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第四章(六)

 それから数週間後、スタッフの身を削る思いの努力の甲斐あってようやくツアーの再開にこぎつけた。

 三日後にライブを控え、新しい楽器での調整とリハーサルを終えてあとは本番を待つだけとなり、メンバーもスタッフも一安心だ。明日の日曜にはスタッフ含め全員の休暇が当てられていた。

その前に司はもう一仕事である岡山放送局へ向かった。普段なら報道番組など出演は一切しないのだが、今回は事情が事情なだけに出演せざるを得ない。それにもう一つ私的な用もあった。

付き添いのスタッフも断り、マネージャーのチャーリーと言いなりの透だけを伴って出かけた。

「何で、俺まで行かなきゃなんないのかね。できれば残って音の調整したかったんだけど」

放送局の楽屋でタバコを吹かしながらナオがチャーリーを睨む。

「仕方ないでしょ。先方の依頼なんだから、それに社長の指示もあって司と誰かなんだから」

「本当に俺なの? こういうのって、晃一か秀也の役回りだろ」

事務所を出てからずっとこの繰り返しだ。チャーリーは助けを求めるかのように司を見るが、二人の押し問答をずっと笑いながら見ている。

「まあ、たまにはいいんじゃないの。それに晃一が出ると、あいつの事だから調子に乗って英雄ぶりかねないだろ。秀也だって病み上がりで調整遅れてるから集中したいって言ってたし。どうせナオだって出たって黙ってるだけなんだから、オフが半日延びたって思えばいいじゃない」

そう言って司はずずーっとお茶をすすった。

 ったく

ナオはチラッと横目で睨むと溜息をついた。

 それにしてもこの出演によくO.Kを出したものだと疑問を持つ。たかだか10分足らずの出演だ。しかも生放送だ。全国放送であるワイドショーのインタビューも拒否した司がどういう風の吹き回しなのだろうか。全く持って何を考えているのか分からない。

デビューして三年経つが、事務所のスタッフも気苦労が多く、円形脱毛症に悩まされた者も数知れない。が、辞めた者がいない事が不思議だった。

「お待たせいたしました。本番入りますので打ち合わせ通り宜しくお願いします」

放送局のスタッフの案内でスタジオに入る。

 内容自体、他愛のないものだった。ワイドショーの延長のような質問に軽く受け答えするだけだった。

 まあ、こんなもんか、と出演が終わると司は呟いた。

チャーリーも透もこんなの安売りだ、と誰もいないのをいい事にぶつくさ言いながら司を睨むように見ている。

楽屋で帰り仕度をしていると、報道局の部長が顔を出し、出演の礼とこの後の宴会の件を再度打診して来る。事前にもあったがそれは断るよう司が指示していた。チャーリーが再び同じ事を言い断っていた。残念そうに引き下がる部長に、頼まれていたサインをした色紙の束を渡すと渋々引き上げて行く。

四人は顔を見合わせると苦笑してしまった。

 用意されたハイヤーに乗ろうと玄関まで行くが、既に多くのファンが詰め掛けてハイヤーを取り囲んでいる。四人はキンキン響く奇声とフラッシュを浴びながらハイヤーに乗り込むと、車は駅へ向かって走り出した。

「これで、もうオフだよな」

司が確認するかのように言った。

「そうだね、お疲れさんでした。明後日は打ち合わせと記者会見だから絶対遅れないでよ」

念を押すようにチャーリーが言うと、はいはいと頷いた。途中、信号が赤に変わった。

「じゃ、オレ達はここでバイバイ。 ナオ、降りるよ」

そう言うと車のドアを開け、隣に座っていたナオの手を引っ張って外に出ると素早くドアを閉めた。と同時に信号が青に変わり、車の中で後ろを振り返って放心状態の二人を乗せ、ハイヤーはそのまま駅へ向かって走り出した。

「司っ、どうすんの!?」

ナオは歩道を足早に歩き出す司の後を慌てて追った。タクシーを一台止めるとそれに乗り込み、司はポケットからメモを取り出すとそれを運転手に見せた。二人とも日も暮れているというのにサングラスをし、似たような黒い皮のジャケットを着ている。

運転手は後ろを振り返る事もなく黙って車を走らせた。車はそのまま住宅街に入り、とある一軒の家の前で止まった。料金を支払い外に出た。

「ちょっと司、説明しろよ。何なんだよ、いきなりこんな所に連れて来て。一体どこへ行こうっていうんだよ」

ぐいっと肩を掴んでこちらを振り向かせると、司はサングラスを取ってココと家を指した。

 は? と指された家の表札を見ると『坂下』とある。

「彼女が話してくれるっていうんだ。彼女の両親にも了解はとってあるよ」

「え?」

「あの時の由美ちゃん、忘れたの?」

忘れるはずがない。

東京に戻り、事故の事が報道されるたびに思い出して何とか連絡を取ろうとしたのだが、名前すら聞く事なく帰って来てしまったのだ。ナオ自身どうする事もできず途方に暮れていた。

「忘れる訳ないだろ。でも、お前いつの間に」

「説明は後。時間遅れちゃってるからとりあえず行くよ。ほら、グラス取って、印象悪いだろ」

司に促され、サングラスをポケットにしまう。司が玄関の呼鈴を押すと暫くして「はい、どなた」と落ち着きのある声がインターホンから聞こえる。

「光月です。遅くなりました」

司が応えると慌てたように玄関のドアが開かれ、あの時の母親が顔を出す。二人が軽く会釈すると、母親は周囲を見渡しながら急いで二人を中へ招き入れた。

二人は客間である和室に通される。

 とりあえず正座をしてみた。二人共に和室は久しぶりである。特に改まって正座をするのは何年ぶりと言っても過言ではない。こと司に関して言うならとんと記憶にない。二人とも困惑して顔を見合わせたが、ナオは司のぎこちない姿勢に吹き出しそうになってそれを必死で堪えていた。

その時(ふすま)が開き、緊張した由美とその後ろで盆を手にした母親が入って来た。

「久しぶり、元気そうだね」

先に司が声をかけた。そうでもしなければずっと沈黙して過ごし兼ねないからだ。

「どう具合は。こっちに来て座ったら」

ナオも手招きする。由美はおずおずと進み出て二人の前に座った。

「わざわざ来ていただいてすみません」

お茶を出しながら母親が司に申し訳なさそうな視線を送った。

「早速だけど、いいかな。 悪いんですが席を外していただけますか? 」

司が母親に言うと、素直に頷き出て行った。何かもう既に話をつけているのだろうか。二人の間に何か納得したような空気が流れている。思わずナオは司を見た。そして、襖が閉じられた瞬間「はぁっ」と大きな溜息をついて司は足を崩してあぐらをかいた。

「もう、ダメだ。和室ってのはどうも苦手だよ。 よくナオは平気でいられるなぁ」

「俺はれっきとした日本人だからね」

そう言いながらも同じようにあぐらをかくと司を見て吹き出してしまった。

「確かにお前と和室ってホント、合わねぇのな。ねえ、そう思わない?」

笑いながら由美を見ると困惑しているようだがつられて笑ってしまっている。

チェっと口を尖らせ横目でナオを見るが急に真剣な顔つきになると

「由美ちゃん、話して」

と言った。由美は笑いで緊張がほぐれ、頷くと話し出した。



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