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モノクロの螺旋  作者: 湯納
第二章 ネームレス・ブラック
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第七話 確率の上に立つ者


 扉を開けた先、隣室には一辺3m程の立方体が2列に合わせて6つ並んでいた。

 既に手前2つの部屋には明かりが灯り、それぞれ扉の前に黒服の男が一人ずつ立っていた。


 ボックスルームと、案内する黒服は呼んだ。いずれも防音性のある壁で、黒塗りであるため外から内部の様子は漏れないという。

 また防犯カメラも内部に設置され、不正のチェックも後から検証可能であると念押しをされた。


 黒服の男は私たちをNo3と書かれたボックスルーム部屋に案内した。

 灯りを付けながら、中に入るように促す。


 まず先を歩く私がボックスルームに足を踏み入れ、続いて黒髪の彼女が部屋へと入った。

 黒服のが男が最後に続き、もう一人近くにいた黒服が外から扉を閉めた。彼が扉の前で待機するのだろう。


 部屋の中は、高めのガラスのテーブルが中央に一つ置かれているだけであった。


「それでは、これより勝負を開始します。お二人はテーブルを挟んでご対面ください」


 黒服の男がテーブルの横に立ち、私たちプレイヤーの立ち位置を手で示す。

 私と彼女は指示に従い、テーブル越しに向かい合った。


「カードの入ったボードをテーブルに置き、蓋を外してください」


 男の案内が続く。

 どうにもこのまま淡々とゲームが進むのも面白くないなと感じ、私は雑談程度に会話を試みた。


「ねえ。3を公開してた彼女に、10を持つあなたが勝つ確率って、周りから見てどれくらいだったと思う?」


 首に掛けていたボードを外しながら、他愛もない質問を投げてみる。

 彼女はこちらを一瞥(いちべつ)するも、口を開くこともなく黙々と手首に巻き付けた紐を解くのみだった。


「勝負は合意してるんだし、いいじゃないちょっとくらいお喋りしても。それとも、この部屋まで来といて会話の内容によっては、『やっぱ勝負しません』ってなっちゃうの?」


 挑発混じりの私の言葉に、しかし返ってきたのは残念ながら黒服の説明だった。


「横から失礼します。この部屋に入り、扉が閉まって以降、勝負の取りやめ・中断をする事はできません」


「そういうの、先に説明すべきじゃないかしら?」


 黒髪の彼女が、ようやく口を開いた。

 反応したのは私にではなく、黒服の説明に、だが。


「失礼しました。すぐ皆さまに、追加の形で補足の説明を致しましょう」


 黒服は扉を開け、外で待機していた男に他のプレイヤーにも周知させるよう指示を出し始めた。

 どうやら話を聞くに、ボックスルームに入った時点でルールとして取りやめは出来ないようだ。

 この期に及んで逃げられなどされたら興醒めだ。当然といえば当然だ。


「その勝率とやらは、何%なの?」


 沈黙が続き、ふぅと諦めたように彼女は息をついた後、私の問いに問いで返した。

 自力で計算をしたくないのか、出来ないのか。


「"47%"。3を公開するプレイヤーのハンドが4~16で、あなたが11~23のハンド。総当たりした勝率の平均は50%に満たないわ」


 彼女は一瞬考えた様子だったが、へぇと興味なさそうに呟き、無造作にボードをテーブルに置いた。


「平均は47%だけど、この中であなたの勝率が50%を超えるのは15~19の時だけ。そして最も高いのは……合計『17』の時で勝率62%。相手の合計が9~16の8パターンで勝ち、4~8の5パターンで負けるわ」


 彼女はじっと私を見ている。

 何を考えているのかはよく分からないが、必死に冷静さを装っているのだろう。

 今更、もう遅い。


 私が想定する彼女の手札は『17』。次点で16又は12~15のどれか。

 つい、雑談のはずみで"その数字"を口走ってしまった。


「ただの確率だけでも、ここまであなたの手札は絞れる。私は他にも色々考えた上で、あなたを誘ったの。騙したわけじゃないのよ、悪く思わないでね」


 込み上げる勝利への喜びを抑え、私は軽い笑みを浮かべる。

 自分の計画が上手くいく度に、私は高揚感に浸る。いつだって、思い通りに事が運ぶのは気持ちの良いものだ。


 黒服が戻り、場を仕切り直すべく咳払いをする。

 

「それでは、ご準備のほどは宜しいでしょうか」


「ええ」


 私が答え、黒服は彼女の方へと振り向く。

 彼女は間を置いてから、ゆっくりと口を開いた。


「ポーカーでは、弱いやつほど良く喋るって言うのよ」


 どうしてこんなに余裕な態度でいられるのか。負けているクセに。

 私は不快に感じながらも、彼女を見つめていた。


 彼女はボードに嵌るクリアガラスの蓋に手を掛けながら続ける。

 

「ねぇ。合計数『18』になる確率って、いくつだと思う?」


 思わぬ言葉に、頭を強く殴られたような衝撃が走った。


 この女は今、何と言った?

 私が的確に挙げた『17』の仕返しのように。彼女は今……。


「どうして……『18』なのかしら?」


 心臓が激しく脈打つのを感じながら、私は努めて平静を装いながら、聞き返した。

 対して、彼女はそっけなく返す。


「ふと思っただけ。もしかして…18なの?」


「別に。そうね……発生確率は5%よ。勝率は52%」


 私は不穏な空気を感じ、さっさと勝負してしまおうとボードのガラスを乱雑に開けた。


 18になる構成は、5-13、6-12、7-11、8-10、9-9の5パターン。

 9-9は4種類のスートにより、組み合わせは6通り。それ以外は4×4の16通りの組み合わせがある。

 よって2枚の組み合わせは4パターン×16通り+1パターン×6通り=70通り。

 トランプ52種類の中から2枚のカードを選ぶ組み合わせは全部で52×51/2で1326通り。

 合計数が18になる確率は、70÷1326=約5.3%だ。


「違うわ。9%よ、合計が『18』になる確率」


「え?」


 多分だけどね、と付け加えながら、彼女はフフフと不気味に笑った。


「それではショーダウン(カードの公開)です。お二人とも、裏側のカードをオープンしてください」


 男の声に合わせ、私は震える手で自分の非公開カードをひっくり返した。

 同時に彼女も、10の隣にあった非公開のカードを捲る。


 私のボードの上にあるのは、初めから公開されていたスペードの8。

 そして、たった今捲られたクローバーの10。


 合計数は……『18』。


 緊張で息が荒くなるのを感じながら、私は彼女の手元を確認する。

 そこにあるのは公開されていたダイヤの10と──。


「何で……?」


 私は目を疑い、思わず声を漏らした。

 そんな数字、あり得ない。どう考えたって、おかしい。

 だって、それで3に挑むなんて……。


 彼女の手元で、照明を反射するもう一枚のカード。

 描かれた黒い絵柄の人物像は、スペードの"K"。


 合計数は『23』。


「合計数『18』対、合計数『23』。パターンAの条件により、囚人番号T96様の勝利となります。」


 男が勝敗の決着を告げた。


 足から力が抜け、机に手をつく私を前にして。

 彼女は淡々とスペードのKを裏返し、クリアガラスの蓋を元に戻す。


「ね、ねえ待って、教えてよ!」


 私にはもはや取り繕う余裕もなく、叫ぶようにして問い掛けた。


「何で!そんな手札で3に挑めたのよ! 勝てるわけがないのに! 合計『23』で勝てるパターンなんて、相手が2倍条件にならない12~16のパターンだけ、確率は38%よ? しかもあなた自身が10やKを持っているなら、相手が持っている確率だって減るわけで──」


「『確率』じゃないのよ」


 彼女は私の言葉を遮るように言った。


「ただ、『|あなたのような《あまり深く考えず行動する》人』を釣るためよ」


 そう言って彼女は、ボードの紐を手首に巻きながら蠱惑(こわく)的な微笑を浮かべた。

 

「あぁ、そういえば合計数が『18』の勝率の話」


 愕然として立ち尽くす私に向かって、彼女は付け加えるようにして語る。


「52%よ。そこは合ってる。たまたまね」


 じゃあ、さようなら、と彼女は言い残して、さっさとボックスルームを出ていってしまった。


 確率ではなく、私を釣るための行動だったとか、合計数の確率の話だとか。

 私は、彼女の言っている事の半分くらいは未だ理解できずにいる。


 けれど結果は、目の前にある通り。私の敗北だ。

 計画通りに運ばないなんて、思っていもいなかったというのに。

 私はもはやこの敗北が、どうしようもなく当然の結果だったように感じる。

 私は数学的な思考が得意で、いつも計算高くて、こういったゲームは得意だと思っていたけれど。

 どうやら上には上がいるらしい。


 悔しさもあるが、途方もない絶望感と虚無感が押し寄せる。

 参ったな。なんだかこのゲーム、クリアできる気がしなくなってきたしまった。


──────────


"つまらない、とでも言わんばかりだな"


 呆れた様子で獣が尋ねる。


 私はいいえとだけ答えた。

 彼女は頭が回るし、決して弱い相手ではなかった。

 『52枚のカードからランダムに2枚ずつ配る』という前提が合っていれば、彼女の言っていた確率で正しい。

 今回はそれが違っただけ。


"勝てると確信したのはいつだ?"


 私の前に彼女が立って、8のカードを見せた時。

 合計数『23』が負けるパターンは、相手の2倍条件が成立する8-A、8-2、8-3の時のみ。

 でも彼女は、私が公開カード3の相手に挑んだ姿を見ていた。私の手札が大きい数字だとは、想像できないはず。その時点で、勝利は疑っていなかった。

 それでも万が一の可能性はあったけれど、彼女が確率の話を持ち出した時点でその可能性も潰えたわ。


 鼻を鳴らし、獣はそうかと頷いた。  


"そしてお前は、次の獲物を狙うわけか。あぁ、楽しみだ"


 獣はそう言い残しどこかへと消えた。


 対戦を終え元の大部屋へと戻った私は、とあるプレイヤーの姿を探し辺りを見渡す。

 しかし現在隣室で勝負中なのか、その姿は見当たらなかった。


 代わりに目の前をふらふらと生気の抜けた顔で歩く、見知った人物が目に付いた。


 茶髪眼鏡女が、どんよりとしたオーラを纏いゾンビのように歩いている。

 早速、敗けたのだろう。

 ……こちらの展開も、想定通りだ。


「調子はどう? 子鹿ちゃん」


 私は暇つぶしも兼ねて、彼女に声を掛ける。

 彼女ははっと我に返った様子で頭を何度か振り、その後睨みつけるように私を見つめた。


「どうって事ないです、まだ一敗ですから! それに私は"子鹿ちゃん"じゃありません。ネイロです。ネイロ・サンダールゥという名前があります!」


 ネイロと名乗った彼女は、ふんすと鼻を鳴らした。

 何だろうか。自分にはない可愛らしさを少し、疎ましく思うと同時に、私に兄弟はいないが、こんな妹がいたらいいなとも思ってしまった。 

 年齢も知らない相手だが、彼女を年下と決めつけている私は気軽に名前を呼びながら、試しに再戦を申し出てみる。


「それで、ネイロちゃん。気は変わった?」


「変わりません! あなたとは戦いませんから」


 フンと顔を逸らし、そのままネイロは別の相手を求め去って行く。

 残念、と口にしながら再び辺りを見回していると、隣室から扉が開き、黒服とプレイヤー二人が部屋へ戻ってくる姿が見えた。


「……見つけた」


 思わず舌なめずりしながら、私は二人を観察する。


 片方は負けたのか、項垂れるようにして歩く長身の女。公開カードは『4』。

 もう一人はつり目が特徴的な、ショートヘアの小柄な女。私の探していたプレイヤーだ。


 囚人番号011。私と同じ、詐欺や賭博関係の罪で収容される受刑者棟の人間。

 何度か話した事がある。名前は確か、アリア。アリア・ヴァル・ジャックス。

 斜め掛けされたボードにある公開カードは『2』。


 私の、二人目のターゲットだ。

お読みくださりありがとうございます!

第一戦がようやく終了しました。勝負の結末、二人の手札。予想通りでしたか?


続く第二戦、対アリア戦がスタート。『2』を持つアリアに挑む、合計『23』の十黒の真意と勝負の行方を、どうぞお楽しみください。


感想など頂けると、本当に嬉しいので一言でもいただけると有り難いです!


話変わりますが、ようやく名前が判明した十黒さん。

実は囚人番号に刻んであったので、私としては当初から名前で書いていた気分です。

カタカタ名ばかりに突如現れた日本名ですが、深い意味や背景は全くありません。

あまり言及していませんが、異世界やファンタジーというより、架空現代世界にファンタジーが微量に重なったイメージをして頂ければと思います。

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