第七章(三)
誤解(三)
三月に入り、司はレコーディングと取材にスケジュールを追われた。司が他人の曲を手掛けた事と、それが噂されている人物だという事にマスコミは更に興味を覚える。
そんなマスコミに嫌気が差し、一切のインタビューを拒否した。ただ、音楽専門誌に並木と共同取材する事だけは、並木の事務所の顔を立てねばならず仕方なく受けたが、その雑誌でのカラー写真は、見る者全てをドキッとさせた。
黒いシャツの前ボタンを全て外した並木の肩に、白いシャツを着た司が背後から腕を廻し、少し気だるそうに顎を乗せている描だった。
切れ長の目に鼻筋がすっと通り、薄い唇に尖った顎のライン。
二人共によく似ている。まるで双子のようだ。
何より一番驚いたのは本人達だった。
「あの写真、よく撮れたな。驚いたよ」
二人は祐一郎のバーに来ていた。
祐一郎は晃一達が驚いた理由がよく解ると納得したが、それよりも、司がよく平気で居られるものだと不思議に思っていた。
二人がカウンターに並んでいると、昔を思い出す。並木が亮に似ている事は勿論だが、久しぶりに見る司は大人になっていた。さすがに輝いているだけはある。眩しいオーラを漂わせていた。しかも隣には今や人気NO.1の俳優の並木である。バーの中でそこだけが違う空間を醸し出していた。入って来る客もすぐに気が付いて眩しそうに眺めた。
「祐ちゃん、おかわり」
空いたグラスを軽く振る。
「珍しいな、ジンライムなんて」
祐一郎はグラスを受け取ると新しいグラスを出して作り始める。
「うん、何となくね。 たまにはいいだろ。こういう可愛いのも」
祐一郎は苦笑した。 ジンライムで可愛いなんて言う女が何処にいるんだ。
「いつ、発売なんだっけ?」
「ん、来週の25日」
「そ、おめでとう。・・ はい」
司にグラスを渡す。「サンキュ」受け取ると一口飲んで並木に向いた。
「何だっけ、オレも出るんだって?」
「うん、悪いね。 ピアノ弾いてもらいたいんだ」
並木は申し訳なさそうだった。司が仕事を断っていたのは知っていたが、どうしても共演したくて無理を聞いてもらったのだ。
「ったく、お前の頼みならしょうがねぇな」
半分脹れて言うと、ジンライムをぐいっと飲んだ。
二人が話し出したので祐一郎は離れた。
「いつだっけ?」
「その次の週の水曜日。生放送だから」
二人は同時にあの時の事を思い出す。
司は苦笑してカウンターに向くとタバコを取り、火をつけた。一服吸ってグラスを傾けると一気に飲み干す。
「祐ちゃーん」
片肘を付きながら空のグラスを振る。祐一郎が近づいてそれを受け取ると再び作り始めた。
並木は司のペースが早いのを心配になったが、機内でブランデーを一気に飲み干していた司を思い出すと、そう心配する事もないか、と思い直した。
祐一郎が司の前にグラスを置いて、マジマジと司の顔を覗き込む。
「何か、荒れてんなぁ。どうしたの?」
「あー、だってさ、みーんなオフなんだ。 アイツら全員今、東京にいないんだぜ、なぁんでオレだけいなきゃなんねぇんだよ」
つまらなそうに言うと、グラスを傾けぐいっと飲む。
「みんな?」
「そう、紀伊也はニューヨーク、晃一とナオはハワイ、秀也は北海道。 で、オレは祐ちゃんの前」
「北海道?」
「スノボー」
タバコを吸うと、ふうっと溜息をつくかのように煙を吐いた。
「何だ、お前も行けばいいじゃない」
「冗談! あんな寒いとこ行けるかよ」
「司?」
並木はメンバーの中でも秀也の話しかしない二人に不思議思って訊いた。
「何?」
「秀也さんって・・」
並木に気付くと、二人は少し慌てた。
秀也との関係は身内しか知らない事だった。
「あっああ、あいつね、前からやってんの。 冬はスノボー、夏はサーフィン、典型的だろ。 晃一とナオもサーフィンやってんだよ」
「そうなんだ。ジュリエットのメンバーって素顔が謎だから・・・。でも、何かフツーなんだ」
「謎でフツーね。・・・、何だか解剖されてるみたいだな」
呆れて並木を見る。
並木は首をすくめるとグラスを空にして祐一郎に向かって司のグラスを指した。祐一郎は頷いて受け取ると
「本当に同じでいいの?」
と訊く。 え? と祐一郎と司を見ると、二人とも何だかニヤけているようだ。
「ええ、同じで」
返事をすると、二人は顔を見合わせてニヤッと笑った。
祐一郎がジンライムを並木の目の前に置くと、それを司はじっと見ていた。
「何か入ってんの?」
並木はグラスを手にしていいかどうか躊躇しているようだ。
司は首を横に振ると手の平を出して、どうぞと勧めた。並木は恐る恐るそれを口に含む。
次の瞬間、舌がカァっと熱くなって、ゴクンと飲み込むと思わず咽た。
「強いだろ。そのジンは特別さ。それに一滴だけ絞ってあるだけだよ」
司は笑った。祐一郎も意地悪をした手前、すぐに通常のジンライムを並木の前に置いた。
「これは、大丈夫だから。・・・、 余りこいつのマネしない方がいいよ。マジで火傷するから」
それを聞いて司は くっく・・ と笑う。並木も隣で首をすくめた。
「ねぇ、明日って忙しいの?」
司は自分のグラスを空にすると、さっき並木が一口飲んでそのままになっているグラスを取り上げて訊く。
「明日は・・・ 午前中だけかな。 午後はオフだね。・・・ ん?」
「ほーんと? ね、じゃあさ、どっか行こうよ。ドライブとかさ」
少し甘えた声で並木の顔を覗き込む。
祐一郎は司を見て、珍しく酔ってるなと思った。秀也に置いていかれて余程つまらないのだろう。
「なぁに、司。お前、デートに誘ってんのかよ。いいの? 噂のお二人さんなのに」
祐一郎はニヤけて二人を交互に見る。
「いいの、別に。そういやさ、何か最近つれねぇんだよなぁ」
司はグラスを傾けながら、グラスに浮かぶ氷を見ていた。
何となく最近の秀也の態度がよそよそしい。無理に司に合わせているかのように感じていた。
それに、土日に東京にいる時にはどこかへ出かけているようだった。今まで、秀也が何をしようが詮索などする気は全くなかった。司も自分の行動についてあれこれ言われたり知られたりするのは好きではなかったので、気にしていなかったのである。しかし、今は何となく気になってしまっていた。
が、しかし・・・
あまり考えないようにしよう。バカらしいし、考えるだけ秀也が可哀そうだ。そう思うと、一気にグラスを空にする。
並木と祐一郎は司に何か言っていたが、司は聞いてなかった。
「いいよ。明日は天気も良さそうだし、ドライブでも行く? 俺も久しぶりだよ」
並木は司に誘われて嬉しかった。新曲の打ち合わせ依頼、度々食事に行ったり、こうして飲みに行ったりしても大抵は仕事の話ばかりだった。オフを一緒に過ごすのは初めてだ。
司は忙しい並木がまさかO.Kするとは思わなかったので、一瞬ドキッとした。それに、こうして自分から誘うのは秀也以外の男性には初めての経験だった。
自分から誘って躊躇する訳にもいかず
「ラッキー、これでヒマをもてあそばずに済んだ」
と、おどけてみせた。
「じゃあ、仕事が終わったら電話するよ。番号教えて」
並木は自分の携帯電話を上着のポケットから出すと、登録する準備をした。
「あ、ごめん。オレ、携帯持ってないんだ 」
「え?」
思わず手を止めて司を見る。
「嫌いなんだよ、ソレ 」
携帯電話を顎で指す。
そんな司に祐一郎は思い出して吹き出してしまった。
「並木君、司ね、短気だろ。 最初、携帯が出始めた時、メンバーの中で一番最初に持って自慢してたんだけど、そのうち五分とか十分置きに電話がかかって来るようになっちゃって、頭に来て叩きつけて壊しちゃったんだよね。それ以来持つのやめたんだよ。な、司」
「それに、他のヤツが持ってるから、そいつんとこにかければ連絡つくからいいだろ」
司が付け加えた。思わず並木は苦笑すると、そのまま携帯電話をしまった。
「じゃあ、帰ろうかな。祐ちゃんチェック」
上着の内ポケットから財布を出すとそこからカードを一枚抜いて祐一郎に差し出す。が、並木がその腕に手をかけて
「俺が誘ったんだから」
と言うが、その手を振り払うと
「ここに来たいって言ったのオレだよ」
と言い返した。それを見ていた祐一郎は呆れ
「まったく・・・。 ま、今日はいいよ。皆に置いていかれた哀れみとして、俺がご馳走するよ」
とカードを司に押し返した。しかし、司はカードを突きつける。
「祐ちゃん、だぁめ、オレのだけは・・・。 約束だから」
祐一郎を見つめながら言うと、「そうだったな」と呟いて受け取った。
支払いを済ませると、ちょっとトイレ、と立ち上がる。酔っているのか少し足元が覚束ない。
「やっぱ、飲みすぎですよね。あれだけ強いの一気にあれだけ飲めば」
並木は心配そうに司の後姿を見ながら言う。
「いいんだよ、たまには。あいつも酒に酔う事が必要な時もあって」
祐一郎は、吸いかけのタバコを見ながら言った。