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競り人  作者: 葉山るな
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 決闘まで八日を数えるその日。セリはまたも面会に赴いていた。ズレ・ハイバブルがすこぶる優秀だった、という話だ。一日二日でこのメンツとの面会が叶うなんて、夢でも見ているようだった。


 このメンツ、と称賛するほどセリは彼らのことを知らないわけだが。


「やあやあ、お待ちしていましたよ。セリ・ビダーさん」


 そこは商館だった。言われてみれば、『マーチャント』というブランド名はどこに行っても見かけるものだった。男は商人として大成功を収めているらしい。


 そう、男。そいつは手もみをしながら名乗った。


「あっしはマサト・マーチャントって言います。東洋とのハーフでね、マサト、なんて名前はここらじゃ聞かんでしょ? 珍しがられるんですよねえ」


 逆三角形のような形の顔に、ベレー帽。まだ若いのに髪の毛が薄くて、細い目は胡散臭さを感じさせる。しかし、にかっ、と笑うと一転、優しそうな印象を与えてくる男だった。


「俺はセリ・ビダー。こっちはティアーフロ。今日は会ってくれてありがとう」


 世間話もほどほどにセリは本題を切り出した。


「俺とあんたのどっちが勝っても、プライスを絶対服従させる権利を共有しないか?」


 マサトは頷いた。


「ええ、面白い契約ですねえ」





 次の日。セリはまた違う屋敷に来ていた。出迎えたのはメイドだった。メイド服を着た美女。一目で奴隷だと分かった。


「主人に確認してきます」


 奴隷メイドはセリが「面会の予定がある」というと、そう言って屋敷の中へと入っていった。彼女が怒鳴られる声が聞こえた。


『ああ!? また勝手に働いたのか! お前たちは俺の言うことだけ聞いていればいいんだ!』


 屋敷の外、セリたちのいる街道にまで轟く大声だった。奴隷メイドさんが帰ってきて言った。よく見ると、彼女は足を怪我しているみたいだった。


「……お茶を出させていただきます。どうぞお上がりください」

「……あの、その足、大丈夫か」


 足をひこずるように歩きながら、奴隷メイドは言った。


「大丈夫です。主人のためですので」


 それからセリはしばらく待った。出されたお茶がぬるくなり、冷たくなるまで待った。その間、セリはティアーフロに問うた。


「お前、どう思う、これ」


 ティアーフロは言った。


「奴隷に堕ちた以上、仕方のないことです」

「そうだな。お前は俺に買ってもらえてよかったな」

「……」

「なんだ、その目は」


 ティアーフロは「いえ、なんでもありません」と言った。


 どかどかと足音が聞こえた。奴隷メイドさんがドアを開けると、続いて出てくるのは大男だった。美麗な緑のスーツを着て、眼帯をしている。顔には古傷がいくつかあって、それがより一層、大男を強面にしていた。


 大男はニカっ、と笑って対面に座った。酷く不気味な笑顔だった。


「お待たせしましたぁ。私はスカラーヴァ・エスクラーヴェ。して、今日はどのようなご用件でぇ?」


 不気味。仮にも大男の彼がひょろひょろのセリに遜っているという絵面が、ただひたすらに不気味だった。


 セリはうろたえながら応えた。


「あ、ああ。俺はセリ・ビダー。エスクラーヴェ卿も、七日後の『決闘』に招待されていると聞いたので参じた。お互いプライス・アウクションに恨みを持つ身だ。情報交換などでも、と思ったのだが」


 スカラーヴァはふむ、と顎に手を置いて考えた。そして、またもニカっ、と笑った。


「そうですかぁ。しかしですねぇ、私は特に不便はしていないのです。これがズレさんの紹介でなければ会わなかったことでしょう。 ……セリさん、あなたは私にどんな益をもたらしてくれると言うんです?」


 セリは、またも同じ契約を打診した。


「そうだな。プライス・アウクションの絶対服従権。俺が勝ったら、それを貴卿に譲渡しよう」

「おお、それは本当ですかな」


 スカラーヴァは浮き足立ってセリに詰め寄った。セリはしめた、と思って、それを顔に出さないよう努力した。


「ああ、本当だ。その代わり、貴公が勝った暁にも、あることを約束していただきたい。『セリ・ビダーの出国を邪魔しないこと』を、プライス・アウクションに命じて欲しいのだ」

「それくらいならばお安い御用です!」


 ニカっ、とスカラーヴァはセリに向かって手を差し出した。セリもニッコリとして、それを握り返した。


 セリはズレが言っていたことを思い出す。


 『奴隷使い』スカラーヴァ・エスクラーヴェ。稀代の敏腕政治家にして、幼女偏愛者。あくまでも非合法であるはずの『奴隷』を数多所有していると噂の危険人物で、極度の加虐癖を持つという。彼にとって、プライス・アウクションは格好の獲物だろう。


「……ふふふ。プライス、どこの馬の骨ともわからんやつに、お前は渡さんぞ……!」


 げびた笑いを浮かべる大男を見て、セリは鳥肌を立てながら退席した。ティアーフロは、自分を見つめるスカラーヴァの視線に終始震えていた。





 その次の次の次の日。決闘を四日後に控えたその日にようやく、最後の一人との面会予定が立った。ようやく、とはいうが、それでも依頼から六日で面会を取り付けているあたり、ズレ・ハイバブルの有能さは揺るがない。


 なぜならば最後の一人──アライズトゥク・グラーフは貴族なのだから。


「ふむ。卑しい情報屋がどうしてもと頼むから予定を開けたが──」


 アライズトゥクは恐縮するセリとティアーフロを前に、紅茶を一口飲んだ。


「──決闘参加者か。そなたもプライス・アウクションには苦労しているのだろうな」


 長い、腰まである金髪はきめ細やかで、まるで女性のソレのようだった。碧眼も合わせて、まるで絵画だ。芸術品並みに美しい上に貴族とは、羨ましいことこの上ない男だった。


 セリは冷や汗を流しながら愛想笑いをした。面会を取り付けろとは言ったが、まさか本当に会えるとは思っていなかった。アライズトゥク・グラーフはセリでさえも知っている程の大貴族なのだ。軽率に依頼した過去の自分を殴りたくなりながら、セリは言った。


「はいっ! そ、そうです、苦労しています!」


 アライズトゥクはきょとんと目を丸くして、次の瞬間笑い出した。奇しくもそれは、エバーヴァインと同じ反応だった。


「ははは。そう硬くならずとも良い、セリ・ビダー。そなたの噂は聞いている。私もいつかは手駒にしようと考えていた競り師だ。柄にもなく、今の私は興奮しているのだぞ」


 アライズトゥクは言った。


「私は──このような身分だからな。『競り師』を嗜んだことはあるが、私が値をつけるだけで周りが勝手に勘違いして、その値段は吊り上がるのだ。かと言って、身分を隠してやってみると、これがどうにも上手くいかない。コツのひとつでも伝授してはくれんか」


 セリは考えた。そして、普段頭で考えて行動していないことを思い出して真っ青になった。


「……こ、コツ、と言われましてもっ、特に変わったことをやっているわけではっ……」

「なるほど。やはり才能か。空気を感じるソレや、視野の広さから違うのだろうな」

「いえっ! 私めなどそのように優れてはおりませぬ」

「やめよ。過度な謙遜は嫌味であるぞ」

「はい!」


 ティアーフロが笑った。そして、すぐに口元を押さえて無表情に戻ってから、「すみません」と静かに呟いた。『おい、そこまで今の俺の姿は滑稽か?』とセリは怒りを覚えたが、それどころではなかった。


「して、今日はどのような用件で赴いたのだ?」


 肝が冷える世間話もようやく終わり、アライズトゥクがそう言った。その頃にはセリの緊張もあらかた解けていて、セリは余すところなく用件を伝えることができた。


「……なるほど。つまり、私が勝ってもそなたが勝っても構わなくなる、ということか。確率は単純に二倍であるな」

「はい。私は出国が叶えばそれでいいのです。それだけ、約束していただければ、プライス・アウクションなぞ、あとはどうでも構いません」


 セリは言った。どこか得意げに告げるその様子を見て、アライズトゥクはふっ、と、全てを見透かしたように笑った。


「そなた、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

「!?」


 アライズトゥクは口角を上げた。


「図星か。いやなに、構わん。私が今日面会を許したのもそれだ。見境なく決闘参加者と会って回っている男がいるというからどんな用件かと思えば、なるほど面白い発想だ」

「……」

「これで、そなたはプライス・アウクション以外の誰が勝っても願いを叶えられる。それに、きっとそなた以外はプライス・アウクションに途方もない憎悪を向けているから、絶対服従権はなんとしても欲しいだろう。ただ出国することのみを望んでいるそなただけに許された、逃げ道というわけだ」


 後半はセリも初耳だった。セリ以外の参加者は『絶対服従権』を独り占めしたい、という話だ。セリだけはただ出国のみを望んでいるから、他の参加者と協力関係を築くことができる。


 セリは冷や汗を流した。だが、開き直って言った。バレたからなんだ、と。


「……それで、契約は結んでくれますか? 断られたところで、もう既に三人も私と契約を結んでくれていますから、構いませんよ」


 アライズトゥクは言った。


「構わん。契約は結んでやろう。ただし、そなたが勝った暁には、私にプライス・アウクションの全権を委任することを誓え」

「……」

「どうせそなたのことだ。上手い方法を考えてはいるのだろうが、それではダメだ。プライス・アウクションはエバーヴァイン・ビーにも、マサト・マーチャントにも、ましてスカラーヴァ・エスクラーヴェなどには絶対に渡さん。他の奴らとの契約を裏切って、彼女を私に譲ることを誓え」


 セリは頷いて手を差し出した。アライズトゥクは微笑んで、その手を握り返した。


「契約成立だ」


 こうして、最終的には誰もが笑顔でセリと握手を交わした。セリも自分の手腕に満足していた。久しぶりに用意周到を演じてみたが、なかなかに悪くない、と。


 さて、しかし、このときはまだ誰も知らなかった。その『決闘』が、血みどろの様相を呈すことを。

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