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モノクロの螺旋  作者: 湯納
第三章 アビス・ホワイト
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第十二話 モノクロームの邂逅


 戦争まで残り2週間と迫ったクイーンド王国。


 城内の一画、特別会議室では選考委員会の十数名が円卓を囲み、今日も白熱した会議を続けていた。


「王女様の選考はもう終わったんだ。その結果から選ぶだけじゃないか!」


「だが王女様が納得する程の逸材はいなかったと報告にある。とても国ノ手を委ねるには心許ないだろう」


「一刻も早く二次募集を掛けるべきだと私は思う。この国には優れた者がまだいるはずだ」


「今から間に合うものか、誰が選ぶんだ。また"あの王女様"か?」


 平時では国防を管轄している彼らだったが、女王の勅命により臨時の選考委員が組織され、今回の国ノ手選抜の責を担っていた。

 

 併せて伝えられた『直接的な最終審査は王女に一任する』という宣告に、彼らは当初その意味も知らず、秀でた能力を持つ王女の協力を得られた事に喜んでいた。これで選考の目に狂いはなく、最高の国ノ手が選出されると。

 しかし、結果として残ったのは"この国には王女以上に相応しい人物が存在しない"というどうしようもない事実だった。

 最終審査を行う王女が頷かない限り、国ノ手は選ばれない。

 彼らはたった一人を選ぶという役目を、呪いのように立ちはだかる王女一人によって阻まれていた。


 もはや時間的猶予は残されていない。しかし解決策も未だにない。彼らは苦しい状況にあった。

 

「どうするんだ。このままでは我々委員会も責任を問われる事になるぞ」


「そんな事を言っている場合か。何よりこの国の未来が掛かっているんだ、戦争で敗北する事を恐れたまえ」


「……王女様以上にふさわしいかはこの際度外視して、もう一度見直すか?」


 堂々巡りの議論に誰かのため息が聞こえ、一同が黙り込む。

 疲弊した面々に行き詰まりの空気が漂い始めたところで、一人の男が立ち上がった。


「少し休憩でもしよう。俺は待つ事にするよ」


 呑気な事を言っている場合ではない、としかし怒る気力もない他の委員からは批判的な視線と、そして男の『待つ』という行為への疑問が投げ掛けられる。


「何を、待つんだ?」


 あぁ、と一言呟くと、男は頭を掻きながら辺りを見渡した。

 最後に扉の方を見てから、男は声を潜めて答える。


「実は今日、王女様は一人の候補の審査をされるらしい。何でも執事のシロクマ氏が独自に見つけてきた候補者という話だ」


 聞いていない話だと、委員たちは互いに顔を見合わせる。

 そして考えるのは話の内容の真偽と、もし本当であればその人物が王女に認められる可能性の高さであった。もしも国ノ手が決まるのであれば、選考委員会は役目を果たし、頭を悩ませる日々からの解放を意味する。


 「シロクマ氏とは個人的な付き合いがあってね。公式の募集とは別の手段だから内密にと言われていたものの、この際どうでもよくなってしまってね。答えの出ない会議は、どうにも気持ちが良くない」


 男は精一杯伸びをすると、脱力させて腕を振ったり首を曲げたりとストレッチを始めた。


「聞いた話では、今朝から審査は始まっているそうだ。もうしばらくで結果も出るだろう。その結果を待ってからにしようじゃないか」


「期待は……できるのか?」

 

 一縷の望みにざわめき始める委員たちの中から、一人が問い掛けた。


「さぁ。だが、あのシロクマ氏が見込んだ候補者だ。誰よりも王女様のお力を知った上で、候補者を対峙させている。可能性があると踏んでいなければしないだろう? そう考えたら、期待できると思わないか?」


 男はそう答えると、報告を待つべく改めて椅子へと深く座りなおした。

 一同は互いに顔を合わせ、いくらかの話し合いの後、一旦は保留にする方向で話がまとまった。


 名も知らぬ誰かの選考結果を、期待せず、或いは祈るようにして待つ。

 

 その2時間後。コンコンとノックする音が響き、扉が開いた。

 姿を現したのは、選考の立会を行うメイドのリバー・メルフォール。

 ついに審査が終わり、結果が出たのだと、誰もが期待を顕わにリバーへと視線を向ける。


 ひと時の沈黙の後。

 彼女は静かに、そして退屈そうにゆっくりと首を振った。


──────────


 再度見直していた数百名の名前が書かれたリストを机に置き、セレスは新たに差し出された資料を受け取る。

 そこには3名のプロフィールと、いくつかのゲームの結果がまとめられていた。


「あなたが密かに用意していた『策』が、これなのね?」


 彼女は資料に目を通すと顔を上げ、執事のシロクマの方へと視線を向ける。


「はい。国内各所の刑務所の中から、いわゆる『知能犯』を集め何度も選考を行いました。最後まで勝ち残ったのが、一番上に名のある者でございます。最終ゲームまで残った他の二名も後ろに付けてはおりますが、実力は彼女が抜きん出ていると言えるでしょう」


 セレスはパラパラとページを捲る。

 各人の名前、年齢、性別、経歴、性格などの情報。そして行われたゲームの内容とそれぞれの行動や結果が集約された書類。


「なるほど、ね」


 概要を把握したセレスは一度資料を閉じ、改めて一枚目にある最も好成績だったと記載された人物の名をまじまじと見つめた。


「『十黒犬子』、知らない名前ね。経歴はギャンブラー、年齢は20歳と。若いわね」


「彼女とは明日の対戦を予定しております。2ページ目以降では彼女のプレイ結果など詳細をまとめてありますのでそちらもお読みください」


「……ありがとう。明日のゲームを考えるのに参考にするわ」


 シロクマに退室を命じ、扉が閉まるのを見届けたセレスは次の瞬間、食い入るように資料を読み始めた。喜びに体を震わせ、強く握った手は紙面に皺を刻んだ。

 王女として振る舞う手前、平静を装っていたセレスだったが、シロクマの話を聞きながら、彼女は飛び跳ねたい程の衝動に襲われていた。

 そして今、誰もいなくなった部屋で、彼女の興奮は最高潮に達していた。


「知能犯? 職業上のプレイヤーとは別次元の、命懸けのギャンブラーって事でしょ? 間違いなく一味違うわね! 研ぎ澄まされた野性的な感覚、危機回避のセンス、ゲームではなく弱肉強食の騙し合い! あぁ、私も一次から選考に参加したかったわ!」


 やるわねシロクマ。流石は我が執事、と呟きつつセレスは資料を読み進める。


「ふんふん、運はそこそこ良いと。戦争のゲーム内容が事前に分からない以上、運の要素が絡む可能性も十分にある。母様のような豪運を持つプレイヤーが敵国ノ手だった場合にも耐えれるだけの運を持っている事は最低必要条件ね」


 鼻息を荒くしながらセレスはページを捲る。

 そこには王族として慎ましく気品ある振る舞いを続けていた王女の姿はなく、趣味に没頭するような一人の少女の姿があった。


「すごいわ、どのゲームも危なげなく勝利し続けている。初戦の『2on1』……昔私が考えたゲームね。担当官のコメントもあるわね。えっと『ゲーム開始付近からカードの総数の仕掛けにも気付いていた』か。良いわ、期待できそうじゃない! まるで私の師匠みたいな人ね」


 少なくとも、これまで最終審査で相対してきた強者達に劣らない実力者であるとセレスは確信する。

 何度も何度も資料を読み、ゲームをプレイしている姿を思い浮かべてはベッドで悶え転がり、対戦する瞬間を想像しては足をばたつかせ、十黒犬子という人物へ思いを馳せる。

 そうして一晩をかけ、眠い目を擦りながらセレスはゲームを思案した。


「『ファイブサム』で決まりね。運が絡む必要はない、ただ純粋な心理戦を楽しみたいわ、十黒さん」


 頬杖をつきうっとりとした表情で白熱するゲームを妄想するセレスだったが、ふと目が覚めた様子で瞬きを繰り返すと、はぁと溜め息をついた。

 浮かれた様子から一転、哀しげに表情が陰る。


「今度こそは……」


 国ノ手たる人物でありますように。

 そして……楽しいゲームになりますように。


 国の大望と並ぶ、彼女だけが持つ願いは、誰に届くことも無く虚空へと消えていった。


──────────


 いくつかのゲームを、いくつものゲームを、繰り返し。

 気付けば終わりを迎えていた。


 ただ愉しみ尽くし、勝利を貪ってきた私は最後の一人となり、これから最後のゲームが行われるという。

 相手はこの国の王女、セレスティア・ナナ・ホワイト。国ノ手選びの、最終審査だという。


"随分なところまで来てしまったな。王女を倒したら、次は神でも倒そうか?"

 

 獣が愉快そうに笑っている。

 国ノ手が絡むであろう事は薄々感じつつあった。だからこそ驚きはしなかったが、しかし私は、何か別の嫌な予感を感じ取っていた。

 その正体も分らぬまま、私を乗せた迎えの車は王城へと到着する。


 通された部屋は立派なもので、王女が来るまでただ待っている時間というのはどうにも落ち着かなかった。

 私を案内したメイドはリバーと名乗り、この部屋でゲームが行われる事や、ゲーム中も常に私を監視する警備官が2人、背後に待機する事などを淡々と説明した。

 リバーという人物は……賢く器用な狐。そんな印象を受ける。細い目と、私を見る視線がそう思わせるのだろう。どうにも受け入れられていないようだ。

 囚人がこの王城に足を踏み入れ、そして王女と対面する事が気に食わないのだろう。私に当たられても困るのだが、しかし理解はできる。きっとそれが普通の感覚だ。


「最後に。ここで貴方が勝てば、残りの刑期は全て免除されます。しかし負ければ……」


 ぼーっとしていたのがバレたのか、語感を強めた口調でリバーは説明を続ける。


 今更脅されなくとも、私はゲームで手を抜くことはない。

 ただ全力で、勝利を掴むだけだ。


"王族は、特にこの王女は強いと聞く。さぞ楽しいゲームになるだろうさ。ましてや、ここで勝って国ノ手ともなれば。次は帝国の最上級の騎士ともやれるのだろう? あぁ、楽しいな。愉しいな!"

 

 そのためにも、勝ちを掴めよ、と獣は告げた。


「分かってる。もちろん、勝つつもりでやるわよ」


 その答えをどう思ったのか、真顔を崩すこと無くメイドは頷いた。


 やがて扉が開く音が聞こえた。

 どんな相手でも、喰らいつくすだけ。

 

 さぁ、楽しいひと時を踊りましょうか?


────────── 


 シロクマによって扉が開かれる。

 セレスは一歩二歩と、歩みを進めた。


 相変わらず部屋は薄暗く、物静かな空間となっている。

 今日の対戦相手、『十黒犬子』らしき人物が手前の席から立ち上がる様子が見えた。黒いシャツに黒いスーツ姿のスレンダーな女性だ。残念な事にその顔は影に隠れて視認できなかった。

 その隣に控えるのは2名の警備官。相手が囚人とあって、万が一に備えての警戒をすると事前に聞いている。

 テーブル横の壁際に立つのはメイドのリバー。女王と王女のお付からそれぞれ1名が立会人としてゲームを観覧する取り決めのため、女王はリバーを、王女はシロクマをこのゲームでも立ち会わせている。


 セレスは真っ直ぐに奥の席へと進み、腰を下ろした。

 得意ではないが、王女としての威厳を意識しながら堂々と対面し、改めてテーブル越しの相手へと視線を向けた。


「ようこそ、十黒さん。選考は私、クイーンド王国王女。セレスティ、ア……」


 セレスは途中で声を詰まらせ、そして押し黙った。

 何事かとシロクマが様子を見ると、そこには目を見開く王女の姿があった。

 その眼は向かいの人物に向けられている。


「あなた……」


 ごくりと唾を飲み、セレスは言葉を続けた。

 十黒が目を細める。


「もしかして……クロ?」


 向かい合う2人の、視線が交差した。


お読みくださりありがとうございます。


三週間くらい空いたような。

話を区切る時に使うのは――か──か。

スペードの10とするか、スペードの10とするか。

キャラクターは貴方と読んだりあなたと読んだりしてるし。

そういった、これまで適当だった部分を統一させ、ついでに誤字脱字も見直し、文も見直し。

ブラッシュアップ作業をしていたら最新話の更新が非常に遅れました。


年末に向けて三章仕上げていこうと考えています。

引き続き、宜しくお願い致します。

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