クロとシロ (作:大橋純一朗)
二匹の子猫は仲良しこよし、黒い方の名前がクロ、白い方の名前がシロ、いつも二匹で遊んでる。シロは真っ白ふわふわ子猫、歩くときはゆっくり歩く、お気に入りは川辺の空き地、おっきなサクラの木の上で、器用に丸まり眠ってる。クロは真っ黒細身の子猫、いつもシロの後ろを歩く、お気に入りはやっぱり空き地、おっきなサクラの木の根元、木陰に入って眠ってる。
二匹にとって町は遊び場、二匹に知らない場所はない、だけど知ってる場所もない、いつも気ままに歩いてる。ある日は夕日の公園に、ある日は朝の防波堤、ときには山の原っぱに、どこへ行っても二匹はいっしょ。二匹にとって町は道、塀の上も屋根の上も、垣根の隙間も畑の中も、知らない家の庭だって、二匹にとってはただの道。
山からお日様が顔出すと、二匹はいっしょに目を覚ます、クロの方が朝には強い、いつもちょっと早めに起きる、クロはシロの目覚まし係、耳や首をぺろぺろと、毛繕いして起こしてる。朝の二匹はとても眠たげ、ゆっくりゆっくりトコトコと、小川のほとりで水を飲む。夏のとても暑い日は、シロは小川に飛び込んで、クロは近くで見つめてる。
昼になると決まって向かう、丘の上の小さなおうち、そこにはやさしいおばあちゃんが、ひとりで静かに住んでいる。おばあちゃんは二匹を見ると、よっこいしょっと腰を上げ、お皿を持って庭に来る、お皿の上には2匹のご飯、おばあちゃんはお皿を置くと、庭に置かれたベンチに座り、二匹の様子を眺めてる。いつもは臆病なクロも、おばあちゃんが大好きだから、ときには膝の上にのり、おばあちゃんに撫でられながら、うとりうとりと眠くなる。
町がほんのり赤くなると、二匹は丘の上に行く、そこにはおっきな畑があって、その端っこに小屋がある。小屋の下には隙間があって、二匹はそこから入ってく。中はちょっぴり暗いけど、雨でも風でもへっちゃらだから、二匹はここで眠ってます。
クロはシロが見えなくて、ときどき不安で目を覚ます、シロがいるのを確かめたくて、小さく小さくニャアと鳴く。クロの声が聞こえると、シロも小さくニャアと鳴く。シロの声が聞こえると、クロはすっかり落ち着いて、その日はぐっすり眠ります。だけども本当はシロだって、クロの姿が見えなくて、クロの声が寂しくて、眠れなくなるときもある、そんな夜にはクロの声を、シロはじっと待っています。
お日様が眩しい日には、二匹は神社へと向かう、鳥居をくぐったその先に、この町中の猫たちが、みんなみんな集まって、難しいこと話してる。シロはみんなの輪の中に、入って話を聞いてみる、だけどもクロは猫見知り、神社の端の木の陰で、シロとみんなを見つめてます。
いつもいっしょの二匹でも、喧嘩をすることだってある、ギャンギャン騒いだその後に、押し合いへし合いとっくみあい、グルグルあばれたその後に、疲れていっしょに寝ちゃいます。夢の中では仲直り、しばらくたって起きたときには、喧嘩なんて忘れてる。
だけども今日は違ったよ。クロがギャンギャン騒いでも、シロはなんとも言いません。夜に小屋まで帰っても、シロはなんとも言いません。寂しくなったクロは鳴く、だけども返事はありません。クロは大きく鳴いてみる、だけども返事はありません。クロは真っ暗な小屋を、いろんなものにぶつかりながら、いろんな所を探します。鍬やシャベルが倒れたり、藁に顔を突っ込んで、中にもぐって探したり、だけどもどこにもシロはいない、クロはニャアニャア鳴きました、夜が明けるまで鳴きました、それでもシロは帰りません。
クロは小屋の外に出て、朝の町へと駆けだした、弱い鼻を頼りにし、小さい耳を空に立て、町の中を歩きます。はじめは町の河川敷、橋のたもとの原っぱや、野球やサッカーのグラウンド、隅から隅まで探しても、シロはどこにも見えません。次に町を歩きます、いろんな家の塀を渡り、屋根や並木の上にのり、商店街の人混みを、おどおどしながらくぐり抜け、町の隅まで探しても、どこにもシロは見えません。
歩き回ったクロはふと、おなかが空いたと気付きます、きっとシロもおなかが空いて、おばあちゃんの家にいると、思ったクロは駆け足で、おばあちゃんの住む家へ。だけどもおばあちゃんの家にさえ、シロの姿はありません。クロのことを見たおばあちゃんは、目を丸くして驚いて、クロにやさしく尋ねます、「白い方の子はどうしたの?」、だけどもクロは猫なので、人の言葉が分かりません。
クロがしきりに鳴くもので、これに困ったおばあちゃん、クロにご飯をあげるけど、クロはあんまり食べません。
クロは何かを思い出し、急に外へと駆けだした、向かった先は神社の広場、町の猫が集まる広場、やっぱりそこには町中の、猫が集まって話してる、だけどもみんなの輪の中に、シロの姿はありません。クロはシロを見てないか、みんなに聞こうと近づきます、だけども声が小さくて、誰も気付いてくれません、大きな声を上げようと、息をいっぱい吸ってみても、大人の猫が恐くって、緊張からか体が震え、上手く声が出せません。どうにもこうにもできなくて、すっかり悲しくなったクロ、誰かに聞くのは諦めて、探しに行こうと振り返る、そのとき誰かがクロを呼ぶ、低いしゃがれた声で呼ぶ、声の主は虎柄の、ここらで一番強いトラ、恐い顔でクロに聞く、「黒いのいつもの白いのは、今日はいっしょにいないのか?」、クロはニャンニャンなきながら、シロがいないとトラに言う、それを聞いた猫たちは、みんないっしょに頷いて、探してやろうと言い出した、猫の輪っかがちりぢりに、いろんな所に駆けだした。
夜が空を隠すまで、みんな必死に探したけれど、だあれも見つけられなくて、みんなは段々諦めて、自分のうちへと帰りだす。クロが辺りを見渡すと、見たこともない原っぱで、ひとりぼっちになっていた。
どこに行けば良いのかさえも、分からないからとりあえず、シロとおんなじくらいに白い、お月様へと歩き出す。ススキの森をくぐり抜け、暗い岩場を駆け登り、ついた所は小さい広場。丘の上の原っぱや、町の真ん中の商店街、海の向こうまで見下ろせる、すてきなすてきな展望台。クロはトコトコ疲れた足を、ベンチの方へと動かして、よっとベンチの上にのり、ぼんやり夜景を眺めてた。
いつの間にか眠ってて、ふと目を覚ますとすでに朝、にゃあと思わず大あくび、するとクロのとなりから、ニャアと返事がきたことに、驚き横を振り向くと、そこには何でかシロがいた。クロがニャンニャン泣きながら、シロに向かって飛びつくと、シロはクロの頭を撫でて、いっしょにニャンニャン泣きました。2匹がずっと泣く様を、お日様だけが見届けた。
二匹の子猫は仲良しこよし、黒い方の名前がクロ、白い方の名前がシロ、今日もどこかで遊んでる。