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第五章(一の2)

 

 曲が終わると同時にエンディングに入り、番組が終了した。

秀也を除き、四人はホッとするのと同時にすぐにスタジオから逃げ出したかった。

「お疲れさまです」

スタッフが口々に言い、出演者達も観客に手を振りながらスタジオを後にする。

 秀也が先程の音色を気にして司に寄り、どうしたのか訊こうとした時、並木が走り寄って来た。

二人はびっくりして並木を見るが、それより秀也は司の方に驚いた。こんなにも驚愕している司は見た事がない。

何かにおびえたような、それでいて懐かしい者にでも逢うような複雑な表情をしている。

司は自分の体が震えていく事に怯えながらも何とか落ち着こうと、フルートを力いっぱい握り締めた。

「光月さん」

楽屋に戻ろうとしていた晃一・ナオ・紀伊也の三人は足を止めて愕然と状況を見守った。

「はい」

「良かった、今日会えて。リハーサルにいらっしゃらなかったから、ちょっと心配しちゃいました」

「・・・・・」

「光月さん?」

「え、ああ・・・ 司でいいよ」

秀也は一瞬首をかしげた。初対面の相手にいきなり名前で呼ばれる事を好まない筈なのだが。

「司でいいよ。そんなに年も変わらないみたいだし」

司も普段通り振舞おうと必死だった。

自分でも何を言っているのか分からない。

「上、ですよ」

並木はニコッと微笑んだ。

「え?」

「僕の方が一つ上です。光月さん24でしょ」

「なぁんか、お前等そうやって並んでると兄妹みたいだな。俺より司の方が雰囲気似てるんじゃないの? ホラ、目の辺りとか」

秀也がつまらなそうに笑って言うと、ドキッとしたように秀也を見た。秀也は、司に睨まれた気がして首をすくめると晃一達の所へ行った。

晃一は秀也の言葉に、あちゃーと手で顔を覆う。紀伊也とナオは冷や汗が出そうになっていた。

「ファンなんです。握手してください」

並木は司に笑いかけながら手を差し出した。

司は戸惑ったが、されるがままに手を差し出そうとして、それがフルートを持っていた手である事に気付き、上げかけていた手を下ろした。並木がそれに気付いて手を引っ込めた。

「そのフルート、素敵でした。CDで聴くよりずっと良かった。何かの雑誌のインタビューで見ました。確かとても大切なフルートだとか」

司は持っていたフルートを自分の胸に当てた。

胸の鼓動が益々激しくなっている。

「見せてもらってもいいですか?」

並木は恐る恐る訊いた。

「ああ」

司はすっと、無意識の内に並木の前に差し出していた。

並木は一瞬驚いて司を見たが、嬉しそうに受け取ると大事そうにそれを眺めた。

 っ!? 

メンバーは驚いて悲鳴を上げそうになった。どんな事があってもスタッフには触らせなかった。メンバーでも勝手に触る事を許されないフルートだったのだ。

それを初対面の並木にいとも簡単に手渡している。ことに秀也以外の三人は卒倒しそうな勢いだ。

不意に並木はフルートを吹く真似をして口元に持っていく。当てる振りをして司を上目遣いに見た。

 っ!! 

司はもう限界だった。

その姿を見てハッとなると急に心臓が飛び出しそうになってその場に崩れそうになり、逃げるように走り去ってしまった。

 !?

並木は何が起こったのか分からずただ茫然と司を見送った。

その手にはフルートが大切そうに抱えられていた。


「司っ!!」

晃一達は慌てて司の後を追った。

何処をどう走ったのか、あと少しで楽屋だった。

ノブに手をかけた時、もう立っていられない程の胸の痛みを感じてそのまま崩れてしまった。

発作が起きていた。

並木の声を聞いた時から軽い発作は起きていたのだ。しかし、フルートを口元に当てた並木を見た時には、その場で崩れそうになっていた。

必死で逃げて来たのだ。

楽屋のドアの下で苦しそうにうずくまっている司を見つけ、紀伊也達は慌てて抱きかかえると楽屋へ入った。

通路にいた出演者やスタッフは何事かと楽屋の前に集る。チャーリーが中に入ろうとしたが鍵がかけられ、中で何が起きているのか分からない。

「司っ、しっかりしろっ」

紀伊也の膝の上で仰向けに寝かされた司は、ハァハァと苦しそうに胸を押さえ、時折体をくの字にくねらせ痛みを必死でこらえている。紀伊也は時計を見ながら脈を計ったり、胸に耳を当てたりしていた。

「どうだ?」

晃一が心配そうに覗き込んだ。

「ダメだ。心筋梗塞を起こしてる」

首を横に振る。

「とにかく、これじゃ・・・。 救急車を呼ぶしかないな」

ナオが救急車を呼ぶ。

「車が来る前に俺達も仕度をしよう」

司をソファに寝かせ、紀伊也が言った。

「紀伊也、悪いが司を頼む。秀也に説明するよ」

晃一が冷静に言った。

 説明?

秀也は晃一と紀伊也を交互に見た。

「秀也、悪く思うな。ここはちょっと紀伊也に任せてくれ」

晃一の訳のありそうな言い方に秀也も頷いた。

救急車が来た事が告げられると、ドアを開け人だかりを押し退け、司を抱えた紀伊也が走った。

「心配するな、いつもの発作だ」

車が走り去った後、晃一はチャーリーに告げると、何事もなかったかのように楽屋へ戻った。

 並木は騒ぎを聞いて、司が心臓発作を起こし病院へ運ばれた事を知ると、先程司の様子がおかしかった事を思い出した。急に走り去って行ったのだ。

 -俺がフルートを触ったから?そう言えばこのフルートはメンバーでも滅多めったに触る事が許  されない筈。なのに・・・ 何故?

並木は手にしていたフルートを見つめた。



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