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一章 王子様と偽魔王軍

「「「は? 偽魔王軍?」」」

 景気よく爆ぜる薪の音すら打ち消して、タザシーナ以下三名の声が見事にハモった。

 エルドラ王国の北東、フェイリーン公爵家の一室だった。

 由緒ある年代物と言うにはいささか古すぎる屋敷には、十四から二十歳前半ぐらいの女性が四名、お気に入りの紅茶を片手に顔を揃えている。

 全員がそれぞれ特筆に値する美貌だったが、今はその顔も微妙に歪んでいた。

「『偽魔王軍』って……なにそれ……?」

 唖然とした一同の中、最初に口を開いたのは今年十四になるメイッシュだった。

 春の日差しにも似た淡い金髪に、澄みきった宝石のような大きな瞳。やや幼さを残す顔立ちは、北の伝説的美女と呼ばれる母によく似ていた。

 そんな彼女の視線の先には、二歳年上の姉が座っている。

 こちらはほんわかとした妹と違い、背筋がピンと伸びるような、実に凛々しい少女だった。淡い金髪はどちらかと言えば銀に近く、顔立ちも真冬の月の如く凛と気高い。実のところ目元あたりは妹とよく似ているのだが、爛々と輝く目の強さで、傍目からはまったく似ていないように見える。

 少女の名はシルヴィアーナ。略してシルヴィ。フェイリーン公爵家の公爵令嬢であり、次期女公爵である。

 王都の騎士養成学校で三年間、厳しい修行に耐えてきた彼女は、二日前に行われた卒業式を無事に終え、本日晴れやかに帰宅した。

 そして、帰宅後の団欒で言ったのが先述の一言であった。

「私こそ『ナニソレ』って言いたいわよ! ……あンの馬鹿王子ッ! うちの実情わかっててしれっとした顔で言いやがったのよ!」

 タンッ! と心持ち力を弱めた握り拳で、シルヴィは床を叩く。力を加減したのは、床板を打ち抜かないためだった。

「『毎年七百万ルピーもの金をおまえの所にやるのは、いくら建国時の立役者の一族とはいえ優遇しすぎだ』ですって! あいつの性格の悪さと根性の歪み具合は承知してたけどね、ここまで最低だったとは思わなかったわよ! そのお金が無かったら、うちみたいな永久凍土の万年不毛地帯の領主が暮らしていけるはずないのに!」

 握り拳片手に語る少女に、他三名は神妙に頷きながらこっそり自分のコップを避難させる。少女の怒気に巻き込まれて、大切な茶器を壊さないためだ。

 少女もその辺りはちゃんとわきまえている。キリキリと怒りを凝縮させながらも、自分のコップは脇に避難させていた。

「そもそも、こんな場所の領主やるハメになったのも、元はと言えば! 王様が! 封じた魔王を監視するのに、誰かが見張って無くっちゃいけないって言い出したからでしょ!? うちの貧乏は王家のせいじゃないのーッ!!」

 罵声を通り越して絶叫である。

 ビリビリと震える窓枠を気遣わしげに見やってから、ノイッシュは嘆息をついた。

姉の言う「馬鹿王子」とは、エルドラ王国の王太子ファサードのことである。幼少の頃、貴族の一員として王宮で顔をあわせて以来、顔を合わすたびに逐一姉に喧嘩を売ってくる男で、現在も姉の最大の天敵だった。

「……それって、アレだよね? フェリシア地方にある魔王城の監視のために、国庫から出してくれてる補助金」

「そうよ!」

「……実質うちの財源というか生活費というか命綱になってるあのお金」

「そう!」

姉の力いっぱいの肯定に、ノイッシュは何故か天を仰いで「あっちゃぁ……」と呟いた。

「……殿下ってば遂にそこまで……」

妙に同情めいた呟きに、シルヴィは盛大に眉を潜める。

「……どういう反応よ?」

「いや……なんつーか……ねぇ……?」

 ノイッシュはそっと視線を逸らした。

 実のところ、王太子の難癖は恋慕の現れだった。はたから見れば笑えるぐらいわかりやすいのだが、当人であるシルヴィだけはそれがわからない。同情気味な妹の反応にも、ただひたすら憤慨するだけだった。

「あらあら……」

 そんなシルヴィを見やって、母であるタザシーナはおっとりと微笑んだ。どう見ても二十歳前半にしか見えない優雅な外見だが、これがどうして、今年で五十を迎える二児の母である。

 少女時代から北方の伝説的美女と名高い彼女だったが、今でもその美貌は衰えていない。むしろより輝いているとさえ言えるだろう。

「けれど、ヴィ……。それがどうして、『偽魔王軍』なんていうものと結びつくのですか?」

母の声に、シルヴィはむっつりとした顔で説明した。

「だからね、まぁ、本当に言いがかりというか何というか、無駄な悪知恵というか……。あのクソ王子が『フン、復活するかどうかわからない魔王やら魔王軍やらの監視のために、お前達に金やるのはもったいない。どうしても必要だというのなら、お前達、ちょっと偽魔王軍でもでっちあげて、魔王が復活したっぽく振る舞ってくれよ。そしたら私もおまえの所に金をまわしてやるよう、口添えしてやってもいいからさ』……って言ってきやがったのよ!」

 口真似をする間に怒りが復活したのか、シルヴィはまたもや柳眉を逆立てた。フン、までわざわざつけるあたり、ある意味芸が細かい。

 怨念すらこもってそうな娘の声に、美貌の母君はやはり「あらまぁ」とおっとり首を傾げていた。

 彼女たちのいるエルドラ王国は、建国から五百年という、他国に類を見ないほど長い歴史をもつ大国だった。

 五百年前と言えば大陸は群雄割拠の戦国時代。大小様々な部族が団結、または侵略侵攻によって広大な土地を所有し、国を建ち上げた時代である。

 無論、今よりも生活水準は低かったし、武器防具の類も少なかった。だが、今の時代よりも遙かに多くの神話と伝説が色濃く残り、魔法使いの存在すら当たり前だったのだ。戦は騎馬でなく魔力によって決まる、とさえ言われた時代でもある。今では、魔法などほとんどおとぎ話だが。

 そしてその時代、魔法最全盛期とさえ言えるその時代において尚、『伝説級』とまで言われた強大な魔力を持つ王がいた。それが現フェリシア地方の古城に封印された魔王、ロードリークである。

 だが、その姿がどんな風であったのか、またどのような経過を経てフェリシア地方に封印されたのか、詳しいことは誰も知らなかった。

 おとぎ話や寝物語的な内容は広く伝わっているが、そういう話では細部は全くわからない。また、それは、王家と縁が深く、なおかつ当の魔王が封印されている土地の管理者家系であるフェイリーン家も同じだった。少なくとも、シルヴィは次期公爵という身ながら、今までそれらの類を母から聞かされたことが無かった。

 ただ、魔王が封印されてから、この付近の土地が雪に閉ざされたことは知っている。

 そして、封印された魔王がいつの日か蘇ることを畏れ、建国王たっての願いにより、フェイリーン家がその土地の管理と監視を請け負ったことも。

「『封印された魔王の城を監視すべく、この地に王家エルディアスの血脈を配す。北の地にありしは王の盾にして最強の剣なり』」

 謳うようにその有名な文句を呟いて、タザシーナはたおやかな美貌にわずかな微苦笑を浮かべた。

「……建国王の御代から代々受け継がれてきたこの土地と血にかけて、王太子殿下のそのお考えには賛同出来かねます……。そもそも、この土地と家系の成り立ちを、ベルジーク陛下もよくご存じでしょうに……」

「本音と建て前の違い、ってところでしょ? 公爵やシルヴィに惚れてる王家のお偉いさん方としては、いちゃもんだろうが難癖だろうが、口実をつくって自分の所に来てほしいんじゃないかしら?」

 嘆息をついて呟くタザシーナを横目に、二十歳になったばかりのヴェネッサが意味深な微笑を浮かべて言った。

 王太子がシルヴィに惚れているように、現国王ベルジークも青年時代、タザシーナに熱烈な求婚をしていたのである。二十年以上経った今も未練たらたらなのか、時折王宮への招待状が届いたりもする。

 その都度、タザシーナにビリビリに破られているが。

「王宮になど興味ありませんもの。必要最低限の用向き以外、近寄る必要もない場所です」

 貴族にしては風変わりな意見だったが、タザシーナにとって王宮も王家もその程度のものだった。その娘であるシルヴィも同意見だ。シルヴィは騎士養成学校に通っていたが、これも実家とその領民を守れる力を身につけるためであって、国家に忠誠を誓っているわけではなかった。

 立身出世に興味のない二人を見やって、ヴェネッサは苦笑含みの笑みを浮かべる。

「まぁ、なんにせよ、とりあえずは対応を考えないといけないね。要は王太子の言をどうとるか、よ。偽魔王軍をでっちあげなきゃ、公爵家にはもう二度と国庫からの援助金をしない、って王様から明言されたわけじゃない以上、ただの与太、もしくは意地悪、別の言い方をすれば脅迫、でしかない。さて、それに従う必要性はあるのかしら?」

 ヴェネッサの声に、シルヴィは苦笑した。

「正直、必要は無いわね。正式な命令でも無いんだし」

「じゃあ、目下の問題は、こんな話しをもってきた王太子に対して、どういう報復に出るかね」

「報復……」

過激な従姉妹の言葉に、ノイッシュが目を丸くし、シルヴィは目を輝かせた。

「何かいい案ある!?」

「そうねぇ……私なら、裸にひんむいて王宮の広場にさらし者にするけど、さすがに王太子にそれやっちゃマズイから……」

 さすがに考える顔になったシルヴィとヴェネッサに、ノイッシュはおろおろと視線をタザシーナに向けた。ここは母に止めてもらうしか無いと思ったのだが、その母は何故か目をキラリと輝かせてシルヴィを見ていた。

「ヴィ」

 母親に愛称で呼ばれた娘は、ひょいと顔を上げる。

「ヴィは王太子殿下のこと、好いていますか?」

「だいっっっっっきらいよッ!」

 全身全霊での即答に、麗しの母君はおっとりと微笑んだ。

「そう。では、殿下の案に乗りましょう」

全員がきょとんとなった。次いで目を剥いた。

「「「はぁ!?」」」

 息のあった合唱に、タザシーナはほんわかとした笑みで言う。

「だから、偽魔王軍を作るのですよ。王太子殿下の言葉通りに。ヴィが殿下に好意をもっているのならともかく、そうでないのなら、遠慮する必要もありませんでしょう? 殿下もご自分で大きな墓穴を掘られたこと……ほほほ……自分の思い通りにいかないからといって、言うに事欠いて偽魔王軍を作れなどとおっしゃるとは……浅はかなこと」

 花のような微笑みだが、目は笑っていなかった。

 何か言い知れない気迫を漂わせて、タザシーナは娘達を見渡す。

「これはよい機会ではなくて? 殿下も、まさか本気で偽魔王軍を作ってこられるとは思っていないでしょう。ならば逆手にとって、作ってさしあげればよいのです。きっと慌てふためくこと請け合いですわよ」

 にっこりと微笑まれて、ぎょぐ、とシルヴィ達の喉が鳴った。互いにじわりと目を見交わすが、何とコメントしていいのかわからない。

「あ、あのね、お母さん」

「なぁに? ヴィ」

「それをやっちゃうとね、その、ものすごーく困ったことになるんじゃないかなー……?」

 タザシーナは微笑んだ。素晴らしく美しい微笑みだった。

「王太子殿下のご命令ですもの。次期国王の命令です。仕方が無いじゃありませんか」

 すごい嘘くさい。

「い、いや、お母さん、そんな生き生きした顔で言われても……ッ!」

「い、いやよ私! この年で反逆者になるの!」

 娘二人の悲鳴に、けれど母は晴れやかに笑う。

「まぁ、反逆だなんて……。建国王の御代より五百年。長きにわたり王国の秘事を預かり、密命を受けてきた我が家です。真名に誓って、そんなことはいたしませんわ」

「え、だ、だって、今さっき、偽魔王軍作るって……」

そんなものを作れば、速攻でいろいろアウトだと思うのだが、母の意見は違うらしい。

「だって、そこはほら、王太子殿下のご命令ですから」

 語尾にハートマークが付きそうな声で、タザシーナはにっこりと言った。王太子に責任を押しつける気満々である。

「忘れてはいけませんよ。これは王太子殿下がお考えになった案なのです。偽魔王軍。大いに結構ではありませんか。作ってさしあげましょう……。ふふ、『魔王』様の代理をたてるのは不遜ですから、とりあえず軍だけですけれど」

 なぜか嬉しそうに頬を染めて言うタザシーナに、シルヴィは顔がひきつるのを感じた。目を見ればわかる。あれは本気の目だ。

「お、お母さん落ち着いて!」

「早まっちゃ駄目よ!」

 娘二人が必死の形相なのに反し、タザシーナの微笑みはおっとりと深い。表情だけ見れば夢見る乙女のようだ。

「私は落ち着いていますし、早まったことをしているつもりもありませんよ。いつかはこんな日が来ると信じて……いえ、わかっていました」

「……信じて、って言わなかったか? 今」

 胡乱な目でシルヴィがつっこむ。

「『魔王』様が封印されて五百年。五百年です! これだけの年月が経てば当時の恐怖も薄れて当然。我が一族が軽んじられるのも、また、隣国が我が国に食指を動かし始めるのも、それこそ五百年前からわかっていたことです!」

「いや、五百年も昔からそんなのわかんないって」

「今こそ立ち上がる時! この風雪にさらされ朽ち果てかけの屋敷を飛び出し、魔王城を改装し、解体費がかかるせいで放置されているその他もろもろの建物を魔法で一層するチャンスです!」

「ちょっと待てーッ! いきなり目的変わってない!? てゆか、どさくさに紛れて何する気なのよ!」

「何って……魔法で建物を吹っ飛ばすのですよ。ドカーンと」

 大真面目に言う母に、シルヴィは頭を抱えた。常々浮世離れした不思議な母だと思っていたが、ここまで真面目におかしいとは思わなかった。いったい、何をどうすればそんな思考回路になるのだろうか!

「ノイッシュ! ヴェネッサ! なんとか言ってやって!」

 ここで止めないと、一蓮托生で一族もろとも反逆者になってしまう。母の暴挙を防ぐために妹&従姉妹を振り返ると、なぜか二人とも難しい顔で考え込んでいた。

「……邪魔な廃屋を一層できるってことは、解体費が全部浮くってことよね……」

 と、妹。

「魔法は使っちゃいけないってことになってるから、今までずーっと使わなかったけど……そうよね、魔王軍なんだもんね、使ってもいいってことになるのよね……」

 と、従姉妹。

二人とも非常に危ない目をしている。緩やかに危険が増してきているのを感じて、シルヴィは腰を浮かせた。

「ちょ、ちょっと……二人とも!?」

シルヴィにも、二人の呟きに「確かに」と頷ける部分はあった。

 フェイリーン家は貧乏だ。それはもう、王国一の貧乏貴族と言っていい。

 何の実りもない不毛地帯で五百年も過ごせば、嫌でもこうならざるをえないだろう。歴史と大きさだけは一丁前な本邸も、所々が崩れて使用不可になっている。

 解体したり改築したい場所は多々あるが、そんな余分なお金など無いのが現状だった。もちろん、使わずに放置している廃屋は、野ざらしのまま雪に埋もれている。

 だが、お金がかかるのは、普通の大工や業者に解体を依頼すればの話しである。魔法を使えばそんな問題は解決できる。

 使ってはいけない理由が無ければ、の話だが。

「『炎獄連華ヴァル・ロザリア』『氷結結晶イル・ズィーリア』『爆華烈破バーン・ブラスト』……そうよ、使いたくても使えなかった魔法が……覚えるだけ覚えて、一回も使ったことが無い魔法が、使いたい放題に!?」

母親と同じく夢見る瞳になったヴェネッサは、すでに伝説と化している魔法を嬉々として列挙していた。何かが心に点火したようだ。

 魔王の時代から五百年。今のこの時代では魔法と呼べるような魔法はほとんど無く、魔法を使える人間の数も少ない。蝋燭に火を灯せれば一人前、拳大の火の玉を飛ばせれば大魔法使いとさえ呼ばれるような時代なのである。ヴェネッサの上げた魔法など、今では誰も扱うことのできない禁呪とされていた。現代において「魔力強き勇者の末裔」と称えられる王家ですら、それは同じである。

 だがしかし、使えるのだ、ヴェネッサは。いや、ヴェネッサだけではない。フェイリーン家の血を継ぐ者は皆、すでにおとぎ話の中だけとされている魔法を扱うことができる。

 かつて魔王を封印した王家の血を分けられた一族だからなのか、それとも別の理由があるからなのか、シルヴィ達にはわからないが、その身に受け継いだ血と力は本物だった。

 ただ、それを使うことは許されていない。

 魔法が禁じられている理由は様々あるが、一番問題なのは、王家の人間よりも遙かに魔力が強い、ということだろう。こと魔力に関しては、フェイリーン公爵家は王家の直系すらも凌ぐ。

 それは、国家にとって非常に大きな問題だった。フェイリーン家が王位簒奪を目論めば、それを防ぐことは王でも不可能なのだ。偉大な魔法使いは一人で千人の兵に勝る。兵が剣を振りかざすより早く、矢を番えるよりも早く、魔法で全てをなぎ倒せば、あっという間に王都を占領することができるのだ。それだけの力が彼女達にはある。

 ゆえに、一族内で魔法は禁じられた。今の世に不必要な力である上に、これが公になれば国家の脅威として迫害されるからである。

 だが、今、よりにもよって現王太子から、それを使うための大義名分が与えられようとしている。いや、すでに与えられてしまったのだ。

「ああーッ! それがあったんだァッ!」

したがって、誘惑に弱い思春期真っ直中の妹の心も点火した。

「使える! 使えるわ! その案でいきましょうよ! だってほら、一石二鳥じゃない!? 魔法を使っちゃいけないのは人間であって、魔王軍じゃないんだし! 建物壊した後で『あれは魔王軍の仕業です』ってことにしちゃえばいいのよ!」

「日頃の鬱憤も晴らせるし! 魔法の威力も確認できるし! 解体用に密かに貯めておいたお金も食料費に回せるし!」

「うんうん!」

「名案よ叔母様! わたしもバッチリ協力するわよ!」

「全くだわお母さん! あたしもその案でいくのがいいと思う!」

「そうでしょう? わかってくださると思っていましたわ!」

「待てェッ! あんたらァーッ!」

一気に盛り上がる三人に、唯一の常識人となりつつあるシルヴィは叫んだ。

「そんな簡単な話じゃないでしょ!? ちょっと真面目に考えなさいよ! だいたい、最初はともかく最後どうやって終わらせるっていうの!? ものが『魔王軍』なら王国軍だって出てくるだろうし、自称勇者だってわんさか来るわよ!?」

「フッ……愚かなこと。たかが騎馬部隊とエセ勇者ごときに、稀代の魔女軍団が遅れをとるはずがないでしょう」

「勝つな! そして勝手に軍隊名つけるな! てゆか、フッ、って何よ、フッ、って!」

 ポーズまでつけて男前な笑みを向ける母に、シルヴィは絶叫した。しかし、女三人非常識は目を輝かせて互いを見つめるだけで無視している。

「まずはどこから壊しましょうか!」

「やっぱりファーレン家の別宅からじゃないかしら? もうただの廃屋でしょ? アレ。ん〜、あと、昔の厩舎(の跡)もいらないし……あ! そうだ、隣のラインハート卿も、昔の砦とか壊したいなぁって言ってたから、ちょっと話しつけてみない!? あそこもうちと縁が深いし!」

「名案ですよ、ヴェネッサ。ラインハート卿も我がフェイリーン家の出ですし、話せば協力してくれることでしょう。解体費用は通常の三割程度で話をつけてみますわ!」

「わぁ! 抜け目ないわねお母さん! でも、それならリヴァル大河の橋とかも……」

「話し聞けェーッ!」

三人の間に無理矢理割り込んで、シルヴィは声の限りに怒鳴った。窓の向こうで屋根の雪が落ちる音がする。

「やったが最後、もう後戻りできないんだからね!? ちゃんとそれわかってる!? 人生かかってんのよ!?」

「わかってますとも」

 ひたすら現実的なシルヴィの言葉に、母親はほんわかと微笑む。

「大丈夫ですよ。ちゃんと計画もたてましたから」

 大丈夫じゃなさそうな人から言われても、全然説得力が無かった。まして今たてたばかりだろう計画には、不安しか覚えられない。

 第一、たてた人がいろいろアウトだ。

「魔王の封印、王国の誕生、そしてフェイリーン家が作られてから五百年。来るべき時がきました! 今こそ我が一族は、一族の名に相応しい立場に立つのです! 今ここに! 第十二代フェイリーン家当主として、私は今代魔王軍の設立を宣言いたしますわ! あぁ……! ご先祖様に報告しなくては……!!」

イッちゃった宣言をする母親と、一緒にテンパってる妹と従姉妹を斜めに見守りながら、シルヴィはほろりと涙を零した。もはや説得は不可能だ。

(さようなら、私のわりと普通で穏やかだった日々……)

 過ぎ去った「いろいろ問題は多かったけれどお天道様には背かなかった日々」を思いだしつつ、とんでもないことを報告されちゃったご先祖様に心の中で合掌する。

 ……ご先祖様ごめんなさい。

 罰は王太子にお願いします。



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