第七章・誤解(一)
巷はバレンタイン。馴れ合いの二人にとって、この日は特別なのか?
そしてある日、強敵な能力者が現れ、8年振りに再会した兄の翔に司の思いが揺れ動く。そして、翔も本当の自分の気持ちに気付いていく。
誤解(一)
「司、アポ取れたよ」
チャーリーが、ソファでトランプをして遊んでいる五人に向かって声をかけると、司はカードを一枚抜いてテーブルに置きながら言う。
「お、サンキュ。で、いつ?」
振り返るとチャーリーが手帳を見ながら司の側に立った。
「急なんだけど、今日の午後だ。いい?」
「今日? またエラく急だな。オレは別にいいけど」
「あちらさんも忙しいんだよ。人気者だから」
チャーリーはチラッとトランプを見ながら嫌味を込めて言う。
「何だよ。俺達は真剣なんだぞ」
晃一が何を出そうか自分のカードを見つめながらムッとして言い返した。それを見ながら他の四人はニヤけて晃一からチャーリーに視線を移す。
「ったく・・・、 宮ちゃん、あれ持って来て」
舌打ちして振り向き、宮内に声をかけると、奥からダンボールを抱えた宮内がやって来て、テーブルの上にドサっと置いた。
数枚のカードが勢いで床に散る。
「あーっ、ああ、何すんだよっ。 せっかくイケると思ったのに」
晃一がカードを放り投げて宮内とチャーリーを睨む。
「何、これ?」
ナオがダンボールを覗き込んで宮内を見た。
「ファンレターと、チョコレート」
チャーリーは呆れたように言うと、向方に積まれているダンボールの山を指した。
「暇なら読んで返事くらい書いてよ。あと、振り分けも頼むよ。こっちだって忙しいんだ」
そう《ふく》脹れながら言うと、宮内も無言で頷き二人ともデスクに戻って行った。
五人は二人を見送ると、恐る恐るダンボールを開き、晃一が中の一つを手に取る。
赤地にピンクのハートの包装紙に包まれた箱を手にし、思わずギョッとして司に渡す。
突然、目の前に突きつけられ思わず仰け反ってそれを受け取った。
「何、これ? うっわー、すっげー趣味っ」
包装紙を眺めながら呆れたように感心してしまった。箱の上や下を見ていたが、ん?と手を止めた。
ハートのシールにSt.Valentainと書かれていた。
「バレンタイン?」
「あー、そうか。今日は2月14日だよ。忘れてた」
ナオが思い出したようにポンと手を打った。
四人は顔を見合わせると、ハッとしてダンボールの中身を確認する。
中にはカラフルな包装紙に包まれた箱と封筒がいっぱい入っている。一人一人とりあえず中から適当に触れた物を手にした。
「どうすんだよ、これ」
晃一が責めるように司に視線を送った。
「ちょっと、待て。 バレンタインって確か、女が男にチョコレートを渡すんだよな。 ・・・ とするとだな、オレは関係ないからお前らでやってよ」
手にしていた箱を晃一に突きつけた。
「何だよ、それっ」
「司、きったねぇっ」
皆から責められ持っていた箱を突き返された。紀伊也が一つの箱の包装紙を開けると中からカードが出てくる。それを開くと「光月司さま」とカードを広げ、チョコレートと一緒に司の目の前に突き出した。秀也も包装紙を広げカードを見る。
「これもだ、・・・ ははっ」
カードを見ながらウケている。紀伊也がカードを覗くと同じように吹き出した。そしてカードを司に見せた。
「何だ? ・・・は、は、 ・・・ 白馬の王子様ぁ?」
言ったまま開いた口が塞がらない。
晃一とナオも次々とダンボールから箱を取り出しては包装紙を広げ始めた。テーブルとソファの周りは破られたり広げられた包装紙が散らばっていく。そしてチョコレートの入った箱を司の上にどんどん積み重ねていく。
司も抱えきれなくなってくると、
「いい加減にしてくれ」
そう言って積み上げられた箱を放り出してしまった。
四人は半ばムッとしたように呆れて司を見たが、ぶつくさ言いながらも次々に箱を開けていく。
「まったく、何で俺達がお前の為にこんな事しなきゃなんないんだ」
晃一は司を睨む。
んなこと言われても・・・ と司は首をすくめた。
「ところで、司から秀也にはないの?」
手を止めて晃一は司と秀也を交互に見た。
一瞬二人ともキョトンと顔を見合わせた。
「そういや、あげた事ないな。いつも貰うばっかだったから」
司が秀也を見ながら言うと、皆手を止めて秀也と司を見比べた。
「ホントだ。俺、貰った事ないよ」
秀也も司を見た。
「欲しい?」
「今更・・」
「あーあ、いいのかね。そうやってマンネリしてくんじゃないの?」
晃一が言うと、ナオも不思議そうな顔をした。
「あ、でも、食事とか行ったりするんだろ?」
司と秀也は顔を見合わせるとナオを見た。
「気にした事なんてないよ。んなバレンタインなんて、なぁ」
司は本当に興味なさそうだ。
「今日だって、秀也用事あるし、オレだって家に帰るつもりだもん」
え?
三人は意外な顔をして二人を交互に見た。
付き合って七年になる二人にはもはや関係ないのかもしれないが、巷では何かと騒いでいるし、何となくこの日は二人で会う口実にもなる。
「で、ナオはどうなのよ」
司が訊く。
突然振られ一瞬ギクッとしたが
「ああ、今日はロスなんだって」
と、あっけらかんとして言った。大学のゼミで知り合った宏子は航空会社の客室乗務員として世界中を飛び回っている。
「だろ、そんなもんだって」
司は溜息をついてソファにもたれた。
「俺には訊いてくれないの?」
晃一が司の顔を覗きこむ。が、チラッと横目で見たただけで
「訊くだけムダだろ」
素っ気無く言う司に晃一はムッとしたが、他の三人も晃一を無視するとダンボールをあさった。仕方なく晃一もダンボールに手を伸ばすが、ソファにもたれてタバコに火をつけた司を見て
「お前も手伝え、殆どがお前のなんだ」
と、八つ当たりするかのように横目で睨んだ。
司は舌を出して拒否するとタバコを吸い始めた。そのうち、紀伊也が立ち上がりダンボールの山から二箱抱えて持って来ると、それをテーブルに置いた。
そこへ、チャーリーが散らかった包装紙に足を捕られながらやって来た。
「ちょっと、これ・・ 何やってんの」
「何って、見ての通りだよ。 チャーリーがやれって言ったんだろ」
晃一が包装紙を破りながら言う。辺りを見渡せば一面色彩々の包装紙の山だ。箱も司の隣に山積みになっている。
まったく・・・。 呆れて見ていたが、ハッと思い出すと司に向き直った。
「そうだ、司。今、電話入って、あちらさん、昼食も一緒にどうかって」
「あん?」
タバコの煙を吐きながらチャーリーを見上げた。
「ん? いいけど。どうせ、ヒマだし ・・・ ッテ、何すんだよっ」
いきなりチョコレートの入った箱が四つ飛んで来て、避け切れずまともに全部受けてしまった。
ったくぅ、と口を尖らせて立ち上がると散らかった包装紙を踏みつけながらデスクへ向かう。デスクの上の灰皿にタバコを押し付けると、保留になっている受話器を取り上げた。
「もしもし・・・、ん? 違うよ。・・・ うん、替わって。・・・ 久しぶり、いいの? 急だけど・・・そ、悪いね。・・・ん、昼メシ? ・・・いいよ。 ちょっと待って」
受話器を耳から外すとチャーリーを探したが、すぐ後ろにいるのに気が付いて訊く。
「チャーリーどうする? 昼メシ」
「あ、ごめん。ちょっとまだ終わらないから行っていいよ。後から直接行くよ」
「そ」
再び受話器を当てる。
「こっちはオレだけ行くけどいい? ・・・ うん、分かった。・・・え? 一時に? ・・ はいはい、じゃね」
そう言うと受話器を電話に戻して壁に掛かっている時計を見ると十二時半だった。
「あー、チャーリー、今日って何時からアポ取ってんの?」
チャーリーに向き直って訊くと、慌てて手帳を開いている。
「えーっと、三時半にあちらさんのオフィス」
「オフィス? スタジオじゃないの?」
「行ってるヒマないんじゃないの? だって、今週は今日のこの時間しか空きがないって言ってたから」
「ふーん、忙しいんだな」
「そうね、誰かさん達と違うからね」
嫌味っぽくソファで相変わらずぶつくさ言いながらダンボールをあさって散らかしている四人を見ながら言う。
「誰がマネージャーだっけ?」
そんなチャーリーを横目で睨みながら言うと、チャーリーは首をすくめた。
一時になって、司はA4サイズの黒いプラスチックケースを持って出て行った。
暫らくして四人は司がいない事に気付いてチャーリーに訊く。
「新曲の打ち合わせ?」
晃一が驚いた。
聞いてないよ、そんな事。
「誰の?」
「ん、並木清人さん」
はぁ? 四人は顔を見合わせた。あの件以来、久しぶりに聞く名前だ。
しかし何だって司が並木の新曲の打ち合わせに?
「珍しいな、司が他のヤツに書くの。恭介さんだけかと思ってた」
晃一がナオと顔を見合わせる。恭介は亮の友人のバンド・ヴィールスのボーカリストだったが、ジュリエットがデビューする少し前に解散してしまい、その後はソロで活動していた。司はたまに頼まれて曲を書いていたが、自分の方が忙しくなって、他人に書いているヒマなどここの所なかった。
「いいんじゃないの、春までは司なんてオフみたいなもんじゃん」
秀也が言った。
秋に司が倒れてからかなりのスケジュールを調整し、ツアー以外の仕事は殆ど断っている。春にはデビュー五周年を迎えるとあって、それまでに疲れ切った体を戻し、アルバムの作成や全国ツアーに向け準備と休養に当てられていた。おかげでメンバーもツアー以外は殆ど自分の時間を過ごす事ができ、三月には久しぶりに長期休暇が取れそうだった。
「それにしても・・・ 」
晃一が思い出すように秀也を見る。
「何もしないヤツを彼女に持つと大変だよな」
「ん? 慣れたよ、もう」
秀也はファンレターを読みながら応えた。
「馴れって怖いよな」
晃一は呟いた。