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第六章(七)

誘惑(七)


 翌朝、目が覚めると朝陽が窓から射し込んでいた。体を起こしてみると気分もいい。ユリアの言うようにすっかり熱も下がっていた。窓まで歩いて行き、開けると心地好い風が入って来る。


 あれから五日も経つのか・・・

 M、恐ろしい目をした男だった 

 憎しみの塊だったな

 ああいう目をしたヤツがあとどれ位いるのだろう

 冷気と一緒に霊気まで浴びたんだ、きっと

 オレも臆病になったな


思い出して、フッと自分自身に苦笑して窓を閉めた。


 コンコン

ドアをノックしたが返事がない。そっとドアを空けて中を覗くとベッドは布団がまくり上げられ、司の姿はなかった。

 !? 

中へ入り、ドアを閉じると、奥からシャワーの音が聞こえた。そして、キュッキュッと蛇口をひねる音がしてシャワーが止んだ。中から慌てたような声がする。

「あーっ、ユリアーっ そこのバスローブ取ってぇ!」

辺りを見渡すと、ソファの上に白いバスローブがたたんで置いてある。それを手に取り、奥の扉をノックするとドアが開かれ手だけが出て来た。それに乗せるとぐいっとバスローブが引っ張られ、ドアが閉じられた。

暫らくして、髪を拭きながら膝丈程の白いバスローブをまとった司が出て来た。

 司は思わず手を止めて、目を見張った。

「あ、並木・・・?」

てっきりユリアだとばかり思っていたが、顔を上げるとそこには並木が立っていたのだ。

「おはよう。もう、いいんだ」

元気そうな司を見て思わず微笑んだ。

司も何となく照れ笑いを浮かべ、サイドボードの方へと歩いて行く。

バスローブから出た司の脚はすらっと細く、足首がキュッと引き締まっている。足元に履いたタオル地のスリッパが妙に可愛らしく見えた。

サイドボードの一番下の引き出しを開けようと屈むと、並木は思わずドキッとした。太股が半分位まで覗いたが、ファッションモデル顔負けの艶やかで引き締まった脚をしている。

司はそこからタバコとライターを取り出すと、体制を戻し、片足でそれを閉めた。

それを見て、並木はクスっと笑ってしまった。

司はタバコをくわえて火をつけながら、ん? と並木を見るが、一服吸って煙を吐くと、タバコをくわえたまま無造作にタオルで髪を拭き、手ぐしでかすと髪を左右に振ってもう一度掻き上げた。

並木はそれを目を細めて見ていた。

「何だよ」

不意に司が横目で見ながら言う。

「いや、やっぱり絵になるなぁ、と思って。皆が撮りたがるのがよくわかる」

呆れたように、はんっと司は鼻で笑って煙を吐いた。そして、タオルをソファに放り投げると窓を開けた。

「いい天気だな。空気が気持ちいいよ。昨夜ゆうべはよく眠れた?」

並木に向き直って訊く。

「ああ、ありがとう。 高級ホテル顔負けのベッドだったよ。あんなに気持ちよく眠れたのは初めてだ」

「当り前だ。イギリス王室御用達のマットだからな」

そう言うと、ソファの前のテーブルに戻り、灰皿にタバコの灰を落とす。替わりに並木が窓に近寄り外に顔を出した。

「ここは、素敵な場所だね。空気が綺麗だし、庭も綺麗だ」

司は庭をめられて嬉しくなってしまった。

「だろ? 数ある中でも、オレもここが一番好きなんだ。特にあのアーチのある所」

そう言って、並木の隣に立ち、一角を指した。

「あそこには、オレの好きなバラの花が沢山植えてある。初夏になるとあの辺りは一面バラで埋め尽くされるんだ。最高だよ」

嬉しそうに言う司が何だか眩しい。ふと胸元に目をやると、バスローブから覗く白い肌にドキッとさせられた。首からはプラチナのネックレスがぶら下がっていた。先には何かついている。司がこちらを向くと微かに石鹸のいい香りがした。

並木の視線を胸元に感じて、思わず恥じらいにも似たような気持ちになってドキッとして窓から離れた。

「そうだ、ユリアさんに朝食に呼んで来るよう、言われていたんだ」

微かに香るコーヒーの匂いで思い出したように言った。

「ユリアに?」

「窓を開ける音がしたから、多分、起きているだろうからって」

「そう」

司は思わず笑ってしまった。さすがユリアだな、耳が鋭い。しかも自分で来ないで並木を寄こした事もユリアらしいと思った。早く行かないとまた怒られる、そう思うと急いで仕度を始めた。

 いつもの調子でバスローブの紐を解き、半分脱ぎかけてその手をふと止めると後ろを振り返った。

案の定、並木は唖然あぜんと釘付けになっている。

「は、はは・・、 ごめん。 着替えるから先に行ってて」

「うん、・・・ ごめん 」

並木は少しドキドキして部屋を後にした。

バスローブを脱いだ司の背中が眩しかった。

 デビューしてからどんな映像でも肩を出したところなど見た事がない。自分のアルバムのジャケットや雑誌等で上半身裸になったりするミュージシャンは数多くいる。女性シンガーでさえ肩を出してセミヌードになる写真を出している。が、そう言えばジュリエットのメンバーは誰も肌を見せない。いて晃一がタンクトップになる位だった。

それをいきなり、裸にバスローブを一枚だけまとい、しかも半分脱ぎかけて肩を露わにし背中までも見せたのだ。その肌は透き通るように白く艶やかだった。

そして、並木が今までに何回か抱き寄せたその肩は細く尖っていた。

並木は司の姿が脳裏に焼きついて離れなかった。

 並木が居間に戻ってから、すぐ後に司が慌てて入って来た。

ユリアは並木が呆然ぼうぜんとして入って来るのを不思議に思ったが、後から入って来た司の髪が濡れているのを見ると納得して、並木に同情した。

「並木さん、大丈夫? 司、場をわきまえなさい。並木さん放心状態よ」

司は一瞬、ん? と考えたが少し顔を赤らめた。

「はは、ごめんごめん、つい、いつもの調子で・・ ね」

ユリアにたしなめられ、並木の顔を覗き込む。

並木はカァっと顔が熱くなるのを感じて俯いてしまった。

「あらあら、可哀そうに。 せっかく、司の事を心配して来てくれたのに、返ってとんでもないモノ見せられちゃったわね」

気の毒そうに言うと、二人にコーヒーを持って来るよう合図する。

 二人はコーヒーを受け取るとソファに座った。司はコーヒーを飲むとお腹が空いて、使用人に何かフランス語で言った。暫らくして、マフィンとフルーツが運ばれて来る。

さっきからずっと黙ったままの並木を見て司は気の毒になってしまった。

「ごめんよ。そんなにショックだった?」

「そりゃ、そうよ。 見られたモノじゃないわ」

「ひっでぇな。そう言われると、こっちがショックだよ」

司がムッとふくれると、それを見てユリアは笑った。司の子供のような顔に並木は思わず吹き出してしまった。それを見て更に司はふくれて、マフィンを頬張った。

 ユリアは二人の向かい側に腰掛けると、手にしていた新聞を司の前に突き出した。

「何? あれ、日本の?」

「そう、これで、心配して来てくれたのよ。日本じゃかなりのスキャンダルになってるらしいわね」

マフィンを口に入れたまま新聞を広げて見てみると、一面に空港で並木が司の手を引っ張って歩いている様子が掲載されている。

「何だ、こんな事か・・・」

呆れたように呟いて、とりあえず記事を読むが、つまらなそうにそれをテーブルの上に放り投げた。

「まさか、これだけで来た訳じゃねぇだろうな」

呆れて並木を見ると、コーヒーカップを片手にソファにもたれた。

「う、うん これは俺が、撮影から帰って来てから知ったんだ。けど、うちの事務所に司んとこのマネージャーから何処にいるか知らないかって、いう問い合わせがあって・・」

「チャーリーが? ・・・ あのバカ」

「仕方ないんじゃないの? 司、あなただって、飛び出して来ちゃったんでしょ?」

「ん? ・・・ まあね」

「で、紀伊也さんからも電話があって、何処に行ったか知らないかって」

「お前、言ったの?」

思わず息を呑んで不安気に訊く。

「いや、何となく・・・ 空港で会った時の司の様子がおかしかったから、知らないって、言っといたけど」

それを聞いて、ホッと胸を撫で下ろした。紀伊也に居場所を知られたら、あいつの事だから必ず来るに違いない。そう思うと並木に感謝した。

「あと、他にも見せたいものがあって・・・」

「何?」

「あ、ここじゃ」

「ふーん、じゃ、後で見せて」

司は気にもせず、コーヒーを飲んで天井を見つめた。

 あいつ等に悪い事したかな・・・ ふとそう思ったが、ふんっ、あいつ等も悪いんだ、とすぐ否定した。

「あ、司。 並木さん明日帰るんですって」

「明日? もう少しゆっくりしていけばいいのに・・・」

少し、残念そうに言うが、人気俳優だという事を思い出すと、「そっか、忙しいんだよな」と付け加えた。

「ごめん、ドラマの打ち合わせがあって」

申し訳なさそうに言う。並木としても本当はもう少しゆっくり滞在したいくらいだった。

「で、悪いんだけど、私達今日のパーティーの買い物に行って来るから、二人で留守をお願いしたいのよ」

「おいおい、ユリア、留守をお願いって、ここはオレの別荘だぞ」

司は呆れて言い返した。

「そうね、じゃ、よろしくね。何か食べたいものはある?」

「今、食べたばっかだから、わかんないよ」

「そうじゃなくて、並木さん」

司は肩をすくめて並木を見ると、並木は笑って「別にないです」と応えた。

「それじゃ、私達は行くわよ」

と立ち上がって言った。

「えっ、もう?」

まだ、10時前だ。しかし使用人達も既に外出の準備はできているようだった。

「昼過ぎには帰って来るから」

そう言うと、出て行った。

 外でユリアが皆を促す声が聞こえ、バタバタと慌しく出て行った。車が二台連なって遠ざかって行く。

急に大きな別荘は静けさに包まれた。二人は黙ってコーヒーを飲んでいた。

司はズボンのポケットからタバコとライターを出すと、火をつけ一服吸った。

「ね、見せたいものって?」

煙を前に吐くと並木を見た。

「え、ああ ごめん、上にあるんだ」

そう言って上を指した。

「そ、じゃ、後で部屋に持って来て」

タバコを吸い終わると、カップをそのままにして立ち上がり、居間を出て行こうとした。

「え、このままでいいの?」

並木に言われ、え?となる。

「何が?」

「これ」

並木はテーブルに置かれたコーヒーカップとマフィンとフルーツの乗っていた皿を指した。

「それ? いいよ、そのままで」

「だって、誰もいないんだから、片付けなきゃ」

司は不思議そうに並木を見る。並木も不思議そうに司を見た。

「片付けた事なんてないよ、オレ。 あんたも物好きだね」

そう言うと、居間を出て行った。並木も黙って後に続いた。




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