お菓子の消えた世界で
「今年で『お菓子禁止令』が制定されて20年になります。」
アナウンサーの明朗な声が聞こえてくる。
俺はテレビを消して会社に向かう。
俺の勤め先は元大手製菓会社だ。
健康志向ブームに乗じてあの忌々しい法律が作られた。それ以来お菓子の販売は禁止されて、特例として販売を認められたものも高額課税が必要になるため、それらは富裕層向けだ。
その結果一部の大手を残してほとんどの製菓会社は倒産した。
昔のことを思い出しているうちに会社に着くと、事務所内が騒ついていた。
「おはよう、トラブルか?」
「来年から嗜好品禁止令に変わるんだってよ!」同期の武田の語気が荒い。
「名前変わるんだ、あれ。それがどうした?」
「だから…!お菓子以外の酒とかタバコとかも対象になるんだよ!」
俺はようやく事の重大さを理解した。
また楽しみを奪われるのか。
嗜好品の次はゲームやアニメ、その次は音楽や小説か?
「俺は耐えられない。戦う。」
考えるより先に俺の口から言葉がでていた。
「戦うって?」
「同じ考えの人を集めてデモ行進とか、とりあえず声を上げよう。今の若者たちはお菓子を知らない。昔を知っている俺たちが今動かないと本当に手遅れになる。」
「俺もやるよ。」
俺と武田は力強く握手をし、今後の作戦を練るため帰りに近くの飲み屋へ行く約束を交わした。
「で、どうやって仲間を集めようか。」
ふっと武田が笑う。
「こういうときこそSNSだろ…」
そう言いながらスマホをいじる武田の目が見開く。
「なあ、すごいことになってるぞ。」
俺は向けられたスマホ画面と武田を交互に見るだけで言葉が出なかった。
SNSではすでに嗜好品禁止法の話で持ちきりだった。
翌日からテレビではずっとこの法案の話をしていた。
それから事態は急展開を迎え、お菓子禁止法自体が撤廃された。
そして、我が社でも10円ガム製造再開プロジェクトが始動した。
「あの日の決意は無駄だったかな。」俺が呟く。
「無駄じゃないよ。気付いてなかった?あのSNSの過熱って1件の投稿から始まったんだけど、あれ木村なんだよ。あの日のお前の言葉に感化されたんだと。」
それを聞き俺の胸がすーっとしたのを感じた。
「よし、着いた。」武田が倉庫に眠っている大型機械に被せられた布を取る。
そこには20年以上使用されていないとは信じられないほど、綺麗に整備された機械があった。