっ と紀伊也の中で司の脳波が切れた。

その時雅が飛び込んで来た。当直室で本を読んでいたが、突然不穏な感覚を覚え、それが司の部屋から感じて慌てて来たのだった。

中に入ると紀伊也が司を抱きかかえているのを見て愕然とした。

「何があった!?」

紀伊也は司をベッドへ運ぶと、事のいきさつを話した。


 ******


 ユリアが雅から電話をもらったのは、それから間もなくの事だった。

電話を切ると奥の書斎に急ぎ、隠し扉を開けて中へ入り、二つのモニターを見た。一つは正常だが、時々途切れながら波打っている。が、もう一つは直線が暫らく続き、たまに微かに波打っていた。それを確認すると、扉を閉めて部屋から出ると航空会社へ電話をかけ、一番早く成田に着く便を手配した。今からなら今日の午後の便で明日の朝に着く。仕度をして出かける前に『サラエコフ』という名を思い出し、リヨンにあるインターポール特別任務室へ電話をかけた。

 ユリアは何年か振りに成田に降り立った。が、思い出に浸っている余裕はなかった。急ぎ入国手続きを済ませ、ゲートを出て上の案内表示を探していると、後ろから声をかけられた。

「 Juria! 」

振り向くと何年か振りに見る懐かしい顔だ。

「ショウ!」

二人はほんの一瞬だけ笑顔で互いの再会を喜び握手を交わしたが、お互いここへ来た目的が同じである事を思い出すとすぐに険しい表情になった。

「ヤツが生きていたって!?」

「そう言っていたらしいわ。とにかく本人に会って確かめなきゃね、お兄さん」

一瞬、ショウと呼ばれた男はギクッとしてユリアを見た。

ユリアはその表情を見逃さなかったが、気にする素振りを見せず、二人は急ぎ空港を後にした。

 病院へ着くと、真っ先に最上階へ上がり、一番奥の部屋を目指す。

ユリアも翔もここへ来るのは8年ぶりだった。

ドアをノックし、中へ入るとベッド脇の椅子に紀伊也が座り、司の右手首を握っている。その横に雅が立っていた。

窓の外を誰かが立って見ていたが、二人に気付くとこちらを振り返った。

「遠い処をわざわざご苦労だったな」

低く太い声がねぎらう。

「親父・・・」

翔は一歩前に進み出たが、ハッとして頭を下げた。

「遅くなりました」

「挨拶はいい。それより、これの事だが」

と、ベッドを見ながら言う。

「ヤツが生きていた、と言っていたそうだ」

「本当にそうなんでしょうか。見間違いとでも?」

「さぁ、私も訊きたいところだが、この状態ではな・・・」

少し呆れたような視線をベッドへ向ける。翔は荷物を置いてベッドに近づいた。そして、ベッドで眠る司を見て雅に向き直った。

「雅、どうだ?」

「それが、何とも・・・。 紀伊也、どうだ反応はあるか?」

首を横に振ると紀伊也に訊いた。目を閉じていた紀伊也だったが、ゆっくり目を開け司の顔を見ると残念そうに首を横に振った。

「もう少しやってみましょう。私も診るわ」

ユリアは紀伊也の後ろに行くと、司の顔を覗き込む。

どれ程の苦痛に耐え兼ねたのか穏やかではない。死んだように眠っている。この様子ではもう暫らく目を覚ます事はないだろう。そう判断した雅とユリアに亮太郎は目を覚ましたら呼ぶように言うと出て行った。翔も諦めたように部屋を出た。

 廊下に出ると窓を開け、風を感じた。

 -日本の春、か。久しぶりだ。仕事でもなければ来る事もないだろうが・・・。

肌を突き刺すような冷たい空気に何ともえないまったりとした暖かい空気の入り混じったこの時季、桜の花がちらほら見え隠れする。翔はこの空気が好きだった。

空気というより、この時季の思い出と言った方が合っているのかもしれない。

 ・・・が もう昔の話だ。 そう区切るとふっと苦笑した。

扉が開きユリアが出て来て翔の隣に立ち、同じように窓の外を見た。

「あれからもう8年経つのね。元気だった?」

「見ての通りだ」

素っ気無い翔にユリアは苦笑した。

 変わっていない

同じ兄弟でありながら亮は社交的だが、翔はただ任務にいつも忠実だ。

他人と話をする事が苦手だった。

 苦手というよりは関わりあいたくない。自分を詮索されているようで嫌だった。それに翔はユリアが苦手だった。亮や司と仲が良い。ただ、それだけの事だったが、翔にとっては充分な理由になっていた。

翔にはユリアがまた自分の事を探っているように見え、うるさそうにユリアを見た。

ユリアもそんな翔に気付いてこれ以上訊くのはやめようと思い、口をつぐんだ。

二人は黙ったまま、並んで窓の外を眺めていた。


 数人の足音が病室の前で止まる。

秀也・晃一・ナオの三人だった。 昨夜ゆうべ、チャーリーからスタジオでの事故の事を聞き、司からの伝言もあり昨日のうちに訪ねるのはやめたのだ。

 病室の前で、赤茶がかったブロンドの巻き髪をした外国人と思われる女性と、茶褐色がかった髪に鼻筋がすっと通り、形の良いとがった顎に切れ長の目、何処どこかに司の面影を漂わせた貴賓のある男性がこちらを向いた。

三人は一瞬戸惑ったが、秀也がドアをノックしようとした。

「見舞いは遠慮してもらおうか」

威圧的な男性に三人は一瞬固まってしまったが、晃一とナオは何処かで見覚えがあった。そして二人同時に思い出す。

「確か・・・ 司の兄貴・・ ?」

晃一が翔を見て驚く。秀也は晃一の驚いた顔と翔を見比べた。確かに言われて見れば何処となく司に似ているかもしれない。が、亮と双子だと聞いていたが、言われる程似ている訳でもなかった。

「そうか、君達は・・・」

翔は晃一とナオに見覚えがあった。亮の葬儀の日と、その後自宅を何度か訪ねに来ていた司の友人で、それがジュリエットのメンバーであると。

「君達も物好きだな。あんなヤツと組むなんてな。しかもミュージシャンか、笑わせてくれる。 生きている価値もないヤツだ」

フッと不敵な笑みを浮かべながら言う翔にユリアは驚いて目を見張った。

三人は一瞬本当にこれが司の兄なのか疑ってしまった。しかも、亮とは双子の筈だ。

「とにかく、帰ってくれないか。目障りだ」

 !? 

思わず晃一はムッとして何か言いかけたが

「翔、何を言っているの。この人達は司の事が心配で」

ユリアの余りにも流暢りゅうちょうな日本語に晃一も黙ってしまった。ユリアは翔に睨まれ、晃一達に申し訳なさそうに言う。

「ごめんなさいね。翔は少し気が立っているのよ。司なら心配ないわ。まだ、寝ているの。気が付いたら紀伊也から連絡させるわ。だから今日は悪いけど」

「気が立っているだと? 馬鹿な事を言うな。アイツは俺達にとってただの捨て駒だぞ」

翔はユリアに向かってフランス語で言った。瞬間ユリアの顔色が変わる。

三人は何を言っているかよく解らなかったが、ナオはユリアの顔色が変わった事に気付き、二人を促して黙ってその場を後にした。


「何だか、ヤな野郎だぜ」

晃一が吐き捨てるように言う。

「あれが司の兄貴?」

秀也は翔の顔を思い出し二人に訊く。

「ああ、亮さんの双子の兄の方だよ。確か翔とか言ってたな。二卵性だから同じ顔してないんだよ」

「そうそう、良かったよ。亮さんの顔であんな事言われたらたまんねぇもんな」

晃一がナオに向かって言うと、ナオも納得、と頷いた。

 三人が病院を出ると昼間の太陽が眩しく輝いていた。

秀也は司の病室の辺りを見上げ、さっき翔に言われた言葉を思い出すと急に切なくなってしまった。

 -あんなヤツ・・・ 生きている価値もない。そう言っていた。 司、お前・・・

そう言えば付き合い始めて一年位してから、静岡にある自分の実家に連れて行った時に『お前んの子に生まれれば良かったな』と言っていたのを思い出す。

 姉貴とも仲良くなって、親父やお袋と五人でよく遊んだな。あん時アイツ、本当に嬉しそうだった。まるで家族の一員みたいだった。

実の兄にあんな言い方をされ、何となく司がどんな立場だったのか想像できる。

それに母親の事は一度も聞いた事がない。

『いいなぁ、秀也は。毎日こんなに旨いもん食ってたのかよ』

『そっかなぁ、そんなに料理上手とは言えないと思うけどな』

『文句言うなよ。せっかく作ってくれたのに。作ってもらえるだけありがたいと思え』

『司んとこは? お袋の味とかってあるの?』

『んなもん、ねぇよ。作ってんの見た事ねぇよ』

怒ったように言うが少し寂しそうだった。それ以来何となく家族の事を訊くのはやめようと思ったのだ。

 しかし、亮だけは別だった。部屋に飾ってある写真を見つけてたずねると、寂しそうだが、嬉しそうに話をしてくれた。

『兄ちゃんだけだ。オレには兄ちゃんしかいない』

そんなセリフに少しいたりしたものだ。

 しかし、今になってみれば、秀也の家族と楽しそうにしていたのも、亡くなってから8年も経つのに、亮の事を今だに慕っているのも何となく頷ける。

秀也は司が急に可哀そうに思えた。

「 ・・や、秀也?」

ナオが心配そうに覗き込んで言う。

「どうしたんだよ。何も手、つけてないじゃん」

晃一がフォークを秀也の目の前に並んだ料理を指して言った。

「あ、ああ・・・」

力なくフォークを手にする。

「司なら心配ないだろ」

晃一は司の体を気遣って言うと、皿に乗った肉にフォークを突き刺した。

「しっかし、あの兄貴、気分悪いな」

そう言うと、肉をほおばった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ