ロバの背にマテ茶の荷
ボロアパートの2階の突き当り1室、夜になると5人の葉月涼子さんが帰宅。それぞれが家にいた葉月涼子さんにただいまを伝え、互いの右手を突き合わせ1つに。家事をする葉月涼子さん、学校に通う葉月涼子さん、アイドルの葉月涼子さん、執筆にいそしむ葉月涼子さん、川で洗濯に行く葉月涼子さん、山で芝刈りをする葉月涼子さん。それぞれの1日が、真っ暗な部屋の中でひとつに溶け合う。暫く。23時55分に帰宅してきた葉月涼子さんがもう1人。「ごめんごめん、遅くなっちゃって。」「いいのよ、でも覚えておいて。0時過ぎてしまうと、二度と私たち同じ存在に戻れないわ。そしたらどうなると思う?家は新しく借りないといけない、仕事もしなきゃいけない、これからはいろんなことを1人でしないといけなくなるわ。」「…ごめんなさい。」。重なる右手。恋人と過ごしてきた記憶と体が溶け合う。0時。明日、7人目の自分は家に帰ってこないこと気が付いた葉月涼子さん。彼女がさみしくないように、苦労がないように、電気をつけて荷造りを始める。3日分ほどの下着、靴下、服、シャンプー、石鹸、歯ブラシ、おきにいりのリボン、しばらくの生活費、明日は雨かもしれないから。折り畳み傘も。ボストンバッグに押し込み、涙が頬。泣きぬれて、朝。涼子は再び7人に。左手から、少しずつ、ひとりずつ。5回の行ってきますと、1回のさよなら。私、どうかお元気で。




