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競り人  作者: 葉山るな
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「やあ、セリ君。災難だったね」


 オークションが終わって、しばらく。『商品』の受け渡しの場で、セリはそう話しかけられた。白々しい、と吐き捨てたくなったが我慢する。話しかけてきたのはこのオークションの支配人だった。


「全部で十の商品のうち、九つは目標を達成してくれた。だけれど、最後の最後で、運がなかった」


 報酬だ、と渡してくれたのは、全部で二万ポンド。高額だ。だがこのレベルの額の報酬は、それ以上のリスクを背負っていることを意味する。


「契約通り、()()()()()()()()()()()()()のだろう?」


 つまり、四十万ポンドの自己負担。自分の失敗は、自分で補う。このように競り師が誤って商品を買ってしまった場合、大抵は九割程度で店側が即座に買い取るものだった。例えば今回であれば、支配人が少女を三十六万ポンドで買い戻し、セリは失敗料として四万ポンドだけ自己負担する、というように。そのような命綱を用いていないからこその、この高額報酬だった。


「支配人。一つだけ、聞いてもいいですか」

「……なんだい?」


 あくまで支配人はしらを切った。そのことに余計悲しくなって、セリは続ける。


「もう、私はこの商売は続けられません。四十万ポンドも払ってしまったら、私はもうお金がありませんから、次また失敗でもしたら、自分が身体を売るしかなくなってしまう」


 これは、契約の際にも言っていたことだった。ハイリスクハイリターンのこのオークション業は、一度でも失敗したらそれきりだと。支配人もわかっているとばかりに頷く。


「ですから、他の競り師を探していただくことになるのですが、私と再契約を結びますか? 今度は安定志向のものとなりますが」

「いや、いや。それには及ばない。別の人を探すよ。言いたいことはそれだけかい?」


 この発言で、セリは確信した。やはり自分は裏切られていたのだと。『別の人』とは、プライス・アウクションのことだろう。


「どうして私を裏切ったのですか」


 単刀直入にセリは尋ねた。普段ならば絶対にしないような、激情が、思わず顔を出したかのような失言だった。


「うん、なんのことだい?」


 なんでもありません、と言って、セリは少女を受け取った。少女の瞳は相変わらず真っ暗だった。


 そうして、傘もささずに自宅へ向かった。少女も何も言わなかった。


 その日は雨が降っていた。じめじめするだとか気温が下がるだとかではなくて、単純にやらなければならないことが増えるから、セリは雨が嫌いだった。





 泣きっ面に蜂。雨が降れば土砂降り。往々にして悪いことというのは重なるものだ。セリにはその自覚が足りなかった。


 家に着いて、セリはまず自分のびしょ濡れの姿に腹を立てた。そうして傍を見やれば、これまたずぶ濡れの少女が一人。これだから雨は嫌いだ、と舌打ちをした。


「傘をまだ返してもらっていないのを忘れていた」


 セリは少女に向き直って言った。


「お前、言っておくが、俺に奴隷を愛玩する趣味はないからな」


 セリの家はそこそこ大きくて、それだけできっと一財産だろう。言ってしまってはなんだが、この場所まで売り払わなくて済んだのは九死の一生か。入ってすぐのところに浴槽があるのが、その家がセリのこだわりのそれであることを示していた。


「絶対に床を濡らすなよ」


 実際濡らさずに済むような作りになっていたが、セリはそう少女に念を押した。そうして少女が浴室へ入ったのを確認して、セリはすぐそこに常備してあるタオルを二つ取って、自身も浴室へ入った。少女はまだ服を着たままだった。


「脱げよ。その辺に放っとけ。どうせ捨てる」


 その衣服は支配人が少女に身につけさせた煌びやかなもの。服込みで『商品』なのだろうが、そんな施しなぞ受ける気はなかった。いや、その服を捨てること自体は今決めた。むしゃくしゃしているのだ。


 少女は過不足なく従った。癪だがよく『教育』ができている。羞恥の素振りも、躊躇いも一切なかった。服を粗雑に扱う様も、今のセリにとっては気分のいいものだった。そうして、少女は浴室の隅にちょこんと座った。


 気分が良くなって、セリは自分の体を洗いながら少女と会話をすることにした。


「お前、名前はなんていうんだ? 正直に答えなくてもいいぞ。記号が欲しいだけだ」

「……ティアーフロ、という」

「あん? 言葉遣いは習ってねえのか?」

「……ごめんなさい」


 何を望んでティアーフロと会話しようと思ったんだろう。セリはそう考えて、気分が良かったからだったと思い出した。だというのに会話(それ)で気分を害してしまっては意味がないと、それ以上は話しかけなかった。ティアーフロも黙っていた。当然だ。


 セリは適当に温水を浴びて、それからいまだちょこんと端っこに座っているティアーフロを見て、お前も洗えよと言った。その手つきにぎこちなさはなく、慣れている様子だった。それにセリはひとまず安堵する。


 最悪なのはティアーフロが貴族だとか豪商だとかの娘である場合だった。もしもセリがこのような手口で誰かを裏切るなら絶対そうする。無理矢理にでも奪ってきた高貴なそいつを買わせられれば、セリはさらに奈落のどん底に落とされるのだから。大金はたいて爆弾を買ったようなものだ。


 そして、そういった娘たちはえてして自活能力がない。礼儀作法に秀でている。今のところティアーフロは無礼で、奴隷としての教育はなされていて、そして、自分で体を洗うことができる。シャワーこそ使ったことはないだろうが、水浴びくらいはしたことがあるのだ。それをぼうっと眺めながらセリはおもむろに少女に話しかけた。


「なあ。ティアーフロって本名か? センスあるな」

「……は、い」

「そうか。長いからティアって呼ぶぜ」

「……それは、だめです」

「あん?」


 またもささくれだって恫喝するが、ティアーフロは怯えるだけだった。それも、セリに怯えるのではなく、別の何かを恐れているような。鬱憤を晴らしてもよかったが、面倒なので何も言わなかった。


「上がる。お前も適当に過ごして出ろ」


 床は濡らすなよ、とそれだけ言ってセリはティアーフロを放置した。すぐに寝たので、セリはティアーフロがそれからどのように過ごしたのかは知らない。





 ところ変わって、早朝。


「こんにちは。ミナトさん」


 なんの変哲も無い港場。まだ真っ暗で、漁に出るのでなければなんの関係も持てないようなその場所に、少女は顔を隠して赴いていた。


「ああ、会えて光栄だよ。ミスアウクション」


 名前を呼ばれた少女──プライス・アウクションは上品に笑った。


「こちらこそ。最近どうですか?」

「ああ、そっちは順調みたいだね。俺は、まあぼちぼちだよ。いつも通りさ」

「ふふ。儲かってるんですね」


 君ほどじゃない、とミナトは苦笑いで返した。


 そうして、遠くでアホウドリが一つ鳴いて、沈黙が降りた。さざ波の音だけが響き渡る。綺麗な緋色の瞳でそれを見つめるプライス・アウクションは、どこか異邦を感じさせた。


 そうして、沈黙と、プライス・アウクションの表情と、自分の知っている情報とを照らし合わせて、ミナトは彼女の目的を察する。


「……協力は、しよう。君と敵対するメリットがない。だけれど、一つだけ忠告させてくれるか」

「ありがとうございます。なんでしょうか?」


 慇懃にひとつ礼をして、プライスは小首を傾げた。


「……セリというのはね、あれでかなり頭がおかしいんだ。すぐに機嫌を悪くするし、ああ、最近はお金に余裕があったから落ち着いてたんだけどね。もちろん労働なんて大嫌いさ」


 ミナトはそこで一つ言葉を区切った。


「そんな人間がさ、()()()()()()()()()()と思う?」


 プライスは少しだけ目を細めた。


 競り師というのに必要な能力は多々ある。その中でも誰に聞いても最も必要だと答えられるものといえば、『情報収集能力』だろう。世論、世情、相場に傾向。情報というのはなくて困りこそすれ、あれば金棒である。


「するわけないんだ。あんな怠惰な男が『情報収集』なんて面倒なことを。特に、今の彼は死人同然なんだ。旧知の友を亡くしたばかりだから」


 そして、セリはそんな事前準備なぞ行ったことがないと。圧倒的なハンデ戦の中、今まで無敗であったと。


「あいつは──セリはね。俺が知る、最も優秀な競り師のうちの一人だよ」

「……そうですか」


 プライス・アウクションというのは努力家、野心家で知られる競り師である。その努力を否定するわけではないが、そんな彼女はこの話を聞いて何を思っただろうか。そうして去っていく少女を、ミナトは優しく見送った。


「まあ、それは君もなんだけどね……」




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