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第三章(ニ)


「なあんだ、意外と簡単だな。これならオレにも出来るよ。楽勝、楽勝」


秀也に教えてもらった通り、洗濯物を全て洗濯機に放り込み、洗剤と柔軟剤をテキトーに入れるとスイッチを押した。

「後は任せたよ、洗濯機くん」

ポンポンと洗濯機を叩いて居間へ戻る。

足の踏み場もなかった先程までが嘘のようだ。が、何となくいつものように綺麗な感じはしない。

 お、そうだ。とポンと手の平を打つと、思い出したように廊下の納戸を開けた。

「こーんな所にあったのか。しかし秀也のヤツよく知ってたな」

感心しながら掃除機を出した。居間へ運ぶとしゃがんで掃除機を眺め回す。

「さて、これはどうして使うのかなぁ・・・。これがコンセントね、って事は・・・ おおっすげっ、伸びる伸びる。で、差し込んで・・・。ここを持つのかな? ・・うん、様になってきた。っとスイッチは・・ これかっ」


 ヴォィ~ンー・・・


おおっ、吸ってる吸ってる、と感嘆の声を上げながら部屋の隅々まで掃除機をかけていく。ソファをどかしてその下までかけた。ついでにキャビネットもどけようとしたが、重たくて動かない。

チっと舌打ちをするとそれをった。蹴った拍子に何かが後ろに落ちた。

「ありゃ、何か落ちたな」

カーテンを少し持ち上げて見ると、ライターが落ちていた。それを取ろうと手を隙間に入れたが届かない。が、ふと見ると長い掃除機の柄を持っている。これで取るか、と思い先端を見るととても入りそうにない吸い口のヘッドがついている。が、取り外しの出来そうな構造に気付き、それを引っ張ると簡単に抜けた。

それを後ろに放り投げるとキャビネットの隙間に入れた。

 ズボッ、ガッガガッ。

 え? 

妙な音と共に、あっという間に見えていた筈のライターが消えている。どうやら手に持っていた掃除機に吸い込まれたらしい。

「ええーーっ!! ちょい待ったっ!」

あせって掃除機を引っ張ろうとすると、ズボっ、ボゴボゴっボボっ と鈍い音がしてカーテンが吸い込まれていく。

「うわーっ、ちょっと何!? わーーっ、助けてくれっ」

何とかカーテンを外したが、掃除機は止まってくれない。司は掃除機を放り出すと電話をかけた。すると、すぐ後ろで電話が鳴っている。振り返って見ると、自分がかけた筈の秀也の携帯電話がテーブルの上に置いてあるのだ。

「わーん、秀也ぁ。何でこういう時に持っててくれないのよ~」

情けない声を出すと、他へかけた。が出ない。仕方なくもう一人へかけたがそれも駄目だった。

「仕方ない」

観念したように最後の人物へかけると、運悪く出てしまった。

「頼むっ、一大事なんだっ。急いで来てくれっ!」


 *****


「何だっ!? どうしたっ?!」

血相を変えて晃一が飛び込んで来た。

玄関へ入ると居間からもの凄い音と共に司の格闘しているような声が聞こえ、慌てて靴を脱いで走ってきたのだ。そうでなくても、電話口で必死な声で助けを求められたので急いで車を走らせて来たのだ。

「晃一ィ、これ、どうやって止めんだよー」

泣きそうな顔をして掃除機を抱えしゃがみこんでいる。

 はあ・・・? 

呆気にとられ、司と掃除機を見比べた。

確かに合わない組み合わせだとは思ったが・・・。 呆れる事も出来ず、つかつかと歩み寄り、司の手から掃除機の柄を取り上げるとスイッチを切った。


 ウィ~ン・・・・・


激しい音から徐々に気弱な音に変わっていく。

ようやく止まったのを確認するとホッと一息ついて座り込んでしまった。

「はあ、止まった。サンキュ」

見上げると、晃一は呆然としてこちらを見下ろしている。

「おい、これ止めさせる為に呼んだんじゃねーだろな・・・」

まさか、と思いつつも訊いてみる。

 へっ? という司の顔に晃一の頭からは湯気が出そうだ。思わず手にしていた掃除機を振りかざす。

「てめェっ、何考えてんだよっ!? ばかかっ!?お前何だって掃除機っっ」

そこまで言うと、ふと手にした掃除機を見つめた。

 掃除機・・・

そして司を見た。

殴られそうになって、思わず手を前にかざして目を瞑ったが、急に晃一の動きが止まったので恐る恐る片目を開けると、茫然自失になりかけている晃一がこちらを見ている。

「なぁ、司よ・・、これ、掃除機だよ、な」

持ったまましゃがむと、司の顔をまじまじと見る。

「う、うん。そだけど・・・」

「だよなぁ、どっから見ても掃除機にしか見えないんだわ、俺も。・・・・で? 何だって?」

晃一はもう一度訊いた。

「そうそう、さっき、ライター吸っちゃってさ、どうしようかと思って・・・」

「ライター?」

「うん」

「そんな、ライターくらいで騒ぐ程のことじゃねぇだろ」

「ばか言え、お前の安っぽいその辺で売ってるライターとはワケが違うんだっ。プラチナで出来てて20万はするんだぞっ」

「20万!? そりゃ大変だっ」

晃一も驚いて掃除機を見る。

「ねえ、どうすればいい?」

司も泣きそうになって晃一を見る。まさかこんな得体の知れない機械に、こんな目に遭わされるとは思ってもみなかったのだ。

「任せとけ」

晃一は言うと、掃除機の本体のカバーを開け、中に設置されている紙袋を取出した。それをそっと持ち上げ、中をごそごそ指でかき回すとライターをつまみ上げた。

「おおーっ、やったぁっ!」

思わず歓声を上げると、ほこりが舞う。ケホっケホっ、二人とも咳き込むと顔を見合わせ手の平をぶつけ合った。

晃一は紙袋を元に戻しカバーを閉じると、パンパンと手についた埃を払った。

「晃一、お前天才だよな。よく何も考えずにすぐ取出せたよな」

感心しながらライターの埃を取り、ティッシュを一枚取るとそれで磨くように拭いていく。

 は? 

晃一は司がまさか本気でそんな事を言っているワケがないと思いながらも、まさか自分がこの為だけに呼び出されたワケではないと言い聞かせるように司を無視し、洗面所へ手を洗いに行く。

 ん? 

洗面所に入ると、この家では聞いた事のない音に耳を澄ます。が、実によく聞く音だ。

ふと見ると、洗濯機が動いている。まるで、珍しいものがあるかのようにじっくりとそれを見つめた。

「おーい、司ぁ。この洗濯機、泡、吹いてんぞぉ」

 え!? 

慌てて洗面所へ走ると晃一が無表情で司を見ながら、洗濯機を指している。

見ると、洗濯機のふたの隙間から細かい白い泡がモコモコ出ている。

晃一を押し退け、蓋を一気に開けると一斉に泡が外へ飛び散った。

「ばかっ、何やってんだっっ!!」

晃一は驚いて司の手をそのまま押さえつけ、蓋を閉めた。

「あっぶねぇな、脱水の途中で開けるヤツがあるか?! ったく・・・。 にしてもどれだけ洗剤入れたんだよ。泡だらけじゃねぇか」

司を洗濯機から遠ざけるといささか呆れた。

「え? テキトー」

「適当?」

「うん、秀也が適当に入れろって言ったから、その通りにしたんだけど。あと、柔軟剤もちゃんと入れたよ」

「あ、そ・・。適当ね・・・」

「あっ、信じてないだろ。ジーンズ三本あったからその分と、あと二つ位でいいかなって思ったから、スプーン五杯入れたもん。柔軟剤だって箱いっぱい入れたよ 」

「・・・・・・。」

自信を持って、きっぱり言う司に晃一は返す言葉がない。

 こりゃ、もう一回やり直した方がいいな・・・。

黙って司を促すと居間へ戻った。晃一は呆然とソファに腰を下ろし、もたれると司の行動を目で追った。

 司は居間へ入るなり、掃除機の傍へ行き、吸い口のヘッドを取り付けると、柄を持って再びスイッチを入れた。

 !!

「待てっ。もういいからっ、俺がやるっ」

慌てて晃一は司から掃除機を取り上げた。

また先程のように何を吸うか分からないという不安に駆られたのだろうか、無意識に取った行動だった。

「あ、そう。じゃ、よろしくね」

司はあっさり引き下がると、ソファに飛び乗って晃一を見ていた。

「あー、台所も頼むわ」

晃一はチラッと司を見ると、台所へ入って行き床を吸っていく。

ふと、シンクを見ると、グラスやコーヒーカップがところせましと置かれている。しかも全て中身がこびりついているようにも見える。

「・・・・・・。」

とりあえずそれを見過ごすと、目の前にゴミ袋が三つ置かれている。

 ゴミも出してないのか・・・。

一通り終わって、スイッチを切って台所を出ると、司はソファに寝そべってこちらを見ている。

 あ・・の野郎っ・・・。 

思わず持つ手に力が入る。

「ちょっ・・・」

言いかけて司に横槍を入れられた。

「悪い、ついでに寝室も頼むよ」

 ナニっ?! 

こみ上げて来る怒りを抑え、司の寝室のドアを開けるなり呆然とした。

入るなり、シーツと思われる白い布の塊がドーンと置いてある。

「あー、それ、シーツとカバーなの。クリーニング出しといてぇ」

何で俺がやんなきゃなんねーんだよっ、と思いつつも体が勝手に動き出し、それらを寝室から運び出し玄関へと持って行く。そして、戻ると再び掃除機をかけ始めた。

 ったく、あんのヤロー、何考えてんだ・・・ にしちゃぁ一人でこんな広いベッドに寝てやがんのか。

よく見るとダブルベッドのサイズよりも一回りも二周りも大きい。 

 お、そうか、ここで秀也と・・・。

「やべ、ヘンな想像した」

思わず照れるとベッドから目をらせ急いで寝室を出た。

 晃一はコンセントをしまうと、まるで自分の家にでもいるかのように掃除機を元の場所へと片付けた。

居間へ戻ろうとしたが、洗面所からの音が止んだのに気付いて見に行くと、既に洗濯が終わっている。

「おーい、洗濯、終わってんぞーっ」

声をかけると予想通りの返事が返ってきた。

「干しといてぇ」

 ったく、どこまで人を召使のように、こき使う気だっ。

頭に来て、ガッと洗濯機のふたを開けると、鼻をくような洗剤の匂いがする。そう言えば、と思い、洗濯機の電源を入れ何やら操作すると再び水が入り始めた。

「おい司、とりあえずもう一回すすぐ事にしたから、止まったら自分で干しとけ。俺はクリーニング屋に行って来る。いつもどこ出してんだ」

「ん? 知らない」

「・・・。 訊いた俺がばかだった。なら、俺が使ってるとこにするからな。おい、クリーニング代よこせ」

「いくら?」

「さあ・・・」

「じゃ、そのキャビネットの一番上の引出しに入ってるから、テキトーに持ってっていいよ」

司はキャビネットを指すと、読んでいた本に目を落とす。

晃一は腹立たし気に司を睨んでキャビネットの引出しを開けると、ひらひらと何かが舞った。見ると一万円札だ。

 は? 

引出しの中を見ると無造作に押し込められた一万円札が束になって引出しをいっぱいに埋めている。

「テキトーね・・・」

呆れて呟くとそのまま引出しをしまい、落ちた一万円札をポケットに入れた。そしてそのまま無言で部屋を出た。



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