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第六章(三の2)

 並木が帰った後、雅も用を思い出して出て行くと、紀伊也は一人司のかたわらに座り、その寝顔をじっと見ていた。

 - 司、お前・・・。

紀伊也は黙った。沈黙しよう。そう決断した。

「 ・・・や、・・・や 」

ふと、司がうなされているような気がした。

何か言っているのか? 耳を口元に近づけると、秀也と聴こえたような気がした。

 そうか、秀也か!

紀伊也は病室を出ると電話をかけた。しかしつながらない。何度かけても電源が入っていないというコールが出るだけだ。自宅にかけても呼び出し音が鳴り続けるだけだった。仕方なく晃一とナオのところにもかけたが、二人とも出ない。

紀伊也は段々に苛立ってきた。確かに今日はオフを過ごしてもらいたいと言った。その方が事務所やマスコミへのカモフラージュになると思ったからだ。

 しかし、何かあった時の為にせめて連絡くらいは・・・。しかも秀也までが。

紀伊也は電話を諦め、電源を切ると足早に病室に戻った。

ベッドに近づくと、目を覚ましているようだった。

窓を見ている。

「司」

恐る恐る声をかけてみた。

ゆっくりとこちらを見るが、気が抜けたようにぼんやりしていた。

「ああ、紀伊也。オレ、また寝てしまったんだ。あいつに悪い事したな」

そう言って体を起こすと、グラスを取ろうとした。

紀伊也はグラスを司に渡し、水を注いだ。

「サンキュ」

司は一気に水を飲み干し、テーブルにグラスを置いた。

「なあ、紀伊也・・・」

「ん? どうした」

司がいつになく、不安な表情を見せる。

「昨日、今日って何かおかしいよ、オレ。記憶が途切れるんだ。昨日、今日だけじゃない、あの日から記憶がないんだ。こんなの初めてだよ。オレ、どうしたんだろう。何があったんだ? なあ、教えてくれよ。お前なら知ってるんじゃないか?」

「 ・・・ 」

「何、黙ってるんだよ。知ってるなら言えよ」

「司・・・、 お前、疲れてんだよ。ここんとこ、忙し過ぎて休む間なかったろ。そんな時に並木が現れて、錯覚して、余計な神経使ってるから・・・」

紀伊也もどう説明していいか解らない。

「並木・・・ 」

そう呟いて遠くを見た。

「ホントにアイツは似ているだけなのかな・・・」

「司?」

紀伊也は何となく不安になった。司が何を考えているのか全く解らない。

ただ、遠くを見つめていた。

「紀伊也・・・、一人にしてくれないか」

こちらを見もせずに言う。

紀伊也は黙って立ち上がるとそのまま病室を出た。


 その夜、秀也は少し遅くなったか、と思いながら車を走らせて帰って来ると、マンションの入口の階段脇をヘッドライトが照らした時に、人影が映ったのに気が付いた。

慌てて車を停めて窓を開ける。

「司!?」

階段に腰掛け、壁に寄り掛かってこちらを見ていた。

秀也は急いで地下の駐車場に車を停めると走って戻った。

「遅かったな」

司は顔を上げて冷めた口調で言った。

秀也は昨夜の事もあったので、急いで部屋へ連れて行った。

部屋へ入った司はいつものように冷蔵庫からビールを二つ出してソファに座ると、一つを秀也に投げて寄こした。

そして、タブを引っ張りごくごくと飲む。

その様子をじっと見ている秀也に気付いた。

「ナニ、どうしたの?」

「いや、・・・。 なぁ、司、大丈夫か?」

「何が?」

「何がって・・・ 体の方・・・」

秀也も何がと訊かれ、どう応えていいか解らない。

司はビールをテーブルの上に置くと秀也を見た。

「なぁ、秀也、オレ昨日ここに来た?」

真顔で訊く司に困惑したが、黙って頷いた。

「やっぱり・・・ 」

溜息混じりに呟くと天井に向かって息を吐き、ソファの背にもたれた。

「司?」

「駄目だ。やっぱり思い出せない」

首を横に振りながら言うと頭を抱えてしまった。

秀也はそんな司の隣に腰掛けると優しく肩を抱き寄せた。

「司、お前疲れてるんだよ。 忙しかったから・・・。 少し休め」

秀也の優しい声が司を包み込む。そのまま秀也のそのきたえられた厚い胸にそっと顔を埋めた。

「秀也、コロン変えたの?」

「ん・・? ・・・ 気のせいだろ」

「そ、やっぱ、疲れてんのかな・・・」

力なく胸の中で呟く司に秀也は胸が締め付けられそうになった。どうしてやる事も出来ないでいる自分に嫌気さえ覚える。

 時々、司を遠くに感じる事さえあった。特にここ二、三日は全く別の世界にいるかのようだった。

が、今は自分の胸の中で疲れた心を癒そうとしている司が愛しい。肩を抱きながらまた少し痩せたのかと思った。元々肉付きのいい方ではなく、華奢だが締まった体をしている。今日はまた一段とほっそりしてしまったように思えた。

 司の細っそりと尖った顎を持ち上げ自分の唇を重ねた。少し冷やっとした薄い唇は解けて消えそうな位に柔らかい。一瞬、このまま本当に消えてしまいそうな気がして離して司を見た。司は外では決して見せる事のない安心し切った甘えた柔らかい表情をしている。

思わず秀也は微笑んだ。

 司は秀也のこの表情に何とも言えない安らぎを覚える。

秀也が好きだった。愛していた。来て良かった、この胸に抱かれたかったのだ。

そして、司も微笑み返した。

二人の視線が絡み合った時、更に熱い口付けを交わした。

秀也も司も互いを吸い求めた。秀也が舌を入れると司はそれを受け止めた。舌と舌が激しく絡み合う。秀也はブラウスの裾から手を入れ、背中を這わせる。

背筋に沿って這わせると思わず唇を離し、そのしなやかな体が仰け反った。

そのままソファへ倒れそうになるのを支え、耳元から首筋へ、首筋から耳元へと舌を転がせながら口付けしていく。

秀也といると女に戻れる。何かから解放されるように秀也を感じていた。

秀也は滑らかでしっとりと柔らかい肌をまるで壊れ物でも扱うかのように優しく愛撫していく。背中から腰へ腹へ。その度に息が漏れる。胸へ這わせた時小さな塊に触れた。指先で転がしてみる「あ・・」と絶えられなくなったように司の熱い吐息が耳元で漏れた。

秀也も堪らなくなって一気にブラウスをめくり上げるとそれに口付けをし、吸い求めた。

「ああ・・・ っ・・・」

思わず秀也の頭を抱えたが、その両手を掴まれ押さえ込まれた。

秀也の前では抵抗するすべさえ見付らない。そのまま二人は重なるようにソファへ倒れた。

 トゥルルル・・・、トゥルルル・・・・

遠くで電話の音がした。

秀也は更に司から息が漏れないように唇を塞ぎ、唇から顎へ首筋へと唇を舌を這わせていく。

暫くして電話の音が止んだ。が、今度は秀也の胸元から電話の音が聴こえ、二人は驚いて思わず体を離してしまった。

顔を見合わせたまま暫く聞いていたが、それも止まった。

そして、何事もなかったかのように唇を重ねようとした時、再び胸元から電話の音がした。

司は体を半分起こすと、秀也の胸をポンポンと叩いた。

「ごめん」

仕方なく秀也は立ち上がって、上着のポケットから電話を取り出した。

「もしもし、・・・!?」

電話の相手はさっきまで一緒にいたゆかりだった。まったく、何だってこんな時に。

「どうしたの?」

一瞬、ちらっと司を見ると、体を半分起こしたままこちらを見ていた。

「 ・・・ タバコ?」

どうやらタバコを置いてきてしまったらしい。思わずポケットを探ってみるが、何処にもない。

「そんな事で・・・ 」

そんな事でかけて来なくてもいい、司との事を邪魔されて半分怒ったように言いかけたが、「ごめんなさい、こんな事でかけてしまって」と先に言われてしまい、思わずはにかんだように苦笑してしまった。

「いや、いいよ。今度で、・・・ じゃ、また」

そう言って電話を切ると、ソファに向き直った。

司は完全に体を起こしてタバコに火をつけたところだった。

一服吸って、秀也にそのタバコを差し出すと、横目で睨んだ。

「次から、サヨナラのキスの後には、タバコの一本でも吸っとくモンだ」

「!?」 

ギョッとして司を見ると、ぷいっと横を向いた。

「ルージュの味がした」

そう吐き捨てるように言うと、黙って立ち上がり部屋を出て行った。

二晩続けて司に振られ、しかもその原因がゆかりからの電話だっただけに、秀也は司から受け取ったタバコを吸いながらバツが悪そうに苦笑するしかなかった。



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