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愛しくてしあわせ、なんて言うんだろう




「お久しぶりです」

「うん、ジンくん、こんにちは。さ、乗って乗って」

 小さな私の愛車はちょっと窮屈そうだけど、ジンくんが大きな身体を小さく丸めて乗り込んでくれる。

 狭い空間に二人きりだ、なんてことを意識したら緊張で爆発しそうだ。なるべく平然とした顔を装って、ゆっくりとアクセルを踏んで走り出す。



「部活、お疲れさま。がんばったねぇ」

「はい」

 落ち着いた声、だと思う。でも、返事が短すぎてよくわからない。

 フロントガラスから視線を外せない私は、ジンくんがどんな表情をしてるのかはわからない。声から元気かどうかを判断したかったけど、難しい。


 ジンくんはほぼ一週間前、ついに部活を引退した。


 県予選の二回戦。休みを調節して私も応援に駆けつけた。その時は快勝で、花園へ行きたいというジンくんの夢が本当に叶うんじゃないか、って期待もした。

 でも、その次の試合、全国区常勝の学校と当たってしまったのだ。ジンくんのチームは力を尽くしたけど届かなかった。


「楽しかったっす」

「うん」

 声は沈んではないけど、もう少し時間を置いた方がよかったかもしれない。私の高校時代なんて比べものにならない熱量で、ジンくんは一生懸命だったから。心の整理はすぐには無理だろう。

 でも、機会を逃すとずるずると会えなくなるかもしれなかったから、どうしても今日会いたかった。


「格好よかったよ」

 まっすぐがんばる姿が、泥だらけで楽しそうにフィールドを駆け回る姿が、とても素敵だった。

 それだけは、絶対に伝えたかった。



 そのまま──勢いで、「好きだよ」と伝えたくなってしまって困ったけど。

 喉から飛び出しそうになる言葉を、必死で呑み込む。



 知ってほしい。

 でも恥ずかしい。


 何より、胸を張って「好き」と言ってもいいのか自信がない。



 年の差は六つ。

 社会人の六歳差と、社会人と学生の六歳差は違う。遠くて眩しい存在ジンくんに、手を伸ばしていいと思えない。



 ──あの女の子に告白されたのかな。


 試合の日に友達とはしゃいでいた可愛い同級生ちゃんの姿を思い出す。


 知らない振りして告白したい気持ちと、付かず離れずの今の関係を壊したくない気持ち、同級生ちゃんと既に付き合っていたりジンくんにまったくその気がない場合に困らせたくないという気持ちが、ぐるぐる混ざって重く濁る。


 ──私も同級生だったら、違ったのかな。


 彼の頑張りを近い場所で見つめられるあの子が、同じ時間を過ごせるあの子が、羨ましくて仕方ない。

 そんな思考にとらわれかける。みっともない言葉を吐かないように黙り込んだ。



「茉莉さん?」

 車内の空気を重くしてしまったかもしれない。ジンくんが戸惑ったように私の名前を呼ぶ。

 その数秒だけ後。

「あ、海」

 市街地を抜けた道は海へと伸びている。


 海沿いを行けば、目的地のカフェまですぐだけど、砂浜に下りていける公園が手前にある。

「ちょっと寄ってく?」

 そう提案してしまったのは、ジンくんとの思い出をひとつでも多く増やしたかったからかもしれない。




***






 砂浜に寄せては返す波の音が心地いい。ぎゅぎゅっと砂を踏みしめながら数歩進む。


 落ち着く音、きれいな景色、そしてすぐ傍に好きなひと。

 普段なら穏やかな気持ちになれるはずの環境だけど、状況的にそうはいかなかった。


「大事な話があるんですけど」

 ジンくんの声に滲んだ緊張感が私にも伝染する。数歩の距離を隔てた彼を振り返るのが、こんなに怖いと感じたことはない。


「なあに?」

 何でもない顔を装って、できるだけ声音を丸くしたけれど。自分が落ち着きたくて意図的にそうした。

 緊張で足元がおぼつかない。情けなく崩れてしまわないように、ぐっ、と奥歯を噛みしめて足を踏ん張った。

 ザッ、とジンくんが大きな一歩を踏み出して、私との距離をぐっと縮める。



「俺のこと、意識してたりしますか」



 ヒュッ、と喉がおかしな音を立てた。

 血の気が失せたのか体温が一気に下がったような、ぐにゃりと背骨から力が抜けてしまいそうな錯覚すらあった。



 ──迷惑だって、言われるんだろうか。


 付き合ってる相手がいたとしても、いなかったとしても──私みたいに地味な年上の女から好意を向けられるのは迷惑だって──本人の口から、言われてしまうんだろうか。



「ご、ごめ……」

「謝ってほしいわけじゃないっす」

「でも……」

 震える声で紡いだ言葉は、ジンくんの硬い声に遮られる。いつも穏やかなジンくんの、普段とは違う声に、私は肩をびくつかせて言葉を続けられない。



 ──ああ、苦しそうな顔してる。そうだよね、ジンくんは優しいもんね。言いづらいよね……。


 拒絶の言葉を口にするのは、優しい彼にはつらいことなのだろう。


 ──私が言わなきゃ。


 泣きたい気持ちで、だけど必死で足を踏ん張る。


 今日が最後になる、と意識すると、覚悟していたつもりでもやっぱりへこんでしまうけど。


 ──もっと一緒にいたい。

  ──ジンくんに関わらせてほしい。さよならしたくない。ジンくんの特別になりたい。

   ──大好き。



 ──だから、困らせたくない。


 さあ、大きく息を吸い込んで。言うんだ、私。



「……ごめんね。気付かれてた通り、私、ジンくんのことが好き」

「俺が勝手に好きになっただけなんで、謝ったりしないでください」



 意を決して紡いだ言葉は、真っ向からジンくんの言葉とぶつかった。


「……え?」

「えっ?!」

 伝えることに必死すぎた私は、ジンくんからの言葉を上手く呑み込めない。

「今、なんて……」

 ジンくんもそれは同じみたいで、おそるおそるといった様子で、言葉を確認される。

 同じ言葉を紡ぐには勇気が足りないし、さらに言うなら混乱していた。


「私が好きになったの、迷惑なんじゃ……」

「迷惑なわけないっす! 茉莉さんにとったら、俺は全然ガキで、眼中にないかもしれない、って思ったんすけど……でも、誰にも渡したくないんで! 俺と付き合ってください!」


「えっ……えっ……」

 脳の処理が追いつかない。だってこんなの、私に都合がよすぎる。夢としか思えない。

 でも、心臓が壊れそうなくらいにばくばく音を立てているのも、頬がすごく熱くなっているのも、たぶん現実だ。



「初めて会った時も、すごくお腹痛そうなのに、重くないかとか俺のことばっかり気にしてて、いじらしいっていうか、守ってあげたくてたまらなくなったっていうか」

 おろおろするばかりの私に、ジンくんがゆっくりと語りかけながら、また一歩近づいてくれた。


「元気そうな姿に安心してたら、お礼にって食べさせてもらったお菓子はすげぇ美味いし。

 俺、見た目が結構いかついから、女子にはかなり怖がられるんすけど、茉莉さんはにこにこ話してくれるし。RINEのやり取りもいちいち可愛いから、ますます骨抜きにされるし」

「ちょ、ちょっと待って……え、えぁあああ……?!」

 正座して万全の態勢で聞かせてほしいぐらい嬉しいことを言われてる気がするけど、私の受け止める準備は追いついていない。

 もったいない、ちゃんと聞きたい。

 けれど、ジンくんは勢いのまま言葉を続けてくる。

 そうして、また一歩、大きな歩幅で私との距離を詰めてきてくれた。


「いっつもいいにおいするところも、お菓子作りが上手なとこも、笑った顔が可愛いとこも、優しいとこも、ぜんぶ好きっす。

 大好きです」


「うわぁぁぁぁぁ」

 残りのほんの少しの距離を、私は自分から足を進めて──ぼすん、とジンくんの胸あたりに額を預けた。

 こんな風に飛び込むようなかたちで近付いて大丈夫なのかなと、ちょっとだけ不安もあったけど。ジンくんの逞しい胸板には全然ダメージはなさそうだし、そっと二の腕を支えて受け止めてくれた手はとても優しい。


 初めて会った時、お姫様抱っこをしてもらったあの日以来のゼロ距離。

 少しだけ嬉しくて、けれど自分が情けなくて申し訳なかったあの日と違って。今は、嬉しすぎてくすぐったい気持ちと、ジンくんへの溢れそうな想いでいっぱいだ。


 心臓が爆発しそう。

 どんな顔したらいいのかわからないけど、嬉しすぎて苦しくて、頬が勝手に緩んでしまう。



 背中にそっと手が回された。

 壊れ物をさわるみたいな慎重な手つきが優しくて、そういうところもすごく好きだなって改めて思う。


「優しくて、格好いいのに可愛いところ、すごく好きだよ」


 俯いたまま、私もたくさんの嬉しさを返したくて言葉を返す。

 聞こえただろうか。身長差があるから聞こえなかったかもしれない。感情が昂りすぎて、自分の身体じゃないみたいに制御も上手くできてないし、声は震えてしまった気がする。

 嬉しさが、喜びが、想いが伝わりますようにと念じながら、私はぐっと顔を上げた。まっすぐにジンくんを見上げて、もう一度口を開く。


「困ってたところを助けてくれた優しいところも、ラグビー大好きで格好いいところも、甘いものが好きだったりシャイで可愛いところも、話してて楽しいところも、ぜんぶ好き。大好き。ジンくんが好きです」


 ところどころ詰まりながら、それでも精一杯で言葉を探す。もっともっとたくさんの好きなところはあるけど、気持ちに言葉が追いつかなくてもどかしかった。

 だから、言葉以外でも伝えたくて、私もジンくんの背中にそっと腕を回す。

 ジンくんがそっと息を呑む気配がした。


「ジンくんよりだいぶ年上だし、地味で冴えないけど、私でいい……?」


 自分の言葉なのにちょっと傷ついて悲しい顔になりつつも、どうしても問いかけずにはいられなかった。ネガティブなことを言いたくないけど、自分に自信がまったくないから。

 ジンくんは顔をくしゃっと崩して笑ってみせた。


「茉莉さんの控えめなとこも可愛くて好きです」


「う、ううううう……」

「どうしたんすか」

 ジンくんの笑顔が可愛くて、眩しすぎて。私は呻きながら俯いた。


「可愛いとか言われ慣れてないから、どうしよう……私、どんな顔したらいい? 嬉しいけど、嬉しいんだけど……っ」

 狼狽えた私はジンくんの胸元に額をぐりぐり押しつける。ははっ、と楽しそうな声が頭上から降ってきた。

「そのままで。どんな顔でも可愛いんで」

「……ジンくんが格好よすぎて困る」

「茉莉さんが格好いいって思ってくれたんなら嬉しいです」


 落ち着いた声は、六つの年の差なんて感じさせない余裕の響きがある。うう、格好いい。いつだって格好いいって思ってるよ。

 私ばかり翻弄されてるのが少しだけ悔しくて、ジンくんの背中に回した腕にぎゅっと力を込めた。



「俺だって茉莉さんが可愛すぎてしょっちゅう困ってますからね」

「えっ、困らせたくない」

 意外な言葉に私は腕から力を抜いて、パッと顔を上げた。

 まさかそんな、こんな地味な私がどうして。 

 信じられない心地でジンくんの顔を見上げると、彼はふふっと楽しそうに笑う。

「茉莉さんのことで困るの、大歓迎ですけど」

「そ、そう……」

 それ以外になんて言えばよかったんだろう。気の利いた返事なんてできなくて、くすぐったさに私は身をよじる。

 すると、何か硬いものに当たった。

 カシャン、と音を立てて、白い砂の上にジンくんのものらしきケータイが落ちる。


「「あっ」」


 上着のポケットから落ちる際に接触したのか、電源が入って画面が見える状態で落ちたケータイの画面には──


 ジンくんが素早くしゃがんでケータイを確保したけれど、焦る彼の姿が、ケータイの画面が私の見間違いじゃなかったことを証明している。


「見ました?」

「私が、いた……」


 パンケーキを見つめてニコニコ笑っている私が、画面にいた。多分、初めて一緒に食べに行ったパンケーキだと思う。


「目ぇキラキラさせてる茉莉さんがかわいくて……隠し撮りをしました……」

「私も……」

 申し訳なさそうな顔をするジンくんに、私もポケットからスマホを取り出して、画面を見せる。

 私の画面にはジンくんが映っている。


 自白返しをした私に、ジンくんは一瞬目を丸くして、それからはにかみながら笑った。


「これからは、ツーショ撮ってもいいすか」

「もちろん! 堂々と撮れるの嬉しい」

 ジンくんのお誘いに私は嬉々として頷いた。こっそり撮った写真は、大事な思い出だけど、本人の了承を得てないという罪悪感があったので。


 ──彼氏との写真なんだ、って友達に惚気たりできるのかな……!

 そんな未来を妄想して浮かれてしまう。

「うわわっ」

 浮かれすぎて砂浜に足をとられて転びそうになった私を、ジンくんが易々と支えてくれた。

「ありがとう」

「いえ、全然」


 出会った時から変わらず、ジンくんは何でもない顔して、たくさん助けてくれる。そんなところがやっぱり大好き、と改めて感じながら、支えてくれる大きな手に、自分の手を重ねた。


「私も、私なりにジンくんを支えたり、応援したりしたいので、がんばるね」

「茉莉さんが笑ってくれてれば、俺はそれで充分ですけど」

「ええー?」

 欲のない言葉に私は小さく唇を尖らせる。ジンくんはじっと私の顔を見つめた後、ふっとやわらかく微笑んだ。


「じゃあ、笑うなら、俺の隣で」

 続けられた言葉は、やっぱり欲がないもので。そんなの、私だって嬉しいやつだもの。

 悔しいような、嬉しいような、この気持ちを──たぶん、愛しくてしあわせ、なんて言うんだろう。



お読みくださりありがとうございました。



設定がほしいと言って頂けたので、以下はそれぞれの設定など。


奥 茉莉:全国展開ディスカウント系薬局勤務の店員とかだと思います。

地毛は黒だけど、髪色で雰囲気明るく見えるから染めろと周りに言われてほんのり茶髪に染めてる感じ。身長160cmくらい。真面目に資格勉強とかしてるけど、緊張しいなのでアドリブに弱い。


神野 慧:身長180台後半から190台前半あたり。ラグビーのポジションはフォワード(前衛・体格のいい人たちが多い・スクラム組む人たち)の中でも、ナンバーエイトを想定してます。たぶん大学でもラグビーは続けるはず。

黒髪短髪で、顔面偏差値は低くも高くもないけど、体格雰囲気佇まいと静かな気遣いでなんとなく格好良く見える男前タイプです。

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