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はじめましては はじまりの (作 篠宮 浅葱)

 高校一年の春、わたしは入学式で顔のいい幼馴染に、初めましてと声をかけた。

 ――風浦玲(れい)()とは幼稚園の頃からの付き合いとなる。わたし達の関係が始まったのは幼稚園の頃、一人で遊んでいたわたしに玲凪が声をかけてくれたのがきっかけだった。

 あの時わたしは園庭の端っこで蟻の行列を観察していた。行列の色々な場所に砂糖を置けば蟻の行列の形を変えて面白い行列に出来ないかと試していたのだ。そんなことを一人きりでやっていたものだから他の同級生には不思議がられ、声をかけてくる子はいなかった。もっとも、わたしも大して興味の無い他人のことなどどうでもよかったため、ろくに気にもかけていなかったが。玲凪が話しかけてきたのはそんな時だった。

 「ねぇねぇ、なにしてるのー?」

 「えっ、あ、えと…、このありさん、みてるの。」

 「ありさん?わ、いっぱいいる!すごいね!」

 「……!ね、おもしろい、よね。」

 「うん!あ、ごあいさつまだしてない!」

 そう言うと玲凪はわたしに自己紹介を始めた。

 「あたし、かぜうられいなっていいます!ひよこぐみです!はじめまして!」

 「えと、わたし、こがみしのっていうの。たんぽぽぐみ、です。はじめまして。よろしく、ね?」

「うん!よろしくね!ねぇ、あたしも、ありさんいっしょにみていい?」

 「……!うん、いっしょにみよ!」

 この時のやり取りが全ての始まりだった。わたしだけしかいなかった世界に初めて誰かが入ってきた。あのときはじめましてと言ってくれた玲凪の顔がとても眩しくて目に焼き付いて離れなかった。玲凪がかけてくれた言葉がわたしの世界を変えたのだ。もっと玲凪のことを知りたい、一緒に居てみたい。強くそう感じたのを覚えている。

 このときから、時間があればいつも玲凪と一緒に居るようになった。玲凪に誘われて鬼ごっこやかくれんぼなど、それまで関わることのなかった子たちとも遊ぶようになった。わたしの世界が玲凪に広げられていく感覚がとても楽しかった。他の子も遊びに誘ってくれるようになったが、玲凪がいないときの遊びはどことなく味気なかった。今思えばあの頃からわたしにとって玲凪は特別になっていたんだろう。

 幼稚園を卒園し、小学校に通うようになった。玲凪とは家が近かったこともあり、同じ小学校に毎日一緒に登下校していた。

 「ねぇ玲凪ちゃん、あそこみてー?」

 「え?あのアリの行列?」

 「うん、アリの行列。あそこにいっぱい砂糖置いたらどれだけ行列長くできるかなーって!」

 「詩乃ちゃんまたアリの話してる!」

 「だって不思議じゃん!……面白くなかった?」

 「そういうわけじゃないよ!でも、詩乃ちゃんが考えてることはいつも面白いなって思った!」

 「……?そうかな。」

 「そうだよー!」

 「そっかぁ。」

 「「ふふふっ」」

 こんな他愛もない話をしては笑い合っていた。この時間が楽しかった。何より、こんな会話を通して玲凪のことがだんだんわかってくるのがたまらなかった。

 小学校の学年が上がる度にわたしは次第に周りから浮き始めていた。あの頃は、玲凪がいない時間はずっと一人で、誰も読まないような本ばかりを読んでいたし、読む本がないときは机に突っ伏しているような人間だったのでまあ致し方無かっただろう。それでも、昼休みにクラス全員で遊ぶようなことがあればしっかり参加していたし、玲凪は外遊びが好きで、わたしもよく一緒に外で遊んでいたこともあり、あの時間は楽しかった。

 明らかに周りがわたしのことを敬遠し始めたのは雨で外に出られなくて玲凪と暇を持て余していた日のことだった。

 「ねぇ詩乃ー。」

 「んー?どしたの。」

 「暇ー。なんか面白いことないー?」

 「えー、そうだなぁ。……神様にでもなる?」

 「……?ごめん、何言ってるの?」

 玲凪は明らかに戸惑っていたが、その奥にはわたしの話への好奇心が隠れているのに気づいていた。

 「どこかの神様は世界で最初の人間を土くれから形作ったらしいんだ。だから今からその真似事でもしてみようかなって。」

 「土くれって……粘土?あ、もしかして粘土で人形を作るってこと?」

 「そうだね。骨から作るんだ。神様だから。」

 「ふふっ…やっぱ詩乃が考えてること不思議だな。でも面白そう。やろっか!」

 やっぱり玲凪なら乗ってくれると思っていた。そのときたまたま近くで同級生の何人かがわたしの話を聞いていたのに気が付いた。最近休み時間に遊ぶことが増えていた人たちだった。わたしは試しにその人たちを誘ってみた。

 「ごめん……、詩乃ちゃんが何考えてるかやっぱ全然わかんないや。私達とじゃなくて玲凪ちゃんと二人のほうがきっと詩乃ちゃんも楽しいと思うよ……。だから、じゃあ……ね。」

 返ってきたのは苦笑とわたしを敬遠する目だった。

 「あ……。詩乃、大丈夫……?」

 「……。」

 興味が失せた。最近は玲凪じゃない人のことも少し知りたいと思っていたのに。つまらない人たちだと思った。

 「うん、大丈夫だよ。早くやろーよ!」

 「……うん!」

 やっぱり玲凪と二人きりの方が断然楽しかった。わたしの世界に玲凪以外は必要ないのだと確信した。

 やがて同じ中学校に進学した。わたしは図書委員会に、玲凪は陸上部に入った。お互いの活動時間がずれていたため一緒に帰れる日が少なくなった。クラスも違っていたため、玲凪がいない日は死ぬほど退屈で、教室の蛍光灯が一日何回点滅したか数えてどうにか時間を潰していた。

 休み時間に机に突っ伏しているとたまに玲凪の噂話が耳に入ってきた。良い噂も、悪い噂も。

 (玲凪は人気者だなぁ。いい子だしすっごくかわいいもんなぁ。)

 最初はそう思っていたが、次第にわたしの知らない何かが心を満たしていった。

 (……でも。わたしの方が玲凪の良いとこもかわいいとこもいっぱい知ってるし。玲凪のいちばん近くにいるのはわたしだもん……。)

 なんだかとてももやもやした。心が煩わしくなった。そんな時だった。

 「詩乃ーっ!一緒に帰ろー!」

 教室の外から玲凪の声がした。もやもやなんて吹き飛んだ。後に残ったのは名前の知らない感情だけだった。わたしは玲凪のもとに駆け寄った。

 「わ、反応早っ。何、寂しかった?」

 玲凪はわたしを見てにやにやしていた。なんとなくむっとして、ほっぺたをつまんでやった。帰り道、玲凪が珍しく弱った様子で愚痴を聞かせてきた。どうやら部活のことで疲れていたらしい。こんな機会は滅多に無い。思いっきり頭を撫でてあげた。長い髪が夕日に照らされ、とても綺麗だった。

 そんな調子で日々は過ぎ、高校進学となった。玲凪と離れるのが嫌で同じ高校を選んだ。入学式の日、少し遠くの席に座る玲凪を見た。髪を短くし新たな装いに包まれた玲凪の姿は可憐で眩しかった。

 (やっぱかわいいなぁ。こっちでも人気者になるのかな……。)

 またあの気持ちが湧き上がってきた。

 (それで誰かに取られたら嫌だな……。わたしには玲凪しか要らないのに。わたしのものにしたい。誰にも渡したくない‼……そっか、わたし。)

 わたしは玲凪のことが好きだ。

 初めて知った感情だった。玲凪のおかげでまた新しい世界が開いた。初めて会ったあの日のように玲凪がとても眩しかった。だからあの時わたしの世界を変えた言葉を、「はじめまして」という言葉を玲凪に届けた。今度はわたしたちの世界を変えるために。

 これはわたしの、宣戦布告だ。


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