昔の方が良かったと人はよく言うけれど
あー、ずっとこの時が止まれと願ってる。
確かになと僕は思う。
まあ、僕の思う昔とこの言葉の昔は、ちょっと違う気がするけど。
大きくなると、みんなそれぞれの道を歩んで、同じところに、進学、就職をしない限り、小学の時の友人(自分は中学受験だったので一般的には中学まで顔見知りがたくさんいるところで過ごすと思う)とあんまり関わりがなくなっていく人がおおいのではないのだろうか?
小学の友人は、まだ、常識という物が曖昧だった時期とか、自分自身が未熟だった時をよく知っているのでなんだか安心する。
大きくなってからできた友人は、お互いが慎み深いというか、お互いが何かのラインを保って、仲良くなっていく感じがするので、個人的に少し寂しく感じる。
べつに、今の友人に不満があるわけではない。
好きな友人だってたくさんいる。
ただ、幼かったあの時、出会った友人はいっとうにかけがえのないものだと感じてしまう。
でも、人によっては久しぶりに会うと全然違くなってる人がいるそうなると悲しい。仲が良かったのに知らない人みたくて悲しい。会わなければ良かったと思ったことがあった。
とある友人に小学生の頃は良かったと愚痴を言ってしまったことがある。
その子は、他の子も言ってたよと言ってその後に、きっと居心地がいいんだねと言われて。上の方で自分が記したどうして昔の方がよかったかを理解していた。
そして、それはぬるま湯に使っている状態ではと話した。
自分は聞いていてきゅーと心臓を掴まれた気分になった。きっと自分でもきっとどこかでそう思ってたんだと思う。
ご存知の通り、この世界は、受け入れがたいけど別れだっていつだってやってくるし出会いだってやってくる、そして成長していく。
で、成長すると、みんなどこかしら変わってしまう。変わらない人がいたらおかしいと思う。不変なんてものこの世にない。
それは変わらないことより良いことがたくさんあるんだと思う。
何より、自分自身すらかどこか変わっていってるのに他人に押し付けるのはおかしいんだと思う。
でも、自分はそれが怖い。
そして、多分、自分は昔いたそこのいごここちのよい自分の居場所が好きだった思う。どんな話をしたら笑ってくれるかよく知っているとことか、自分の変な冗談に対しての切り返しとか、そして何より、自分の心のまま動く自分が好きだったんだ。
そして、今の友人、そしてこれからできる友人に対して勝手に殻作って寂しくなってしまうのかな。
最後まで読んでくださりありがとうございました。
ちなみに自分は覚えてないけど幼稚園の頃の自分も好きです。よくお昼寝の時間脱走したり、水道場で水遊びしたりする子供だったらしいです。




