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第六章(六の2)

 ******


 今後の事について打ち合わせをする為、事務所へ行く途中、コンビニに寄ったナオは、レジの横にあった一つの新聞の記事に目を見張り、慌ててそれを取るとレジに置いた。

店から出るとその場で目を通し、血相を変えて急いで事務所まで走った。案の定、ビルの前には人だかりが出来ていて仕方なく横道に逸れると紀伊也に出くわした。

「あ、紀伊也。これ、見たか?」

「詳しくはまだ・・・」

「そっか、とにかく入ろう」

事務所に入ると、待ち構えていたかのようにスタッフに詰め寄られた。

いつもの事ながらやってくれました、と言わんばかりだったが、今度に限っては動揺を隠せない。一番厄介なスキャンダルだ。当の本人に確かめなければならないのだが、何処にいるのかわからない。

奥のソファには既に秀也と晃一がいた。

「どういう事だよ、これっ」

晃一が怒ってナオに訊く。

「どういう事って、言われてもなぁ」

「何で、空港なんだよ。 しかも、手、つないでるじゃん。 ま、正確に言うと引っ張られてるみたいだけど。どう見たって、手、つないでるようにしか見えない。しかも、顔、丸出しっ! バカか あいつっ!」

晃一はやり場のない怒りを何処にぶつけていいか分からずに手にした新聞をテーブルに叩き付けた。秀也は頭を抱えてしまっている。

「紀伊也、どうすんだよっ。 お前の責任だぞっ。並木に任せろって、結果、これかよっ」

怒りの矛先を紀伊也に向けた。

「何言ってんだ、晃一。 それじゃ紀伊也が可哀そうだ。こいつに責任なんかないよ」

ナオが言い返したが、それを紀伊也が制した。

「やめろ」

ナオと晃一が睨み合っていた。二人が喧嘩腰になっている様子にスタッフも近づけない。

やがてチャーリーが疲れた様子で入って来た。

「誰も司とは連絡取れないの?」

「知るかよ」

晃一は吐き捨てるように言うとタバコに火をつけた。

「とりあえず、あちらさんの事務所に問い合わせたんだ。向方もパニックだよ。ただ、行き先は分かったけど」

メンバーは一斉にチャーリーの次の言葉を待った。

「あちらさんは撮影でね、パリに行ったらしい。でも、司は何処に行ったかは分からない。誰か心当たりない?」

チャーリーは見渡して言うが、全員首を横に振った。

「紀伊也もダメ?」

晃一が訊く。

「ダメだ。 あそこんちは多すぎるよ。どこにいるか検討もつかない」

「でも、司の事だ。大丈夫だと思う」

突然、秀也が言った。皆驚いて秀也を見る。

「あいつとどうのこのうって、ないよ。絶対に」

まるで、自分自身にも言い聞かせているかのようだ。

他の三人も今までの状況を冷静に考えると、何となく自分達が考え過ぎのような気もしていた。

「本当に大丈夫なの?」

チャーリーが不安気に訊く。チャーリーは秀也と司の仲が良い事は知っていたが、関係までは知らなかった。

「心配いらない、と思う」

他の三人も頷いた。

「まぁ、皆がそう言うなら・・・。 でも、何て言えばいいんだ」

「ばか、知らないって言えよ。頭わりィな。 何年やってんの? とにかく、プライベートの事は何も知らないって言っとけ 」

晃一が呆れて言う。

「スケジュールもオフにしたとでも言ってよ。とりあえず退院したばかりなんだから、何とか誤魔化せるっしょ」

ナオもフォローを入れる。

「そうだ、それで俺たちここへ来たんだろ。紀伊也、ちょっとやろうぜ」

ナオは紀伊也とチャーリーを促して向方へ行った。晃一は秀也が本当に大丈夫なのだろうかと思い、一つ小さな溜息をついた。ナオが向方へ行ったのもその気遣いからだろう。

「なぁ、秀也、ホントのところどうなの?」

探るように訊かれ、ギクッとした。隠し事は出来ない、と思った。

「それがさ・・・」

秀也は観念したように土曜の夜の事を話した。

「浮気?」

晃一はとたんに気が抜けたように呆れて秀也を見ると肩に手を廻した。

「お前・・・ アホか。 司が入院している時位、我慢しろ」

そう言って廻していた手で首を締め上げる。

「原因はそれもあるんだな。・・・、 それじゃ、しょうがないな。 ったく」

「あ、晃一、この事は」

「わかってる、誰にも言わねぇよ。大事おおごとになるからな」

晃一は呆れた、と同時に少しホッとしていた。

司もく時があるんだな、と思いながら。


 *****


夕食の後、司はピアノを弾いていた。

傍のソファではユリアが紅茶を飲みながらそれを聴いていた。居間には二人きりだったが、ドアが開け放たれ、家中にピアノの音色が響き渡り、使用人達も手を休めて聴いていた。

執事のハンスが電話を持って居間に現れると、司は手を止めてそれを受け取る。ハンスは黙って出て行くとドアを静かに閉じた。

「はい、代わりました」

低い声で出る。

その目は鋭く、無表情になっていく。

「 ・・・はい ・・・ おおせのままに。 ・・・ いや一人でいい、返って邪魔だ。言わなくていい、・・・ ああ。 ・・・  全てをRの名のもとに」

そう言って電話を切るとピアノの上に置き、立ち上がると窓際へ歩いて行く。

窓の外の暗闇を見つめた。

「指令が下りた」

「そう、何処へ行くの?」

「ロシア」

「ロシア?」

「ああ、でも、あまり行きたかねぇな、あんな寒いとこ」

そう言うとチッと舌打ちし、ユリアの向かい側に腰掛けるとソファの背にもたれた。

「仕方ないわよ、指令じゃ。 で、今度は何をするの? ・・・ あ、ごめんなさい、訊いてはいけなかったわね」

「いいよ。 戻って来たら多分ユリアの世話になると思うから」

ちらっとユリアに目をやり、タバコを一本抜いて火をつけた。一服吸って、ふうっと天井に向かって吐くと続けた。

「KGBが追ってるヤツを捕らえろと、さ」

「KGB?」

「そう、何やったか知らんが、以前からそれとなく調査するよう言われてたんだ。 ポイントを押さえたとこだったんだ」

「で、ロシアに居るってホント? いないかもしれないでしょ。 そんな国内なんかに」

「いや、いるよ。オレの透視が間違ってなきゃ、あそこにいる。 だけどなぁ、ここんとこの精神の乱れで狂ってるかもしれない。 ・・ 自信ないよ」

「それで、私のところへ来たの・・?」

「それも、ある」

「それも、って?」

ユリアはカップを置くと司を見つめた。

「ヤツは能力者さ」

司は横目でユリアを見ると、タバコを吸って煙を横に吐いた。

「え? 能力者、って、あなたと同じ?」

「どうかな。・・・Mって聞いた事ない?」

「M ・・・、ミラノフのM?」

「お、さすがだね。そう、ミラノフのM。 今回の指令はそいつを引き渡すんだ」

ユリアは驚いて目を見張る。聞いた事はあった。旧ソ連軍の秘密警察のスパイで超能力を持っていると。しかしどんな能力を持っているかは定かではない。KGBやインターポールが追っている事は確かだった。

「大丈夫なの? もちろんハイエナとも合流するんでしょ」

「いや、一人の方がやり易いから断ったよ。 それに、今はアイツには会いたくない」

「断った、って・・・。 Rも心配だったんじゃ・・・ 」

「ふん、大きなお世話だ。 しかし・・・ ヤツは何を使って来るかな」

また、タバコを吸うと天井に向かって煙を吐く。そして、ユリアに向き直ると

「寒いからなぁ、・・・ 冷気でも使って来るかな・・・」

苦笑いしながら言った。それを聞いてユリアは青ざめた。『戻って来たらユリアの世話になる』その意味がわかったのだ。

「いつ、戻るの?」

「とりあえず、明日には発つよ。 期限は今週の木曜、って明後日か。四時に引渡しだから夜中には帰って来れるかな。 ま、なるべくユリアの世話にはならないようにするけど ・・・ 祈っててよ」

最後の一服を吸うと、クリスタルガラス製の灰皿にタバコを押し付けた。



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