政宗異聞 前編
それは、何処かの世界の、何処かの国の、何処かの人々の物語。
明るい日差しが雲間から抜けてくる。
昨夜まではどんよりとした天候であったが、今朝は何条もの光の筋が地上に降り注ぎ、
周囲の山々を美しく浮かび上がらせた。
深い山々に抱かれた谷間のあちこちには疎らながらも建物らしきものがあり、 端々から湯気が上がっている。
どうやら、ここは温泉地らしい。
湯気の向こうには、段々と開けてくる青空とどこまでも続く緑の帯が見える。
その自然豊かな温泉地で、一人の青年が湯に浸かっていた。
背は中背ではあるが、精悍な中にも気品を感じさせる顔つきに、一切の無駄が無く、研ぎ澄まされたかのような肉体。
ただ、その顔には特徴があった。右目が無いのだ。
青年はこの年、天正17年にて23歳であった。
彼の名は、伊達藤次郎政宗。
東北地方に覇権を確立し、後に独眼竜と呼ばれることとなる男である。
「ふぅ~・・・・・・」
政宗は大きく息を吐くと、湯の中で気持良さそうに背伸びをする。
思えばここ数年、大きな戦いの連続だった。
中央では、豊臣秀吉による統一の覇業が後一歩のところまで来ているが、 東北の地ではまだまだその機運は感じられてはいない。
もちろん、一昨年には惣無事令という名の一種の平和令が秀吉から発せられた。
だが、逆にそのことで、政宗や奥州の大名達は、既成事実を作り上げようと血眼になっていたといっても良い。
「いかに関白からの命令とはいえ、関東や奥州には北条を始めとする大名達がいる。
まだまだ俺の勢力を大きくする機会や時間はいくらでもあるはずだ」
政宗は、湯気の中に己の勢力圏を描きつつ、そう一人呟いた。
大きく開け放たれた縁側からは、涼やかな風が舞い込んでくる。
その心地良さからか、思わず目をつぶった政宗に大音声が降り注いできた。
「何をぼ~ッとされておる?そんなことでは治る傷も治りませんぞ!!」
「!?」
ザバッ!!
大きな水音と共に、湯が政宗の顔近くまで飛んでくる。
何事だ?政宗が驚いて顔を拭うと、湯気の向こうから大きな笑い声が聞こえてきた。
「はははは!!なんじゃ、鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をして」
「成実~、お前か!」
政宗は、男をその鋭い眼光で睨みつける。
睨みつけられた男の名は、伊達成実。
伊達の一門であり、政宗よりも背はやや高く、筋骨も隆々としている。
彼はこの年22歳。政宗に幼少のころから仕え、年齢の近さもあり、兄弟のように仲が良かった。
成実は、その無骨な印象からは程遠い、染み入るような笑みを顔に浮かべた。
「伊達藤次郎政宗とあろう御方でも、湯の心地よさには敵わぬと見える」
「あたりまえだ、湯が嫌いと言うヤツはそうはいないだろうが」
「それもそうですな。いや、ご無礼の段、平にご容赦を。
殿があまりに気持良さそうにされているのを見て、少しいたずら心がおきましてな」
しかし、と、この忠孝なる従弟は、笑顔をさらに大きくしつつ、
「殿にしては珍しい。馬から落ちてしまわれるとは。しかも、骨折などと・・・・・・」
と、言葉を続けた。
そうなのだ。政宗はある時、乗馬中にふとした弾みで馬から落ち、骨を折ってしまったのだった。
“米沢の近くに、良い湯治場がある”
父輝宗からそう聞いていた政宗は、父の代から縁のあるここ小野川温泉へとやって来ていた。
「俺自身も不覚だったとは思っている」
政宗は伏し目がちに答える。
その様子を見た成実は、やや慌てた様子で声をかけてくる。
「なんの、なんの。満海上人の生まれ変わりと称され、兵を用いることまさに鬼神の如しと言われる殿でも、こういうことが起きるのかと、逆にこの成実、安堵したところでございますよ」
一体慰めているのか、それともけなしているのか、どっちだ。
政宗は心の中で毒づく。
だが、何とか主君の気持を盛り立てようとしている思いは伝わってくる。
「まあいい」と、政宗も笑顔を浮かべた。
政宗の笑顔を見た成実も、うれしそうな顔になる。
「そういえば殿、先程は何をされておられたのですか?ぼ~ッとしていると思えば、いきなり笑い出したり、かと思えば何やら独り言をぶつぶつと・・・・・・」
(お前は一体いつから俺を見ていたんだ?)
心の中でツッコミを入れつつ、政宗は呆れ顔である。
だが、成実は、成実なりに心配ではあるらしい。
聞かせてください、そんな問いかけを顔一杯に作っている。
まったく・・・・・・。
大きく息を一つ吐き、政宗は答えた。
「ここに来ても、頭の中では考えることが多くてな」
「考えること?例えばどのような?」
「ん?そうだな・・・・・・まぁ、色々だ」
「色々、でございますか?」
両腕を組み、はて、どういう意味であろうかと首をかしげていたこの若者は、
ポンッと手を打ち、合点が言ったような顔を見せた。
「ははぁ、さては米沢にいる姫御寮人がもう恋しくなられましたかな?」
成実は少し考えるそぶりと共に、好色そうな笑顔を政宗に向ける。
「な、何を言うか!俺は別にそういうつもりで・・・・・・」
「ははははっ、お隠しあるな、お隠しあるな」
主君が顔を赤らめ抗弁するのを見ながら、成実はどこまでも笑顔である。
「愛姫様もお幸せですなぁ、伊達17代当主にここまで想われるとは」
「ちーがーうっ!!まぁ、愛のことも多少は・・・・・・いやいやいやいや」
最後はほとんど聞き取れない形となり、政宗は口の中でなにやら呟いた。
「ははははっ、なんじゃ、何も聞こえませんぞ」
「う、うるさい、うるさい!!お前が変なことを言うからだろうが!」
ここまで来ると、近所の子供同士の会話にも聞こえなくもない。
まあ、それだけこの二人の信頼関係が深いともいえるのだが。
しばしの会話の掛け合いの後、コホンと、咳払いをしつつ、政宗は改まった感じで成実に顔を向ける。
「ところで成実、俺に何か用があったのではないのか?それとも、ただ一緒に湯に浸かりたかったのか?」
「あ、そうじゃ、忘れるところでした」
成実は、湯の中から鍛え上げられた右腕を出すと、手を頭にやる。
「いや、この近くに古寺があるそうでしてな、殿をそこまでご案内しようかと思った次第で」
「寺だと?」
「左様、先程村人達から聞き及びまして、今でこそ住持も居らずやや荒れてしまっているそうですが、元々は京のやんごとなき御方がお開きになられたとか言う古刹だそうでございます」
「ほう・・・・・・」
政宗は興味を引かれたのか、先を促す視線を成実に向ける。
成実はその表情を見て、うれしそうに言葉を続ける。
「さらに聞きますと、中々に見事な伽藍だそうでして、こと月明かりに映えるその様は、まこと美しいものでござるそうな」
「月?では、夜観に行くのか?」
「はい、荒れているとは言え、由緒ある古刹を月明かりの下で観ゆる・・・・・・。
これはこれで、凝った趣ではないかと」
幸い今夜は晴れそうですからなと、成実は手ぬぐいで顔を拭う。
「ふーむ」
政宗は腕を組み、しばし思案する。
確かに、面白そうだ。
小野川に来て以来、やることと言えば湯に浸かるだけ。
当たり前と言えば当たり前のことだが、最近はやや退屈を感じていたころでもある。
それに、この地に京の都と縁のある古刹があるとは知らなかった。
都から遠く離れているとは言え、奥州伊達氏は藤原北家を祖とする家柄、
天朝に対する想いもまた格別深いと言うものだ。
「行ってみるか」
「よし、決まった!」
成実は両手を打つと、善は急げとばかりに湯から立ち上がる。
「お、おい、待て!」
政宗も慌てて立ち上がった。
ほぼ、一年ぶりに投稿しました!
日々の忙しさにかまけてしまい、
ほとんどほったらかしになっていましたが、
ぼちぼち再開したいと思っています。
このお話は、続きますので、
よろしければ、是非お読み下さい!




