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第四章(五の2)

「どうしてくれんだよっ、これっ」

看護婦が病室から出て行くと、司はナオを睨みながら体を起こして管の伸びた腕を突き出した。

先程までの苦痛に耐えかねていた表情はどこへやら、である。

「はは、まさかここまでされるとは思ってもみなかった」

苦笑するしかない。

「あのなぁっ、まともに入ったんだぞ。あの状況じゃこうなるしかなかったんだ。もっと、上手く言えたのにっ・・・ったく!」

司は口を尖らせると忌々しそうに点滴を睨みつけた。途中で外すわけにもいかない。

 由美の病室を出た後、何気に二人はそのまま動かず立っていた。中の会話が聞こえ、明日も入院、という言葉が聞こえると二人は顔を見合わせた。

考えた事は同じだった。が、その考え方にズレが生じた。司がけるまでもなくナオがみぞおちに当身を食らわせたのだ。余りにも油断していた為、まともに入ったのだ。演技するまでもなく、思わず呻いて倒れた。

「くっ・・・、ナオ、てめっ・・・」

腹を押さえうずくまってしまった。

看護婦だけが来てくれれば良かったのだが、運悪く由美の部屋から医師が出て来てしまい、ドアが開いた瞬間に腹から胸の辺りを押さえ痛みをこらえたのだ。

昨夜の心臓発作の件もある。いくら問題がないとは言え、ここは病院なだけに適切な処置を施さなくてはならない。雅ならそのままほっておくだろうが、ここは岡山だ。しかも普通の病院である。

司は点滴を受けながら、体の力が抜けていくのを感じた。安定剤だ。

「ダメ、だ。眠くなってきた。・・・ ナオ、怨むからな・・もうっ、後はテキトーにてめぇでやってくれ・・・」

そう、吐き捨てるように言うと体を倒した。自然に目が閉じていく。そのまま深い眠りに陥ってしまった。

「司?」

肩を揺り動かしたが、軽い寝息を立てている。

「ごめんな」

ナオはしばらく司の寝顔を見ていたが、やがて立ち上がると病室を出て行った。

 向かった先はもちろん由美の病室だ。まだ、あの母親はいるのだろうか。何となく不安に駆られたが、遅かれ早かれいずれは相対する事になる。覚悟を決めてドアをノックした。

 中から短く「はい」という返事だけが聞こえ、恐る恐るドアを開けるとベッドに体を起こした由美だけがいた。

「さっきは、ごめんね」

そっと、ドアを閉じて近づくとベッド脇の椅子に腰掛けた。

「本当に、ナオさんなんだ・・・」

由美にまじまじと見つめられ思わず戸惑う。

「え、ああ・・。そう言えばさっきは君のお母さんに悪い事しちゃったね。司の言い方が悪すぎたんだ、ごめんね。でも、アイツも悪気があった訳じゃないから許してやってよ」

余りにもごく普通に話しかけてくる。思わずくすっと笑ってしまった。

「気にしてません。それより悪いのは私の方ですから」

笑ってしまった事に、少し戸惑ったナオの表情に慌てて応えた。

ナオもここまで言う事は出来たが、次の言葉が見付らない。

司のように馴れ馴れしく話しかける事を得意としないナオは司を連れて来なかった事に少し後悔した。

「ナオさんって、見た目通りなんですね」

 え? 顔を上げると由美が笑っている。

「メンバーの中でおとなしいっていうか、無口っていうか・・・」

言葉に詰まっている。思わず苦笑してしまった。

「要は、暗いって事だろ?」

「そ、そんな事っ・・・」

「いいよ、別に。俺と紀伊也はそういう役割なんだから。司と晃一がうるさすぎんだよ」

よく言われる事だ。別に今更改めて言われても大した事ではない。

それに表立っては司と晃一に任せているので、面倒なインタビューにも殆ど答えなくていいのだ。紀伊也に至っては必要最小限しか話さない。取材でもその存在すら忘れてしまう程影が薄い。

ただ、メンバーにとってはその紀伊也が重要なポジションを占めているのだが。

「司さんと晃一さんて、よく喧嘩してるって聞いたけど、仲悪いんですか?」

司、を強調する。

「司のファンなの?」

思わず由美は顔を赤らめて頷く。当り前の事だけに驚いたりはしない。むしろ、司の事を嫌いだという人に会いたいくらいだ。

「どこがいいんだろうな」

呟いて首を傾げるが、そう言う自分も司にれてメンバーに加わり、大学を卒業してまでもミュージシャンというプロの道を選んだのだ。ただ、司について行こうという理由だけで。

「やっぱり、カッコいいかな。歌も上手いし、声がセクシーだし、何か、魅力的」

めればきりがない。

「でも、性格悪ィぜ、あいつ。あんな性格悪いヤツ他にいないと思うよ」

我が儘に振り回されて、よく怒っている晃一を思い出す。そして晃一はそれを秀也に八つ当たりしている。秀也には本当に感心させられる。よく、あの司と付き合う事が出来るものだと。

「やっぱり、仲悪いんですか?」

「仲が悪けりゃ、とっくに解散しているよ。性格悪い分、可愛いとこもあるんだから。やんちゃな弟みたいな感じかな。俺と司って年三つ離れてるから。それにどうみても妹には見えないだろ」

言って、思わず吹き出してしまった。

 そう言えば司は男ではなかった。

男だとか女だとか意識して付き合った事など今までにはない。どちらかと言えば、同性だと思ってしまっている。たまに、ああそう言えばそうだったな、と思い出すくらいだ。秀也でさえ、皆といる時にはそうだった。それに普段の態度からしても、とても女性には見えない。背も高く、体つきも女性にしては角ばっている。肉付きもいい方でなく、どちらかというと引き締まった体をしており、目つきも鋭く、口元もニヒルだ。

ある人に言わせれば、ゲイではないかというが、決して同性愛者ではない。秀也という恋人がいるわけだから。

 ・・・ それに、実家では「お嬢様」なのだ。

「兄弟、いるんですか?」

その質問に思わず息を呑んだ。

二人にとって一番触れて欲しくない処だ。プライベートな部分に関しての公表は一切()けてきた。が、今ナオにとって向き合わなければならなかったのはこの事実だ。昨夜ゆうべ司がわざわざ自分を呼んだのもこの為だったのだろう。それに自分でも決心した事だったのだ。

「妹が、いたんだ」

「妹?」

急に真顔になったナオに由美は戸惑う。やはり訊いてはいけなかったのだろうか。今まで知る限り、どの雑誌、情報でも公表されていなかったからだ。それに「いた」という過去を表現したのだ。

「七年前に亡くなったけどね」

声を落とすナオにハッとなる。

「ごめんなさい」

「パニック障害、だったんだって言われたよ。多分昨夜の君と同じ」

そう言って、ナオは真っ直ぐに由美を見る。少し遠回りになったが、やっと本題に入れた。明日香の事を引き合いに出すのは躊躇ちゅうちょしたが、そうしなければならないのだと悟った。

「え?」

初めて聞く言葉に動揺する。 昨夜の私・・・。

「さっき、司が訊こうとしていた事だけど、発作の件。本当に昨日が初めてだったの?」

一瞬ナオを見たが、俯くと自分の胸を押さえた。

昨日は突然苦しくなった。というより自分の周りだけに空気が無くなっているような気がした。

「明日香はね、数人の女の子に囲まれると、とたんに自分の周りだけが真空状態みたいになった気がして息が出来なくなったんだ。そして呼吸困難になった。体はどこも悪くない。病気もしないし健康だったんだよ」

由美はナオを見つめた。

「同じ・・・、同じです。昨日も突然私の周りだけ空気がなくなった気がして苦しくなったの。暗くなって怖くて怖くて、そしたら司さんが来てくれて・・・ 」

目を見開く由美は気分が高まってきたのか、息が少し荒い。

「おまじない、してくれた?」

コクンと頷いた。肩で息をする由美を軽く抱き寄せると背中を二回叩いた。

「もう、苦しくないでしょ」

体を離すと微笑んで言った。安心したようにナオを見ると呼吸も落ち着きを取り戻している。

「初めてじゃなかったんだね。前の時はどうだったの?・・・、あ、もし話したくなければいいよ。無理しないで」

戸惑いを見せた由美に気遣う。

「前は・・・」

言いかけた時病室のドアが開き、振り向くと母親が入って来た。一瞬、母親の顔が曇ったが司がいなかった事に安心したのか、昨夜ナオに付き添われていたのを思い出すと申し訳なさそうに近づいて来る。

ナオは椅子から立ち上がると軽く頭を下げた。

「先程は失礼しました」

身なりからして余りにも丁寧な態度に母親も驚いた。黒く長めの前髪は垂らしたままに、少し日に焼けた肌、黒いシャツに皮のズボンをまとい、シャツから覗く肌にはシルバーのネックレスが三連にかけられている。

「いえ、こちらこそ・・・、 本当はお礼にお伺いしなければなりませんのに、申し訳ありませんでした。それに、あの、光月さんに助けていただいたそうで・・・ その・・ 」

由美から聞いたのだろう。しかしまさか、芸能人が自分のファンを自らの手で助ける訳がないと半信半疑だったのだが、医師からもそうらしいと聴かされ、今朝の新聞を見てもそうだったので仰天してしまったのだ。

「アイツなら大丈夫ですから、心配しないで下さい」

「でも、さっき廊下で」

「あ、それもただの貧血ですから。今部屋で寝てます。スケジュールもハードだったからいい休養になってますよ」

ナオもこの手の親は苦手だった。早々に切り上げて出て行きたくなる。由美に向き直ると「ごめん、また来るよ」と小声で言い、母親には適当な挨拶をして病室を後にした。

 ふうっと、一息つくと司の所へ戻った。

点滴も終わりに差し掛かっていたが薬のおかげでよく眠っている。

悪い事をしたな、と思いつつも司にはこれ位の休養を当てなければダメだと思い直した。確かにここ三ヶ月、休みなしで仕事をしていた。

作曲にこもっている間、メンバーには適度な休暇が当てられるが、司には寝る間もない。それに今はツアーの真っ最中だ。移動だけでも疲れるというのにその上ハードなスケジュールにも追われていた。

それにしても、秀也までが倒れたのは意外だった。相当疲れていたのだろうか。そう言えばたまに、声がかけづらくなる程に一人沈んでいる時があった。

司は知っていたのだろうか。

「秀也も大変だな」

思わず呟いた。晃一が怒るのも無理もない。

 コンコン、微かにドアがノックされ静かに開いた。振り向くと晃一が入ってくる。

「どう?」

そっと近づいて来ると、ベッドで眠る司の顔を覗き込む。

「心配ないよ」

「でも、点滴・・。 また発作起きた?」

心配そうにナオを見る。

「ん・・・、大丈夫。 まあ、いい休養になってんじゃない。ここんとこ忙しかったから」

話を何気にらせた。

「そうだな。けど、司には悪いが明日、無理にでも退院してもらって東京に戻る事になったよ。スケジュールの調整しないと。スタッフも大変だよ。昨夜からみんな徹夜でやってる、俺達も手伝ってやんねぇとな。で、悪いけどこれから打ち合わせやるから、来て」

いつもなら司の快復を待つのだが今回ばかりはそうもいかない。ツアー中の事故だけにスタッフは全員係りきりになり、その上メンバーの五人中二人が倒れたのではさすがの晃一でも気を遣いながらも動くしかなかった。

司には簡単にメモを残し、二人は病院を後にした。

 途中マスコミに囲まれながらもそれを無視し、ホテルに戻ると紀伊也が難しそうな顔をして待っていた。

「秀也どう?」

晃一が訊く。

「ダメだ、熱が出てきたよ。明日の移動までに何とか持ってくれればいいけど、戻ったら入院した方がいいかも」

今後のスケジュールを考えての判断だろう。少し大事おおごとになるかもしれないが、秀也にとってもメンバーにとってもいい休養になる。

早速三人はチャーリーを交え今後のスケジュール等、打ち合わせに入った。

病院を出てからナオは由美の事などすっかり忘れていた。



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