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ビリーブ  作者: めぐる
3/5

ビリーブ(3)

 レイは慌てて、背後を見る。

 背の高いがっしりとした体格の男が立っていた。年は三十代ぐらいだろうか。彫りの深い、精悍な顔立ちで、右の頬に傷があった。

 そして、なにより地球連邦政府、通称セントラルの軍服を着ていた。襟の階級章は大尉だった。

 レイは急いで立ち上がり、敬礼する。

「レイ・ツキヤ候補生です」

「ああ、戦場で堅苦しいのはいい。敬礼している間に死んじまったやつを、何人か知ってる」

 男は眉をしかめて、首を振った。

 ずいぶんフランクな性格のようだ。指導官のフリトとは大違いだ。

「キース・レインだ。この基地の所属じゃないんだが、ちょっと野暮用で寄ったら、この状態だ」

「キース・レイン大尉……まさか、本物の!」

 レイは興奮を押さえ切れずに、目を見開く。

「なんだ? おれのこと知ってるのか」

「有名ですよ! レイン大尉といえば、セントラルのエースパイロットとして、撃墜数も現役ナンバーワンじゃないですか」

「嘘じゃないが、今までのお遊びの延長みたいな戦闘の結果じゃ、自慢にもならんよ。これからの戦いで、撃墜数なんて簡単に上回る奴も出て来るだろうさ」

 キースは皮肉っぽく言う。

「それってどういう……」

 レイは質問しようとしたが、キースが遮った。

「とにかく、こんな場所で立ち話をしている状況じゃない。中に入りたいんだが、そこの表門と裏門以外に出入り口はあるか?

 できれば秘密で、人が出入りできる程度の小さな出入り口だと助かるが」

 キースは、周りを警戒しながら小声で言った。

「それなら打ってつけの出入り口があります。基地じゃなくて、訓練校の方から入ることになりますけど」

「かまわん。その方が気づかれにくいだろうしな」

「あの……一つお聞きしてもよろしいですか?」

「なんだ」

「今のこの現状について、大尉はどのぐらいご存知ですか?」

「大体は把握している。推測も含めてだがな。そして、今やらなければいけないことも、だ」

「……そう、ですか」

 レイは頷いて、先に歩き出す。訓練校側となると、少し道を戻ることになる。

 無言のまま二人は歩き、訓練校のある辺りの壁までやってきた。

 目の前には高い壁だ。訓練校の出入り口は、反対の位置にあるが、ここでいい。

「どうした? 壁の前で立ち止まったりして」

「ここですよ、大尉」

「ここ?」

「抜け穴です。コツがいりますが、ここの壁を押せば、中に入れます」

「おいおい、本気か? ただの壁にしか見えんぞ」

 驚いた顔で、キースは壁を注視している。

 レイも最初から知っていなければ、見つけることなどできないだろう。フート特製の抜け穴は、いまだに間抜けな使用者の失敗以外で見つかったことはないのだ。

「じゃあ、開けますよ」

「慎重にな」

 レイは頷いて、壁の位置を探りながら、手をつく。力を加える場所も決まっているのだ。そこ以外は、いくら押しても動くことはない。

 レイはゆっくりと力を込める。開いたはいいが、向こう側に敵が待ちかまえていたなんてことになったら、一巻の終わりだ。

 ズズズッ、と引きずる音がして、壁が奥に動き出す。隙間から中の様子をのぞいたが、人のいる気配はない。

「大丈夫そうです」

「よし。助かった。おまえはここで戻れ」

 キースは、壁際に立つとレイに言った。

「そんな! おれも行きます」

「丸腰の候補生になにができる?」

 面倒くさそうに、キースが言う。

「体術には自信があります。それに、中の地理も把握しています。お役に立てると思いますが」

 レイは、ぐっと拳を握りしめ、キースを見つめる。

 ここに来るまでに、あれだけ人を見殺しにしておきながら、ただ帰ることなど出来るわけがなかった。

 キースは、目をそらさずにレイを見ていたが、不意にため息をついた。

「さっき、聞いたな。現状についてどれだけ知っているかって」

「……はい。聞きました」

 急な話の転換に、レイは戸惑いながら首を縦に振った。

「知りたければ、教えてやる。ここを空爆したのはフリーダムのやつらだ」

 フリーダムとは、月が名乗っている国名だ。

 自分たちの国は、自由だと主張する名前で、地球の一般市民の間ではあまり使われていない名称だった。

 キースの言葉は、レイにとって意外ではない。ただ、どうして攻めてこられたのかが、わからないのだ。

「でも、おかしいじゃないですか。月が、フリーダムが攻めてきたのなら、そのタイムラグから、迎撃態勢がこちらも整うはずです」

「やつらは昨日、アフリカ大陸を占領した」

「アフリカを!」

 レイは呆気にとられた。

 アフリカは、軍事的に強い地域ではなかったが、だからといって、攻められて対応できないほどではない。事実、何度かフリーダムの軍隊を退けてもいる。

「昨日、大規模なフリーダムの軍隊がアフリカに降下した。最大規模だ。いつもの小競り合いの比じゃなかった。3時間ほどで、アフリカは制圧されて、そこを拠点に一気に、軍を展開した。今度は月から地球にやってくるような、時間差はない。ここを含め、各国はぎりぎりの防衛戦を張るのが精一杯だろう」

「しかし、ニュースでもそんなことは一切やっていませんでした」

 キースがウソをついているとは思わなかったが、すぐに信じられる話でもなかった。

 だが、キースは鼻で笑った。

「発表するわけないだろう。大混乱になる。やつらが、地球に拠点を得たなんてことになれば、戦争は激化するに決まっているからな」

「それは確かにそうですが……。じゃあ、この基地はもう陥落したということですか?」

「8割方な。上がった戦闘機は打ち落とされたようだ。敵に新型機がいるみたいでな。こっちが、ちょうど基地の外にいるときだったんで、ここに来るまで手間どっちまったんだが、あの新型機じゃ、おれでも無理だな」

「大尉でもって、それじゃあ、絶望的じゃ――」

「おい!」

 キースが低い声を出した。迫力にレイは押し黙る。

「戦場で絶望なて言葉を使うな。どんな状況であろうと、生き残るための方法を探る。おれはそうやって生き残ってきたんだよ」

「……すみません」

「まあいい。これでわかっただろう。おまえはもどって、シェルターにでも隠れておけ。どうなるかわからんが、生き残っていれば、チャンスはあるだろう」

「大尉はどうするんですか? 中は敵に制圧されているのだとすれば、どうしてこんな真似までして、中に入ろうとするんですか?」

「ん……最初に言っただろう。野望用でここに来たって」

 確かに、そう言っていた。特に気にも止めていなかったけれど、キースほどの人物が基地にやってくるのに、噂にもならないのは不思議ではある。

「可能性があるんだよ」

「可能性、ですか?」

「そうだ。この街を守れる可能性がな」

 キースは、口の端を上げて笑った。

 とても危険地帯にこれから行こうという、人間の顔じゃなかった。

 その表情を見て、レイの心も決まった。

「なら、おれも行きます」

「おいおい。話を聞いてなかったのか? 可能性はあっても、中は敵地と一緒だぞ」

「でも、街を守れる可能性がある。一人より二人の方が、可能性はわずかでも上がるでしょう」

「そりゃそうだが……しかたないな」

 キースはあきれた顔で、レイを見据えた。

「おい、おまえ。最初に聞いたが忘れちまった。名前は?」

「レイ・ツキヤです」

 レイは敬礼をせずに、真っ直ぐとキースを見つめながら答えた。


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