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モノクロの螺旋  作者: 湯納
第二章 ネームレス・ブラック
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第八話 極ローのパラドクス


 「随分と観察が好きなのね。誰を探しているの?」


 私は囚人番号011、アリアへと声を掛けた。


 アリアが部屋へと戻ってきてから数分間、私は彼女の様子をそれとなく観察していた。

 もし私の想像が正しければ。彼女は特定の人物の勝敗状況を気にしているはずである。


 見ていると、彼女は目立たぬように壁際へと移動し、皆のボードを目で追い始めた。

 一人一人のボードを確認しているのか、途中私とも目が一瞬合ったものの、その目線はすぐさま他のプレイヤーへと移っていく。


 やがて彼女はとある人物をじっと観察し始めた。

 数字の『3』を公開する、あのネイロだった。


 私は自分の想像が"真実"であると、この時確信するに至った。

 一息ついて、私は彼女の元へと向かった。


 目つきのせいか、気の強い印象を受けやすい彼女であるが、実際にはおっとりとした穏やかな性格をしている。

 若干舌足らずで、間延びした話し方が印象的な人物だと初めて話した時には思ったものだった。

 と言ってもよく話すような間柄でもなく、何度か見かけては稀に挨拶する程度だが。


「あなたは。あぁ、同じ棟の方ですね。名前は確か……」


 落ち着いた様子で彼女は振り向いた。

 問い掛けに答える様子もなく、マイペースに言葉を続ける。


十黒(とおくろ)さん、ですよね?」


 そうして、私の名前を呼んだ。

 よく人の名を記憶しているものだと、私は関心を覚える。


「『探している』と言えば、はい。私が勝てそうな相手を探しています」


 会話を巻き戻したかのように、彼女は初めの質問に答えながら斜め掛けにしていた自分のボードを手に取り、こちらへと向けた。

 黒い背景に浮かぶ、クローバーの『2』のカードが目の前で揺れる。


「あなたのボードも、見せてもらえませんか?」


 彼女は小首を傾げながら、私が意図的に背面へと隠していたボードを指差した。

 私はいいわよ、とボードを彼女に見えやすいように差し出す。


「……!」


 ボードに公開されたカードを見た彼女は息をのみ、分かりやすく驚きの表情を浮かべた。


「正気……ですか?」


「ふふふ。あなたの探す『勝てそうな相手』に、私は該当するのかしら?」


 悪戯をする気分で、微笑みながら私は尋ねる。


「え、ええ。恐らく……。でも、戦ってはくれません、よね」


 彼女は上目遣いで、ちらりと私を見つめた。

 私はおどけた様子で肩を竦めてそれに答える。


 アリアの持つカードは、片方が2である。

 非公開であるもう一枚が10以上であれば、合計数『23』の私は勝つことが出来る。しかしその確率は、4/13=約30%と高くない。


 私にとって美味しい話ではない。

 それは彼女も承知のようで、すぐに別の話題──私の状況へと話を変えた。


「そういえば十黒さんは、私の前に勝負をされたようですが、結果はいかがでした?」


「勝ったわよ。まずは一勝ってとこね」


「それはおめでとうございます。良かったですね……なるほど」


 ふむと呟き、顎に手をあて何かしらを思案した後。


「十黒さんの手札、少し読めました」


 彼女はにこりと歯を覗かせながら笑った。

 可愛らしい表情に、普段からそうしていれば良いのにと私は思う。


「あの、十黒さん。もう少しお喋りしませんか」


 彼女の提案に、私はどうして?、と理由を尋ねる。


「ええ、実は私は"ある時"を待っているのです。だから、それまでの話し相手になって欲しいなと。もしお話しに付き合ってくれるのでしたら、私は一つ良いお話を提供しましょう」


「ふーん。例えば"もう一枚のカードは『A』なんです"、とか?」


 "良い話"と聞いて思い付いたものを、当てずっぽうに挙げてみる。

 彼女は一瞬驚いた表情を浮かべるが、すぐにアハハと笑い出した。


「教えるのは禁止されていますから、それは出来ませんよ! でも、あなたにとっても良い話である事は保証します」


 あっさりとカマ掛けが流される。以外に食えない奴なのかもしれない。


「いいわ、じゃあ教えて?」


「はい、では」


 彼女は周りに聞こえないよう、私の方に顔を寄せ、声を小さくする。

 近くに立つ黒服の男にはそれでも聞こえそうであったが、そこは気にならないらしい。


「このゲームは進行するにつれて、つまり時間が経つにつれて、状況が変化します」


 話の本筋らしきものを、彼女は語り出した。


「今はまだ、21人のプレイヤー全員が部屋にいます。ですがルールによれば、ゲームクリア者や3戦を終えた者は退室し、プレイヤーの数は減っていきますよね」


 そうね、と私は相槌を打つ。


「私は先程、"時を待つ"と表現しましたが、正確に言えばそのために状況を観察をしています。待っているのは、私が勝てそうな相手に偏る"タイミング"です」


 どうやら彼女は、私との会話によって時間を潰しながら、タイミングとやらを絞り込むという。

 時間経過によって変化する優位性の波を見計らう事によって。


「つまりですね、プレイヤーの系統が変わっていくんです」


 彼女は説明を続けた。

 曰く、時間経過に従って『勝率の高いカードを持つプレイヤー』と『アグレッシブ(積極的なプレイスタイル)なプレイヤー』から次第に減っていくらしい。

 勝率の高いカードを持つプレイヤーは勝負を恐れないため、対戦を早い段階でクリアしていく。

 また、行動力の高いプレイヤーも手札に関わらず率先して勝負を仕掛けるため、3戦を終えていく。

 そうして部屋に残るのは、『勝率がそこまで高くないプレイヤー』と『消極的なプレイヤー』に偏っていくというのだ。


「なるほど。"3戦を終えた者とゲームクリア者は退室する"というルールを逆手に取って、"退室していないプレイヤー"の性質を特定していくというわけね」


 そうです、と彼女は頷く。


「理解が早いですね。だから私は、序盤はなるべく様子を見て、終盤の絶妙なタイミングで仕掛けようと思うのです。これが私の作戦、名付けて"果報は寝て待て作戦"です」 


 彼女は得意げに胸を張ってそう言った。


「残ったプレイヤーというだけでも手を読むには十分な情報。更に、各々が公開しているカード情報を加味すれば読みの精度はもっと高まるという寸法ね」


「私の情報、いかがでしたか? と言っても、あまり驚いているようには見えませんけれど……」


 微妙でしたか? と彼女は不安げに私を見つめた。


「いいえ。興味深いかったわ、ありがとう」


 私は素直に礼を言い、そして彼女の眼を見て続ける。


「ねえアリア。私、"貰ってばっか"って好きじゃないの。良い話のお礼に、私も一つ教えてあげるわ」


「本当ですか? 嬉しいです。もっとお話したかったですし」


 彼女は期待するような目で私を見上げた。次の言葉を、わくわくした様子で待っている。

 私はにこりと笑い、彼女の耳元で秘密の話を始めた。


「これはゲームの裏にある、隠された意図のお話」


 私の言葉に反応し、彼女の瞳の奥で何かが暗く揺れた。


「ねえ、今夜のゲーム。どういう目的で行われているのだと思う?」


 私は彼女に問い掛けた。


「何か目的があるんですか……? 囚人達のガス抜きといった余興にしか思いませんでしたが」


「そうね。でも、わざわざ一部の囚人だけを集めている理由が分からない。私もあなたも、所内でマークされるほど危険視されているとも思えないし、かと言って模範囚かと言われても疑問が残る」


 確かにそうですね、と彼女は頷く。


「ましてや、『減刑』なんてわかりやすい餌まで用意されているのよ。不思議に思わない?」


「何か……背景があると?」


「そう。彼らは至急に、欲しているのよ。"何か"を求め、"何か"を探しているの」


「……何を?」


 ごくりと彼女が息を飲んだ。

 私は、想像していたゲームの意図を率直に伝える。


「ゲームを経て、ようやく得られるもの。用意されたステージは『(ふるい)』。残るのはゲームの勝者。ここから考えるに……『勝てる実力を持った者』ってところかしら。例えば、」


 私は言葉を一旦区切った。

 それを口にするのが、一瞬躊躇われたから。


「例えば、『国ノ手』とか」


 国ノ手と聞いた瞬間、彼女は目を見開いて驚きを露にした。


「外では戦争が起きているというんですか!? 確かに、所内は情報が制限されますが、まさか!」


「まぁ、例えばの話よ。どこかのお金持ちが考えたゲームの、プレイヤーを募集しているとか。案外、今まさに囚人たちを使ったゲームショーの最中かも」


 彼女は慌てて辺りを見回す。

 相も変わらず囚人達と黒服達が立ち並ぶ、異様な光景が広がっている。


 私たちの傍に控えている黒服は先程からの会話を聞いているはずだが、特に変わった様子は見られない。

 例え事実だったとしても、囚人の妄言である事には変わりない。彼らはルールに抵触しない限りは、黙認する方針のようだ。

 少なくとも、今のところは。


「まぁこの際、目的の特定はそこまで重要じゃないのよ。ただ、何か重要な背景があって、勝てる実力のある者を選出するゲームを行っている、と。そういう目的があると分かっていれば十分よ」


「それは分かりましたけど……だから何なんですか?」


 彼女は眉をひそめながら尋ねる。

 そう。本題はここからだ。


「ねえ、このゲームのルールを聞いて、違和感は無かった?」


 しばらく考えた後、特には思い当たらないと、彼女は答えた。

 平気で嘘を付く様子を前に、私は込み上げる笑いを静かに抑える。

 

「じゃあ、何らかの背景があるとするわね。はたして、何らかの目的のために用意されるゲームに『運の要素』は必要かしら」


 誘導するように、私は質問を変える。

 彼女は口をすぼめ、考えあぐねている様子だ。


「答えはノー。運が良い者を選びたいのなら、全囚人を集めてジャンケンでもやらせれば良い。得てしてゲームには運の要素があった方が面白い事もある。けれど、今回の目的に照らせば、運の要素は極力排除したいと、そう考えてもいてもおかしくはない」


 少なくとも私はそう思うの、と付け加えながら彼女の反応を窺う。

 彼女は口元に手をあて、なるほど、と声を漏らした。


「例えば。もし運を排除しようと思ったら、私は二つの方法を考えるわ」


「二つの、方法?」


「そう。一つは"運の要素が大きくなるギミックを排除する"事。ねぇ、このゲーム。プレイヤーにとって、"公平(フェア)ではない"と思わない?」


 フェアではない。

 私がルールを聞いて、最初に思った"違和感"がそこにある。


「『互いの合意を経ての勝負』というルールがありますから、プレイヤーが一方的に有利だの不利だのになる事はないと思いますが」


「そうね。けれど、そのルールがあるからこそ、賭け引きが成り立ちゲーム性が失われていないとも言えるわ。だって、そもそも配られたカード毎の勝率は、全く以てフェアではないのだから」


 彼女は何か気付いた様子で、あっ…と声を漏らした。


 このゲームには、欠陥がある。

 ゲーム性の一旦といえばそれまでだが、それは配られたカードごとの勝率が明らかに異なる点だ。

 私の持つ合計数『23』は勝率60%。対して、合計数『11』の勝率は30%に満たない。


 更にいえば、最も勝率の高い手札。

 配られたカードが"A+A"だった場合、その勝率は"ほぼ100%"になる。

 なぜなら、相手の合計数が『4』以上であれば、2倍条件により勝利できるから。


 これは手札の合計が『3』や『4』の場合でも同様で、勝率は手札の合計が『8』以上になる確率であるおよそ87%となる。


「極端な話、手札の合計が『4』以下であれば、90%近い確率で勝ててしまうのよ。駆け引きも読み合いもなく、ただ相手さえ見つけてしまえばね」


「勝率が高い手札については私も考えていましたが、まさかそれほど高いとは……」


「じゃあ、ここから運の要素を排除するにはどうしたらいいか。私が考えたのは、使用するカードの制限ね。例えば、数字の小さいAや2といった極端なロー(低い)カード。これを一切使用しないとか」


 彼女は黙ったまま、私へと視線を向けている。

 その表情からは笑みと柔らかい雰囲気が消え、細められた目は私の真意を探ろうとしているようだった。

 私は考えを余すことなく伝えるべく、言葉を続ける。


「極端なローカード、"極ローカード"と呼ぶわね。該当するのは、A~3になるかしら。この中で、Aと2を使用しなかった場合、最小のカードは3と3を持つ合計『6』になる。このカードの勝率はまだ80%を超えるけれどAAの勝率98%よりも低く、そして合計数が『8』ともなればその勝率は60%を切る。この時点でもはや、完全な優位性とは言い難い」


 彼女は何度か小さく頷いた。


「だから私、考えたの。Aや2は、このゲームに使用されていないんじゃないかって。そうしたら多少は勝率のバランスが取れるじゃない? 極ローカードのうち、3を持つ子はさっき見掛けたから、やっぱり2以下が使用されていないと思うのよ」


 私は言葉を区切り、彼女の反応を待った。

 彼女は少しの間を空けた後、ふぅ、と大きく息をついてから、感想を口にした。


「面白いと思いました! もし私がこのゲームの運営側なら、実践していたかもしれませんね」


 でも、と彼女は続ける。


「そうはなっていないです。残念ですが、今の話は現状と"矛盾"していますから」


 彼女はきっぱりと言い切る。


「そうかしら」


「ええ。もうお忘れになったんですか、私のカード」


 そう言って、彼女は再びボードを手に私へとカードを見せつけた。

 彼女の公開するカード、『2』という数字が目に映る。


 Aと2が使用されていないと主張する私に突き付けられた、致命的な事実。

 確かに、これは一つの(ネック)である。

 けれど。これはもう一つの(ヒント)でもある。


「いいえ、私の話はまだ終わりじゃないわ。あなたこそ忘れたの? 『運を排除する方法は二つある』って言ったの」


 私は話を続ける。

 私が想像する、真に隠されたとある『存在』の話を。

タイトルは極(端な)ロー(カード)の事です。

説明になっていませんね。極めて低いカードという意味です。


もともと一話にまとめる内容が、会話フェイズが長引いたために2話に分割されました。

しかも分割した上で、今回の第八話は6K字。

(湯納はいつも4~5K字に収めようと躍起になっています)


後日談ですが、恐ろしい事に分割された後編は更に分割されました。

湯納は8~10話をまとめて5千字程度の1話になると、当初考えたわけです。

なんと恐ろしい適当さでしょう……。


大まかに予想する力というのも、書き手には必要なのかもしれませんね。

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