待ち人
さすがに炎上案件を手伝うために自分の時間を犠牲にしてきたわけではないのだわ。葉月涼子さんと同期の女性はまったく同じ仕事、同じ納期で仕事を任せられていたが、ありときりぎりす、亀とうさぎ。時間は平等に流れていくもので、ゆく川の流れは絶えずして、人はみな死ぬ。昨日夕刻に手伝えとの上司の指令。同期はプレゼンがうまく、どこまでもたくさんの仕事をやっているように見せかけていた。簡単に言えば詐欺師なわけで。ほんまに手伝わんとあかんのんやろか。今日は憂鬱で自分の仕事も手につかず。帰り際に先輩に相談。知恵を借り。
人の死に巻き添えになるわけにいかないので(すでに1人で終わらせるべき仕事に4人が駆り出されている)、親戚の集まりで急な用事が入った、との書置きを残しこっそりと帰宅。まだ中途な気もするが、自分のために仕事は納まったことにした。仕事納めの忘年会も休んでしまおう。
死だけが平等。バッグにナイフを忍ばせて、いつでも上司を殺せるようにしておかないと。新年は既にそこまで来ている。帰りの東海道線、すでに年の瀬、いつもなら満員電車のこの時間でも人がまばら。ドアにもたれかかり、外をみる。はー、とため息。冷たい窓が吐息で結露、意地悪なエアコンはくもった窓をすぐにはらしてしまう。
戸塚を出たら隣に横須賀線が並走して、車両は等速になって。お互いの時間が静止して交わる。窓際数十センチの距離で、同じように窓にもたれるサラリーマンが一人。同年代で、眠たげな目線で、まっ黒で大きなコートを着ている。しばらく2人はぼんやりと見つめあって。ととんととん。ととんととん。男を乗せた横須賀線は高台を走って、別のトンネルに向かう。距離はにわかにひらいていき、寂しくなって。なんとなく手を振る涼子さん。その間にも、親指ほどの大きさまで男は遠くなっていたが、手首だけで手を振り返しているのが見えた。次の大船でなんとなく下車、姿を探してみたが、見つからず。良いこともあるもんですね。とガランドウのホームで独り言。次は終電、今年最後の帰宅。帰りに東京で見たムーンライトながらとサンライズ出雲はいま、どこらへんだろう。来年は旅行に行こう。山へ。登山靴履いて。雪解けの尾瀬へ、夏の上高地、秋はトンボが群れなす谷川岳へ。家路から、玄関。鍵を閉め、電気もつけずに、目を閉じて。勝手知ったる我が家の布団へ。どうかみなさま、良いお年を。おやすみなさい、葉月涼子さん。




