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これが聖剣なのか? 1  作者: 久稀。
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……聖剣……なのか?

「これが噂の……聖剣なのか?」

 勇者アーディは……いや、元勇者アーディは石で出来た台座に、刺さっている剣をみて呟いた。



 暗く深い森の中、あらゆるモンスターと対峙して交渉できるのもには戦いを遠慮してもらい、いたずら好きの精霊に弄ばれ、噂に聞いた洞窟へたどり着いた。

 洞窟は木々の影に囲まれて、隠れるようにひっそりと存在している。

 薄暗い洞窟の中に、元勇者アーディ一行のパーティは踏み込んでいく。

 下層へ下層へと光る苔に導かれなから、時折立ちはだかるモンスターを倒したり、説得出来るものには硬貨あるいは食べ物とを引き替えに、先に進む道を空けてもらった。


 地中深く深く潜って行くと、ついに最下層と思われる広い空間に出ることができた。

 地中とは思えない天井の高さに驚き、最下層の空間の広さにため息がでる。

 広場の中央には、青く深い色合いの湖がある。 

 透明度が高いのにもかかわらず、眺めても底は深いのか浅いのかさえ全く目測出来ない。

 そして、噂通りに湖の中央に石の台座に、大振りの剣が刺さっていた。

 その空間の雰囲気は厳かで、辺りは聖域のように静寂に満ちていた。

 噂の聖剣は持つ者を、剣自ら選ぶという。

 それは人に限らず、種別と問わないらしい。

 何らかの理由で選ばれた者のみが、台座から剣を抜くことが出来るらしいが、本当かどうかは分からない。

 噂でしか聞かない聖剣だからだ。



「アーディどうした?」

 魔法を扱うエルフ……キアラは、聖剣を見ているだけのアーディに、脱力するような声で話しかける。

「これが噂の……聖剣なのか?」

 どう答えようと迷ったあげく、さきほど自分への問いかけと同じ事を、キアラに首を傾げて訊く。

 肩まである金色の髪は、キアラの性格と同様に元気な癖があり、背が高く風を切るように走る彼女には、とても似合っている。

「何を迷う、アーディ? 噂通りの森に、洞窟、最下層に湖。その中央の台座に刺さった大振りの剣。……条件としては、噂の聖剣だと思うぞ?」

 女性でありながら、男のような話し方をする。そして人を見下すように意見を重ね、にやりと笑う。

「後は、選ばれた者が聖剣を引き抜けば良いのだろう? 元勇者アーディなら……選ばれるだろう?」

 鼻で笑いキアラに、そう言い捨てられた。

 元勇者というあたり、キアラの性格がにじみ出ているとアーディは思う。

 なにも好きで勇者になったわけでもないし、望んで元勇者になったわけでもない。しかも今は無職で探索が唯一の収入源といってもいいだろう。

「キアラ……お前は引き抜いてみないのか? 気高き風の精霊エルフなら、出来るんじゃないか?」

「笑わせるな。私はデカいだけの剣なんて、いらない。こんなの利用する価値も、手に入れる必要もない」

 暗にここに来たがったアーディを、からかっているのだろう。

 強大な魔力を持ち、どんな黒魔法も思いのまま操る、気高きエルフ。

 キアラが欲しがるのは、珍しい呪術と呪いの品々。

 彼女は本来、風を操る精霊のはずだけど、エルフの中で、かなりの異端者と言っても過言じゃないと思う。


「何を喧嘩してるんだい?」

 ハーフリング……フィリアが二人の間に割り込んで来た。

 幼いその声と姿は少年だけど、年齢だけは二百歳を超えている、長寿の種族。知識は長く生きた分だけ豊富だし、罠に対してはとても敏感で助かっていた。

 そんなフィリアにもキアラと同じことを訊くが、即答される。

「いや、これが本当に、噂の聖剣なのか…と――」

「引き抜けばいいんじゃん?」

「…………せめて最後まで言わせてくれ」

 フィリアは簡単に言ってくれるが、引き抜いたとき何か大きな罠にかかって命を落としたら、洒落にならないと思う。

「なあ、フィリア。お前があの剣に罠がないか、調べてくれないか?」

「アーディ? 元勇者だよね? その弱気は何?」

「けれど、死んだら終わりだぞ。ゲームとはわけが違うんだから、人は死んだら生き返らない。そんなことは言わなくても、わかるだろう? それに俺はまだ結婚もしてないから、死ねない」

 そうだ。死んだら結婚も、子孫も残せない。

 結婚がしたいかどうかは、とりあえず置いておく。

「このアーディが本当に、魔王クラディエを倒したなんて信じられない。しかも魔王を倒したとたん、無職の元勇者アーディ」

 ハーフリングは苦笑する。

 勇者なんて、魔王いてこその職業だ。

 倒さないで、ちまちまやっていれば、自分だって無職にならなかったかもしれない。本音をいえば倒したくなかった。

 もしかしたら魔族の国ナシオンは、混乱しているかもしれない。そう思うと、後悔しかない。

 アーディは複雑な思いを胸に、転職してフリーの剣士として受けた依頼をこなしているが、最近はその仕事も減ってきた。これでは結婚も家庭を持つことも出来やしない。

 結婚相手がいないことは、とりあえず置いておく。 

「まあ、その生きることへの執着が勝因なのかもね。アーディ分かったよ、一通り罠を調べてやる」

 フィリアはそう言うと、広い周辺の壁から調べ始めた。地道な作業で、一人で罠があるかどうかを調べるのは大変だろう。

 けれどもし罠があったとしたら、フィリアがいれば解除も簡単にできる。


「……何を…しているの?」

 ふわふわした声の少女……ミュラは、アーディを不安そうに見上げている。不安というより不満だろうか。

 小さな彼女は人で、聖職者。白魔法が得意なので、各施設では彼女を欲しがる組織は、いくらでもあるとミュラ自身が言っていた。

 そんな彼女がアーディについてきたのは、しがらみが嫌だという理由だけだという。

「聖剣のようなものを、見つけたんだけど」

「……違うの?」

 首を傾げるその仕草は、華奢な姿に長い黒髪がさらりと揺れて、可憐で可愛い。

 しかし彼女の歳は確か百六十歳を超えていたはずだ。長寿の白魔法と若さを保つ白魔法は、かなりの大魔法の一つと聞いたことがある。

 大白魔法を楽々扱える魔力の強さは、人としては異端だろう。

 ミュラも長く生きているから、知恵も知識も豊富で判断力も狂わない。

 自分が跪いて、同行をお願いしても本来なら、見向きもされないようなお方のはずだと思う。

 けれど、ただパーティーの居心地が良いというだけで、この一員にいてくれる。

 しかし少女の姿で儚げに首を傾げられると、年上のもの凄く偉い聖職者ということを忘れてしまう。

「……噂通り石の台座に刺さっているけど……違うの? 引き抜いてみれば、いいのに……」

「ミュラまで同じこと言わないでくれ。今フィリアが罠を調べてくれている」

 彼女はそう、と頷いて、キアラに話しかける。

「……ねえ、キアラ。あの湖の縁辺りに…精霊が集まっているわね……?」

「ああ、知っている」

「……罠と剣について、聞いてくれるかしら?」

「なぜ私が?」

「……気高き風の精霊エルフ、精霊の会話なら普通にできるわよね? それともキアラは、できないのかしら……? どちらにしても早く帰らないと、食料が枯渇するわよ? 貴方の身体は、もつかしら?」

 長寿だけど生命力が弱いエルフとして、キアラは痛いところを突かれた。しぶしぶ精霊の集まる湖に移動していく。。

「精霊と会話なら、ミュラでも良かったのではないか?」

 アーディはそう訊くと、彼女は可憐にほほえむ。

「……精霊同士の方が無駄な交渉は、必要無いからね……」

「そういう、ものなのか?」

「……魔王クラディエを倒した、元勇者アーディの言葉かしら……?」

 顔をしかめるアーディをおいて、ミュラは離れていく。 

 彼女は魔法を使って空間全体の罠を調べると言い残し、この広い空間の中央あたりに移動する。

 アーディは噂の聖剣らしきものを、改めて見つめる。

 視線の先には、フィリアは罠がないか調べているのが見えた。


「聞いてきたよ、ミュラ。精霊たちが言うには、噂の聖剣で間違いないらしい」

「……下等な精霊は嘘をつくと聞くのだけど、どうかしら?」

「せっかく聞いてきたのに、嫌な言い方するな。確かにそれは一理ある」

 キアラとミュラは、女性同士のせいなのか遠慮のない言い方をする。

「で、あれは噂の、聖剣なのか?」

 アーディが話に加わると、キアラもミュラも黙る。確信が持てないのだろう。

 罠さえなければ、抜いてしまえばいいだけだ。そう考えていたとき、フィリアが戻ってきた。

「アーディ、戻ったよ」

「ああ、お帰り。どうだった?」

「小さな小細工の罠は、なかった」

 なるほど。なら普通に抜いても大丈夫だろうか。

 選ばれなくて、抜けない可能性もあるけれど。

「ああ、そうだ。アーディ待て。確かに、小さな罠はないと精霊たちも言っていた。けれど、大きな罠なら仕掛けてあるとも言っていた」

 それは本物かどうかより、大事な情報ではないだろうかと、元勇者は遠くを見つめた。

 というか、その情報が先に知りたかったかもしれない。

「アーディ、そう落ち込むな。ちなみに大きな罠が何かは、教えてくれなかったぞ」

 自分が落ち込むために、わざわざそう言ったのかと、疑うような情報をキアラはくれた。

 握り拳をして言うことでもないだろう。

 うなだれるアーディに、ミュラは笑う。 

「……待って。私が調べてみるわ……」

 ミュラはそういうと、探索魔法を使う。

 口の中で紡がれる言葉は聞き取れないけれど、魔法発動の呪文だろう。聖職者だということを考えれば、『魔法発動の祈りの言葉』だろうか。

「……アーディ、見つけたわ。ここの洞窟自体に罠があるようね」

 ミュラがそう言うと、アーディとキアラとフィリアが揃って、上を見上げた。

 洞窟全体というと、いままで歩いてきたところも……ということだろうか。

「……剣を抜くと、洞窟自体が崩落するわ」

 少女は何の恐れもなく、そう言い切る。

 アーディはため息しかでない。

「抜けないじゃん」

「抜いたら、俺たちつぶされるな……」

 キアラは口をとんがらせ、フィリアは呟く。


「アーディ、そこまでの罠を仕掛けるほど、聖剣というのは大切なものか?」

 キアラはアーディに怪訝そうな目を向ける。

 洞窟自体が崩落するなら、罠というより何らかの魔法がかけられているみたいだ。

「確かに聖剣は手に入れるだけで、強大な力が手に入ると聞いたが、……だからって洞窟崩落って、ないよなぁ」

 アーディは頭を抱える。

「本当にこれは噂の、聖剣なのか?」

 洞窟崩落なんて噂になかったぞ、とアーディは心の中で思う。

「聖剣なのかって、今更なんだよ。聖剣なんだろう?」

「……そうよアーディ、崩落する噂はなかったけれど……そのほかは噂どおりの洞窟に、湖に、台座に刺さった剣よ……」

 フィリアとミュラはそういうが、キアラの言うとおり聖剣は自分にとって大切なものではない。

 そのうえ、危険を冒してまで手に入れる必要はないだろう。

「本物かどうかもわからないのに、気軽に引き抜けないだろう。それに、噂の聖剣に興味はあったけど、危険を冒してまで手に入れる価値があるかというと……微妙なところだ」

「訊いてみれば? 直接ヤツに訊けばいいじゃん。『聖剣なのか?』ってさ」

 フィリアは何を悩んでいるという表情を、浮かべてアーディに言葉を投げた。

「簡単にそう言うなよ……」

 そもそもアレは、話が出来るモノなのか? 剣だぞ?

「だから『聖剣なのか?』ってさっさと訊けばいいだろう?」

 フィリアは重ねて言う。彼の働きとミュラの魔法で、天井以外の罠はないと分かった。それはありがたい。

 アーディがうだうだ考えていると、ミュラは呟く。

「……大きな罠は、剣を抜かない限り発動しないわ」

 少女は元勇者の心を読んだかのように、そう言う。

「俺が剣に『聖剣なのか?』って訊くのか?」

「他に誰がやるんだ? アーディだけまだ何もしていないだろう」

 フィリアの言うとおりで、自分は呟いているだけでなにもしていない。なら、剣に呟くのは自分の仕事になるのだろうか。

 

 みんなで湖を渡り、聖剣の目の前に並ぶ。

「剣に『聖剣なのか?』と話し掛けるなんて正気か?」

 キアラは鼻で嗤う。

 正気だからつらいんだと、アーディは思う。

 もし意思疎通が出来なかったら、元勇者が阿呆のようだ。

「訊いてみるけど、笑うなよ? 独り言みたいで恥ずかしい。なんか嫌だ……」

 嫌々ながら、アーディは聖剣らしき剣の前に立って、元勇者は訊いてみた。

「お前は……噂の、聖剣なのか?」

 間が空く。

 やはり、元勇者の恥ずかしい独り言に終わりそうだ。

 内心そう思ったとき、剣は答えた。

『我こそは伝説の聖剣、カリブルヌスなり』

 もう本物とか偽物とかより、独り言じゃなかったのが、一番ほっとする。

 今なら涙を流せるくらい、喜べるくらいだ。

「聖剣なのか。話ができるんだな」

「聖剣だってよ、アーディよかったな本物で」

「……聖剣カリブルヌス……? なにそれ…」

 キアラにフィリア、ミュラは驚く。

 それぞれ何に驚いたかは微妙だったけど、アーディは安堵する。

「とりあえず本物の、聖剣らしい。じゃ引き抜くか?」

 せっかく引き抜く気になったのに、キアラに止められる。 

「元勇者アーディ待て、抜いたら崩落するぞ」

「そうだったな。というか元勇者というのをやめてくれ」

 最近思うが、みんなわざと『元勇者』と言うときがある。『元』というところを特に強調して言う。

 しかし確かにキアラのいうとおり、洞窟自体が崩落するなら脱出は難しいだろう。しかもエルフは生命力が弱いから、岩盤にやられたら危うい。

 脱出経路を確保してから、剣を引き抜くのが最善だろうか。

「……私が、地下洞窟ごと支える……という案もあるけれど?」

 ミュラはそう言うが、そこまでの魔法が使えるとは驚きだ。しかし語尾が気になる。

「けれど? なに?」

 アーディが聞き返すと、ミュラの代わりにフィリアが続ける。

「そこまでして、結局偽物だった場合を考えると……損失ばかりで大損だよ? 経費その他諸々かかっているしな」

 大損。確かに。

 しかし、本物なら売れば大金だ。

 そもそも、さっき剣に『聖剣なのか?』と訊いたのに、まだ疑うのかと思ったが……。

「うーん、そう言われるとな……本物の聖剣が自分で『伝説の聖剣』とか言わないだろうしな…」

 そこまで考えると、『聖剣なのか?』と訊いたことは無駄だった気がしてきた。


『お前が我、聖剣カリブルヌスを欲するというのか? 何故に? お前にその権利と実力があると?』

 噂の聖剣らしき剣が話し出す。

『我の力を知っているか? 我はこの世界のすべての聖剣において、頂点に立つ聖剣カリブルヌスだ。我をこの台座から抜く事ができる者は、魔王でさえ簡単倒すことが可能であろうー…』

 話し出したら、話がやたらと長い。しかも止まらない。

「……アーディ、どうするのかしら……?」

 引き抜くなら、ミュラの協力が不可欠だ。

「けどこの剣、なんか腹が立つな」

 キアラの意見に、アーディも同意する。

 おしゃべりな聖剣だとは聞いていなかったし、しかも魔王はすでに倒してしまった。

 だから、自分は元勇者になって転職する必要に迫られたのに。

「でも、聖剣って高く売れるんだろう?」

 フィリアの言うとおり、それもそうだ。だけど。

「なあ、聖剣」

『なれなれしい奴だ。我の名は聖剣カリブルヌスだ』

「わかった、わかった。『聖剣リブル』」

『っ、我の名は……』

「いいから質問に答えろ、『聖剣リブル』。魔王がいない今、お前の存在意義ってどうなっているんだ? そこまで大仰なんだから、すべて見通せているんだよな? で、お前はここから引き抜かれたら、これからどうするんだ?」

 アーディは聖剣の言葉をさえぎって、質問をする。

 噂の聖剣は息をのむ……ような気がした。

『魔王がいない? なぜだ、我は呼ばれてないのに? だれだ我を差し置いて出しゃばる輩はっ。この聖剣カリブルヌスをなんだと思っているんだ』

「俺たちのパーティーだ。しかも、魔王倒した後に、聖剣リブルの存在を知った。お前あまり有名じゃないのか?」

 元勇者はありのままを説明する。

 その事実に自称、聖剣カリブルヌスは、絶句していた。


 あまりのショックに、聖剣と思われるモノは黙り込んでしまった。

 おかげで少し静寂が戻ってきて、ほっとする。


「精霊もヤツ本体も、本物の『聖剣だ』と言っているから、持って帰るか?」

 キアラは伝説の聖剣を楽しみにしていた反動で、ヤツ呼ばわりをしている。

 しかもアーディが聖剣の名前を略したことも気にとめない。

 少しいらついているように、キアラは長い耳先に髪を、指で引っかける。

「じゃ、早速帰り支度をするか。それにしてもアーディの略称は変だよな。聖剣リブルも、かわいそうだ」

「なにげにフィリアも聖剣リブルって、いっているじゃないか」

「……私は魔法の発動を準備するわ……」

 それぞれが勝手に持ち帰る相談をしている。

「皆待て、本当にこれが噂の、聖剣なのか?」

「今更なにを言う」

 即座にキアラは自分の言葉に噛みつく。

 だけど、アーディには反論する理由がある。

「魔王がいないと存在意義を見いだせない……そんな剣は、聖剣なのか?」

 そもそも、この噂は半分冗談で語られていたものの一つだ。

 それが見つけられたのは嬉しいが、絶句している聖剣が、魔王が存在しないと聖剣の意味がないと、言っているようなものだ。

 それは、元勇者の自分と同じような感じがする。

「つまり魔王を倒してしまった今、この自称聖剣リブルの価値は、どのくらいある? そんな聖剣は本物の、聖剣なのか?」

 更に元勇者は熱く語る。

「存在する価値がなければ、意味がない。お金にならない。なのに、大きな魔法を準備して発動させるほどの価値が、この自称聖剣リブルにはあるのか?」

 元勇者アーディはただの剣士アーディとして、転職出来る。

 しかし、この自称聖剣リブルは、ただの長い剣でしかない。剣としてしか生きられない。

 魔王がいない今、引き抜いたところで路頭に迷うのでは、ないだろうか……?

「アーディ、感情移入し過ぎだ」

「いやでも待てよ。アーディ、自称聖剣リブルはさっきから自分のことを、聖剣だと言い過ぎだよな?」

 キアラの突っ込みとフィリアの疑問が、同時に聞こえた。

「……魔王クラディエだって、ここまで自分が本物の魔王だなんて……言わなかったわね」

 少女の意見で、アーディは落ちついてきた。

 そうすると今度は、偽物どころかもっと嫌な思いにとらわれる。

「自称聖剣リブルが、実は魔剣でした。とかないよな?」

 元勇者のその疑問に、食いついたのはキアラだった。

「だったら、私にくれ。魔剣なら、いくら出しても欲しいっ」

「最初にキアラは、『デカいだけの剣はいらない』って言っていたじゃないか?」

 アーディの嫌みにキアラは全く動じない。

「魔剣なら、デカくても話は別だ。お金を積む価値は、ある」

 そこで力強く言い切られても、気分は晴れない。

 むしろ、魔剣だった場合……真っ先に呪われる自信がアーディにはある。そういう体質だからだ。

「キアラは魔剣というと、目つきが変わるな―……」  


    

『我は正真正銘、聖剣カリブルヌスなり―…』

 自称聖剣リブルが立ち直った。

 しかも声を大にして、聖剣だと主張している。

 ますます怪しい。

『貴様らは、我がいなくても魔王を倒せたらしいが、単なる幸運だろう――』

 そう言って鼻で嗤う……ような気がした。

 所詮、剣だから仕草なんて見えるわけがない。

『――だが、それだけでは生き残れない。今後も生き残るには、我のような正真正銘の聖剣カリブルヌスの力が必要になるであろう。我を手に入れるだけで、その身体に力が無限に湧くぞ? どうだ、そんな力がお前は欲しくないか? 世界を手に入れるほどの力が、欲しくないか?』

 この勧誘の仕方は、ものすごく魔剣っぽい。

 そして勇者でないアーディは、そんな力は欲しくない。

 欲しいのは安定した収入の仕事だ。

 元勇者ってだけで、クワもハサミも「恐れ多い」の一言で、門前払いされてしまう。

 良いじゃないか、剣をクワに変えたって。

 自分だって農作物の生産に関わってみたかったのに。

『――我を手に入れるだけで、英雄の称号を得られる―…』

 まだ、話は続いていた。

 魔王クラディエを倒してしまったが、アーディは英雄の称号も生活保障も、もらえてない。

 だからこそ転職の活動をしているし、生活のためにこうして危険を冒して探索に出ている。


「なあキアラ。自称聖剣リブルが欲しいのか? あんなヤツだぞ」

「出来れば、と思ったのだが。だって魔剣らしいだろう?」

「確かに。でも、考えてもみろ。ここまで来るのに、ひと月以上かかっている。無事に帰っても、ひと月以上は自称聖剣リブルと一緒だ。平気か正気か狂気か? 自称聖剣リブルはまだ話し続けているぞ? きっと道中ずっとあんな感じなんじゃないか?」

 アーディは正直言うと、うるさい自称聖剣リブルだから捨て置きたい。

「アーディの言うことも分かるし、私も自称聖剣リブルはうるさいと思う……」

 キアラは諦めるのが惜しい、という顔をしている。

「でも本物の聖剣であれば、つぎ必要な時に役に立つ。魔剣であれば私が喜んで金を積む。……どうだ?」

 どちらに転んでも、アーディはお金が手に入る、とキアラは言う。

 必要経費がかかっている以上、手ぶらで帰るわけにはいかない。

 最悪、薬草や鉱物でも、集めながらの帰り道になるだろうと覚悟していた。

「分かった。エルフが自称聖剣リブルを引き抜けばいいよ」

 アーディはキアラに妥協する。

 今も話し続ける、自称聖剣リブルにうんざりしているが……。

「ありがとう、アーディっ」

 気高いキアラにしては珍しい、礼の言葉だ。

 彼女はアーディに礼を言うと、自称聖剣リブルに手を伸ばし、しっかり握る。そしておもむろに引き抜く――。

「っ、抜けない……っ」

 酷く悔しそうにキアラは眉間にしわを寄せる。

『笑わせる。選ばれし者と言ったはずだ――』

 自称聖剣リブルは、馬鹿にするかのようにキアラを嗤う。


「やっぱり元勇者のアーディじゃないと、抜けないのか?」

 フィリアは笑いをこらえて、キアラに声をかける。

 キアラは憎そうに、自称聖剣リブルを睨んで手を離す。

 その間もリブルはひたすら話し続けている。

「……アーディ、どちらにしてもお金になるなら、持って帰るしかないわ……」

 ミュラはアーディを説得する。

「しかし、もし抜けた瞬間に『本当は魔剣で俺が呪われました』ってことになったら、本当に笑えないんだけど?」

「……呪われたら、キアラか私が責任持って、呪いを解いてあげるわ……」

 キアラを見ると、彼女もこくこくと頷いている。    

 仕方がない。そこまで言われると、断れない。

「分かった。いざというときは殺さないで、解呪する方向で頼む」

 キアラと立ち位置を代わり、自称聖剣リブルの目の前にたつ。

『――お前は選ばれし者なのか? 我を手にする理由を言え――』

 まだ偉そうに、自称聖剣リブルは話し続けている。

「お前こそ本当に、聖剣なのか?」

 アーディは苦笑しながら、その剣の束を手にとり、力を込めて握りしめる。

 おもむろに、ソレを引き上げると、何の負荷もなく拍子抜けするほど簡単に抜けた。

 剣が抜けると同時に、地下洞窟全体が地鳴りをしながら振動する。

 少女を見るとすでに術を使っている。

「ほら元勇者! さっさと引き上げるぞ」

 フィリアの声とともに、この地下洞窟の脱出を試みる。



 無事に地下洞窟を脱出して、みんなで一息ついた。

『お前こそは我に選ばれし者。我の力をお前に授けよう。契約は――』

 なのに自称聖剣リブルはずっと、こんな調子で話し続けている。

「確かにお前は噂通りの、聖剣だったよ。邪魔してくるモンスターも軽々避けられたし。……だけどそろそろ黙ってくれ、リブル」

 正直に元勇者はお願いすると、聖剣は更に喚いている。

『我は聖剣カリブルヌスなり。名前を略するな、無礼な――』

 うるさいから、アーディは構わないことにする。

「元勇者、大丈夫か? 呪われてないか?」

「いや、呪われていないようだ。キアラ嬉しそうな顔して訊くな。そして絶望的な顔をするな……」

 キアラは見るからに、がっかりしていた。

 そこはアーディが呪われなかったことを喜ぶべきでは、ないのか?

「でも呪われなくて、良かったじゃないか。ソレもちゃんと抜けたし。良かったな元勇者。選ばれし者だってよ」

 苦笑しながらフィリアはそう言うけれど、ソレ呼ばわりしているあたり、うるさい聖剣だと思っていることだろう。

「……アーディ、ソレの使い心地はどうなかしら?」

 ミュラは興味ありげに訊いてくる。が、やはりソレ呼ばわりをしている。

「確かに、力、気力、疲労回復、小物のモンスターなら、聖剣リブルの気配だけで逃げていく。凄い聖剣だと思うよ」

「……アーディの力が、底上げされるってことね……」

 ミュラは聖剣リブルの威力を目の当たりにして、関心している。

「……でも、うるさいわね。ソレ」

 そう、うるさい。ずっと、しゃべりまくっている。

 凄い力を与えてくれるのは、理解したけど、本当にうるさい。

「街までずっと、この調子だと思うと気が重い」

 元勇者は少し、いやかなり後悔する。

 そもそも、モンスターが逃げ出すくらいの聖剣リブル。けれど今までも、聖剣リブルがなくてもやって来られた。

「……封印しちゃう……?」

 少女はそういうが、あの地下洞窟全体が、聖剣リブルの封印のためだったのだろうかと、元勇者は思う。

 何者かが封印をしたのだろうか?

「とりあえず、交渉出来ずに襲ってくるモンスターのみを倒して、薬草を集めつつ、鉱物を回収しながら、街に帰ろう」

 元勇者の提案に、全員が頷く。

 なんとなく、聖剣リブルが売れる気が、全くしなかった。



「コレが、噂の聖剣だ」

 元勇者は街に着いてすぐに、武器屋で聖剣リブルの買い取りを願い出た。

 まだしゃべり続ける、ソレに武器屋も眉をひそめる。

「元勇者様……これが噂の、聖剣なのですか?」

「ああこれが噂の、聖剣だ。実際に使って見たけれど、雑魚程度のモンスターなら逃げ出す。使い手の能力も底上げされる。なんと言っても威力が凄い。どうだ?」

 アーディと武器屋は、聖剣リブルを見つめる。

「……本物よ」

 ミュラがそう付け加える。

「そうですか。聡明な聖職者ミュラ様がそう言うのでしたら……いやでも、ここは普通の武器屋です。ここに置いても誰も聖剣だと信じないでしょう?」

 要するにうるさいからここに、置きたくない。商売の邪魔になると言いたいのだろう。

 魔王がいない今、聖剣リブルが何の役に立つのか? という顔を武器屋もしている。それはアーディも同意する。

「ああ、そうです。国王へ献上したらいかがですか? そうすれば、次の魔王出現に大いに活用出来るでしょう」

 なるほど。とは全く思わない。それではお金が手に入らないから。

 しかし、これ以上ここで粘っても、買い取ってもらえないのなら長いは無用だろう。

 次に来たときに邪険にされる位なら、このあたりで引き下がるのが良いと思う。

「武器屋、邪魔したな」

「いえいえ、何も出来ずに申し訳ないです」

 ほっとした様子の武器屋は、営業の笑いを浮かべてアーディを見送った。


「……ねえアーディ、キアラとフィリアはどうしたのかしら…?」

「空腹に耐えられなかったらしい。いま食事をしているはずだ」

 手に入れた珍しい鉱物などを、キアラに渡したから今頃は換金したお金で、食事をしているはずだと思う。

「……私もお腹すいたわ……」

「そうだな。薬草を売ってから、食事にしよう」

 アーディとミュラは、薬屋に向かう。



「これが伝説の、聖剣です」

 国王との謁見が許され、アーディは聖剣を差し出す。

「必要になるときに、使ってもらいたい」

「……本物の、聖剣よ。アーディも…この力を確認してますわ……」

 アーディとミュラはそう伝えるが、国王は浮かない顔をする。

「これが噂の……聖剣なのか?」

 国王がそう言うのも仕方ない。

 聖剣リブルはまだ、しゃべり続けている。止まらない。

 つまり、ここに着くまでこの聖剣リブルは、黙ることはなかった。

『――たかが人間が、私を利用しようと? なんと愚かな―…』

 プライドが高いのは良いと思う。

 けれど、自己中心なものは戦いにおいて困る。相性が悪いというなら、それまでだけど。

 実際戦いのときには、的確な判断力が必要になる。

 その思考を妨げるような聖剣リブルは、アーディにとって相性が悪いだけではすまない。

 判断を一つ誤ると、命を落とす危険がある探索だから、おしゃべりなだけの聖剣リブルは命取りになるだろう。

 だた、国王にはあえてそのことを伏せておく。


 この城には深い地下があり、封印を施すに最適な場所が合ったはず。

「……国王、うるさいなら封印しとけば良いのですよ?」

 ミュラは黒く長い髪を払いながら、封印の提案する。

「確かに、封印しておいて、必要な時に使えば良いのだろうが」

 次の勇者がコレの性格に耐えられるかが、問題だ。

 目的を達成する前に、精神が疲弊する可能性も大きい。

 そのくらいは国王も気づいている、ということだろう。

「……城の地下に封印されていても、低俗なモンスターなら城に入り込むことはないですわ……」

 ミュラの言葉に、国王は目を向ける。

 そんな彼女の言葉にアーディは、反論を言おうとしてやめる。

「そうか……なるほど分かった。では、貴方が地下の広間に封印を施していただけるだろうか?」

 ミュラは首を傾げる。

 城内には、御用達の術師や聖職者らがいたはず。

「いやいや、貴方ほどの力を持った者は、この城にはいない。ぜひお願いしたい」

 元勇者アーディの一行には、手を煩わせたくない……という顔をしていた。

 ミュラは、意見することなく国王に従う。

「……分かりました」



 王城最下層の地下空間は薄暗いが、とても広い。

 ちょうど良いところに台座もある。

 アーディは、力の限り聖剣リブルを台座に突き立てた。

『元勇者アーディよ、何をする。我、聖剣カリブルヌスを失ったら、お前の身も安泰ではいられないぞ――』

 その声を聞かずに、ミュラは封印の手順を踏んで、厳重に幾重にも封印を施した。

 やっと沈黙するその聖剣に、元勇者は安堵する。

 やはり、あの地下洞窟は、聖剣を封印するために存在していたのだと思う。

「……お金にならなったわね」

 ミュラは残念そうに呟く。

 聖剣リブルを国王に無理に押しつけたのだから、何ももらえないだろう。

「そうだな。また地味に、仕事をするさ。封印お疲れ様」

「…………」

「そういえば、国王に言っていたけど……。こんなに封印しておいて、低俗なモンスターは入って来ないってのは、嘘だろう?」

「……どうして?」

「なんとなく。でも、ありがとうな」

 ミュラをいたわり、アーディは複雑な思いを押し殺す。

 そして最後にもう一度、沈黙する聖剣リブルを見つめ、アーディは呟く。


「――これが噂の、聖剣なのか……」          

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