ショートショート:「あべこべ」
O氏とその夫人は、親が残した莫大な遺産のおかげで毎日豪勢な暮らしをしていた。金が有り余って仕方がないほどだから、たくさんのものに金を費やしていった。車はもう既に五台ももっていたし、グランドピアノも二台置いてあった。
ある日、O氏はタバコを吸いはじめた。タバコが、一番金を消費しやすいと思ったからだ。夫人も、それを見てタバコを吸いはじめた。
それから五年後、O氏は行きつけの病院へ健康診断をしてもらいにいった。
診断が全て終わったとき、医者が言った。
「Oさん、タバコを吸いすぎてますね。このままでは危ない。」
O氏は、将来肺がんになるかもしれないと言われたのだ。念のため夫人も健康診断してもらうと、やはり肺がんになる恐れがあると言われた。
O氏とその夫人はさっそく禁煙することにした。だが、頭はすっかりニコチンに依存してしまっていた。吸わずには、いられなかった。
次の日、O氏は近くにある研究所のJ博士に相談にいった。
「禁煙できる薬はないか?」
「うーむ・・・『禁煙できる薬』というものはないのう。」
「そうか・・・。」
J博士は、薬の天才と言われるほどたくさんの薬を作っていた。
だが、さすがのJ博士でも禁煙できる薬は作れないようだ。
「だが、一応あるにはある。『禁煙できる薬』というわけではないがね。」
「その薬、是非もらおう。」
「ほう。じゃあ、この薬をお前さんにやる。一応、説明をしておくが、この薬は大変・・・」
J博士がそう言った頃には、O氏は既に薬を持って研究所をあとにしていた。
O氏は、家に帰るとさっそく薬を飲んだ。夫人にも飲ませた。すると、タバコを吸いたい気持ちがなくなり、無意識にタバコの箱をぐしゃっとつかむと、ゴミ箱に放り投げた。
だが、それだけでは終わらなかった。O氏とその夫人は、突然家を壊しだしたのだ。そして、最終的にはお互いの殺し合いがはじまった。O氏は、夫人を殺した後自らの命を絶った。
O氏が薬を持って家に向かって走っていた途中、X博士はこんなことを考えていた。
「あの薬は、飲んだ人のなにもかもあべこべにしてしまうから、かなり危険なのだが・・・。そこまでして、禁煙したいのかねえ。」