第九話 プレイヤーに非ざる者
ゲームが開始してからおよそ30分が経過した。
ぼちぼち、退室する者が現れ始めてもおかしくない頃合いだ。
現在私の戦績は、一戦一勝。
次の勝負を控えた私は、同棟の囚人であるアリアとの対話を続けていた。
「何ですか、もう一つの方法は?」
アリアは私の語っていなかった、もう一方について説明を求める。
私がその答えを口にしようとした時、ふと視界の奥でネイロが隣室へと移動していく姿が見えた。
ちょうどいい。ここを切り口に攻め込むとしよう。
私は内心ニヤリと笑いながら、丁度気付いた体を装い、声を上げる。
「あっ、あの子。あなたの探していた相手じゃないの?」
私は視線をネイロに固定したまま、アリアに問い掛ける。
アリアは私の視線の先を追い、移動していくネイロの後ろ姿を見届けてから、はい、と答えた。
「……行ってしまいました。でも、どうして分かったんですか?」
彼女は不思議そうに首を傾げる。
「んー。さっきあなたが目で追うのを、見ていたから」
あぁ、見られていたんですね。
少し恥ずかしそうに顔を伏せる彼女に、私は返す言葉で刃を突き付けた。
「でも、彼女の合計数は『6』や『7』じゃないから。対処する必要はないわよ」
まるで時間が止まったかのように、アリアの体が一瞬固まった。
「何の、話ですか……?」
「もう一つの運を排除する方法。『使用カードの制限』は、事前に防ぐ方法だった。であればこれは、事後的に防止する方法と言えるわね」
彼女は目を見張り、私に注目する。
「ゲームが開始してからも関与し続けられる、運営側の存在をプレイヤーの中に入れておくの。配られたカードの"運"だけで勝ち進んでいくプレイヤーがいないかを探して、直接勝敗数に影響を与えられる『調整役』をね」
予想と違い、不気味な程に黒服たちに動きはない。
しかし彼女の私を見る目だけが、明らかに変わった。
──────────
30分前。
ゲーム開始直前に与えられた5分間の準備時間の中で、私はこの仮定に辿り着いていた。
"ふん。簡単に勝てそうだな。せっかく起きたというのに、退屈に変わりはなさそうだ"
ルールを聞き終えたばかりの獣は、眠たげな声で愚痴を零す。
どうかしら。勝つだけならいいけど、気になる事があるわ。
"勝つだけで良いのだろう。気にする必要もあるまい"
獣は寝ぼけているのか、目も開けずにぼやく。
そうはいかないわ。無駄な違和感が多いのは気に食わないの。
極限までシンプルなゲームの中で、運を頼らずして掴む勝利こそが美味。
"お前のスタンスは変わらないな。何が気になったんだ?"
まずはトランプの枚数ね。あとは向こうにいる、小柄な彼女。
私はそう言って、これまでに感じた違和感を自身の整理も兼ね、獣に説明する。
トランプの枚数、明らかに足りてなかったのよ。
しばらく収監されているとはいえ、長く賭場に居た経験はそうそう忘れるものじゃない。例えばトランプカード一枚の大きさとか、トランプカード一式の厚みとか。
さっき男が掲げてみせたトランプ。普通、新品のトランプカードを開けたらジョーカーやブランクカードなんかを含めて、55枚程はあるはず。
けれど、ぱっと見た感じでは10枚ほど少なく見えたの。45枚くらいの厚さに。
"そうか? 気付かなかった、流石だ『ネームレス・ブラック』"
獣は面白そうに聞いている。
懐かしい名前を出さないで。話を続けるわ。
ルールには「ジョーカーを除く」とあったけれど、開封後に抜くような仕草もなかったの、覚えてる? あの一組のトランプには、初めから仕掛けがあると私は考えてる。
"仕掛け、か。その目的は?"
思い当たる節はあるわ。ルールにあった『2倍条件』という勝利パターン。
例えば。Aを2枚配られたらと仮定して、勝率を計算してみて。
"いわゆるAsか。勝ちパターンは……なるほど、これは酷い!"
獣はクツクツと笑った。
そう、勝率は約98%。
発生確率は非常に低いけれど、もしも手札に揃ってしまえば、まず間違いなく勝てる。
"ゲームにならないな"
同様に合計数が『5』までの数字は勝率が80%を超え、『6』になってようやく勝率は67%まで落ちる。
そして特徴的なのが、合計数『2』から『5』までの数字を作るには、"A"または"2"が不可欠である事。
もし、このゲーム自体が何らかの実験だとしたら、運の良さだけで勝ち抜ける事を良しとするだろうか。
当然しないだろう。ならばどうするか。もし……自分が運営側だったら。
"運だけで勝ててしまう要因を、消し去るか"
具体的には?
""A"と"2"を抜いてしまうのが良いだろう……あぁ。そういう事か"
獣は納得したように、クククと笑った。
元々A~Kまであった4スートのトランプは、52枚。そこからAと2を全て抜くと、残りは44枚。
男の掲げたトランプの総数、45枚前後と一致する。
"これがトランプの枚数の話というわけだ。では向こうの囚人の話は? ルールの説明中、お前が二人の囚人を見ていたのは知っているが"
ええ。あの二人、他の囚人と違ったでしょう?
ほとんどの囚人が説明中の男に注目している中では、特に異様だったわ。
やたらと用心深く周囲を観察し続ける赤髪の女。名前は知らないけど、よほど慎重で警戒心が強いのね。あの性格は利用できるかもしれない。
そしてもう一人が、桃色の髪が遠目にも目立つあの囚人。名前は確かアリア・ヴァル・ジャックス。
彼女は最も異質だった。男の方を見るでも、周囲を見るでもなく。ただぼーっと突っ立っていたの。正確には考えに耽るかのように、虚空を見つめていたわ。
"……それが?"
私にはアリアの様子が、何か別の事を考えているようにも思えた。
ルールの説明中という大事な場面の中で。それって普通じゃないでしょ?
"ルールの説明を聞かず、何かを考える人物。ゲームに乗り気じゃなかっただけだろう"
それだけなら良いけど。
もし、彼女がルールに興味を示していない理由が、"既に知っていたから"だとしたら。
その正体が、主催者側によって予め用意された存在だったら。
"ククク。面白い事を考えるな"
獣は満足気に低く唸る。
けれど、彼女の存在は説明がつくの。運だけで勝ててしまう要因を抑えるという目的に照らせばね。
"目的?"
そう。仮に"A"と"2"が使用されていなかったとすれば、カードの枚数は全部で44枚。
これによって合計数『2』といった勝率90%を超える反則級の手札は存在しなくなる。
けれど未だ、高い勝率のカードはいくつか存在するわ。
合計数『6』、勝率83%。
合計数『7』、勝率71%。
合計数『23』、勝率75%。
合計数『24』、勝率72%。
合計数『25』、勝率75%。
この辺りの数字を持つプレイヤーの勝率は、まだ高いままなのよ。
もしそんな手札で、思考も駆け引きも必要とせずに勝ててしまうプレイヤーがいたなら。
このゲームの背後にある目的にそぐわないプレイヤーが、容易くゲームをクリアしてしまうでしょ?
"なるほど……そうならないように『調整』する役が必要と"
『6』にも勝てるような存在を、予めプレイヤーの中に紛れ込ませるの。
そして運が良いだけのプレイヤーがいないかをウォッチさせて、見つけたら一敗を与える。
少なくとも勝敗結果には影響できるし、クリアの妨げも出来る。これが『調整役』の存在意義ね。
"ほう。思ったよりこのゲームは面白くなりそうだな"
でしょう?
私も少し、期待しているの。
"せいぜい目立たない事だ。お前も『23』持ちで、チェックの対象になるのだろう?"
獣は楽し気に笑った。
──────────
押し黙ってしまった彼女を気にする事なく、私は淡々と続きを語る。
「調整役が持つべきカードは、"A"と"2"が使用されていない中で最小値となる『6』にも勝てるカード。合計数は『3』以下で、A+Aより不自然さの減る『A』と『2』といったところかしら」
方法は、予め細工のされたボードを渡すとか、予めカードを貰っていたとか。
おそらく事前に主催者側から接触があり、何かしらの報酬によってこの役目を引き受ける取引をしているのだろう。仕組む事自体は難しくはないはずだ。
「私は"A"と"2"が使用されていないと考えた。けれど、"2"を持つプレイヤーの存在自体は矛盾しないのよ。むしろ、私の考えを証明する存在だと言えるわね」
彼女は何も、答えない。
ただじっと私を見つめている。
「そして調整役のプレイヤーはゲーム中、"3"や"4"、"10"以上を公開するプレイヤーを観察し、その合計が『6』や『7』、『23』以上だと思ったら勝負を、と考える」
私は、彼女の目を見て言った。
「だからもしそういうプレイヤーがいたら、私はプレイヤーでなく『調整役』だと思うの」
何かを思案するアリアと、反応を待つ私の間に沈黙が訪れる。
しばしの間を置き、先に口を開いたのはアリアだった。
「私がその『調整役』とでも、言いたいのですか?」
アリアは改めて、私を正面から見据えた。
腹の探り合いをまだ続けようとする彼女に、私は二ノ太刀を振り下ろす。
「初めにあなた、言ってたわね。『確実に勝てる相手を探している』と」
声の大きさも、トーンも変えない。ただ淡々と、日常会話のように私は続ける。
「嘘よね、アレ。あなたが探していたのは、まさに"3"か"4"か"10"以上を公開しているプレイヤー」
"勝てそうな相手"など、彼女は初めから探していない。
その証拠に。
「さっきまで対戦していた相手は"4"だったかしら。その後は"3"を公開するネイロを目で追い、今はこうして"私"と話し込んでいる」
数秒の沈黙を経て、ゆっくりと彼女は唾をのみ込み、乾いた唇を震わせた。
「……違います」
彼女はなおも、否定の言葉を口にする。
未だに見え透いた嘘を吐くアリアという女に、私は幾らかの興味を抱いた。
「そう」
彼女に認める気はないようだ。
ならばと私は、最期に一つの提案をした。
「そういえば、勝負の話。まだ返事をしていなかったわよね」
彼女は眉をひそめた。その目には困惑の色が浮かぶ。
「私と勝負しない?」
アリアの半開きになった口から、えっ?という声が漏れた。
お読み下さりありがとうございます。
普段23時を目安に更新するのですが、少し遅くなってしまいました。
色々思う事があり……。思う事ありすぎて話も伸びているわけですね。
決着は次となりますが、引き続きどうぞよろしくお願いします。