手を繋ぐ
授業の合間の休み時間、隣のクラスへと行くと、教科書を貸していた相手が、俺の顔を見るなり、笑顔で出迎えてくれた。
「いらっしゃい、ダーリン!どうしたの?俺に会いに来たの?」
「英語の教科書返せ」
「あ、そうだった。はい、これ。ついでに俺のキッスも♡」
友人の永富希一は、英語の教科書と共に、唇をつきだして近づいてきた。
俺はそれを片手でブロックし、教科書だけを受け取る。
「ひどい!俺の愛を受け取ってくれない!」
希一がハンカチを噛みながら(芸が細かい)、大袈裟に泣き崩れる真似をする。それを見た友人達が「可哀想、希一!」「ちょっと、隆臣くん、希一の恋心を弄ぶなんて許さなくてよ!」「ここは、キッスを受けるべきよ!」などと悪ノリしてくる。
俺はスルーして、教科書に落書きされていないかを確認する。
「よし、今日はなにも書き込んでないな」
「このあいだ、ポケモンの絵を描いたら、怒られたからな」
「当たり前だ。しかも、妙に上手かった」
ころりと泣き真似を止めて、今度はポケモンの話で盛り上がり始める。
俺の友人の希一は教室で一番騒がしい部類に入る人間だ。友人たちとしょっちゅうウェイウェイ言ってそうな奴だ。当然、希一の周りにも、ウェイウェイ言ってそうな奴らが集まっている。
そんなこと思ってたら、本当に「ウェーイ」と言ってハイタッチしだした。(`・ω・)人(・ω・´)
「それじゃ」
「あ、待てよ、隆臣!今日の約束忘れてねえよな?」
「ああ、放課後だろ?」
「今日こそ一緒にタピろうぜ!ウェーイ!」
「え!タピるの?私も行きたい!」
「俺も!俺も!」
「そんじゃあ、おーれも!」
参加者が増えてきた。
大人数で歩き回るのが苦手な俺は、ちょっと困った。それが顔にでていたのかもしれない。希一が立ち上がって両手を広げ「静粛に」と口を開いた。
「今日は俺たち、デートなの。だから二人で行くの」
希一の言葉を聞いた友人たちは、お互い顔を見合わせる。
「デートならしょうがないか」
「いいなあ、放課後デート」
「あ、私、お店の割引券もってるよ。カップルだとやすくなるの!」
「え!くれるの?やったー!やったな、隆臣!」
「俺たちじゃあ使えなくないか?」
「だーいじょうぶ、こうやって腕を組んで行けば、お店の人も納得する」
そう言って、俺と腕を組み、ついでにしなだれかかってくる。
「あはは、らぶらぶ~」
「ついでに恋人つなぎすれば、完璧」
囃し立てる友人たちはまるで自然体だった。
いつ頃から始まったのか定かではないが、この学校において俺、相良隆臣と永富希一は恋人同士であるという認識が広まっている。
しかも、それがからかいの対象ではなく、ごくごく自然に受け入れられ、男同士という事に奇異な視線を向けられることはあまり無い(絶対に無いわけではない)。
原因は希一の言動だ。顔を会わせれば今のように冗談交じりでくっついてくる。
中学の頃から仲が良かった俺と希一だが、同じ高校に進学してからも、友達としての関係は続いていた。希一が俺の事を「ダーリン」だとか「ハニー」だとか呼んだことが引き金になったのではないだろうか?そこから揶揄や弄りが始まったのかもしれないが、何故か公認の恋人同士となってしまった。
ちなみに、俺と希一は恋人同士というわけではない。お互い、友人同士だと思っている。
クラスが離れても仲の良い友人同士。
お互い、他にも仲の良い友人はいる。
中学の時よりも、少し距離ができたかなと思う。
それを少し寂しいと思うこともあったが、あんまり関係ないかなと思うこともある。
お互いがお互いをどう思っているかは、薄々感じている。
いずれ、時が来ればなるようになるだろう。
放課後になり、俺と希一は駅に程近い場所にある店へと向かった。
タピオカブームが興り、いつか行こうと言いつつ、なかなか行けなかった店だ。なにせ、開店してからというもの、連日行列ができるほどの賑わいをみせており、並ぶのが嫌な俺が避けていたせいだ。
流行り物好きの希一は既に実食済みだ。
「なんにしようかな~、まだ、飲んだことの無い奴がいっぱいあるんだよ」
「へえ、ホットもあるのか・・・」
店へと向かう道すがら、割引券の裏に書かれているメニュー表を見る。10種類以上のメニューに加え、タピオカ増量とか甘さ倍増とかキャラメルソール追加とか、豊富すぎるメニューに少々うんざりする。迷うことに楽しみを感じる人には良いだろうが、俺の場合、多すぎる選択肢は逆に購買意欲を失わせるものになる。
「隆臣、決まった?」
「一番シンプルな奴」
「あはは、やっぱり」
希一は予想的中と笑い、「俺はね、ほうじ茶ミルクティの砂糖少なめ、タピオカ増量、アロエトッピング!あ、生クリームの方がいいかな?」と、呪文のようなことを言った。
駅前通りはそこそこ栄えており、若者向けの店が立ち並ぶ。一番賑わっているゲームセンターからは高音で騒がしい音楽が流れている。
しばらく歩き、少しだけ喧騒が遠くなる場所に、目的の店があった。今も客入りは良いらしく、数組のお客が列をなしている。
列の最後尾に並ぶ。男女のカップルの後ろだった。男性の方が、希一がもらったのと同じ割引券を持っている。
希一を見ると、割引券を仕舞うこと無く、手に持っていた。どうやら、使うつもりらしい。
「なあなあ、隆臣、買ったらすぐに飲むなよ。あの看板の前で写真撮ろう!そんでインスタに上げる!」
希一は俺の腕を掴んで、楽しそうにそう言った。
「希一、て」
「ん?」
俺が差し出した右手を見て、希一は首をかしげる。
「それ使うなら、恋人らしくしないと疑われるぞ」
「あ、うん・・・」
希一はそう返事をしたものの、手を出してこない。
列が動いたので、前に出ようとするが、希一は地面に足がくっついたように動かない。
その顔を見れば、希一の内心の葛藤が手に取るようにわかった。真っ赤だった。
(普段は自分からベタベタさわってくるくせに、俺からいくと駄目なんだよなあ)
俺は固まったままの希一の左手を握り、そのまま前に引き寄せる。
さっきまでお喋りだった希一が、とても静かになった。繋いだ手はちょっとだけ強ばっていたが、かといって拒絶するわけでもない。
ちょっとだけ体温が高く、そして、どんどん湿っていっている。
「腕組んで、恋人つなぎするか?」
「こ、これで、良い!」
希一の声はひっくり返っていた。
列はゆっくりと進み、俺たちの番になった。
「この割引券、使えます?」
希一が未だに固まっているので、俺が券を出して確認する。店員さんは少しだけ戸惑った様子をみせたが、俺たちの繋いだ手と、希一の様子を見ると「はい、承りました。では、ご注文をどうぞ」と笑顔で言ってくれた。
「俺は、タピオカミルクティのスモールサイズ」
「タピオカの量と砂糖の量を増量できますが?」
「そのままでお願いします」
「かしこまりました」
店員さんは希一の方を見る。
「え、えっと、ええと・・・あれ、なんだっけ?」
「ほうじ茶ミルクティの甘さが控えめ、タピオカ増量で生クリームトッピングだろ?」
「そ、そう。それで」
「かしこまりました。それではお会計が・・・」
店員さんが会計処理をしてくれている。
その奥では、注文の品が作られている。
財布を出すために、繋いだ手を離さなければならない。店をでれば、もう、手を繋ぐことはない。
それは、恋人同士がやることだから。
手を離そうとしたとき、希一が繋ぐ手に少しだけ力を込めたのがわかった。
指がそっと俺の手を撫でる。
俺も撫で返すと、慌てて手を離した。
商品を買って店を出ると、希一はいつもの調子を取り戻したようにはしゃいだ。
店の看板の前で写真を撮り、インスタに上げ、友人たちからの反応をもらって喜んでいる。
タピオカミルクティーは想像以上に甘かった。
「めちゃくちゃ美味い!よし、今度はマンゴートッピングしよう。あ、もうすぐ季節限定商品もでるんだ!それも飲みたい!また、割引券もらったから、来ようぜ!」
希一は大喜びで割引券を俺にみせる。
また、カップル限定の割引券だった。
「ああ、今度は夏だな」
「おう!」
希一は嬉しそうに笑った。