ネコヌコ日記
飼い猫は1日につき半径100メートル前後が行動範囲と言われています。
だけど僕は今日、101メートルを越えて外に、世界に出たんだ。
飼い主が嫌いな訳じゃないけど、というより見下してます。
「さぁ、今日は行けるとこまで行ってみるぞ!」
野良の母親から育てられた僕を飼い始めたのに、
人の家で住み始めてからはなんと外出禁止令が。
外の世界を知っているのに、一歩も出ること出来ないんじゃぁ、
この世の全てなど有っても無くても猫の尻尾。
「しまった…… 帰り道の心配をしていなかった」
カフェオレ模様の尻尾をフリフリさせるトラネコは、
田んぼのど真ん中の畦道にて、事の重大さに途方に暮れました。
「マズいぞ…… おそらく今の僕の表情は、全てを知ったあの猫の顔と同じだ」
帰りたいけど帰れない。
餌を恵んでくれて、予防接種まで受けさせてくれたお爺さんに会いたい。
注射は痛かったからそのときはこのジジィって思ったけど。
そんな、日も暮れて来た頃。
夕闇に同化したサバトラが現れた。
「お前は…… 何処からともなく侵入してくる餌泥棒!!」
「あんな古い木造住宅、穴なんて一杯あるわ!!」
「な…… なんで僕の餌を盗るんだい?!!」
「食わなきゃ死ぬんだよ!!
そろそろ冬が来るが、猫は冬眠しない。
寒さを凌ぐ場所はお前ん家の小屋があるが……
春までの食い扶持は確保しとかねぇとよ!!」
「僕のご飯だ……!! 二度と近付くなぁ!!」
近くの人から見れば、鳴き合ってるだけだろう。
お爺ちゃんお婆ちゃんの目では追えない苛烈なバトルが始まったのさ。
しかし野良の動きには付いていけず、一方的に猫パンチが僕を襲う。
だけどどうして爪を出さないんだろう、そういや僕もだ。
「ミャァ…… ミャァ……」
「ミー…… ミー……」
「……俺が勝ったから餌は好きにさせて貰うぜ」
「……いいもん、チュールと缶詰がまだあるし」
「にゃんだと?!!! てめぇそんな贅沢なモン食べてるのか?!!!」
辺りはすっかり真っ暗闇。
車のヘッドライトを目で追って、寂しさを紛らわす。
不意に自分の横目を過ぎ去るサバトラは何処かへと帰ろうとしていた。
「何処行くの?」
「俺の家だよ!!
約束通り、餌を独り占めにする為に帰るんだよ!!」
「……それって」
サバトラの帰る方へ付いてく僕。
奴は鬱陶しそうに後ろを見やりながら歩いているが、
僕にとっては真っ暗な道での唯一の光の案内人だった。
「俺達が兄弟なのは知ってるか?」
「そんなわけないじゃん!! 全然似てないよ!!」
「猫は別に親に似た毛色で産まれるとは限らねぇの!!
ウチの母ちゃんはキジトラだったろ?!」
「そうだったっけぇ? ……えぇでも兄弟なら仲良くしようよ?」
「うるせぇな。お前は恵まれてんだろうが俺は違うんだよ!
野生で生きる辛さがお前に判って堪るか!」
最後までいがみ合ってるのに、これが兄弟と言えるのだろうか。
そして雑談は楽しくなくとも、いつの間にか歩いていれば、
二度と見れること無いと思ってた我が家に辿り着くことが出来たんだ。
「おぉニャン吉~~!! 何処行ってたんだおめぇよぉ~~」
飼い主に抱かれて僕は暖かい家の中へ。
あのサバトラはというと、飼い主が外に出て来るなりどっか行っちゃった。
僕の短いようで生まれて初めてのでっかい冒険だった。
そして季節は冬へと舞い込む。
サバトラのアイツは相も変わらず、僕の知らない内に餌を食っては逃げたが、
でもそれは不思議と僕を安心させる生存確認に変わっていた。
だけどここ最近は、アイツが来た形跡が無い。
僕は外の勝手口から小屋の様子を確かめに向かった。
するとサバトラは身を丸めて、藁を毛布代わりに寝ていたのだ。
僕が近付くと睨み付けてくるのだが、僕は前より彼を怖いとは思わない。
「餌は自分の物じゃなかったの?」
「足を痛めた…… 飯に有りつけないなら俺の命も僅かだ……」
「分かった!!」
僕はサバトラの首を甘噛みするなり、
餌場まで引っ張って行こうと決めたのだ。
「待て待て待て待て!! 雪がチミダイ!!」
「我慢してよぉ…… 頑張ってるんだからぁ……」
口を開いて思わず、サバトラを雪上に落してしまった。
「お前は何がしたいんだ……」
「お母さんが子供の頃の僕達をこうやって運んでたでしょ?
……兄弟なら同じ記憶だよね?」
「…………クソッ」
サバトラは立ち上がって片足を引き摺り、
誘導する僕は勝手口を開けて中へ入れて上げた。
一匹用の小さくて丸い入れ物に二匹が顔を突っ込んで貪る。
お母さんのミルクを取り合ったときの懐かしさを思い出す。
ーー僕の冒険は、何を得られたんだろう。家族かなぁ?
だけどこれが世界を知るって言うのなら……
ヘへ!! また冒険しに行こうかな!!
おわり