温かな煩悩
食事を済ませた勇者たちは、それぞれ自室へ戻り体を休めていた。
「なんだろう、特に何もやってないのに疲れたな。慣れない環境だからか?」
常盤はベッドに腰掛け、天井を見上げる。
「……やることないな。スマホもなければ本もない。知恵の輪も鞄に入れっぱなしだったし……よし、やってみるか」
ベッドから降り、床で胡座を掻く。そして静かに目を閉じた。
「(さっきの授業だと、ユニーク魔法を使うには強い思いと機器的状況がいるって言ってたけど、初めてこの世界に来たときには集中すると魔法が分かるって言ってたんだよな。やることもないしやってみよう)」
常盤は目を閉じ意識を集中させる。しばらく経ち、目を開ける。だが――
「ダメだな、そもそも何に集中すればいいのか分からん。魔法とか魔力とか、実際見たことないしなぁ」
諦めて再びベッドに戻ろうとした時、部屋の扉がノックされる。
「はい?」
扉を開き、そこにいたのは、幼馴染みの真鍋、そして真鍋と同じサッカー部の淺岡にアレックスだった。
「よぉ勇!」
「えっと……なにこの組み合わせ?」
「いやな、おれたちこれから風呂行こうと思うんだけど、勇もどうだ?」
「ひとっ風呂入ろうぜ!」
「珍しく正しい使い方だなアレス。ま、一応仲間なわけだろ?裸の付き合いってのをすればそれなりに仲良くなれんだろ」
この誘いに、常盤は少し考えたが、了承した。
「分かった、ちょっと待っててくれ、すぐ準備する」
一旦扉を閉め、準備に取り掛かろうとした常盤だったか、すぐに気がついた。
「あれ?着替えも何もないから準備もクソもなくない?」
すぐに扉を開け、廊下に出た。
「ん?もう準備ってのは終わったのか?」
「なぁ海斗、向こうにタオルとかってあんのかな?あとできれば着替えたい」
「タオルは〜、まぁあっちにあるとして、確かに着替えてぇな。制服のままは寝にきぃし。あのメイドさんに言ったら持ってきてくれんじゃないか?」
「いょ〜し!んじゃあここはジャンケンで負けた貴公が頼みに参るってのはどうじゃ?!」
「おっ、いいねぇ!サッカー部でもよくやったぜこういうの。常盤、お前もそれでいいか?」
「ああ、別にいいけど」
淺岡は指をパキパキと鳴らし始める。それを見たアレックスも真似して鳴らし始めた。これがジャンケンと何が関係あるのかは分からない。
そして淺岡がジャンケンの音頭をとる。
「んじゃあ行くぞ!最初はグー!ジャンケン――」
「――はぁ、参加するんじゃなかった」
敗者、常盤。彼は後悔を胸にどこにいるのかもわからない召使の女性を探して王宮を歩き回っていた。
「ったく、そもそもどこにいるんだ?メイド室、みたいなところが分かれば早いんだが。というかあの人なんて名前だっけ――ん?」
あてもなく歩いていると、少し先で半開きで光が漏れている部屋があった。別にどうという理由はない。だが、常盤は何かに吸い込まれるのはようにその部屋に近づいた。
「(何の部屋だここ?誰かいるみたいだけど――あれって)」
少し部屋を覗き込むと、そこは書斎のようだった。そしてそこには1人本を片手にしている王女がいた。
「(この世界にこんなたくさん本があるんだな、今度貸してもらえないだろうか?あっじゃなくて、あの人確か王女の……イルメールさんだっけ?あの人も本を読むんだ――)」
「――もう属性が判明するなんて、思ったよりもずっと使えそうですね。餌が良かったのかしら」
「属性?それって俺たちのことか?」
小声とはいえほとんど無意識に声を漏らしてしまっている常盤。それに気づかないほど目の前の王女の動向に注視している。
「順調に強くなり様々な困難を乗り越え、ようやく魔王を倒したかに思えると、目の前には彼がやって来てバッドエンド。ふふっ、心躍るラストだこと」
「なんだ……何を言ってるんだあの人は……?バッドエンド?それって――って、やべこっち来た!どうにか今通りかかった風にしなければ!」
常盤はとりあえず急いで元きた道に戻り、今から通るんです、と言いたいように位置についた。
「――ん?私扉閉めてなかったかしら……あら勇者様、こんなところでどうなさったのですか?」
王女が扉から身を乗り出した瞬間に歩き出した常盤。王女が彼の存在に気づき声をかける。
「えっ?あ、どうも……そうだ!1つお伺いしたいんですが」
「はい、どうなさいました?」
「今からお風呂入ろうと思っているんですが、服とかタオルがないから召使さんにお願いして出してもらえないかなぁ〜と思って探してたんですが」
「なるほど、そうだったのですね。でしたら勇者様各お部屋にお召し物などを持っていかせますので、それでよろしいですか?」
「あっ、じゃあそれでお願いします!すいませんありがとうございました」
そして常盤は若干急ぎ気味で踵を翻し、来た道を戻って行った。
「……(もしかして、聞かれてましたかね?もしそうだとすれば何か対策を立てねばなりませんね。そうじゃないと、折角のおもちゃがどこか行ってしまいますわ)」
王女は怪訝な表情を浮かべながらも、召使に魔道具で連絡を入れた。
そして真鍋たちの元へ戻った常盤は、事情を説明し、一旦それぞれ部屋に戻った後、再びこの場に集合することになった。
服が届くまでの間、常盤はベッドで横になり考え方をしながら天井を見上げていた。
「王女のあの言葉……一体何だったんだ?聞き間違い……にしてははっきりきこえすぎたし、内容的にも勘違いってこともないだろうな。誰かに相談した方がいいのか?でももしそれが王女の耳に入ったら……やめとくか」
「――失礼します。お召し物お持ちいたしました」
扉の外から召使の声が聞こえる。扉を開けると大量の服が入った籠を腕にかけ、常盤の分の服を掌に乗せた召使がいた。
「あ、すいませんありがとうございます!助かります」
「いえ、これが私の仕事なので。ご用がありましたらいつでもお呼びくださいませ」
「はい。で、普段はどこにいるんですか?教えてもらえると助かるんですが」
「私の部屋は常盤様のお部屋から左手に向かい、突き当たり右にある部屋です」
召使の部屋も聞き出し、目当てのものを持ってきてもらえた常盤は、謝辞を述べた後満足して扉を閉めた。
「さて、あとはあいつらを待つだけだが……手伝った方が良かったのかな?いやでも女子の部屋も行くだろうし、そういうわけにもいかんか」
しばらく待機ししていると、ようやく彼らがやってきた。
「勇、お待たせぇ!」
「いざ行かん!」
「さっさと行こうぜ、昨日も入ってねぇから気持ち悪ぃ」
風呂に向かうまでの間、常盤は真鍋たちに質問をしていた。
「なぁ、何で相良、神囿、あと奥田はいないんだ?誘ってないの?」
「あんな常盤、まず相良だが、お前なら誘えるか?ヤンキーだぞヤンキー。出来るだけ関わりたくねぇよ」
「仲良くしようぜって言葉どこいったんだよ」
「あいつはいいんだよ。で、あのオタク2だが、あいつらには断られた」
「断られた?まぁ神囿はイメージできるが奥田もか?」
「なんか体調悪いんだとよ。神囿に関して言や、明らかにこっちのこと嫌ってるような態度だったからさっさと切り上げてきた」
「は、はは……イメージできるな」
そんな何気ない会話をしていると、風呂場にたどり着いた。脱衣所で服を脱ぎ、扉を開けると、真ん中に大きな円形の湯船が一つあった。
「へぇ、円なんだな」
「確かに、日本だと四角の方がイメージあるよな」
真鍋と淺岡がこの風呂場を見て感想を漏らしている。
「さすがにでかいな。日本の銭湯なんて目じゃねぇぞ」
あまりの広さに常盤は感嘆の声を漏らしていると――
「ダイビングインHu〜ろ〜う!」
アレックスが走って風呂の中に飛び込んでいった。飛沫が3人のところまで飛散し、中のお湯が結構漏れた。
「おいアレス!!風呂に飛び込むんじゃねぇよ!!つかまず体洗え体!」
アレックスも大人しく風呂から上がり、全員体を流してから浴槽に浸かった。
「――はぁ〜気持ちいぃ!至福だなこりゃ」
「最&高!」
「くはぁ〜!確かにこりゃ気持ちいいな!勇、早く入れよ」
「お、おお」
常盤が躊躇っている理由。それは、皆運動部で体が引き締まっているにも関わらず、自分だけ帰宅部で体が緩んでいるため、なんとなく並びたくない、ということだった。だからといって入らないという選択肢はないので、大人しく入った。
「ん、はぁ〜……やばい寝そうだ」
「「分かる」」「分かりみがマリアナ海峡!」
「(なんかアレックスの言葉が理解しやすくなってきたように感じるのは俺だけなのだろうか?)――あっ」
「あっ、ってなんだよ。その視線の先に何が――げっ!」
彼らが向けたのは入り口。そこから入ってくる人を見て声を漏らした。
「げじゃねぇよ。別に何もしねぇっつの」
相良だった。彼も同様に風呂に入りにきたらしい。
しっかりと体を洗い、湯船に入る相良。常盤の横に入ったことで、空気が死んだ。
「……あ、えっと、相良……でいいか呼び方?」
「別に好きにすりゃいいが、逆におれはお前を何て呼べばいい?」
常盤は考え込む。何故なら自分で呼ばれ名を決めたことはないからだ。
「そうだな、海斗には勇、霞には勇正君、淺岡には常盤って呼ばれてんな」
「んじゃあ勇正って呼ぶな。んで勇正、テメェは何で魔王を――」
「――うわ〜広〜い!」
その瞬間、先ほどとは別の意味で空気が死んだ。
「なぁ海、今のって壁を隔てた先にある女湯、だよな?」
「だろうな、しかも今の声は確実にゆあちゃんだ」
そして次々に隔てた声は数を増していく。
「うっわ!本当に広い!うちとは大違いだわ」
「……何でお風呂だけでこんなに広いんですかね?芽衣若干引きますよ」
「まぁ引くのは無理ないな。私も初めてきた時はしばらく硬直したものだ」
そして体を洗い浴槽に入ったようだ。
「つか癒愛もヴィクタさんもでっか!何食ったらそんな何なよ!ってかヴィクタさんってそんなデカかったん?」
「いつもはさらしを巻いているからな。デカくても邪魔だぞこんなのは。戦い辛いだけだ」
そんな会話を壁に耳をすませながら聴いている3人。
「デカいんだってよ」
「デカいらしいな」
「パーラダーイス!」
その様子を相良は呆れた目で見ている。
「お前ら馬鹿じゃねぇの?」
それに淺岡が反論する。
「いいか?これは浪漫だ!昔から浪漫を追いかけているやつは馬鹿だと言われる。この行為もそれにすぎん。おい常盤、湯船に顔鎮めてねぇでこっちこいよ」
「……上がる」
「おいおい、もう上せたのかよ?」
「そんなんじゃねぇよ。ただあれだ、ポカリスエットをゼリー状にするという使命があってだな。……とにかく上がる!」
頭に?を浮かべながら送り出す面々。その中で真鍋だけは理解していた。
「あいつ昔から動揺すると意味わかんねぇこと言い出すんだよ。変わってねぇのな」
急いで部屋に戻り、勢いよく扉を閉めた常盤。そして唐突に筋トレを始めた。それは自身の体の惨めさをなくすためか、それとも――
「わ・す・れ・ろ!!この煩悩早く消えろよバカ!!じゃないと明日から顔見れないだろうが!!――121、122、123――」
唐突に湧き出た雑念を打ち消すため、常盤はひたすら筋トレをしまくっていた。
そして翌日、床でピクリとも動かなくなっている常盤が自室で発見された。




