ユニーク魔法
「ーーさぁ、復讐の時間だ」
刃が降り、確実に飛んだはずの首が胴の上に付いている。そして何より一度は光の粒子になり霧散したはずなのだ。それは魔人にとって確実な死だ。にも関わらず、彼は生きている。その姿は拘束以前と変わらない。いや、正確にいうなら、目つきと雰囲気は以前とは別物だ。
「・・・嘘だ・・・何故生きている?いや、何故生き返った?」
ヴィクタは剣を抜き攻撃には転じずその場で構えた。得体の知れないものに不用意に近づいて死んだものを何人も見てきたから。
「ほう、流石だな。何故オレが生き返ったと分かった?」
「一度霧散した。もし死ななかったのだとすれば肉体はそのまま、デュラハンのようになっていただろう」
「・・・正解だよ。これはオレのーーいや、父さんのユニーク魔法だ」
「ーーなに?(奴のユニーク魔法は翼を生やすもの。であればあれはなんだ?父親?何故そこで父親が出てくる?)」
ユニーク魔法。それは魔人族のみが持っている特殊な魔法。通常魔法は火、水、土、雷、風、光、闇の7属性のみで、それ以外の魔法は基本的に存在しない。例外として魔法陣を書き贄を捧げることで、ものに特定の魔法を付与することが出来る。例を挙げると水晶玉のような遠隔通信魔道具などだ。
話を戻そう。このユニーク魔法とは、先程挙げた7属性以外の魔法、そしてその能力は魔人それぞれで異なっている。一つとして全く同じものはないのが特徴だ。この力を用いて攻め込まれれば人間はひとたまりもない。これは魔人族を迫害した理由の一つでもある。
そしてアミスの言い放った父親のユニーク魔法。そしてアミス自身の魔法はーー
「父さんのユニーク魔法、名を二度目の人生。簡単に言えば死んでも一度だけ生き返る魔法だよ。そしてこれがーー母さんの魔法だ」
アミスは親指を自身の心臓の位置に当てる。しかし何か起こるというわけでもない。
「(あれは何のポーズだ?見当がつかない。ひとまず遠距離から攻撃してやる) 聖剣の一撃!」
強力な光を纏った一振りがアミスに襲いかかる。だが、その攻撃が当たることはない。
「・・・なん・・・だと?」
なんと攻撃はアミスの体をちょうどうねり避け、その背後の壁を切り裂いたのだ。つまり、彼が行ったあの謎の動作、あれはユニーク魔法発動の合図だったのだ。
「何だその魔法は?何故そんなにも多く魔法を使える!魔人族と言えどユニーク魔法は1つずつのはず。・・・それに、何故その力を持っていながらあの時使わなかった?」
あの時、それは当然ヴィクタ達が魔人の国に攻め入り、アミスと戦ったあの時である。あの時にこの魔法を使っていればもっと違う結末になったのではとヴィクタは問いかけているのだ。
「オレのユニーク魔法は遺品回収。この魔法はちと特別でな、発動には条件がいる。それは、相手が死んでいること、そしてその死をオレが受け入れることだ。あの時のオレは受け入れられていなかった。まだ、もしかしたらどこかで生きているんじゃないか、なんて愚かしいにも程がある願望を抱いていたのだろう、そのせいで使えなかった。だが安心しろーーもう諦めた」
うっすらと笑うアミスの顔は、口角こそ上がっているものの全く笑えていない。特に目は荒みきり、そこには以前の優しさは残っていない。
「チッ!攻撃操作系の魔法・・・厄介な!(どうする?これでは私から責めることは出来ない。全ての攻撃が曲げられてしまうならーーいや待て、奴の魔力も無限ではない。いつか必ずそこを尽く。実力からして魔力量が高いのは私に決まっている。そして奴は復讐と言った。であれば策はある)」
ヴィクタは背後を振り返り兵士の数を確認する。そして、自分の近くに来るよう指示を出した。
「団長、指示を」
「ーー全員、奴を目掛け魔法を放ち続けろ!!」
これがヴィクタの策。アミスの魔力はいずれそこを尽く。となれば魔法を湾曲させることは出来なくなる。そうなればもうこちらのもの。避ける術を失い、無防備になったアミスをヴィクタの一撃で葬り去る。蘇った直後の「復讐する」という言葉から、ここにいる人間を残らず殺すまで退散しないと踏んでいたことも大きい。
そして指示通り兵士達は1人の魔人めがけ何発も魔法を放つ。当然ながらその攻撃は全てアミスを避けるように湾曲し、一切の傷をつけることも許さない。
ーー想定通り。そう頭の中で呟きながら剣を構え始めたヴィクタ。だが、当の魔王は、想定とは全く別の反応を示した。
アミスは放たれ続ける魔法を意にも返さず踵を翻した。向う先には自分と、自分の大切を3人も殺した憎いはずのギロチン。
「乗ってこない?・・・貴様!妻を殺された復讐をするのではなかったのか?!貴様の怒りは、絶望はその程度か?!!」
ヴィクタはあからさまな挑発を送る。しかしこれが一番効くだろうという確信があった。恐らく以前のアミスであればこの挑発には乗っていただろう。だが、今は違う。そんな言葉、まるで発されていないのではないかと錯覚するほどに何の反応も示さない。すると、アミスはある物の前で立ち止まった。そしてそれを拾い上げる。
「・・・あれは・・・服?死んだ妻の服か?」
アミスは拾い上げた妻の服をじっと見つめ、深いため息を吐きながら顔を埋める。そしていきなり服の袖を破り取り、残りを空中に高く放り投げる。
「ミゼル・・・服がないと寒いだろ?これ・・・送るよ。代わりと言ったらなんだけど・・・少しだけもらうね」
アミスは少し濁った蒼炎を服に着火させる。煙が上に立ち込めていく。まるで天国に登っていくようだ。そして彼は破りとった袖を腕に強く結びつける。
風に靡く真っ白な袖は、アミスにとって戒めだ。ミゼルを忘れぬよう、ミゼルの悲劇を忘れぬよう、父母の無念を忘れぬよう、魔人達の絶望を忘れぬよう。そして・・・ここにいる人間の顔を忘れぬように。この怒りを忘れぬように。
アミスは肩から翼を生やし、空中へと飛空する。
「今日のところは帰るさ。流石に貴様を相手にして生きて帰れる自信がない。それではせいぜいここにいる人間しか殺せないだろ?オレが望むのはこんな小さな場所にいる一部の人間の抹殺じゃぁない。オレはーー全ての人間をぶち殺す。1人残らず、女子供に至るまで、皆殺しにしてやる。お前らがやったようにな」
「・・・やはり魔人は下賤なる存在だ。ーー殺す、私がこの手で貴様を殺す!先には地獄に行った仲間の後をすぐに追わせてやる!・・・覚悟していろ!」
ヴィクタは剣を上空にいるアミスに向け、宣言する。そこには紛れもなく怒りのみが孕まれている。
「ヴィクタ、と言ったな。オレはいずれ貴様も殺す。力をつけ、すべてを滅する力を得た時・・・それが貴様の最後だ。心しておけ。ーーそうだ、最後にこれを頂いて行こう」
右手に蒼炎を纏い、それを手の形に固めた一撃を1人の兵士に放った。
「えっ?ちょっ、待って!いやだ!来るな!いやーーづぐぁ!!」
攻撃をまともに食らった兵士は壁に叩きつけられ、鎧と肉が混ざり合った肉塊と成り果てた。そんな彼の近くには割れたガラス片。そう、アミスは彼が持っていた遠隔通信用魔道具を破壊するために今の攻撃を放ったのだ。そしてその訳はーー
「ははっ!これで遠隔通信魔法は手に入った。これで、いつでも貴様ら人間に地獄を見せつけられる!」
恐ろしい程純粋な凶器に染まった笑顔。今、アミスの心の中ではどんな地獄画図を思い浮かべているのか?
「さて、そろそろお暇するとしよう。だがその前にーーここにいる人間共!貴様らは最後だ。その前に無関係な奴らから殺していく。徐々に徐々に追い詰められていく恐怖を最後まで味わうんだな!・・・その時、どんな顔を見せてくれるのか楽しみだ」
その言葉に狂ったように騒ぎ始める人々。怯える者、怒る者、泣き出す者、訳もわからずとにかく叫ぶ者。反応はそれぞれだが、共通して言えることは、ここにいる人々は目撃したということだ。
ーー人間を滅ぼさんとする魔王の誕生の瞬間を。
その後アミスは飛び去り、その姿は虚空へ消えた。追いかけようにも今から準備していては間に合わない。騎士団は魔王をまんまと逃してしまったことになる。
「・・・団長・・・」
「すまないみんな。責任は私にある。私が最初から切り掛かっていれば倒せたかもしれん」
「そんなことありませんよ!あの状況で何も考えずに向かっていくのは愚かです。団長は正しかったです」
その言葉に頷く兵士達。それに自嘲気味な笑顔で答えるヴィクタ。
「ふっ、ありがとうみんな。ーー次は必ず殺す。2度はない」
「ーーそうそう、2度目はないわよ!魔王さんにも・・・あなた達にも・・・ねっ!」
そう言って現れたのは王女であるイルメールだ。魔王に逃げられたというのにニコニコとしている。
「ヴィクタさん、各国に魔王さんの情報を流しておいて!あっ、勿論有料でね!」
「(どこまでも汚い王女だ。この有事に金とは・・・)わかりました。王女は?」
「私はやることがあるの!禁書庫に、ちょっとね。とにかく私のことは気にしなくていいわよ!必要になったら呼ぶから!」
そう言い残しイルメールは元の場所へと帰っていく。その間頭を下げ続ける兵士達とヴィクタ。内心は誰も敬礼などしていない。
「ふふっ!(ようやく程のいい言い訳がで・き・たっ!これであの魔法を試すことが出来る!!)・・・楽しみ・・・!」
小さくそう呟いた王女の顔は、まるで虫を殺して遊ぶ子供のように無邪気で、それ故に恐ろしい表情だった。