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写真に映っているのはパンケーキだけじゃない



『周りの奴らもがんばってるし、あんたも応援してくれるし、手応えあるんだ! おれがんばるよ!』

「あーーーー、眩しい~! かわいい~!」

 ひとしきりジタバタしながら、私はボタン操作をする。


 きらきら眩しい元気をくれるのは、持ち運びできるタイプのゲーム機器。画面の向こう側の男子高校生だ。恋愛シミュレーション、つまり乙女ゲーと呼ばれる部類のゲームである。


「高校生だったのなんて何年前だかね……」

 遠い目になりつつも、ついついプレイする手を止められない。

「ゲームだと気負わず話せるんだけどなぁ」

 溜め息が重いことは自覚している。


 現実の自分には同性の友達ばかりで、異性と話をするだけでいつも身構えてしまう。なんとなくの苦手意識が離れなくて。

 ──仕事で接する相手は、「先輩」「上司」「お客様」ってカテゴライズできるから大丈夫なんだけどな。

 生きるペースもひとと仲良くなるのもゆっくりペースの私は、合コンのノリになかなかついていけない。


 ──でも、ジンくんはこわくないんだよね。


 一番最初に会った時の状況からして、弱りきっていた私を見捨てずに助けてくれた優しさを知っているので。安心感しかない。

 年下の子にそんな風に思うのはよくないかもしれないけど。だって、格好いいもんね?

 唇からこぼれるのは溜め息だ。漏れ出たそれは、ぐずぐずに甘い。



 ジンくんは、神野慧くんという名の高校三年生。初めて会った時に話してくれた通りにラグビー部でがんばるスポーツ少年だ。

 部活は朝練もあるから夜更かしは苦手。高校最後の花園目指して夏休みはほぼ部活。そして、受験生ということもあり両立して勉強もしなければならない忙しい立場の子なのだ。

 なのだけど、グラウンドを使用できる日程とか、指導する監督さんやコーチの不在とか、休養日とかの関係で、部活が休みの日もあるらしい。

 らしい、というのは、その貴重な休みの日に、なんとなんとお誘いを受けたからなのだ。


『この店行ったことありますか?』

 貼られていたURLから飛んでみると、落ち着いた雰囲気のカフェのサイトが現れた。

 お店の名前は覚えのある名前だった。

『行ったことない! 友達からおすすめされてたけど、なかなか機会がなくてまだ行けてないんだよ~』

 パンケーキがふわふわで美味しいらしいと聞いている。いつか行きたいと思いながらも、一人で新しいお店に飛び込むのは尻込みしてしまって、なかなか行けずじまいだったお店だ。


『じゃあ、よかったら一緒に行きませんか?』

「ヒェっ……?!」

 画面に表示された言葉に、変な悲鳴が出た。まさか。まさかお誘いを受けるとは思ってもみなかった。


『俺もずっと行ってみたかったんですけど、友達男ばっかりなんで、カフェ付き合ってくれる奴がまずいなくて』

「な、なんだー、そういうことかー」


 真っ向からデートに誘われたことが数年ぶりなので狼狽えてしまった。あ、デートっていっていいのかな、これ?

 大学時代にちょっとだけ恋だ愛だと浮かれたこともあるけど、それ以降は友達とのんびり過ごしているうちに大学を卒業し、就職してからは職場と家の往復ばっかりで仕事しかしてなかったし、合コンには苦手意識を植えつけられて参加すらしなくなったから──もともと免疫があまりない上に、僅かな免疫すらもう消滅してしまってる感じだ。


 デートと思い込んで浮かれたら、痛々しいと思われるかもしれない。

 でも、ちょっとでもかわいいと思ってもらいたい。

 心は揺れる。


 ──ていうか、高校生から見たら24才社会人っておばさん? 大丈夫? ストライクゾーンに入る?

 そんな風にぐるぐる考え始める前に、なるべくテンションを上げすぎないように気を付けながら、返事を入力していく。


『なるほど! 私でよかったら喜んで~!

 私も行きたかったから、ぜひ一緒に行こう~!』

「ふ、不自然じゃないかな? 大丈夫かな?」

 スマホを持つ手がぶるぶる震えてくる。


 既読がついた後、返事をもらうまでの時間がやたらと長く感じる。心臓が痛い。楽しいけどしんどい。そんな感じ。


『ありがとうございます。楽しみにしてます』

 礼儀正しい返信に、にっこり笑ったかわいいクマのスタンプが続く。

「ねぇ。それって、カフェが楽しみなの? 私と遊ぶのが楽しみなの?」

 ベッドの上で足をジタバタさせてはしゃいでしまった。こんな姿、普段の私を知ってる人たちには見せられない。

『私も楽しみです。よろしくお願いします』

 ウインクしているウサギのスタンプを投下した後も、私はしばらく足をジタバタさせていた。



***



 背も高いし、筋肉の厚みがすごい。

 人混みの中にいるジンくんは、遠目からでもはっきりと存在感を放っていた。


 公園で待ち合わせてお菓子を差し入れる時は、人通りのまばらな場所だから周りはそんなに気にならなかった。

 けど、街中の人混みの中だと、彼はすごく目立つ。デザインTシャツにジーンズという何気ない格好でも人目を引いている。

 顔立ちだって、きりっと凛々しい。格好いい。


 ジンくんの目の前を通りすぎて人たちがジンくんのことをチラチラ見ている。その感情は「でかいなこいつ」かもしれないし「格好いいなこの人」かもしれない。前者はともかくとして、後者の感想をもった相手が逆ナンでも仕掛けてきたら困る、と私はちょっと小走りになる。


「ジンくん……!」

「茉莉さん」

「お待たせ……っ! ごめんね、遅くて……!」

 ちょっと荒くなった呼吸を整える私に、ジンくんは目を細めてやわらかく笑う。

「大丈夫ですよ。走ってこなくてもよかったのに」

 んぁぁぁ、気遣いと笑顔のコンボ! 優しい! 笑った顔かわいい!

 口許がむずむずする。なるべく大人っぽく振る舞おうと思ってたけど、初っぱなから無理だった。

「あはっ。ジンくん優しいなぁ、ありがとう」

 デレデレでみっともないかもしれないけど、顔が自然と緩んでしまうんだから仕方ない。

 ジンくんはちょっと驚いたような顔をして、でも優しい顔で頷いてくれた。


「ジンくんが格好いいから、逆ナンされたら大変!と思ったら走ってた」

「いや、友達がふざけて送ったRINEは忘れてください……」


 はじめてもらったRINEのメッセージには、ジンくんらしからぬテンション高めの自己紹介だった。学校で一緒に休み時間を過ごしていたお友達が送ったのだという。その自己紹介(他己紹介?)には、ジンくんが自分の口からだと語ってくれなさそうな情報がいくつかあったのだ。

 ジンくん本人からすぐに謝罪の文章が入ったけど、私としてはそのお友達に感謝しかない。甘いものが大好きとか、待ち合わせの時に一人でいるとそれなりの確率で逆ナンされるとか、私にとっては宝物みたいな情報だ。


「仲良さそうなのが伝わってきて微笑ましかったよー。結果的に、そこからRINEするようになったしね」

 もらった情報のお返しとばかりに、私も誕生日やら周りからの呼び名やらを伝えているうち、ぽつぽつと返信のラリーが続き、休みの話題になり、今日に至るというわけだ。

 ちなみにジンくんが私を名字ではなく茉莉という名前で呼んでくれているのは、私の名字が奥だからだ。奥さんと呼ばれるのは微妙な気持ちになるのでできれば勘弁してください、というのはジンくんに限らず周りの人に普段からなるべくお願いしている。職場関係はちょっと難しいけど。

「よし、行こっか! 私、今日すごく楽しみだったんだよ~」

「俺もです」

 ジンくんの笑顔に胸がぽかぽかする。


 ──カフェが楽しみって言われてもいいや。一緒に過ごす時間を楽しんでもらえたら、それだけで充分しあわせよね。

 カフェにたどり着く前から既にしあわせ心地の私は、隣を歩くジンくんを見上げながら、へらへらと締まりのない顔で足を動かした。



***



 ──やってしまった。


 今、スマホの画像フォルダを見られたら、私は死んでしまうかもしれない。

 ケーキの写真撮る振りして、お向かいに座っているジンくんも撮ってしまった。だってだって格好いいし、ケーキを前ににこにこしてるのかわいいし!

 お巡りさん、こいつです、確信犯です!……なんて事態にならないように祈るしかない。怪しく思われないよう、挙動不審にならないように、この瞬間だけは私は名女優になる。オーケー大丈夫。バレてない、はず。


「そっか、写真……」

 ジンくんはまるで目から鱗といった様子で、私につられたように何枚か写真を撮る。

「美味しそうに撮れた?」

「おいし……ええ、はい。ばっちりです」

 ジンくんはぎこちなく頷きながら、そそくさとスマホから手を離してしまった。早くパンケーキが食べたかったのかもしれない。今日のお店のパンケーキはスフレタイプということで、早めに食べないと食感が変わってしまうやつなのだ。ふわふわとろける美味しさを味わうにはスピードが大事なのである。

「写真も撮ったし! 食べよう!」

 いただきますと笑顔で唱えて、私はナイフとフォークを構えた。ジンくんも私につられたのか、いただきますと口にする。


「ん~、いい香りだし、ほんのり紅茶の風味がしておいしい~。とろける~」

 食レポできるほどの語彙がないので、単純だけど「おいしい」を繰り返す。プレーンタイプと迷ったけど、私は紅茶のパンケーキを頼み、ジンくんは苺のパンケーキを頼んだ。


「ジンくん、紅茶は平気?」

「はい。大丈夫です」

「じゃあ、一枚あげるから食べてみて。おいしいよー」

 三枚あったうちの一枚を、クリームも乗せてジンくんのお皿に乗せる。

「じゃあ、茉莉さんもどうぞ」

「え、いいの? ありがとう~!」

 お返しとばかりに、今しがた空けたばかりのスペースへ、ジンくんも苺のパンケーキを置いてくれた。

「こちらこそです。別の味も食べれて嬉しいっす」

 なんだかすごく熱のこもった感じでお礼を言われたけど、男の子同士ってあんまりはんぶんことか交換とかしないんだろうか。友達とお裾分けするの当たり前になってたから、考えるより習慣で行動してしまっていた。


 美味しいね、って言い合えるのいいな。ここのお店が美味しいっていうのももちろんなんだろうけど、ジンくんと一緒なのが嬉しすぎて、楽しくて、いつもより美味しく感じられてるんじゃないかな。


 ひとくちひとくちが大きいなぁ、しあわせそうに食べるなぁ。

 いいなぁ。

 優しさも、行動力も、見た目も、食べっぷりも、仲良くなればなるほど、すきだなぁ……。


 味覚以外でもしあわせを感じながら、私はパンケーキを口に運んだ。甘くてふわふわ、夢のような心地がする。



 ジンくんに遅れるかたちでパンケーキを完食した私はデレデレとしあわせに笑いながら、抹茶味が平気かどうかジンくんに尋ねる。不思議そうな顔のジンくんに、実は今日も紅茶味と抹茶味を迷ったことを白状した。

「私わりと抹茶味のスイーツ頼むこと多いから。苦手だったらお裾分けできないかなって思って」

 次回以降の注文の時に、その辺りのことを知っておきたいのだ。友達は半数が抹茶まったくダメだから、お裾分けできないこともあると知っているので。


「……好きっす」

「そっか、よかった」

 大きくジンくんが頷いてくれたので、私はなんとなく嬉しくなる。そしてスマホをスイスイと操作して今日のお店とは別のカフェのサイトをジンくんに見せる。


「じゃあ次はこことかどうかな? 抹茶大丈夫だったら、和モダンな感じのお店でね。ここも気になってたけどまだカフェの時間帯に行けなくて。ごはんは食べたことあるけどすごく美味しかったんだよ」

 にこにこしながら提案すると、私のスマホ画面を覗き込みながらジンくんもやわらかい表情で頷く。

「いいですね。気になってたところです。でも車ないと難しくないですか?」

「私の車でよかったら乗せていけます」

 お任せあれ~!とガッツポーズを作ってから、ハッとする。

「あ、でもよく知らない大人の車で二人とか怖いよね」

 ドーンと来い!と勢い込んでた気持ちがしゅるしゅると萎む。調子に乗ってしまった自分が恥ずかしくて、自然と俯いてしまう。

「よく知らないってことはないと思うんすけど。RINEでも話してるし、今日も結構話したし」

 とつとつと語るジンくんの返事に顔を上げれば、なんだか拗ねたような表情のジンくんが私を見つめていた。

「それに、怖がるなら茉莉さんの方じゃないすか」

「え? なんで? ジンくん優しくていい子だし、楽しいよ?」

 怖くないよ、と瞬きを繰り返すと、何故かジンくんはばつの悪そうな顔をして小さく唸った。

 男子高校生に「いい子」って言うのは良くなかったのか──?! 高校生は難しいお年頃だっていうことを、私はもっと配慮すべきだった!

「えっと……ジンくんさえ大丈夫だったら、次はここ行ってみるってことでオッケーかな?」

 おずおずとジンくんの顔を見上げるようにしながら覗き込めば、口許をむずむずさせてジンくんが頷いている。

「じゃあ、次はその店で! よろしくお願いします」

 にっこり笑って頭を下げると、ジンくんもぎこちなく頭を下げてくれた。




 そして、約束通り次の休日も二人で和モダンカフェを訪れて、さらにまた次の約束を交わすなんて──細々と約束が続いていくなんて、この時の私は知ることはなかったのだ。


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