絶対元の美少女に戻ってやるファンタジー
「あの子は美少女だと思う。でも、本来の私ほどじゃない」
「うわ……このオッサン、またおかしなこと言ってる……」
同じテーブルを囲む仲間の――冒険者として同じパーティーという意味で、友達とかではない――一人がそんなことを言った。
こうして私の『本当は美少女なんだよ』という心の底からのうったえは、今日もネタにされてしまう。
たしかに――今の私は、オジサンだ。
真後ろになでつけた白髪頭。
細長い手足を包むのはカッチリと着こなしたスーツ。
左肩から用途不明のマントをさげて、腰には件を帯びたオジサン。
オジサンとしては、イケている方だと思う。
なにせ、私が莫大なゲーム内通貨を投じて作り上げた『イケてるオジサンアバター』なのだから。
私はなにかの手違いでゲーム世界に転移させられてしまった。
そうして作りたてのオジサンアバターの体で生きている。
最初のうちは楽しかったけれど、今はただただ元の美少女に戻りたい。
だって、オジサンの肉体は神様に嫌われているのだ。
眠っても全然とれない疲れ。
起きた途端襲い来る息切れ。
目覚めたての口の中はねばっこくて、自分の体に自分で生理的嫌悪感を抱く。
鼻は常に謎のニオイを感じていて、最初、どこかで誰か薬品の実験でもしているのかと思ってスルーしていたのに、そのニオイはどこまでもどこまでも私のあとを追いかけてくる。
そう、加齢臭。
オジサンは風属性の生き物なので、気圧や気温のささいな変化に弱い。
暑くもないのにねばついた汗は出るし、寒さを感じていないのに体調を崩すし、体力はか弱い美少女だった昔の私よりあるはずなのに、回復能力が全然ないから総合的なスタミナがない。
この肉体は不自由だらけだ。
だから、オジサンは神様に嫌われている生き物なんだと思う。
「オッサン、いつまで『自分が本当は美少女だった』とか言うつもり? そのネタもそろそろ主張されすぎて本気っぽくて気持ち悪いよ?」
本当に美少女なのに。
色んな人から、お姫様みたいに扱われていたのに。
……でも、言っても仕方ない。
あの露出度だけが取り柄の服装をした、ボディタッチ多めの猫耳女には、わからないのだ。
私は美少女だ。
本当に――美少女なんだよ。
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「もし、そこの紳士。あなた、美少女だそうですね?」
「ええ、そうなんですが……あなたは?」
けっきょく、露出狂猫耳娘がイヤで、パーティーは抜けた。
一人で冒険者ギルドのカウンターに座って、ハーブティーをたしなんでいた。
かつての私は、ただ座ってお茶を飲んでいるだけで、絵になった。
気品と優雅さが、なにをしなくっても漂っていたものだ。
でも、今漂うものは、せいぜい哀愁と加齢臭ぐらいのもの。
……あまりの絶望感に、身投げしたくなる。
でも、しない――だって同じ身投げするのでも、美少女の私なら絵になったけれど、オジサンの身投げはなんか汚いから。
そんなふうに生命について悩んでたところだ――謎の人物に声をかけられたのは。
その人は全身真っ黒な服装をして、背中に大きな剣を背負った若い男性だった。
「失礼、僕は――そうですね。『メタモルファンタジアのプレイヤー』と申し上げれば、わかってもらえるでしょうか?」
「!?」
声も出ないほどおどろいた。
『メタモルファンタジア』。
それは、この世界で生まれた人は知らない、この世界の本当の名前――ようするに、オンラインゲームとしての、この世界のタイトルなのだった。
その名を知っているということは……
「まさか、あなたも転移させられてゲーム世界に?」
「ああ、やはりあなたも転移者でしたか。隣、座っても?」
「は、はい、どうぞ」
全身真っ黒な人は、隣のスツールに腰かけた。
私はハーブティーを置いて、彼の方へ向き直る。
「まさか、私のほかにも転移者がいるなんて……」
「ええ、僕も意外でしたよ。あなたの発言を遠くで聞いて『もしかしたら』と思ってはいたのですが……ところで、あなたはよく『美少女に戻りたい』と言っているそうですね?」
「はい……このオジサンの体は遊びで作ったアバターなんですけど、本来の私は美少女なんです。元の世界に帰りたいとはもう言いませんが、せめて元の私に近い容姿になりたいと、常々思っています……特に、露出度を高くして男性に媚びている女を見ると、その欲求が高まってきて……」
「なるほど。元の性別はなんだかんだいっていいものですよね。僕も、転移してきた時は美幼女の肉体だったんですけど、やはり暮らしていくうちに元の性別がいいなと思って、変えたんですよ」
「……変えた? …………変えられるんですか!?」
「はい。『キャラメイクチケット』というアイテムを使ってね」
黒い男性はにこりと笑った。
なぜだろう――さっきまでは『なんかもっさりしてて気味悪いな』としか思わなかった彼の笑顔が、急に素敵なものに見える。
私は昔から、私にお得な話をしてくれる男性が大好きなのだ。
「そ、その『キャラメイクチケット』はどこで手に入るんですか!?」
「あなたもプレイヤーならご存じでは? 初回配信分のシナリオをクリアする――つまり、エピソード1のストーリーのラストダンジョンをクリアすれば、手に入るんですよ」
盲点だった。
ここはゲームのようでゲームでない世界――転移をしてきた私みたいな人以外にとっては、普通に生まれて普通に死んでいく世界なのだ。
だからゲーム的なアイテムはないと思いこんでいたけれど――
「有益な情報をありがとうございます……でも、このオジサンアバターは作りたてで、レベルが低くて……」
「ああ、そこは安心してください。もしあなたが望まれるのでしたら、僕がお手伝いしますよ。僕の方もレベルはそこまででもないんですが、一回ソロでクリアしてますからね」
「ええっ!? 本当ですか!?」
「はい。異世界から転移してきた者同士、助け合いましょう」
「でも私、本当に今、なんにもなくって……あ、もしかして、クリアするたびにチケットが手に入ったりするんですか?」
「いえ、シナリオクリア報酬は一キャラ一回までしか受け取れないので、僕にはなにもありませんが――でも、困ってるあなたを見て、放っておけなかったんですよね」
思わず心臓が高鳴った。
ああ、なんて素敵な人なのだろう――私は、私に無償で力を貸してくれる男性が大好きなのだ。
「そちらがよろしければ、すぐにでも出発しましょうか?」
「は、はい、お願いします! お礼は必ず、チケットが手に入ったら!」
「そんなに気負わなくても大丈夫ですよ。では、行きますか」
こうして私は、窮地にさっそうとあらわれたナイトな男性に導かれて、ダンジョンへ向かうことになった。
オジサン最後の冒険が、今、始まる――
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――全七階層からなるダンジョンをクリアした。
今、私の前には宝箱が――どうやら私にしか見えない宝箱がある。
この中に念願の『キャラメイクチケット』が入っているのだ。
……そう思うと、胸がドキドキする。このドキドキはきっと、オジサン特有の不整脈ではないだろう。
「さ、早く宝箱を開けましょう。目の前にあるのでしょう?」
真っ黒い男性が急かしてくる。
私はうなずいて宝箱を開け――
その中に、スマホサイズの石版を発見した。
そこにはカタカナで『キャラメイクチケット』と書いてある。
「手に入りましたか?」
「あ、ありました! 『キャラメイクチケット』、ありましたよ! ありがとうございます! これでようやく元の美少女に戻れる……!」
「そうですか。――じゃあ、それをこちらによこせ」
漆黒の男性は、右手に剣を持って、左手を私に差し出した。
状況がのみこめない。
「……よこせ? よこせ、って……? え? だってあなたは、美少女の肉体からチケットを使って男性に戻ったんでしょう? それなのに、なんで……」
「『美少女』じゃねえ! 『美幼女』だ! 二度と間違えるな!」
「ご、ごめんなさい……」
剣を突きつけられて、せっかく獲得したアイテムを脅し取られようとしている――
だというのに、思わず謝罪してしまうほどの迫力があった。
「たしかに僕は――俺は、元の性別に戻ったさ。なにせ、自分がどれほど美しい幼女でも、生活には不便だったからなあ!」
「だったら、なぜ……」
「でもな……失って気付いたんだ。いや、とっくに気付いていたことを、思い出したと言うべきかな……」
「な、なにを?」
「――幼女になりたくない男なんか、この世にいない」
「……」
「そうだ。主観視点のせいでアバターを愛でることが鏡の前以外でできなくっても、背が低くて高い場所の物が取りにくくっても、常に自分の鼻にかかったアニメ声を聞き続けてノイローゼになりかけても! 俺は、美幼女でいたいんだ! 男の体より、幼女の体の方が、いいんだよ!」
「く、狂ってる……」
「――お前の手に入れたチケットを奪って、俺は幼女に戻る」
「これは、私が手に入れたチケットですよ!? 私が美少女に戻るために、苦労して手に入れた……」
「お前、このダンジョンで俺の後ろついてきただけじゃねーか!」
「……え? え? そ、それのなにが悪いんですか……?」
「自分でも少しは戦えよ! お前のチケット取りに来てんだろうが!」
彼がなにを言っているのか、ぜんぜんわからなかった。
だって彼は、私に力を貸してくれるナイト様だと思っていたから――
ナイト様が美少女の道を切り開くのは、魚がエラ呼吸するぐらい当然のことではないの?
「……とにかく、チケットをよこせ。それさえよこせば、手荒なマネはしねえ」
「こ、これは渡せません!」
「じゃあ、死ぬんだな!」
彼の剣が、私に向けて振り下ろされた。
自分が幼女になりたいからって、なんの罪もない美少女を――まだオジサンだけど――殺そうとするだなんて、狂っている。
私はとっさに顔をかばった。
彼の剣が私のスーツの袖に振れて――
ギィン!
そんな音を立てて、折れた。
「……なんだと……?」
「……え、なにが起こったの……?」
私たちは二人して困惑していた。
でも、彼の方が、一瞬早く正気に戻ったみたいだ。
「……お、お前、お前! その装備! その防具は伝説の……なんでお前みたいな低レベルの自称美少女が、そんなにいい防具を装備してるんだよ!」
どうやら私のステータスを見ているらしかった。
私は――よくわからない。
「え、これ、フレンドさんに『新キャラ作るの? じゃあ俺の防具あげるよ』ってもらったものですけど……」
「そんな気軽にあげていい装備じゃねーよそれ!」
「で、でも、快くくれましたよ……?」
「……お前、ひょっとして、『アレ』か……」
「な、なんです……?」
「周囲の男に色々なものをみつがれ、戦いでは後ろからついていくだけで全部人にやってもらい、スキル振りがおかしくても、プレイヤースキルがなくっても、なぜか歓迎される存在――」
「……」
「お前、『姫』か!?」
「まあ……その、私をそう呼ぶ方もいらっしゃいましたけど……でも、美少女を見たらお姫様みたいに扱うのは、人間の義務みたいなものでは?」
「……く、腐ってる……」
「腐ってはいません」
そこは、否定しておきたい。
私の好きなカップリングは健全なレベルの行為しかしていない。
ともあれ――
大げさにおどろいてくれたお陰で、私もようやく状況を整理できた。
彼の攻撃は、なんだか私に効かないらしい。
その代わり――
「えい」
「うわっ、イテッ、なんだ突然斬りかかってきやがって! 頭おかしいんじゃねえの!?」
「私の攻撃、効くんですね」
「だからなんだ!?」
「あなたの攻撃は、私に効かないのに」
「…………」
「……」
「…………ふう。やれやれ。この一連の行動はちょっと君をおどろかせようと思っただけなんだよ。チケット? いらないいらない。幼女から男に戻ったんだものな。今さらまた幼女に戻りたいとか、冗談に決まってるだろう? さ、早くダンジョンを抜けて、美少女になった君の姿を見せてもらえないかな?」
私は微笑んだ。
私は、私に無償で力を貸してくれる男性は好きだけれど――
私からなにかを奪おうとする人は、絶対に許さない。
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オジサンとして最後の冒険をしてから、私はもう怖い目に遭うことはなくなった。
みんなが私に力を貸してくれて、みんなが私を好きになってくれる。
……訂正。男性は、力を貸してくれる。
女性の方には、なんでか嫌われてしまったけれど、いずれ誤解は解けると思う。
こうして私は加齢臭や倦怠感、めまいから解放されて――
楽しく異世界でお姫様みたいに生きていくのだ。