第四章(八)
晃一は少し先に紀伊也の後姿を見つけ、慌てて後を追うと肩を並べた。
ん?
ちらっと晃一を見たが、相変わらず黙って歩き続けている。
「なあ・・・」
と晃一が珍しく神妙に小声で声をかける。それに反応した紀伊也は晃一が何を言いたいのか、大方の予想はついた。
今夜のライブの事だろう。
紀伊也も今日のステージでの司の大胆な動きには驚いていたが、何かいつもと違う新鮮なものを感じ、気分も今まで以上に高揚していた。
また、それを見ていた観客の興奮も最高潮に達し皆、狂喜していた。それに脇にいたスタッフからも歓声が上がっていた程だ。
「さっきから、秀也怖くねえか?」
やはり思った通りだ。
「俺達が心配する事じゃない。気にするな」
「そっかなぁ」
「それに、俺には関係のない事だ」
きっぱり冷めたように言い切る紀伊也に晃一は苦笑した。
そうだけど・・・。 言いながらも、面倒臭せェな、とぶつくさ呟いた。
まったく、せっかく今夜は中断されていたツアーの再開で、しかも司のおかげで興奮したステージだったのに、あいつらの心配なんかしなきゃならないんだ。
そう思いながら、打ち上げの居酒屋へ向かった。
店へ入ると既に何人かのスタッフは席についていたが、他のメンバーはまだのようだった。
店は貸切になっていて、座敷には壁際に沿って一列に長いテーブルが用意されている。空いている席へ座るが、紀伊也の隣に晃一が座った。
一瞬、小さな溜息をつく。
ったく、実況でもするつもりか・・・。
そのうち、ぞろぞろと集まり出した。スタッフはやけに上機嫌で、今夜のライブの事を話していた。それもその筈だ。あの事故以来、休み返上で新しい機材や楽器の手配をし、なるべくコンサートを中止せずに間に合わせたのだ。それでも数ヶ所は中止にせざるを得なくなってしまったが・・・。文字通り、心身ともに疲れ果ててはいたが、ようやくツアーの再開に漕ぎつけての今夜のライブだ。大成功以上に興奮している。
「あーっ、来た来たっ。 お疲れ様ぁっっ!!」
透が入って来た二人を大声で迎え、壁際の真ん中の席を指した。
司も何やら楽しそうにナオの肩に手を置いて笑いながら話をしている。それに対し、ナオも吹き出していた。二人は全員の注目を浴びながら席に着いた。
「では、司さんお願いします」
全員のグラスにビールが注がれたのを確認し、宮内が仕切った。
「ええ!? オレなの? 今回は宮ちゃんが一番大変だったんだから、宮ちゃんやってよ」
面倒臭そうに言うが、その言葉の中にスタッフ全員への感謝の気持ちが含まれ、ざわついていた店内も一瞬にして静まり返った。
隣にいたナオが肘で突付いた。仕方がない、司は諦めると改まって座り直した。思わず二人は顔を見合わせると、先日由美の家で慣れない姿勢をした事を思い出し、ぷっと、吹き出してしまった。そして姿勢を正すとグラスを持った。
「まずは、お疲れ様。そしてありがとう。まぁ、あの事故からよくこれだけの日数でここまでやってくれたよ。 本当にオレ達って、皆に頼りっきりだから皆がいないと何もできない。それにデビューしてから丸三年経つけど、よく浮気もせずに来てくれたよなぁ。 もう、四年目入ったけど、これからも多分苦労かけると思う。 でも、懲りずによろしく頼むよ」
一息入れたところで、チャーリーが口を挟む。
「本当に苦労してんだよ。もう、問題起こさないでよ」
「さぁ、それはわかんねェな。 別に意識してやってるワケじゃねェしな。 まぁ、やりたい事はやらせてもらうよ」
司が舌を出すと、がっくりうな垂れたチャーリーに笑いが起こった。
「じゃ、これからもヨロシクって事で、乾杯」
「乾杯!!」
全員がグラスをかざし、あちこちでグラスを重ねる音がすると、口々に互いの労をねぎらった。
司もまず隣のナオとグラスを合わせ、周りの者達と合わせると一気に飲み干した。
足を崩して壁に寄りかかって片膝を立てるとタバコに火をつけた。宴会が始まればもう気を遣う事もない。
酒を酌み交わし、料理に手を付け、談笑する。スタッフもメンバーも今は同じ仲間として時を過ごしていた。
「それにしても、二人共イヤらしかったっスねっ!」
酒も入り、思い出したかのように透が司とナオを見ると、近くにいた者もそうだそうだ、と二人に詰め寄った。司とナオは思わず顔を見合わせると、とたんに吹き出して大笑いしてしまった。
「だろ? なかなかいいコンビだと思わねぇ? オレ達って」
司がナオの肩に腕を回し顎を肩に乗せると挑発的な視線を投げ掛けた。
あー、それそれっ。 透も指を差してはしゃいだ。
「でも、珍しいよな。司がナオに絡むのって。ナオもてっきり嫌いなのかと思ってたけど」
晃一がビールを飲みながら言う。
「ところがねぇ、これまたイケちゃうでしょ。ナオちゃんも澄まして弾ってるけど、これまた色っぽいのよねぇ。 ついついイッてしまったよ。 けど、良かったろ」
「意外と新鮮だったよ。俺は良かったけどね」
司の視線を感じ、紀伊也が応える。そして、チラッと皆より離れて座っている秀也を見た。司もその視線を追うが、すぐに元に戻した。
「もうっ、俺なんか興奮しちゃいましたよ。あの曲ん時なんかサイコーっ」
透が箸をマイク代わりに持って歌い出す。それに合わせるかのよう周りのスタッフも同じように歌い出した。
Kiss Kiss・・・・Sensation・・・
司もライブの再現をするかのように、歌いながらナオの首に手を絡ませ上目遣いに皆を見渡す。そして左手で肩を抱き、右手で胸をまさぐると頬にキスをした。
オオーっという歓声とヒューっという誰かの口笛が吹かれると司は体を離し、壁に寄りかかって大笑いした。その間もナオはタバコを持ったままずっと笑っていた。
「そう言えば、司さんとナオさん一昨日、岡山で消えたじゃないですか」
透がふと笑うのを止め、真顔で訊く。
「俺達、最終に乗ったんですけど、二人共来ませんでしたよね。 どうしたんですか?」
その問いかけに周りの者も思わず笑うのを止めた。一瞬静まり返ったところで、再び透が口を開く。
「まさか、二人で泊まって、今日の練習してたんじゃないでしょうね」
完全に酔いが回っていた。いくら酔っ払いの戯言とは云え、この質問にして今夜のライブでの司の絡みだ。初めてナオに絡んだとは云え、かなり慣れたような男女の絡みのような雰囲気だった。それだけに興奮は大きかったのだ。
「泊まったよ、二人で」
あっさりと言う司に全員が息を呑んで注目した。
「しかも、ダブル」
この言葉にさすがにナオも息を呑む。 晃一と紀伊也も一瞬目を合わせた。
「だって、そこしか空いてなかったんだもの。 仕方ないだろ、なあ」
困ったように同意を求められナオも大きく頷くと、それを見た晃一も紀伊也も胸を撫で下ろした。
「ね、司、その手の傷はどうしたの? まさか、何かやった? また書かれたりしない?」
慌ててチャーリーが身を乗り出す。何の悪びれる様子もなくあっさり言う時が、チャーリーにとっては一番悪い予感がするのだ。 それにそれは大抵、的中していた。
「さあね、ホテルの従業員が口を割らなきゃ問題ないと思うよ。 だあって、見られちゃったもん。 オレ達の関係、ねっ」
含み笑いをしながらナオにウインクを送ると、ナオは呆れて溜息をついたが、チャーリーは悲鳴を上げそうになっているし、他のスタッフも全員目を丸くして二人を交互に見ている。
そして、晃一と紀伊也もナオと同じように溜息をついた。
「まあ、今更いいんじゃない。 オレ達デビュー前からのながーい付き合いだし。たまには刺激、求めないとね」
そう言って腹を抱えて笑い転げた。
「アホらし・・・」
晃一は呟くと透にビールを注文するように命令した。それを機に皆再び談笑に戻っていった。その内、何人かが入れ替わりに立ち上がり始め、そっと席を立ち外へ出て行った者がいた。
ちょっと、やりすぎたかな
店に入ってから、ずっと秀也を見ていた司はいつになくムッとして出て行った事に少し不安を感じてしまった。皆がそれぞれの話を咲かせているところで、タバコを掴むとそっと立ち上がり外へ出た。
が、秀也の姿が見当たらない。キョロキョロと辺りを伺い、通りを一本逸れると少し離れた所を見慣れた背中が歩いていた。慌てて後を追う。
「秀也」
肩を並べ、顔を覗き込む。
秀也は一瞬立ち止まって、サングラス越しに司を見たが再び黙って歩き出す。
「怒ってんの?」
「何が」
素っ気無く応える秀也はうるさそうにまとわりつく司に視線を送った。
「ナオの事」
「何で」
「何でって言われても・・・。 だから、その、黙ってやっちゃった事」
足早に歩く秀也を追いかけながらバツが悪そうだ。秀也は足を止めて司に向いた。
「いいんじゃないの、あの演出。俺も良かったと思ってるよ。俺に絡むより、ナオの方がいやらしさが出てるし、客も喜んでたじゃない」
そう言って、再び歩き出した。その言い方に余りにも他人行儀なものを感じて司は思わずムッとした。
「何だ、つまんなかったんだ。やっぱり怒ってるんじゃない。それともオレとナオが泊まった事に腹立ててんの?」
尚も秀也を追いかけながら言うと、突然秀也が立ち止まり、司はそのまま秀也の背中に激突してしまった。
「っテ、急に止まるなよ」
鼻を押さえながら見上げるとサングラス越しに睨んでいるのが分かる。
「そんな事に怒ってるんじゃない。お前は軽弾みな行動をしすぎるんだよっ」
思わず秀也は怒鳴っていた。
「ホテルの従業員が口を割らないと本気で思ってんのか、おめでたいヤツだな。シャンパングラスを握りつぶしたんだって? しかも二人共バスローブ一枚だけだっていうじゃねぇか」
「何で、それ知ってんの?」
「知り合いの記者が教えてくれたんだよ。明後日発売の週刊誌に載せるから二人の関係知りたいって」
「何て、応えたの?」
息を呑んで秀也を見た。雑誌に載せられる事に対しては何とも思ってはいない。ただ、取材がメンバーである秀也に及び、どう応えたのかそれが不安だった。
「直接本人に訊けよって言っといた。俺の知った事じゃない」
「そう」
司は手にしていたタバコを口元に持って来ると、一本くわえ火をつけた。それを見て秀也は軽く溜息をついて司を置いて歩き出した。
司とナオが一夜を共に過ごした事は偶然の成り行きだろう。しかもダブルベッドで仮に一緒に寝たとしても何もない事は分かっていた。ナオから誘う事は天地がひっくり返ってもあり得ない事だ。
ただ司がそうした場合、果たしてどうなのだろうか。司にはそれだけの魅力がある。
現に自分がそうであるように。
それに、確かに今夜のライブで司がナオに絡んだ時は、傍目から見てもゾクッとした程だ。更に先程見せた司の挑発的な瞳、ナオにキスをした時は持っていたグラスを投げ付けたくなった程だった。
ふと足を止め、振り返った。司は立ち止まったままこちらを見てタバコを吸っていた。
二人の間には50メートル程の距離がある。
ちょうど、店から出て来た若者の集団が司に気付いた。どうやら今日のライブに来ていたファンなのか。手にはパンフレットとジュリエットのロゴの入ったタオルを肩にかけていた。
こちらを見ながらタバコを吸っている司はサングラスをかけていない。
ファンの絶叫と共にあっという間に秀也の視界を彼らが遮る。
「司っ!?」
駆け寄る秀也の声が、酒も手伝って興奮したファンに掻き消されたが、かろうじて司の手を見つけ素早くそれを掴み引き寄せると、彼等を押し退けながらもみくちゃにされかかった司が出て来た。
一瞬目が合うと、すぐさま二人は走り出した。
逃げ足だけは速い二人はあっという間に彼らの前から姿を消す。こういう事は慣れていた。
ライブの後の解放感に浸っている時に、気を遣ってこそこそ歩いたり、スタッフを引き連れてぞろぞろ行くのは嫌いだった。だから、知らない街を一人でぶらついたりメンバーとだけで飲みに行ったりしてファンに囲まれる事もしょっちゅうである。が、そういう時は彼等にも、この時間を邪魔されたくはない。
従って、後は逃げるのみである。
二人は路地裏に逃げ込み、一呼吸ついた。
ビルとビルの間をちょうど大人一人が通れる位の幅だ。
ライブの後でしかも酒も入っている為、息が上がってしまっている。
はぁっ、はぁっ、と肩で息をし、膝に手をついた。
「だから、お前は軽いんだよ」
秀也が顔を上げながら言う。
「何が」
今度は司が怒ったように顔を上げた。
「グラスくらいしろ、ばか」
言われて気が付くと、舌を出した。
「仕方ないだろ、お前が怒って出てったと思ったから、心配したら、するの忘れて・・・ 」
そこまで言いかけたところで、壁に肩を押し付けられて秀也に唇を塞がれる。
「心配した、って?」
唇を離し、意地悪そうに司を見つめると再び顔を近づけた。司は目を閉じて再び秀也の唇を受け止めた。熱く弾力のある唇が今日は強引だ。秀也に体を押し付けられて思わず呻くと唇を離した。
「ここで?!」
喘ぐように耳元で言う司の首筋に秀也は更に口付けをする。
「秀也!?」
驚いて秀也の顔を見ると、秀也は口の端を上げた。
「ばあか、俺はお前と違って節操ってもんがあるからな。こんなとこでするか 」
とたんに呆れたように司を見下ろすと、手を引いて路地裏から連れ出し、通りがかったタクシーを止めるとホテルへと走らせた。
ホテルへ着くと、ロビーにはどこで聞きつけたのかファンと同行の記者が待ち構えていた。ガードのスタッフもいない為、あっという間に囲まれる。
「今日のライブ素敵でした。特にナオさんとの絡みが最高」
そんな感想に思わず嬉しくなって礼を言う。
「秀也さん、妬けちゃいますね」
その問いかけに思わず苦笑する。
「ばあか、いちいち妬いてられるか。それにアイツらデキてるんだから」
それを聞いて司は振り返って声を上げて笑った。
「今夜もナオちゃんと一緒なの。オレ達、愛し合ってるから」
司もジョークに歯止めが効かない。サングラス越しに悪戯っぽく笑って秀也を見ると、同じように笑っている。
えーっ、そうなんですかぁ、ショックぅ・・・・・。 彼女達の声を背にフロントへ向かい鍵を受け取る。
「光月さん、先日の岡山での事を聞かせてください。その手の怪我は?」
背後からの記者の質問に、くるっと振り向いて包帯の巻かれた左手をかざすと
「ふふん、イイこと、したの」
と、意味深に口の端を上げる。一瞬、絶句した記者が次の質問に入ろうと口を開きかけたところで、それを制すように鍵を顔の前にぶら下げ、
「ごめん、今日はもう疲れてるから休ませて」
と言い、その鍵を口元に持っていくと
「それに、先に行って、待ってなきゃならないし」
と付け加え、秀也の後についてエレベーターに乗り込んだ。
扉が閉じられたところで、自然に二人の手と指が絡み、秀也は司を抱き寄せた。
一つの部屋へ入り、扉が閉じられた瞬間に激しい口付けを交わす。
少ししてチャイムが鳴ると、頼んでおいた物が運ばれ、それらがテーブルに並べられる。従業員が出て行ったのを確認すると、秀也は司のサングラスを外し、片手で腰を抱き寄せもう片方の手で、頬を撫でる。
「デビュー前からのながーい付き合いだって?」
確認するかのように言う秀也を、ん? と見つめた。
「たまには刺激が欲しいって?」
言いながら腰に回していた手に力を込め、更に強く抱き寄せ体を押し付けた。
司は秀也を感じながら、サングラスを外すと両手を首に巻きつけ、秀也の唇を求めた。
激しく舌を絡ませながら、徐々に熱くなっていく。そのまま縺れるようにベッドへ倒れ込んだ。
汗ばむ厚い胸にうつぶせながら耳元で囁いた。
「ね、やっぱ妬けちゃった?」
その瞬間視界が反転し、仰向けにさせられると目の前で秀也の怖い顔とぶつかる。
「何だって?」
「だって、今日は強引・・・、・・・っテッ! 何すんだよっ。 っテェなぁ」
そのうるさい口を塞ぐと唇を噛んだのだ。
「ったく、お前というヤツはとんでもなくヤな女だな」
呆れたように言うと、体を起こしてベッドを離れた。
トゥルル・・ トゥルル・・・・
部屋の電話が1コールで一旦切れ、再び鳴る。
メンバーの誰かだ。司は体を起こして手を伸ばした。
「何?」
「そこにいるだろ」
受話器を耳から外し、冷蔵庫から水を取り出し飲んでいる秀也を呼んだ。
「誰?」
「ナオちゃん」
ニヤケながら受話器を渡すとベッドに腰掛けた秀也の肩に顎を乗せ、上目遣いに見上げた。そんな司を軽く睨みながら見下ろし、受話器を当てた。
「何? ・・・、鍵? あ、ごめん。・・・、 わかった。 で、悪いけど ・・・ うん、じゃ」
そう言うと受話器を置いた。
ふーん、と秀也から体を離しベッドを降りると、トン、トトトン、トトトン、と合図のようにドアがノックされた。
その瞬間、二人は同時にテーブルめがけて走り出した。司は見つけた宝物を奪いに行くように、秀也はそれを取られまい、と。司がそれを取ろうとした瞬間、秀也が司の腕を引っ張り、後ろへ突き飛ばすとそれを掴んだ。
「ふう、危ねえ。ったく、油断も隙もありゃしねぇ」
が、見れば床に座り込んだ司は包帯の巻かれた左手を抱え込んで顔をしかめている。突き飛ばされた拍子に勢いよく左手を床につけてしまったのである。
「ごめん、大丈夫か?」
屈んで、顔を覗き込んだ瞬間に手にしていた鍵を司に奪い取られた。そして、秀也を押し退けると素早く立ち上がりドアへ向かって走りだした。慌ててそれを追いかけ、かろうじてドアのノブを掴む司を抱き寄せ引き離した。
「お前、何する気だよっ」
「だって、ナオちゃん来てるんでしょ」
ニヤつきながら振り返り秀也を見る。今、ここでこの腕を緩めればそのまま飛び出して行きそうな司を必死に抱え込んだ。
再びドアがノックされる。
「ちょっと、待って!!」
慌てたように声を出した瞬間少し手が緩み、その拍子に司はドアのノブを回した。慌てて引き戻すとドアが少し開けられる。
「秀也?」
何となく様子がおかしいと感じたナオは、恐る恐るドアのノブを持ち、声をかけた。
「ナーオちゃんっ」
司の嬉しそうに誘う声に思わずギョッとしてドアを閉めかけて止まる。
「鍵、欲しいんでしょ」
鍵をちらつかせてナオを釣ろうとするが、秀也に押さえ込まれてなかなか上手くいかない。尚も暴れて腕から逃れようとした。
「ナオっ、絶対それ以上開けるなよっ」
秀也も必死だ。なぜなら二人共に何も身に着けていないからだ。
「って、どうすんだよ」
呆れながらナオは言うと手を中に入れた。その手を見て司は嬉しそうに飛びついた。
次の瞬間、ドアが開き、司は何かに顔面から押し付けられて驚いて後ろにひっくり返ってしまった。
その拍子にドアが音を立てて閉じられた。
二人は重なる恰好で尻もちをついたが、見れば司は大きなボストンバッグを抱えている。そして、手にしていた鍵はなくなっていた。
「ナオの勝ちだな」
秀也はホッと胸を撫で下ろすと、呆然とボストンバッグを見つめる司の肩を叩いた。
「何、これ」
「見ての通りだよ」
「・・・。 でも、さすがだね、ナオちゃんったら。 惚れ直したよ 」
感心したように言うと、バッグを秀也に突き付け立ち上がった。
まったく、しょうがないな、と秀也も立ち上がったが急に思い出したように司を羽交い絞めにすると、壁に体を押し付けた。
「な、何?」
驚いて秀也を見ると、怒ったように見ている。
「何、じゃねえだろ。あのまま出て行ってどうするつもりだったんだよっ」
はは・・・、どうするって・・・
司もどうするつもりだったのか考えていなかった。ただ、体が自然に動いていたのだ。
まったく、とんでもないヤツだ。呟きながら焦って困惑する司の唇を塞ぐ。
秀也の強引とも言える口付けを感じながら司は内心おかしくて仕方がない。
自分の術中に見事にハマってくれたのだ。 毎年冬になると、決まってゲレンデへ出かけてしまう秀也に何となく置いてけぼりを食ったような気になる。それが今年は特にそう感じたのだ。ツアーの合間を縫って出かけて行くが、たまの休日くらい一緒に過ごしたいと思う。それが忙しくなればなる程そうしたいと思う。それに、スケジュールが詰まって忙しくなれば二人で会う事もできない。司は、何となく距離を感じてしまい、秀也の気を惹きたくなったのだ。それに、自分自身何か目新しい刺激を求めたくもなった。そこへ、ちょうどナオと二人きりになり、今までのわだかまりも無くなり何か親密に打ち解けられたところで、一計を案じたのである。
ただ、これには一つ大きな賭けがあった。それは覚悟の上だったのだが、思いのほか、ナオの理性が勝っていた。あの時、ナオに組み伏せられた時は一瞬、本当に焦って動けなかった。余りにも力が強かった。それを思うと苦笑するしかないのだが・・・。
そんな事を思いながら責められるように秀也に抱かれていた。
シャワーを浴び、酒を呑み、タバコを吸い、互いを求め合い、二人の熱く長い夜が更けていく。
翌日、東京へ戻る為ロビーに降りると既に皆集っていた。
「おーはよっ」
司はナオの肩に腕を回して抱きついた。一瞬、チラッと司を見ると溜息をついた。
「お前というヤツは」
スタッフや取材記者の注目を一斉に浴びると何人かがフラッシュをたく。
「交際してるって本当ですか?!」
一人の記者の質問にスタッフは全員息を呑む。特にチャーリーは青ざめている。
「あっれぇ、そんな事言ったかな。 でも、愛し合ってるのはホントだねぇ、ナオちゃん。 いやぁ、昨夜は激しかったねぇ。 最近マンネリ化してきちゃってたもの、久々に興奮しちゃったよ、ねっ」
悪戯っぽく言い放つ司に、秀也始めメンバーは呆れて顔を手で覆い、スタッフは全員唖然とし、記者達は困惑した。そして一人満足気に腹を抱えて笑う司にナオは頭をはたいた。
「一度、地獄に落ちろ、ばかっ」