ビリーブ(4)
2人は、抜け穴から訓練校の敷地の中に忍びこんだ。
訓練校側には、敵味方ともに人気がなかった。
どうやら、あまり重要視していないようだ。
「いくぞ。後ろから離れるなよ」
キースが銃を構え、レイの先を歩く。
黙って頷いて、レイも後に続いた。
左右を確認して、近くの建物まで走る。
足音がやけに大きく聞こえた。
横目に見た講堂の半分が、爆撃で屋根が吹っ飛んでいた。
よく見ると、レイたちのいる側は被害はほとんどないようだが、講堂がある正門側は、被害がかなりあるようだ。
もしかしたら、誰かが助けを呼んでいるんじゃないだろうか。
ちらりとレイの頭の中を、そんな考えがよぎる。
「今は余計なことを考えるなよ。死ぬぞ」
キースが見すかしたように、背中を向けたまま言った。
「……わかってます」
自分のやるべきことをやるだけ。キースの、そして自分の判断を信じるしかない。
校舎の壁に沿って、基地側に向かう。
途中で窓から校舎の中を覗いたが、人の気配はない。
そのまま進むと、基地が見えてきた。
訓練校と基地の間にも門はあるが、形だけでいつも開けっ放しになっている。
「いるな」
「はい」
門は開け放たれたままだが、小銃を持った兵士が2人立っていた。
遮蔽物はなく、20メートルはある。
近づけば、すぐにわかってしまうだろう。
「予想はしていたが、これで確実に中は制圧されたと見ていいだろうな」
キースの声に、緊張の色が混じる。
「どうしますか? おれが囮に……」
「バカか」
キースは呆れたように、肩をすくめた。
「お前が出て行っても、すぐに蜂の巣だ。囮にすらならん。お前、体術に自信があるって言ってたな」
「はい。訓練校の大会でも優勝しました」
「所詮アマチュアの大会だが、今はそれに期待するしかないか……。よし。おれが合図をしたら、左の奴のところへ全速力で向かえ」
「わかりました」
レイは迷わず返事をする。
「お前、疑わないのか?」
キースは驚いたような顔をしていた。
「信じてますから」
レイはじっと、キースの目を見る。
キースは盛大にため息をついた。
「……ったく。そういう目は嫌いなんだよ。信頼には、応えてやる」
キースはそう言って、銃を構えた。
物陰からなので、相手からは気づかれないだろうが、距離は20メートル。
一般的にはライフルなどの照準のついた銃でなければ、狙うのはまず無理な距離だ。
「5,4,3,……」
キースがカウントを始める。
それがレイへの合図だとわかり、レイは余計な考えを頭から、はじき出す。
ただ、左の兵士だけを見る。
「……2,1、GO!」
キースがかけ声と一緒に、発砲したのがわかったが、構わずにレイは走り出した。
左の兵士は発砲音で、レイのことに気づいた。
銃身をレイに向けようとする。まだ距離がある。
(くそっ、無理か!)
レイが撃たれる覚悟をした瞬間、一瞬だけ左の兵士がレイから視線を逸らした。
(チャンス!)
レイは一気に加速して、銃身を蹴り上げる。
「くっ」
「寝てろ!」
両手を跳ね上げられた兵士の鳩尾に、思いっきり拳をめりこませる。
くの字になった兵士が、ぐったりと地面に倒れた。
「おおっ、よくやったじゃねえか」
声に慌てて振り返ると、キースが銃を片手に立っていた。
右側の兵士は、額に黒赤い点をつけ、ばったりと倒れていた。あの距離から額に一発撃ち込んだ。そういうことだろう。
「さて。こいつに話を聞かせてもらおうかな」
レイが気絶させた兵士の襟首を、キースは持ち上げる。
額をはたいて、目を覚まさせる。
「ううっ……」
兵士が目を開ける。キースの顔を見て、ぎょっとしたような顔をした。
「おい、中はお前らが占領したのか?」
「き、敵なんかに、誰が答えるか」
「ほお、強気だな。……これでもか?」
キースは兵士の額に、銃をつきつける。
兵士の顔に、怯えが広がる。
「……わ、わかった。言うから。中はまだ抵抗している奴らがいる。制圧はしきれていない」
「骨のあるやつがいたか。それはどこだ?」
「反対側の裏門の方の倉庫だ」
兵士が答えると、キースは兵士の鳩尾に、レイよりはるかに重そうな拳を沈めた。気絶した兵士を地面に放る。
「場所はわかるか?」
キースがレイの方を向いて、きいた。
「わかります。助けに行くんですね」
「いや、囮に使う。第8倉庫はどこにある?」
キースはさらりと言う。
「囮って、見殺しにするつもりですか!」
レイは思わず、キースに詰め寄る。
「うるせえな。とにかく質問に答えろ。第8倉庫ってのは、どこだ?」
「第8? たしかあそこは物置じゃ……」
「いいから、教えろ」
キースの強い口調に、レイはムッとしつつ答える。
「正門の方から、少し行ったところです」
「よし! なら裏門とは反対だな。行くぞ」
キースはそう言って、正門の方へ歩き出す。
(今はキース大尉を信じるしかないか)
レイは自分に言い聞かせて、キースの後を追った。