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勇者は喚ばれん

 ――2020年6月2日。東京都のとある町、ここではとある少年少女が学生服で登校していた。


 燦々と照りつける太陽、走り回る小学生、過ぎ去る車、全てがいつも通り変わらない。別日の写真を並べても、大した変化はない町だ。


 そんな町で1人カバンを背に背負い歩く何の変哲もない黒髪の少年がいた。彼の名は常盤勇正(ときわゆうせい)、趣味は読書と知恵の輪。


 因みに勇正という名前は警察である父親がつけたもので、勇ましく、そして自分が正しいと思ったものの味方であれ、という教えからだ。


 彼はいつものように通学路を歩き外国人に道を教え老人の荷物を持つ。そうして学校に着いたとき、HRの20分前。一度も遅れたことがない。


 教室に入ると本を取り出す。今読んでいるお気に入りのは本だ。クラスメイトからは嫌われているわけではないが好かれてもいない。代わりに先生からは真面目な生徒として評価が高いが。


 正直言って教室での彼はその他Cくらいの存在感だ。


 そんな彼にとある女子が近づく。


「――おはよう勇正君!今日も色々やってたね」


 話しかけたのはクラスの学級委員長霞癒愛(かすみゆあ)、短く揃えた色の薄い茶髪にウサギを象ったピンをつけている。


「霞……まだそんな髪留めつけてるのか?もう高3だろ?そろそろ外したらどうだ?」


「そんなって!……自分で渡したくせに……」


 霞が小さな声でぼやいていると、背後から1人の男子生徒がやってきて2人の肩に腕を乗せる。


「――おうおう今日もお熱いねぇお2人さん!」


「痛つっ!……あのな海斗、俺らは別にそんなんじゃねぇよ。大体お前何年このネタで擦る気だ?」


「そ、そうだよ海斗君!大体私たち幼馴染みだよ?そんなんじゃ……ナイヨ」


「おい最後片言になんなよ、信憑性増しちゃうだろうが」


 この肩を組んでいる青年は真鍋海斗(まなべかいと)、霞と常盤の同級生にして幼馴染みだ。赤みがかった髪色で、適度に遊んだ髪型。少し軽い顔をしているが、霞と合わせ、常盤にとって唯一と言っていい仲のいい2人だ。


「分かるか?馴染み3人のうち1人取り残される気分は。分かんねぇだろうな当事者だしな!」


 真鍋は常盤にヘッドロックをかます。華麗に入った。


「おい海斗……苦しい……普通に苦しい……痛いたいたいたい!ギブギブギブ!」


「海斗く〜ん、勇正君顔真っ赤だよ」


「おっと、やべぇ」


 ようやく解放された常盤はあからさまに距離を取る。


「海斗お前こらぁ、本気で締めやがって……こういうのはちょっと強めくらいだから笑えんだろうが!今のだったら人死ぬぞおい」


「悪ぃ悪ぃ、そこまで強くやったつもりなかったんだけどさ……お前また弱くなったか?」


「言っておくが俺が弱くなっただけでお前が強くなったわけじゃねぇからな……はぁ、まぁいいや、そういえば霞、俺になんか用あったんじゃないのか?」


「ん?あっ、そっか」


 そう言って霞はある一枚の紙を常盤に渡す。


「はいこれ、進路希望調査票、勇正君だけ出してないよね?あたし先生から早くしろってせがまれてるんだ」


「……ああ、悪い。明日絶対持ってくるよ」


「そっか、じゃあお願いね!」


「霞〜ちょっと来て〜!」


 教室の隅で霞を呼ぶ声がする。彼女はその声に振り返り、今行くと返事を返す。


「それじゃ、また後でね!――どうしたの〜?」


 霞が去り男子2人だ。


「……よし、本でも読むか」


「っておい!この件も何回目だ?何年擦るんだって人のこと言えねぇだろお前……それより勇」


「なんだいyou?」


「(意外と面倒くせぇんだよな勇って……)お前さ、ゆあちゃんのことなんで霞って呼ぶんだ?」


 ずっと目線を本に向けていた常盤はようやく真鍋に視線を向ける。


「何で……って言われてもな、霞は霞だろ?もしかして俺間違えて覚えてた?」


「いやそういう訳じゃねえけど……昔はお前だってゆあちゃんって呼んでたろ?別にちゃんづけで呼べとは言わんが何でいきなり名字呼びにしたんだ?だいぶ前だが気にしてたぞゆあちゃん」


「……別に、大した意味はねぇよ。ちゃんづけは恥ずかしい、となると呼び捨てになるわけだが、流石に名前の呼び捨てはな……恥ずかしいし。だから名字の呼び捨てにしてるってだけだよ。ほら、大したことねぇだろ?」


 その問答に真鍋はため息をつく。


「はぁ……まじで大したことないってあるんだな。失望したよお前には」


「勝手に期待されて勝手に失望された人の気持ち考えたことあるか?勝手にされただけなのに結構きついんだぞ」


 と、ここで始業のチャイムが鳴った。


「ん?もうそんな時間か。んじゃおれは戻るぜ、アデュ!」


 そう言い残し真鍋は自分の席へと戻っていった。


「ったく、1ページも読めやしない……ふふっ」


 いつも通り授業が始まりいつも通り昼食を取る。そして放課後いつもどおり少し3人で話した後、2人は部活動だ。


「海斗試合来週だっけ?」


「おう!2人とも絶対見にこいよ、おれの華麗なるシュート見せてやるから」


「うん!応援するね!」


「おう、少なくとも気持ちは絶対に応援する」


「来いよ!せめて帰宅部のお前は来いよ!」


「来週が最後だもんな、頑張れよ」


 常盤は真鍋に拳を向ける。


「……おう!たりめぇだ!」


「ふふっあたしも混ぜて!」


 3人は手の甲を突き合わせる。クラスの中には真鍋や霞が同情で常盤に付き合っているという話も流れているが、常盤はそんなこと気にしていない。何故なら今この景色が偽物の訳がないと確信しているからだ。


「んじゃ、ゆあちゃんは吹部、勇は帰宅頑張れよ!」


「うん!海斗君も頑張ってね!」


「おう、()()()も頑張れよ」


 こうして真鍋とは別れた2人、霞もそろそろと、部活に向かう準備を始める。


「よいしょ、それじゃあそろそろあたしも行こうかな。勇正君このまま帰るの?」


「そうだな……まぁ別にやることないしね。今日は先生からもとかに何か頼まれてはいないし」


「おっ、珍しいね!今日はサービス残業ないんだ」


「そうそう、珍しくな。だから今日は帰って本でも楽しむよ」


「そっか、じゃああたし行くね。せっかくの読書タイムを減らしてはいけない」


「おうじゃあな!頑張って」


 手を上げ手を振る2人。同じ行動をしているのに歩く向きはまるで反対だ。


 その時、常盤は朝に真鍋に言われたことを思い出していた。


「……なぁ霞!」


「ん?どうした?」


「俺お前の名前――いや、なんでもない。明日調査票名前書いてくるよ。じゃあな」


「……うん、ばいばい」


 2人と別れ1人帰路を歩く常盤。


 彼の中では一つの考えが思考を支配していた。それは、真鍋が霞のことを好きなのでは、ということである。そしておそらく霞も――


「(霞は好きだ。だけど……俺は海斗も大事だ。だから……俺が諦めれば全部丸く治る。俺は正しいものの――あの2人の味方だから)」


 こうして家に着いた常盤は、様式の家にある和室一部屋のふすまを開け、そこにいる父親の前に座り、今日1日を語りかける。


「――って感じかな。……ねぇ父さん、これでいいんだよね?これが……父さんの望む俺だよね?」


 常盤は1人、()()の前で呟いた。


「勇正〜、ご飯よ〜!」


「はーい。じゃあ父さん、また明日」


 ふすまを開け部屋を出る。そして食事を済ませ自室で読書を嗜む。これが彼の当たり前の1日だ。


「あっ、進路決めてない……異世界っと……ははっ、なんてな。今十分充実してるんだ、あんなところ行きたくねぇよ。とりあえず進学とかにしておくか」


 そして今日も学校が始まる。当たり前の始まりだ。


「おっす勇!ゆあちゃん!」


「おはよう勇正君!海斗君!あっそうだようやく出してくれたね調査票!」


「なんか嫌味ったらしいな霞、まぁ流石にな。そういえば2人はどこいくんだ?」


 常盤は2人の進路をそれとなく聞いた。


「おれはやっぱりプロだな!プロになって世界で活躍するのがおれの夢だ!」


「あたしは普通に進学かなぁ。あんまりやりたいことも決まってないし。勇正君は将来どうするの?」


「そういや勇の将来とか聞いたことねぇな。どうすんだ?やっぱ親父さんと一緒で警官か?」


「……俺は――」


 その瞬間、いきなり教室の足元中心に、小さな謎の光が発生する。それはそれはだんだんと広がっていき、まるでなにかの陣のような形となった。


「な、なんだよこれ!――くそっ!何で開かねぇんだ!」


「えっ?なに、なにこれ?どうなるの?」


「これは……(本で見たことある。これは……くそっ!行きたくないって言っただろうが!)」


 扉をこじ開けようとするものもいるが尽く失敗する。入り口はおろか、窓ガラス一枚たりとも割れはしない。


 なんとか打開を試みる者、唖然とする者、慌てふためく者、泣き声を上げる者、予備知識があるおかげで割と冷静な者、逆にテンションが上がっている者、反応それぞれな彼ら彼女らを際限なく飲み込むように、光は小さな空間を埋め尽くした。



 ――――――――――――――――――――――――



「…………ん……ここは?」


 目を覚ました常盤。すでに数人は目を覚ましている。彼は横でまだ倒れている真鍋と霞を揺らして起こした。


「ん?勇……?おれいつのまにか寝て――っておわっ!!なんだここ?!」


「……あれ……なんで勇くんがあたしの――えっ?」


 目を覚ました2人は目を疑う。いや、2人だけではない。ここで倒れていた者全てが不安と感嘆の声を漏らす。


 それもそのはずだ。先程まで教室にいたはずだというのに、目を覚ますといきなり辺りが煌びやかな王宮になっているのだ。


 そしてそんな彼らが1番目を惹かれたのは共通している。それは部屋の装飾に負けず劣らずの煌びやかな服に身を包み、鮮やかな金の髪を伸ばし、端正な顔立ちをしたとある女性。


 彼女は全ての生徒が目を覚ましたのを確認すると、小さく頷き、そして全てを抱擁するかのように両手を大きく広げこう言い放った。


「よくぞいらっしゃいました『勇者様』!お願いです、あなた方の力で――この世界をお救いください!!」


 突然放たれた言葉に、常盤はこう呟くしか出来なかった。


「――嘘だろ?」


















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