第一章(二)
第一章(二)
翌日、チェックアウトギリギリまで部屋で寛いでいたメンバーは、チャーリーに連れられて小田原まで行った。
「なぁ司、何で今夜はまた横浜まで戻るんだよ。せっかくここまで来たんだから箱根でも行って温泉入ろうぜ」
楽屋でステージ用の衣装に着替えながら晃一がぼやく。
司は先程スタッフから預かったデパートの袋を開けながら答えた。
「ばか言え、この時季に温泉なんか入ってみろ。箱根辺りじゃ寒くてカゼひいちまうだろ。 ・・・ おお、これならまだいっかなぁ。さっすが弘美ちゃん 」
中身を取出してその1枚を広げた。
何?
隣にいたナオが見ると思わず顔を赤らめたが、それよりも驚きの声を挙げた。
「おおーっ、司! これはもしかして・・!!」
どれどれ、と見た他の3人は一瞬絶句したが、晃一が声を挙げた。
「パンツっ!」
「あのなぁ、せめてパンティと言ってくれる? 下品だなぁ」
司が呆れながら横目で窘める。
「しっかし、色気のねえパンティだな。それってボクサータイプとかいうのだろ? 俺も持ってるよ」
晃一は司が持っている黒無地のボクサータイプのショーツを指して言った。
「いいだろ別に。穿くだけありがたいと思え。てめェらがうるせえから買って来てもらったんだろが」
「誰に?」
思わず全員が秀也を見る。
昨日、司がシャワーを浴びに行った後、晃一が「何とかしろ、あれ」と秀也に言った時「じゃ、俺が買って来るか」と冗談で言い合っていたのだ。
秀也は皆の視線に、違う違うと両手を振って否定した。
「弘美ちゃんに決まってんだろ。あいつに任せときゃ安心だからな。何も言わなくてもちゃあんとこういうの買って来てくれんだよ。秀也になんか頼めるか、ばかっ」
「弘美ちゃんって?」
何度も聞く名前だが、未だにそれが誰なのか晃一には分かっていない。
「何度も言わせんなよ。弘美ちゃんは弘美ちゃんだろ。実家で住み込みで雇ってる子。オレ専属なの。ったく、お前だって世話になってるだろが 」
「あの、おばあちゃんみたいな人?」
「もうっ、あれはばあや。弘美ちゃんはもっと若いよ。オレより6つ上だよ。お前ら来た時、朝食作りに来てくれてるだろ。忘れたの?」
そう云えばいつも誰が用意したのか、朝起きるといつの間にか前夜オーダーした朝食が用意されていた。オーダーと言っても司が、朝何が食べたい? と聞いてきたのを冗談だと思って素直に答えていたまでだ。
「はっ、さすがにご令嬢は違うな」
と晃一は半ば呆れたように司を見た。
ご令嬢と呼べるには程遠過ぎる言葉遣いと身なりだ。司の事は最初から承知の上だが、やはり呆れてしまう。他の三人も晃一の言葉の意味が分かるだけに同情して大きく頷いた。
「それを言ってくれるな ・・ばか」
-オレだって好きでこうなったワケじゃねぇんだから。
司は背を向けるとショーツにタグがないのを確認して着替え始めた。
「結局、同じじゃねえか・・・」
晃一は本当に呆れ返って司の後姿を見ながら言う。
「でも、パンツ穿くと可愛いんじゃないの? なぁ秀也」
「お前なぁ、他人の女を一々観察すんな、ばか。司、さっさと着ろ」
へぃへぃと二人は肩をすくませた。
******
今夜も盛況なコンサートが終了し楽屋へ引き上げ、早速シャワーを浴びて出て来ると、入れ替わりにメンバーが入って行った。
髪をタオルで拭きながらコーラを飲んでいると、スタッフの宮内が現れた。
「司さん、お客さん来てますけど」
「誰?」
思わず手を止めて宮内を見た。アポは入ってない筈だ。
「西園寺さんってご存知ですか?」
「あ、ああ。親戚だけど」
嫌な予感がした。
-コンサートの後を狙って来るなんざ、もしかしてあのバカ娘か?
「裏口に車停めて待ってますと伝えて下さいって言われましたけど。その・・ 何か怪しくて 」
宮内は不安気に司を見た。
黒塗りのベンツの側に黒いスーツを着てサングラスをした男が立っていたのだ。
如何にも怪しい・・・
そう思いながらも西園寺と聞いて、昨夜の店の経営者が西園寺で司と縁のある家の者だという事を思い出すと、そのまま待たせて司に取り次いだのだ。
「はは、そりゃそんな格好じゃ怪しまれても仕方ないな。しっかし、とんでもないお嬢さんだな。こっちは疲れてるってのに出て来いって事だろ? まーったく、これだからあそこの我が儘お嬢さんには手を焼かされる」
司はコーラをテーブルの上に置くと鏡を見ながら髪を手ぐしで梳かした。
「しゃぁねぇな、このまま行くか。あ、宮ちゃん、もしオレが戻らなかったら紀伊也に西園寺のバカお嬢に拉致されたって伝えといて。そしたら多分分かってくれるから 」
そう言うと、黒い皮のジャケットを羽織り楽屋を後にした。
宮内は何となく気の毒に思いながら司を見送ると楽屋を出て、司とは反対方向に歩いて行った。
通用口の扉を開けると、宮内の言うとおり黒いベンツが一台停まっていた。
メンバーを取り囲むファンもまだ一人もいない。
運転席が開くと、中から黒いスーツにサングラスの男が出て来る。
-また、人が変わったのか
我が儘に振り回されクビになる運転手が多いと聞いていたので、怪しむ素振も見せず車に近づいて行く。
司が近づくと運転手は黙って一礼し後部座席を開けた。
- ったく、自分で出て来い
呆れながら手を車のルーフとドアに掛け、中を覗き込んだ。
が、ハッとして外に出ようとした瞬間にツンっとした液体を浴びせられ、後ろから突き飛ばされて車の中へ転がるように倒れ込んでしまった。
次の瞬間、車のドアが閉まる。
ヤバイ・・・っ
体勢を立て直そうとしたが、体に力が入らず意識が朦朧として来る。
くっそ・・クロロ・・フォルム、か・・・。
司の意識が遠のきながら、車は何事もなかったかのように走り去って行った。