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そして二人は結ばれました (作 空の鍋)

「あぁつまらない。」

 私は思わずつぶやいた。代り映えのない日々。無駄に重い服を着てカミサマとかいう胡散臭いものにひたすら祈る。たまの休日に外に出たってみんな私を気味悪がって、貼り付けたような笑顔を浮かべるだけ。本当につまらない。


 今日も今日とて神楽を舞う。村を守ってくれるカミサマとやらのために何時間も舞い続ける。そんな時だった。

 ガコッと神楽殿の戸が鳴る。何が起きたのか、ふと舞うのをやめてそちらを向けば、私と同じくらいの男の子が戸を外して中に入ろうとしていた。

「え?」

 思わず声が出てしまう。ここは神楽殿。一応カミサマを敬う場所だから、私以外の人間は入ってはいけない場所だ。だからバカみたいにデカい扉の前には偉そうな門番が突っ立って、誰も入れないようにしている。

 そんな私の声に驚いたのか、男の子は焦ったらしく、足を踏み外して戸から落ちてくる。幸いにも分厚い扉のおかげで、外の奴には気づかれていないようだ。


 気は進まないけれど、声をかけないわけにもいかない。

「ねぇ、あんた、生きてるかしら?」

 つんつん、つつきながら声をかける。

「ん、あぁ心配してくれてありがとう。案外大丈夫だよ」

「別にあんたなんざ心配しちゃいないわよ。ただこんなところで死体になって蛆がわくのもいやだもの」

「それでも、ありがたいよ。なんせここにはおばけが出るって聞いてたんだ。でも、そんなのいないし、それどころか君みたいな子が心配してくれたんだから」


 こいつ、神楽殿をお化け屋敷か何かだと勘違いしてたらしい。肝試し感覚であのごつい門番の目をかいくぐるとは中々いい度胸している。

「頭おかしいんじゃない? まぁ怪異なんていないことが分かったんだからさっさと出ていきなさい。邪魔よ」

「つれないなぁ。せっかくだからお話しようよ」

「あんたみたいなどこの馬の骨とも分からない奴と話すことなんてないわ」

 私の拒絶をものともせずこいつは話を続けてくる。

「じゃあいいよ。返事されなくても僕は君が興味を持ってくれるまで話し続けるから」

「ばっかじゃない? そんなこと何の意味もないわ」

「意味ならあるよ。だってうまくいけば君と話せるんだもん」

「私にはないわ。ほらさっさと失せなさい」

 私がそうあしらってもこいつはずっと話しかけてくる。


 こういうのは相手したら負けだと自分に言い聞かせて私は無視をして神楽を再開する。

 まぁこんなガキのことだしそのうち飽きるでしょう。

 そんな私の予想に反してこいつは辛抱強かった。なにがこいつを突き動かすのか知らないけれど、ずっと私に話しかけてくる。

「もう、いい加減になさいよ。ここにそんなに面白いものはないわ。なんであんたはそんなに私に構うのよ」

 こいつがここに通うようになって何日が過ぎたころだろうか。私も疲れていたのか、つい彼に質問してしまった。

「前にも言ったじゃん。せっかく可愛い女の子がいるんだし仲良くなりたいんだよ」

「そんなばかばかしい理由でこんな何もないところに来るわけないじゃない。下手すれば門番に首切られても文句言えないのよ?」

「んー、実際仲良くなりたいのさ。まぁ本音を言えば、ほっとけなかったんだ。すっごい寂しそうだったし、暗い顔してたんだもん。あんなの見たら誰だって無理にでも励ましたくなるよ」

 何やら上から目線で彼は語ってくる。

「余計なお世話よ…… 大体、私そんな顔をした覚えはないわ!」

「いやいや、もう何もかもがつまらなそうな顔してたよ。それでいて、外の子たちの話をすると何だか物寂しそうな顔するし」

「私そんなにめんどくさい女じゃないわよ」

 彼の言葉に思わず言い返してしまったが、仕方がない。だって私はそんな顔はしていないし寂しさなんて感じたことはないもの。つまらないと感じているのは事実だけれど。

「あぁ、まぁ君がそう言うならそれでいいよ。……そういえばいつまでも君呼ばわりもいけないね。もしよろしければお名前を教えていただけますかな、巫女姫様?」

 気取った口調で茶化すように私に名前を尋ねる彼。何だかこんなやつに一瞬でも心開いてしまった私がバカみたいに思えてくる。

「あんたなんぞに教える名前なんてないわ」

「じゃあ、今度は名前を教えてもらえるまでここに来るから!」

 そう言って彼は帰っていった。



 こんなことが何度も続いていった。私もさほど我慢強くはないから、つい自分の名前を教えてその次は彼の名前を呼んで、そのまた次は……



 どれくらい経ったころだろう。確か佐吉が、今度は好きな食べ物を教えてと迫ってきたころのはず。それをいつものようにあしらう日々。神楽を舞うだけの灰色の日々がいつの間にか色づいていた。佐吉のやかましい声を聞くのが当たり前になっていた。そんな時だった。


 佐吉が、門番に見つかった。


 私は何度も止めたけれど、門番は聞く耳を持たず村長に報告する。当然、村長は激高。佐吉を今年の生贄として祭りで捧げるだなんて世迷いごとを吐きやがった。

 周りの連中も今年の人柱はすんなり決まってよかったなどとほざいている。反吐が出るわ。

 祭りまでの期間、佐吉は当然来られない。なんてことはない。いつものように、ひどく静かな神楽殿で昔のように神楽を舞うだけだ。なのに何故だか不安で寂しくて暗闇に押しつぶされそうだった。

でも、何度佐吉を開放するよう訴えても「巫女様の一時の気の迷いにございます。巫女様は祭りの儀式のことだけ頭に入れておけばよいのです」だなんて意味不明な返答しか返ってこない。

 ならば、こいつらの大切な祭りとやらをサボってしまおうかとも思ったが、それは佐吉の寿命を縮めるだけだと気づいて辞めた。


 あれこれ考えていたら、いつの間にか当日だった。村の大きな湖のほとりに白装束の佐吉と大勢の村民がいる。何の策も思いつかないまま私はただ儀式を進めるしかなかった。

 そうして、神楽を舞えば、カミサマが出てくる。人を喰らう代わりに私たちを守ってくれる素敵なカミサマだ。村民に言わせればだが。

 カミサマは大きく口を開け、生贄が入るのを待っている。

 あぁ、そうか。

 佐吉が村人に引かれながら、口に向かっている。そんなの見てられなかった。だから私はカミサマに向かって走り出す。

 佐吉が喰われる前に私が喰われればあのおぞましい口は閉じるのだから。

 単純な話である。佐吉が死ぬか私が死ぬか。

 佐吉は私なしでも生きられるだろうけど、私は彼なしじゃ生きられないらしい。もう彼なしであの神楽殿にはいられない。そこが私の生きられる場所。彼のそば以外はない。

 カミサマの舌に着地すると徐々に口が閉じ始める。昔行商人が見せてくれたハエトリグサみたいでなんだか面白い。

 十数秒後に襲ってくるだろう痛みに耐えるため、目をつぶる。

 ただ痛みにおびえる私から出てきた言葉は、うめき声でも泣き言でもなかった。

「大好き、佐吉」

「僕もだよ、ヒメ」


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