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「いい人でした。ズレ・ハイバブルさん」
プライスは言った。ここまでしてくれれば馬鹿でもわかる。ズレのやつは、プライス・アウクションにセリを売ったのだ。
「あ、ああ。ズレはいい奴だよ」
「はい。筋肉もあるし、それでいて剽軽だし。しかも──」
「面白いよな。笑うと愛嬌があって、これがまた可愛いんだ。それに──」
二人は声を揃えて言った。
「「──簡単に人を売る」」
「本当にいい人でした」プライスが言った。
「ああ、本当にいい奴だ」セリが言った。
それがズレ・ハイバブルの美徳だった。あまりに口が軽いため、彼は情報屋としては珍しく誰からも信用されず、また誰からも信用された。誰もが彼と話す時は嘘をつき、彼は決して嘘をつかなかった。
セリはプライスを眺めた。彼女は座ってさえフードを脱がないまま、オレンジジュースをちびちびと舐めていた。
やがて、沈黙に耐え切れなくなったのはセリだった。
「ちなみに今日、俺がズレに何を訊ねようと思ってたかわかるか」
プライスは言った。
「はい。大方私の居所でしょう。あなたは私をどうにかしなければ、出国することができませんから」
「そうだ。それで、お前は何がしたいんだ? 競り師なんてやっているんだったら、いつまでも居所を隠し続けるなんて無理だ。暗部に生きてるんだからな。だったら、こんなことがただの時間稼ぎにすらならないんだってこともわかるはずだ」
プライスは取り合わなかった。その様子を見る限り、セリはまるで見当違いのことを言ったみたいだった。
「今日は招待状を渡しに来たのです」
プライスは懐から何かを取り出した。
「招待状?」
「はい。あなたを含めて五人の方に渡しました。皆さん受け取ってくれましたよ」
それは、チケットと呼ぶには大きすぎて、手紙と呼ぶには小さすぎた。中を確認して、セリは全てを理解した。
「……これ、『依頼』か」
全部で段落は六。そのそれぞれの段落に一つずつ、数字が記されている。あの奴隷商とのやりとりで使われていた暗号だった。
「はい。そして、先の四人には別の値段で『依頼』しています。一番『値付け』が上手だった人について、私は今後、絶対服従を誓います」
「はあ? そんなもの、勝負になるわけがない」
ここでセリは全てを察した。プライス・アウクションは全部で五人、本人も合わせれば六人の競り師を集めて、勝負がしたいのだ。誰が一番競り師として優れているかを決める決闘。
だが、そんなものが勝負になるわけがない。競り師が六人もいれば好き勝手に値段は吊り上がるだろうし、何よりオーナーがプライス・アウクションである。
その旨を告げるとプライスは本気で怒ったようで、むっ、と憤慨した。
「私は不正などしません」
「どうだかな。こんな酔狂を興じる女だ。希望を見せるだけ見せておいて目の前で取り上げる性悪じゃない証拠がどこにある」
それに、とセリは続けた。
「絶対服従? お前が? 自惚れも大概にしろ。幼女趣味でもない限り、お前にそんな大層な価値はねえよ」
プライスの顔から表情が消えた。瞳からも光が消えた。そうして、色を失った声音でプライスは言った。
「……私は、これでも二十四歳を数えています」
「え、まじで?」
「はい。本当です。いつも未成年と間違えられます。オレンジジュースは好きで飲んでいるのです」
プライスは顔を手で覆って俯いた。さすがに悪いことをしてしまったかなと思ったセリはこれを慰めて、しばらくしてからプライスが言った。
「……すみません。取り乱しました」
「いや、こちらこそ、すまない……」
お通夜のような雰囲気になったが、プライスは続けた。
「……それに、服従とは言いますが、例えば『もう俺に関わるな』と言われれば、私はあなたの出国を止めません。そして、勝負が行われない限り、私はあなたの生活を邪魔し続けます」
「……」
「金欠のセリさん。あなたに選択肢は残されていないのですよ」
プライスはお金をテーブルの上に置いて、その場を去った。オレンジジュースしか飲まなかった女性が払う金額ではなかった。施しを受けたのだ。馬鹿にされたのだ。セリは自分で勘定を払って、プライスが置いていった金は道端に捨てた。
招待状に記される場所はセリを裏切った奴隷商の地下オークション場。日時は、丁度十日後に設定されていた。