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「わっけわかんねぇ!」
帰宅早々、セリは暴れ出した。
「お前は俺に勝っただろうが! 死体蹴りか!? 追い討ちか!? 俺に何の恨みがあるんだ、プライス・アウクション!!」
それから後ろにいるティアーフロに気がついていやな笑みを浮かべた。
「そういえば、こういう時のためにお前がいるんだった。よく見るとお前、アウクションに似てるな?」
金髪。背丈。それから、端麗な容姿。共通点といえばそれくらいだったが、今のセリにとっては大した違いではなかった。
鬱憤晴らし。何をしても怒られない存在。サンドバッグ。それが愛玩奴隷の宿命だ。ティアーフロはぎゅっ、と目を閉じて、振るわれる拳を黙って待った。
果たして拳は飛んでこなかった。
セリは頭をがしがしと掻いて、あーあー、と天を仰いで言った。
「……馬鹿馬鹿しい。治療費だってタダじゃないんだぞ、くそが」
何の役にも立ちゃしねえ、とセリは好きなだけ悪態を吐いたが、決して手だけは出さなかった。がしがしと頭を掻く。それがイラついた時のセリの癖のようだった。
セリはそれから軽めの夕食を作った。金を節約するためだ。方針が変わった。その日暮らしだけではダメで、セリは自由を取り戻すために、力を蓄えなければならない。
『プライス・アウクションはセリになんの恨みがあるのか』
この問いへの答えは、つい先ほどミナトから教えられていた。
『セリ個人を、というより、「競り師」を恨んでいるみたいだよ。潰して回ってるらしい──というのは前にも忠告しただろう?』
風の噂程度には聞いていた。最近競り師を目の敵にする凄腕が現れたと。確かにその噂の人物とプライス・アウクションとでは活躍し始めた時期が一緒だった。
「……馬鹿馬鹿しい」
夕食を終えて、セリは呟いた。ずいぶんとお粗末な『復讐』だなと思って。
ちょこん、と虚に椅子に座るティアーフロにセリは尋ねた。
「お前、奴隷商の弱点か何か、見つけてないか?」
ティアーフロは黙ったままだった。答えない理由に察しがついて、セリは頭をがしがしと掻いた。
「ティア、お前なあ。喋るなとは言ったが、俺に促されたら例外だ。話せ」
そう命令されて初めて、ティアーフロは口を開いた。
「……いいえ」
「……はあ。使えねえ。ってより当たり前か。期待した俺が馬鹿だった」
セリは食器を洗って、それから就寝ではなく、外出の準備を始めた。産業革命は人々から夜を奪った。外は空を見上げれば真っ暗だが、街道を眺めるとまだ明るい。
「お前はもう寝ろ」
セリの持ち物を勝手に触るわけにはいかない。布団を用意するなんて言語道断で、だからティアーフロは床に寝転がった。
○
セリの知り合いがミナトだけだと思うな、という話だ。
セリは酒場に来ていた。正直、こんな場所で飲み食いする金は無いのだが、舐められたら終わりのこの業界である。さっそく先の節約が役に立っていた。無理をして見栄を張るくらいの金はまだ残っていた。
つまり、『いつも通りの演出』。普段と変わらない様子を見せる。セリはいつも頼むのと同じもの、少し度の高いハイボールにピーナッツを頼んでいた。それだけでここ二日分の収入が全部飛んで、セリは過去の自分を呪った。どうして毎回こんなものを頼んでいたんだ。
もうすぐ約束の時間になる。ピーナッツは美味しかった。ハイボールはもっと美味だった。食べ切ったり飲み切ったりしてもいけないので、セリは長らく誘惑と戦わなければならなかった。
「相変わらずですね。セリさん」
そんな悶々とするセリに話しかける声があった。
ようやく来たか、と顔をあげようとして、セリは違和感に気がついた。そんな分かりにくいものではない。簡単だ。『どうして女の声がする?』。セリの待ち人は男だ。それも野太い声をした、筋骨隆々のソレだ。
座するセリが見上げる先には、フードを被った金髪の女がいた。
「どうも。お金は大丈夫なのですか?」
「あ……な、お、お前──!?」
透き通る金髪。緋色の瞳。まだ二十歳にも満たないだろう、あどけなさと妖艶さを持った相貌。ふっくらとした唇にいたずらっけな眼差し。
それが、無表情でセリを睥睨していた。
「──プライス・アウクション……!?」
「はい。いい人ですね、あの、なんて言いましたっけ、筋肉が凄い……ああ、ズレ・ハイバブルさん」
唐突に現れたプライス・アウクション。彼女は、セリが待っていたはずの男の名前を口にした。