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ティアーフロを買ったその翌日。セリはこの日を最高の気分で始めることになった。起きてすぐのことだった。
ティアーフロが、全裸だった。
素っ裸で、玄関のところで震えていた。
足元には雫が見えた。がちがちと鳴る歯の音がここまで聞こえてきた。
「ははは! なんだお前、一晩中そうしてたのか!」
セリは笑った。言いつけ通り床を濡らさないように縮こまりながら、つまり水を滴らせながら寒さに震えるティアーフロを見て。ティアーフロは玄関で、裸足に赤裸々に、何を着ることも纏うこともせずに、冬の晩を過ごしきっていた。
浴槽の出口に置いておいたタオルと着替えを確認する。当然というべきか、一切触られた様子はなかった。なるほど彼女は自分の立場をわきまえていたのだ。心の底から笑い声をあげながら、セリはティアーフロを浴槽に手招いた。
「お前、良いな」
近づいてきたティアーフロの手を掴んで、そのまま浴槽に入る。死体のように冷たかったその手になお歓喜を感じた。気持ちよかった。そうして自分は手足の袖をまくってから、シャワーで温かい水をかけてやる。
「さっき思い出したんだがな、温水設備、高いんだぞ。もう金もそんなにないしな」
それでも簡単に温水を使えるというのは、産業革命さまさまである。こんな暮らしを続ければ一月と持たないだろうが。
わしゃわしゃと髪を湯がいてやるとティアーフロは気持ちよさそうに体をよじった。冷え切っていた体に温度が宿った気がした。一度水を止めて洗髪剤を使って髪をあわ立ててから、綺麗に洗い流してやる。洗剤が入ったのかぐしぐしと目をこすっているので、顔面にシャワーを当ててやった。ティアーフロは刺激にいやいやと首を振った。押し付けられる水にぶくぶくと戸惑ってもいた。
「……ははは」
それからシャワーを止めて液体石鹸を手に塗り込んで、全身に塗りたくってやった。ティアーフロは十二、三の少女である。セリに幼女趣味はない。何を感じるというわけでもなかったが、セリの触る箇所に応じて身をくねらせる彼女が面白くて、適当に遊んでしまった。
「お前、思ったより痩せてるな。商品のくせに食わせてもらえなかったのか」
その泡を洗い流す頃には、ティアーフロの身体は完全に生気を取り戻していた。タオルを取ってきて全身綺麗に拭いてやってから、外に出す。自分で着替えられるかと問うと頷いたので、それからは彼女に任せてセリは朝食を作りに台所へ向かった。食事ができる頃には、ティアーフロも着替えを終えていた。
「……案外似合うな」
ティアーフロに施した衣服は男物である。女物なぞ持ちうるものか。黒の、ただ硬くて丈夫なズボン、白い無地のティーシャツ。それから取ってつけたような赤いジャケット。肩口までしかないその髪型がボーイッシュに見えるのか、そもそもの容姿が整っているからか、なかなかどうしてその格好は悪くなかった。少なくともみすぼらしくは見えないその出来にセリは満足した。
「おおっと」
そこで、セリは日課を思い出した。いや、日課と言うほどでもないが、自身が朝に弱いことを知っているセリは、起床してからすぐに玄関を開けて、ポストに投函されている新聞を回収することを自らに課していた。そうして冴えた目でそれを読みながら、朝食を食べるのだ。
「待ってろ」
すぐに新聞を回収して、セリはいつも通りの日常に戻った。食事中、セリとティアーフロとの間に会話はなかった。セリが新聞を読みふけっていたというのもあるし、ティアーフロにそもそも話しかける気も権限もないのもあるし、朝食がすぐに済んだのもあった。
裏路地での強姦。名のある家の令嬢の失踪。奴隷売買の検挙に労働蜂起。新聞の内容は特に変わり映えすることもない、いつも通りのものだった。
「今日は路銀を稼ぎに行く。もうハイリスクな競り師もできないから、多少手間がかかる」
セリはティアーフロを見た。ティアーフロも手を止めた。
「ついてくるか?」
ティアーフロは多少逡巡してから頷いた。正直これはどちらでも構わなかった。行くぞ、と席を立つと、ティアーフロもその後ろをついてきた。