ビリーブ(5)
第8倉庫へは、誰にも見つかることなく、行くことができた。
やはり、裏門で戦っている仲間を囮にしたためだろう。
レイはそのことを思い、胸が痛んだ。
それでも、キースについて行くと決めたのだから、それ以上考えないことにした。
確かに冷静に考えれば、レイとキースが助勢に行ったとしても、仲間が助かる可能性は低い。
もし、キースにこの劣勢を逆転できる策があるのだとすれば、それに賭けるしかないのだ。
「ここか……」
キースは倉庫を見上げて、言った。
側面に「8」と青いペンキで大きく書かれている。
ドアには鍵がかかっていたが、銃でこじ開けて中に入る。
中は真っ暗だった。
「いったい、ここになにがあるんですか?」
「すぐにわかる」
キースは壁際を歩くと、明かりのスイッチを入れた。
パッ、と電灯がつく。
「えっ! これは……」
レイは目を大きく見開いて、言葉を失った。
目の前に現れたのは、2機の戦闘機だった。しかも、レイが見たことない機体だ。
1機は、真っ赤なカラーリングで、重量感のある機体。
もう1機は、真っ青なカラーリングで、鋭いフォルムをした機体。
キースが、真っ赤な機体に近づいていく。
「セントラルが秘密裏に開発した新型機だ。おれは、こいつのテストパイロットとして、やってきてたんだが……テスト飛行をする前に、こんなことになっちまったわけだ」
「それじゃあ、これが可能性……」
レイは機体を見上げる。
「そうだ。こいつなら、今の状況を打開できるかもしれん」
「でも、2機あるってことは」
「1機でも、と思ってたんだがな。せっかく2人パイロットがいるんだ。可能性は2人のほうが上がるんだろう? どうだ、やれるか?」
キースが挑むような目を向けてくる。
新型機に乗って、街を、基地を守る。
確かにそれなら可能性はあるかもしれない。
だけど、自分でいいのだろうか。最後の可能性である新型機が墜ちれば、望みは消える。
その役目を、自分は担えるのか? 担っていいのか?
レイは一度目を閉じて、ゆっくりと開く。
キースの目を見つめ返した。
「やります」
「……そうか。なら、さっそく乗りこめ。おれは赤の機体に乗る。おまえは青の機体に乗れ」
「わかりました。この機体には名前は?」
「ああ、あるぞ。一応機密事項だから、人には言うなよ。おれの機体はジャスティス。そして、おまえの機体はタキオンだ」
「タキオン……」
真っ青な機体に触れる。
ひんやりとした冷たい感触。
確かタキオンとは、光速の粒子の名前だったはずだ。
フォルムからいっても、スピード重視型の機体なんだろう。
「おい、これ使え」
キースから、パイロットスーツを渡される。
ずっしりと重い。
「時間がないぞ、急げ」
「はい!」
レイはパイロットスーツに着替えて、タキオンの翼の上に上がる。
こんな乗り方をしたら、整備士に怒られそうだが、緊急時だから仕方がない。
コックピットに乗りこむ。
ぴたっと、吸い付くように座席がフィットする。
「すごい……」
『驚いている場合じゃないぞ』
通信機から、キースの声が聞こえる。
『操縦は、基本的にクレテッドと同じだからわかるな?』
「大丈夫です。やれます」
クレテッドは、地球に配備されている基本戦闘機だ。
『よし! なら先に行け。後に続く』
「わかりました」
キースがシャッターを開ける。
ガラガラと音を立てて、上がるシャッターの向こうに、銃を携えたフリーダムの兵士が見えた。
こっちに気づいて、慌てて向かってくる。
『ちっ、気づかれたか。突破しろ』
「了解」
レイはスロットルを開く。
ボンッ、と音をたて、エンジンが動き出す。
「止まれ! 貴様ら、なにものだ!」
倉庫の外に出ると、兵士たちがコックピットに銃を向けてくる。
コックピットのガラスが、銃弾を弾いた。
『そんな豆鉄砲、気にするな。それより、離陸を気をつけろ。その機体はクレテッドほど扱いやすくない、スピードに特化した機体だ。加速は早いが、離陸のタイミングが難しい。特にここの滑走路は短いからな』
「わかってます。ぎりぎりまで距離をとってから、離陸に入ります」
『了解済みか。肝も据わってるし、本当に訓練生か?』
「そうです。レイ・ツキヤ訓練生、行きます!」
スロットルを全開にする。
グンッ、とシートに押しつけられるような圧力と共に、一気にタキオンが滑走路を走り出す。
(速い! 想像していた以上だ)
驚きながら、レイは離陸のタイミングを測る。
ここの滑走路はクレテッド用で、かなり短い。離陸のタイミングを間違えれば、壁に激突で大破だ。
半分を過ぎる。握りしめた操縦桿を引く。
ふわりと機体が浮かぶ。
目の前に壁が迫る。
あと、80メートル、70,60……。
「いっけええええええ!」
重力に耐えながら、操縦桿を一気に引く。
壁のわずか上を、紙一重で飛び上がった。
そのまま安定高度まで上がる。
「なんて性能だよ」
シミュレーションの機体やクレテッドとは、比べようもない。
紙のように軽いのに、空気を切り裂くように鋭い。
さすが新型機だ。
「そうだ。キース大尉は?」
旋回しながら下を見ると、ジャスティスの方に兵士や戦車が集まってくるのが見えた。
レイを先に空に上げたのは、このためだったのだ。
一機上がれば、敵に気づかれる。気づかれれば、当然離陸させないように攻撃がくるに決まっている。
「キース大尉!」
『こっちの心配はいらん。それより、来たぞ』
「えっ」
レーダーに緑の点が表示される。
機体データが、フリーダムのセイレンと一致した。
『おれが行くまでやれるなよ』
「はい!」
レイは旋回をやめて、敵機がやってくる方向に機体を向けた。
タキオンの速度で、一気に距離が縮まる。
機体が肉眼で確認出来た。
真っ白な機体が、正面から向かってくる。
レイは操縦桿を握る手に、力を込めた。